第6章 モンゴメリの求めたもの(2)
ところで、「エミリー」というニューヒロインで試みようとした「若い未婚女性のありのままの恋愛」がうまく描けなかったことについて、モンゴメリは後に、次のようにウィーバーに語っています。
' I can't write a young-girl -- romantic -- love story. My impish sense of humor always spoils everything. '
(1926年7月『ウィーバー宛書簡』p.134)
「若い女の子のロマンティックな恋愛話は私には書けません。私の中のユーモアの小悪魔が、いつもすべてを台無しにしちゃうんですから。」(水野暢子訳)
確かに、ユーモア満載なところを抜きにしたらモンゴメリの魅力は半減してしまうかも。
でも本当にそれだけが書けない理由だったのでしょうか。
ここで、モンゴメリがウィーバーへ送った1924年の手紙の中に、『エミリー』の執筆に関して次のようなことを書いていることが気になります。
' One of your comments amused me --- when you said that the only thing you thought a little overdrawn was Mr. Carpenter's method of teaching history! It amused me because that was the only thing in the book wholly drawn from life!! I have noticed so often that when I sketch an incident or character baldly from life my critics invariably consider it overdrawn. Why?
There must be some psychology behind this. Other writers tell me they have had the same experience. Is it because life itself is a crude and imperfect and inconsistent thing compared with our ideas of it. Does even truth have to have a veil of illusion to make it true? '
(『ウィーバー宛書簡』p.115)
「あなたがおっしゃった、カーペンター先生の歴史の授業風景が唯一少しばかり大げさだというご意見、あれは面白いですね!
なぜって、あそこがあの本の中では本当にあった出来事をそのまま描いた、唯一の部分だったからです!!
それにしても、私が現実に起こった出来事や人物をそのまま描くと、きまって大げさだと批評されるのはなぜなんでしょう?
きっと心理学的な何かがあるのでしょうね。他の作家たちも同じような経験をしていると言っていますし。
もしかしてありのままの現実というのは、私たちが抱く観念と比べると毒々しくて不完全で矛盾が多いということなのでしょうか。
真実でさえ、幻想というベールを被せなければ本当らしく見えないのでしょうか?」
(水野暢子 訳)
学校の先生をしていたウィーバーに、カーペンター先生の歴史の授業がちょっと大げさではと指摘され、「現実をそのまま描くと、大げさだと批評されることが多いのはなぜ?」「真実でさえ、幻想というベールで覆わないと本物にならないの?」と面白がるモンゴメリ。
彼女が興味を示している「心理学的な何か」は抽象化と具象化という人間の営みの本質に関わるテーマですが、研究者ではない彼女にとっては作家としての生涯を通じて、自分の筆で挑みつづけたテーマであったのだろうと思われます。
前章で書いたように、若い未婚女性のありのままの恋愛を描けないのは「一般大衆」のせい、と二人の文通相手に愚痴っていたモンゴメリですが、ウィーバーとの文通の初期にすでに次のようなやり取りを交わしているのを見つけました。
' As early as 1908, when Weber argued that in Anne of Green Gables Anne's academic success was '" a litle too good for the literary good of the story,"' Montgomery offered a similar argument to Weber: 'I can't afford -- yet, at least -- to defy too openly the standards of my public' (Montgomery, GGL69,73). '
(『ウィーバー宛書簡』の注釈部分より p.118)
「1908年の始め、ウィーバーが『赤毛のアン』でアンが修める学問的成功は『物語の文学的な出来ばえと比べて、少しばかり出来過ぎのきらいがある』と論じたのに対し、モンゴメリも同様に『今はまだ私には、世間の求める基準をあけっぴろげに否定することはできません。』と応えています。」
(水野暢子 訳)
モンゴメリの日記や手紙の訳書にたびたび出てくる、「大衆」あるいは「一般大衆」という言葉。これは "public" という語を訳したものですが、この訳語ではモンゴメリの気持ちが乗っかっていないようでしっくりきません。私は「世間」とか「世間さま」と訳してみましたが、どうでしょうか?
さて、モンゴメリが楽しんで執筆したと言う『赤毛のアン』でさえ、すでに世間を意識したものだったというのは、私にとってとても納得のいく発見です。なにしろ私の『アン』の第一印象も、ウィーバーと同様「ちょっと出来過ぎ」だったのですから。
私が小学校高学年の時、読書好きの親友に勧められて読み出した『赤毛のアン』とそのシリーズ。
当時は、パディントンシリーズやリンドグレーンの『やかまし村』など軽め(?)のもの、椋鳩十やシートンの動物記ものを好んで読んでいた私にとって、村岡花子さんという訳者さんが手掛けられたアン・シリーズの、白と紫の妙に大人っぽい装丁と字が小さいのに分厚い本の印象に、かなり気がひけたのを憶えています。
それでも勧めてくれた友達の手前、とりあえず一通り読みはしたものの、おしゃべりで勝ち気な主人公の思い込みワールド全開な内容には、ハッキリ言ってちょっとウンザリ。一巻目で挫折しそうになりました。
だって、屋根の棟から落ちちゃうわ、でも足を挫いたくらいで助かるわ、急病の子の命を助けて都合良く失敗を許してもらえるわ、詩の独唱も大成功しちゃうわ、内気なマシューおじさんが買ってきたドレスがなんだかとっても素敵だわぁ・・・なんてエピソードの数々は、いかにも「ラッキーとハッピーを満載してます」って感じじゃないですか。
特にギルバートの頭に石盤を叩き付けたページなんて、読んだ時ウワッ★って退(ひ)いちゃいました。それって確か、TVドラマの『大草原の小さな家』でローラやメアリーが使ってたアレでしょう!? 打ち所悪ければ死んでたと思う、ギルバート★
そんなアンの短気さや高慢さが、利発であることの裏返しということは追々分かってはきたものの、ただそれだけの女の子だったら、私はあのお話世界に夢中になることはなかったろうと思います。
私に『アンの青春』以降のアン・シリーズを手に取らせたのは、『アン』で描かれた彼女の気性や能力への興味や共感ではなく、周りの世界を切り取る感性への憧れでした。緑の切り妻屋根の家。
その二階の窓から見える桜の木と果樹園。
そしてその先に広がる誰もいない森と、その向こうにある親友の家の窓の灯。ウ〜ン、どんなだろう〜♪
自分の周りの小さな世界しか知らない私は、見たこともないはずの風景を、デジャウ゛のような感覚とともに思い描いていました。
なにかにつけ怒っているマリラおばさんとそれを取りなすマシューおじさんの兄妹にも、どこか惹かれる懐かしさがありました。
ラストちかくで、銀行の倒産の報にマシューが心臓発作を起こして死んでしまうあっけなさは、銀行にお金を貯めていたんだという驚きとあいまって、そのリアルさに感服でした・・・。
何をどう書くと多くの人々にとって大げさでなく、うまく行き過ぎでない物語となるのか、他の作家たちと同様に工夫を重ね続けたであろうモンゴメリ。
彼女は1909年にマクミランに宛てた手紙でこんな風に書いています。
「わたしには三つの文体がある、とあなたはおっしゃっていましたが、おそらくその通りだと思います。でも、『アン』の文体はわたしの地の文体です。他のふたつは《作り上げ》られた特定の物語にあわせて、外観に巧妙な装いをこらしているだけです。『アン』はわたし自身の文体で書き上げました。彼女が受け入れられた秘密は、それだと思います。」
(『モンゴメリ書簡集I』p.53)
しかしその4年後の1913年には、
「わたしは、今、三冊目の『アン』ブックに取りかかるために、頭のネジを巻いているところです。この本を書くのは出版社と読者を満足させるためで、わたし自身が満足するためではありません。これに取りかかるのはとても気が重いのです。『アン』の世界に戻るのは、とても難しい気がします --- 何年も前に着た洋服を身に着けるようなもので、その洋服が未だにどんなに美しいとしても、その後わたしが成長しているので、もう小さくなって着られなくなっているばかりか、流行遅れになっているのが分かるような代物なのです。とはいうのの、わたし自身の平安を得るために、この仕事に取りかかることになるでしょう。わたしが恐れているのは、今後とも、一般読者がわたしの文体だと思いこんでいる文体を否応なしに保持してゆかなければならないのではないかということです。彼等は変化を大目に見ようとはしないでしょう。でも、わたしは違ったタイプの本を書いてみたいのです。いつの日か、きっとそうするつもりです --- 一般読者の好みを気にしないですむだけのお金ができた暁には。」
(『モンゴメリ書簡集I』p.80-81)
とマクミランに書き送ってもいます。
何かに合わせるのではなく、自分の欲するままに、より良く変わっていきたいと願う彼女の率直な気持ちはとても良く理解できます。
正直なところ、私もシリーズ2作目はあまり面白いとは思いません。
読者にあわせたつもりでも、気持ちが乗らない中で書かれた文章は、結局のところ読者には響かないということなのかもしれません。
しかし、『アン』により世に出てしばらくの間、作家としてのスタンスの取り方に思い悩んだこの時期のモンゴメリが、モンゴメリの全てではないはずです。
このような時期を経た後、様々な変化を通じてやがては自らの中の不易なものにたどり着いていく、というのはモンゴメリならずとも多くの人々が経験することだと思います。
にもかかわらず最近の日本では、とりわけアン・シリーズ初期の頃のモンゴメリに注目して、アン・シリーズ全体についてマイナスイメージで語られる傾向があることは、以前指摘したとおりです。
そもそも素人の私がこのような文章を書き始めるきっかけになった、モンゴメリ研究の大御所お二人のご意見について、ここで改めて触れておこうと思います。