第3章 『アンの夢の家』はモンゴメリ の夢(2)


モンゴメリは8〜9歳の頃から「精神的で永遠なる事柄」について強い好奇心をもっていたと、22〜23歳の日記に記しています。
モンゴメリは長老派教会という プロテスタント に属していますが、「『教会に参加する』ということは、私自身が受け入れない、受け入れることのできないある教えに同意することを意味した」とも記していたモンゴメリ。
彼女が日記に綴っていた「不滅の真理の輝き」と、それを求める「精神的苦闘」とは、一体どのようなものだったのでしょうか。 (『モンゴメリ日記(1897〜1900)』p.68〜71)

1906年9月にはマクミランへ、次のような一文で締めくくられた手紙を送っています。

「海岸に行くと、わたしはいつも仲間がほしくなります --- 海の広さ、果てしなさ、広大無辺さに触れると、自分の卑小さに否応なく気付かせられて、無性に人恋しくなります。でも、森の中では、ひとりっきりでいるのが好きです。どの木もみんな昔からの親友ですし、ひそやかに吹き抜ける風はどれも陽気な仲間ですから。もし、霊魂再生説を本気で信じるなら、この世に生をうける以前のある一時期、わたしは木だったことがあるのだと思うくらいです。森の中にいると、いつも、完璧に、心ゆくまでくつろげるのです。
ところで、あなたはその霊魂再生説を心から信じる気になりますか。わたしにとっては心惹かれるものです。憂うつな気分のとき、生命は脈々と続いてゆくのだと考えるのが好きです。ひとつの生命と次の生命の間に死という安らかな眠りをはさんで --- 忙しい昼の時間にはさまれて夜があるのと同じように。それは不死の生ということほどには信じがたいとは思われません。さて、そろそろ危険な深みにはまりこみそうになってきましたし、時間も遅くなりました。おやすみなさい、未来の休暇の楽しい夢を見ますように。」

(『モンゴメリ書簡集I』p.31)

教会の信仰を超えたものへと、心を向けていたモンゴメリ。
しかも彼女は、世間そして友さえも、そのままの自分を受け入れるわけがないと感じていたようです。
そして冒頭紹介したように、シャーロット・ブロンテが好きだったというモンゴメリ。
そんな彼女が、ブロンテやその作品を生んだ英国北部地方への憧憬を全開にして描いたのが、「月」「りんごの木」「精霊の正夢」「女王を戴く」「円循環の美」「吟遊詩人」「大海原へとくり出すノルマンと交わりゆくケルトの民」などといったブリテン・ケルトのイメージで彩られた『アンの夢の家』の物語なのでは? と思う私。
神秘主義の詩人、ウィリアム・バトラー・イェーツをして「イギリスで最もハンサムな青年」と言わしめたイギリスの詩人・ルーパート・ブルックが詠んだ

我々の親しいものたちは
あちこちにやしろを築いた、
そこで我々の知っている神々に祈り、
そしてささやかな美しい家に住む


という詩を巻頭に掲げた『夢の家』では、例えばこんなエピソードが語られます。

アンとギルバートが初めて住んだのは、「港の海岸に打ち上げられた大きなクリーム色の貝殻そっくりに見える」小さな家。
その家が建てられたのは、今は灯台に住む年老いたジム船長がまだ16歳の時でした。
英本国から プリンス ・エドワード島の小学校へ赴任した先生から、海辺でありとあらゆる詩を暗唱してもらった10歳年下のジム船長。
その先生には一緒に来るはずの花嫁がいたのですが、両親に死に別れた後ずっと世話をしてくれた伯父さんの看護のために来れないでいました。
ある日、その花嫁がとうとう来ると喜ぶ先生はこう言いました。

「【前略】封を切る前から私にはよい知らせだということが分かっていた。二三日前の夜、あの人を見たからね」
(村岡版『夢の家』p.57)

先生はある才能というか ― または呪いというか、そういうものにときおり見舞われるのでした。
これから起ころうとすることが見える先生。
四か月前の晩、座って炉の火を眺めているうちに英本国の見慣れた古い部屋が見えて、そこに婚約者がいてうれしそうに先生のほうへ手をさしのべているのを見ていたので、よい便りが来ると分かっていたのです。

「いいや、夢ではない。だが、この話は二度としないことにしよう。君がこのことを本気で考えると私達はこれまでのような友達でなくなるから」
「私には分かっているのだ。前にもこのために友達を失ったことがある。私にはその人達を責める気はない。時にはこのことのために私は自分自身にさえ親しめないことだってあるのだもの。このような力には神性がまじっている --- よい神性かわるい神性か、だれに分かるというのだ?
神にしろ、悪魔にしろ、あまり密接にかかわりあうのにはわれわれ人間はしりごみするのだ。」
(村岡版『夢の家』p.58)

先生を慕う村人たちは総掛かりで新しい家を用意しました。
しかし海が時化て、一月で来るはずだった花嫁を乗せた船は2か月たっても到着しません。

「(先生は)腕組みをして大岩によっかかり、海をじっと眺めてました。【中略】『ジョン --- ジョン』とわしはまるで ---まるで--- おびえた子供のように大声をあげたですよ、『眼をさましておくれ --- 眼をさましておくれ』とね。」
(村岡版『夢の家』p.61)

「万事安心だ」
「私はローヤル・ウィリアム号がイースト・ポイントをまわって来るのを見た。あの人は夜明けにはここへ着くだろう。明日の晩、私はわが家の炉ばたに私の花嫁と一緒に座っているだろうよ。」

(村岡版『夢の家』p.62)

そのような不思議な昔話に、真剣に耳を傾けるアン。
ジム船長はそんなアンに「同類(キンドレッド)」を感じるのです。




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