第7章 モンゴメリに見えたまぼろし(3)


見えないはずのものが見え、感じられないはずのものを感じることができたモンゴメリは、第一次世界大戦が終わり平和が戻った世界を待つ未来が、決して明るいものではないことを正しく把握していました。
1919年2月の手紙の中で、

「ボルシェビキについてどうお思いですか?どのように名付けようともかまいませんが、ある恐ろしい不安感が世界中に広がっています。合衆国にしても、蓋で覆われていますが、その下は不安で沸き返っているのです。御存知でしょうか --- 世界はしばらくの間 --- 二十年か三十年の間 --- スランプ状態に陥るだろうと思います。恐ろしい緊張のあとで、しばらくの間力が抜けてへなへなになってしまう人物そっくりになるでしょう。」
(『モンゴメリ書簡集I』p.103)

と記しているように、『赤毛のアン』で私を魅了した「周りの世界を切り取る感性」は、彼女に現実世界の近未来の深刻な、そして正確なイメージを見せてしまっていたのです。
より正しくいえば、彼女の予感は誤っていました。
彼女が恐れた、自由を抑圧する悪意が支配する社会は、20年か30年どころか70年以上もの長い間世界を蝕み続け、未だに世界から取り除かれてはいないのですから。

「世界はひっくり返っています。われわれが大事にしてきたさまざまの信仰信条も伝統もすべて見捨てられています。赤色ロシアの影が、すべての上におおいかぶさっています。」
(1933年『モンゴメリ書簡集I』p.197〜198)

とマクミランに宛てて書いた1933年には、ウィーバーに対しても

' Those tales of Scottish rural life have oddly the same flavor as the Cavendish of my childhood, the memory of which is like a silvery moonlight in my recollections.
The atmosphere was the same, the background very similar.
And as I read the books I went back --- back --- back to a world where there were no Reds or static or war-debts or Hitlers.
I read recently a statement to the effect that a man or woman who was born about 1830 and died in 1913 would have lived his whole life in what was the happiest period of the world's entire history to date.
True!
I have often felt a certain envy of the women of my mother's and grandmother's generation.
They lived their lives in a practically unchanged and apparently changeless world.
Nothing was questioned --- religion --- politics --- society --- all nicely mapped out and arranged and organized. '

(『ウィーバー宛書簡』p.205)

「スコットランドの田舎暮しを描いたそれらのお話には、不思議なほど、キャベンディッシュで過ごした子供時代の銀の月光のような思い出の香りがするのです。
漂う空気感が同じで、背景もとても似ています。
そして読んでいる間は、共産主義や雑音、戦争債務、ヒットラーのいない昔の世界へと戻るのです。
私は最近、次のような趣旨の文章を読みました。
つまり、1830年前後に生まれ1913年に亡くなった者は男であれ女であれ、歴史が始まって以来最も幸せな時期にその生涯を過ごしたであろうと。
その通りです!
私はしばしば、母や祖母の世代の女性たちをとても羨ましく感じるのです。
彼女たちは、ほとんど変化しない、見たところ何の変化もない世界に生きていました。
何事も問われることなく、宗教も、政治も、社会もすべてがきちんと計画され、整えられ、組織だてられていました。」

(水野暢子 訳)

と書き送っています。
出来ることなら祖母たちの生きた古き良き時代に戻りたいと願った58歳のモンゴメリは、女性たちの生き方にも迷いのなかった一昔前が羨ましいと綴っています。
そして、ナチスだけでなく共産ロシアという暗雲までが色濃く漂い始めた不安の中で、モンゴメリが最後の力を振り絞って書き上げたのはアン・シリーズでした。

というわけで、本当のアンとモンゴメリを知るために、ジグソーパズルのピース集めは続く♪




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