第9章 モンゴメリが遺してくれたもの(1)

第二次世界大戦の津波が押し寄せるプリンス・エドワード島の浜辺で、モンゴメリは1939年の9月にマクミラン宛に絵はがきを書いています。

「今晩ここの浜辺にやってきて、いっしょに散歩しませんか。そして、世界に解き放たれた悪夢を一時間なりとも忘れましょう。もう一度同じ目に会わなければならないなんて不公平です。」
(『モンゴメリ書簡集I』p.245)

この後、1940年7月にファンに宛てた手紙もとても興味深いものでした。

「【前略】私の本を楽しんでくれて、うれしく思います。
いいえ、アンは実在しません。
アンは、ほかのすべての登場人物同様、私の想像から生まれたのです。
おそらく、いつかまた、アンの続編を書くかもしれません。
『虹の谷のアン』と『アンの娘リラ』もアン・ブックスだと知っていることと思います。
『銀の森のパット』のシリーズ二冊と『可愛いエミリー』の三部作も読んでみたら気に入ると思いますよ。
『アンの幸福』の映画が、いま上映されているのを知っていますか。
このことでちょっとお願いがあります。
アメリカ、カリフォルニア州ハリウッドのR・K・O社に、『アンの夢の家』と『炉辺荘のアン』をスクリーンで見たいと手紙を出してほしいの。
私の代理人が、両作品をこの会社で映画化させたいと働きかけているので、読者の皆さんからのお便りが助けになると思うのです。
ただ、私から頼まれたとは書かないで下さいね(そう書いた女の子がいたんです)。
腕がとってもふるえてきたのでペンを置かなければ。
アンが実在しないと伝えなければならなくって、ごめんなさい。
でも、もし、アンがあなたにとって本当にいるようなら、それがかんじんなのです。
映画『アンの幸福』のなかのアンは、とても本物のようでした。
私が思い描くとおりのアンです。」

(梶原由佳著『「赤毛のアン」を書きたくなかったモンゴメリ』p.184〜185)

晩年のモンゴメリが「おそらく、いつかまた、アンの続編を書くかもしれません。」と言っていたとは!
そして、「『虹の谷』と『リラ』もアン・ブックス(アン・シリーズ)」と言明していたとは!

後者については、松本侑子さんが「モンゴメリ本人がシリーズとして組んだ本は、六冊しかない。」(『誰も知らない「赤毛のアン」p.164』)として、アンの子供たちの物語である上記2冊はシリーズには含まれないと書かれていますが、これも事実誤認ということでしょうか。
前者については、この手紙を紹介している梶原さんは「晩年は経済的に苦しい時期でもあったことから、少女たちにこんな頼みごとをしたのかもしれない。」(『「赤毛のアン」を書きたくなかったモンゴメリ』p.183)と解説されています。
梶原さんの推量の先には、モンゴメリにアンの続編を書かせようとしたのも経済的な動機であった、という解釈が待っていそうです。
しかし、そんな理由、そんな動機からしたためられた手紙ではないと、今では確信する私です。
『アン』がハリウッドのR・K・O社から映画化されたことについては、マクミランにもウィーバーにも喜びの気持ちを素直に表現していたモンゴメリ。

「七回ですって?!わたしは四回しか観ておりません。
ええ、《アン・シャーリー》は、全体として見れば、とてもよかったと思います。
わたしとしましては、どこかしら小妖精のような繊細な魅力を具えた女の子としてアンを描こうとしたのですが、そのへんが多少不足していましたけれど。
彼女の目はすてきでしたし、それに『舟でキャメロットにくだってゆく』場面(『赤毛のアン』第二十八章参照)では、彼女はまさに完璧にアンそのままでした。
新聞評にもかかわらず、わたしは彼女が美人だと思います。
多くの《映画》スターにつきものの甘ったるいかわいらしさは持ち合わせていませんけれど。
彼女とは時折文通しています。
また、トロントの街路を歩いている時に、突然ネオンサインが輝いて《アン・シャーリー 演ずるは・・・》などという文字が浮かぶのを目にすると、何とも言い様がないほど胸がわくわくしてきます。
アンが本当に現実のものになったのだという、奇妙奇天烈な気がするのです。」

(1936年12月『モンゴメリ書簡集I』p.220〜221)

モンゴメリは、アン・シリーズの完全映画化を心から望んでいたのだと思います。
脳裏に浮かんだ全感覚的なイメージを言葉で表現する作家にとって、自分が創り出した言葉の世界が他者のなかでどのような全感覚的なイメージへと復元されるのか、ということは大きな関心事であるはずですし、映画はそれを知るためにはうってつけだったに違いありません。
人は、具体的な事象から抽象的なイメージを得つつ、既に抱いている抽象的なイメージを描くために具象的イメージを形作る、という循環のなかで生きているものです。
例えば、私は4章で、『リラ』に登場するアンの息子・ウォルターについて、モンゴメリは文通友達・ウィーバーの「なりたいと思う像」と、彼女がウィーバーに「なってほしいと思う像」を第一次世界大戦で戦死した詩人ルーパート・ブルックのイメージで統合した像だったのかも・・・と述べました。
一方、ウォルターにまつわるエピソードは、モンゴメリ研究家の梶原さんがご自身のHPで示されている通り、1915年にパンチ社が発行する雑誌に掲載されたカナダの従軍医・マクレーの' In Flanders Fields 'という詩がヨーロッパや北米で大流行したという現実の事象をモチーフにしていることも確かなようです。(http://yukazine.com/lmm/j/articles/remembrance.html)
モンゴメリがウォルターを通して描きたかった「心の自由」という抽象的なイメージを具象化するために、実際の社会現象をなぞったエピソードを形づくったように思えますし、あるいは' In Flanders Fields 'の流行が、彼女の中の描きたかったものを引き出したとも思えます。
作家であるモンゴメリにとって、自分の作品が他者によって解釈され映像化された時、本当に描き出したかった抽象的イメージが再現されるのか、あるいはそれに与えた外形的なエピソードが表層的に描かれるに留まってしまうのか、ぜひとも確かめてみたかったのではないでしょうか。
モンゴメリは、

「『広がりゆく天空がいやさらに神々しく輝く』時代であれば、そして、『空に輝く星もない夜』のような時代でないならば、同類の知性を具えた人たちが、ぎこちないペンや紙よりももっとすぐれた、もっと完璧な意思伝達手段を獲得するかもしれません。その暁には、手紙の内容を考えるだけですむかもしれませんね。」
(1919年『モンゴメリ書簡集I』)

と1919年にマクミラン宛に予言のようなものを書いています。
「手紙の内容を考えるだけですむ」とまではいかないものの、文字に綴りさえすれば瞬時に届ける手段を獲得した現代は、モンゴメリ言うところの『広がりゆく天空がいやさらに神々しく輝く』時代に近づいているのでしょうか。
それとも、『空に輝く星もない夜』のような時代に近づいているのでしょうか。
そして、モンゴメリの言うようにイメージそのものを共有できる日はくるのでしょうか・・・。






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