第7章 モンゴメリに見えたまぼろし(1)
『天の子よ、不死を受け継ぐ者よ。いかにして汝は、これよりのちいずこの星より、この蟻のごとき人々の群れ集う処を、その激動の数々を、振り返り見るのであろうか・・・・・。ホーッ! 若きカルデア人よ、数えきれぬほどの歳月を重ねし若者よ、喜びにも美にも心動かされずに、望楼に黙して立ち、星降る夜の静寂が汝に死をまぬかれる最後の秘密をささやくのを耳にしたときと変わらぬ若者よ、汝はついに死を恐れたのか?』
これは、モンゴメリが文通相手のマクミラン宛の手紙に引用した、『ザノーニ』からの一文です。
モリー・ギレン女史により初めて書かれたモンゴメリの伝記『運命の紡ぎ車』によると、モンゴメリは幼い頃に初めて読んだ『ザノーニ』を、何度目かに読み返したときの印象を、
「以前と変わらぬ不思議な喜び---ロマンス・霊感・暗示・魔法---に満ちていました。」
と、マクミランに伝えているとのこと。(モリー・ギレン著『運命の紡ぎ車』 p.206)
モンゴメリの住んでいた神秘的世界には距離を置きたがっている様子のギレン女史ですが、遠慮がち(?)に紹介するモンゴメリの手紙文からは彼女がいかに『ザノーニ』という小説に魅了されていたかが伝わってきます。
(マクミラン宛の手紙を編纂した『モンゴメリ書簡集I』では、この箇所はどうやら省略されているようです。)
『ザノーニ』・・・どんな物語なんでしょう?
知りたくなった私は、とりあえずネットで検索してみました。すると、あらすじを紹介してくれているページを発見♪(http://homepage1.nifty.com/pdo/linkzanoni.htm)
作者は、英国の作家であり政治家でもあったエドワード・ジョージ・ブルワー・リットン(Edward George Bulwer-Lytto, 1803−73)。
ん? どこかで聞いたことがあるような、ないような。
などと思いつつあらすじを読み進むと・・・うわっ!
このお話の主人公って、まるでディーン・プリーストみたい!!
『エミリー』三部作に出てくる、別名ジャーバック(せむしの意)・プリースト。
世界中を旅してはエミリーの前に現れる、謎めいた年上の男性・・・。
『エミリー』の登場人物のなかでもひときわ異彩を放つ彼は、多くの読者には単なる「不気味なおじさん」(?)と受け止められているようですが、私にはなんとも不思議な魅力を感じさせる、そして『エミリー』の物語の中で最も重要な役回りを与えられている人物に映るのです。
しかし、その人物像を語るに相応しい言葉を見つけられない、物語を通してでないと伝わらない、まさに霧の中におぼろげに浮かぶ(mistily)なぞの人物(mystery man)としか言い様がない、そう思っていました。
でも、「若きカルデア人よ、数えきれぬほどの歳月を重ねし若者よ、喜びにも美にも心動かされずに、望楼に黙して立ち、星降る夜の静寂が汝に死をまぬかれる最後の秘密をささやくのを耳にしたときと変わらぬ若者よ」というモンゴメリの引用箇所は、まさに私のディーン・プリースト像そのもの!
おまけにディーン・プリーストは Dean Priest と綴りますが、カルデア人の綴りは Chaldean!
Dean=首席司祭とPriest=聖職者という意味を二重に折り込むだけでなく、Chaldean=占星家というイメージを表す音まで重ねているとは!
さすがはモンゴメリ、センスありますね♪
さて、エミリーの父親と同級生という記述があるとはいえ、実際のところは年齢不詳の怪人にしかみえないディーン・プリースト。
そんな彼の神秘的なイメージの原型は、ブルワ・リットンの描いた『ザノーニ』にあったのではないでしょうか。
モンゴメリの自伝的作品の主人公が、謎めいた年齢不詳の男性と交流する話にも、これでなんとなく納得がいった私。
世間からは神秘主義者とカテゴライズされるブルワ・リットンの物語に、モンゴメリは生涯にわたり憧れを抱きつづけたようですから。
で、改めて驚いちゃうのがモンゴメリの不思議な嗅覚!
「恐ろしい金色の竜が巻き付いている中国の急須 --- 五本の爪のある竜で、物知りが見れば、これが帝政時代の王宮で用いられたものであることはわかる。それは義和団事件の獲物の一つで夏の王宮で用いられたものであるとディーンは話した。 けれどもどうしてそれが手に入ったかは話さなかった。『いまはまだ。いずれ話すよ。ぼくがこの家に入れたものについては一つずつ物語があるよ」
(『エミリーの求めるもの』村岡花子訳 p.113〜114)
モンゴメリは、ディーン・プリーストの集めた宝の一つとして、「義和団事件にまつわる急須」を描いているのですが、その義和団事件(1900年)の30年後に、渤海をへだてた隣接の地で起きたのが満州事変で、その調査にあたったリットン調査団の団長は・・・ヴィクター・リットン!
そう、お察しの通り、ブルワ・リットンの孫なんだそうです。(wikipedia 「エドワード・ジョージ・ブルワー・リットン」の項 参照)
もちろんそんな繋がりがあることを、『エミリー』三部作執筆当時(1922〜1927)のモンゴメリは知る由もありません・・・。