青い石の少女  −1−



 東大陸から西大陸へ帰る船の中で、ノリコはジーナハースの父親
アゴルから、秘密の頼まれ事を引き受けた。もうすぐ12歳の誕生
日を迎える娘の為に贈り物を用意したいと、アゴルが言うのだ。
 ノリコにも異論はない。東大陸への旅をはじめてから、自分のこ
とを本当の姉のように慕ってくれるジーナを、ノリコも大切な妹の
ように思っている。
 さっそく、ノリコは恋人のイザークに話を持ちかけた。もう一人
の連れであり、イザークの親友でもあるバラゴとも相談をして、船
が西大陸の港町に着いたら、市で贈り物を探してくることにした。
  港には、翌日の正午に入港した。
 町に下りて軽く食事をとった後、ノリコとイザークの二人は市へ
買い物に出掛けた。ジーナとアゴル、そしてバラゴは、先に宿を探
し、後で市場の中央広場で待ち合わせることになった。
  早足で歩くノリコに、イザークは話しかけた。
「ノリコ、何を買うか、決めてあるのか」
 ノリコは、茶色い髪をなびかせて振り向いた。
「うん。あのね、櫛を買おうと思うの。ジーナの櫛、ずっと使って
いるから、何本か歯が欠けてるのよ。それから、できたら」
 ここで、ノリコは言葉をきった。なにやら考えている様子である。
「何だ」
 イザークが、ノリコの顔を覗き込む。
 ノリコは、妙齢の女性らしく、その頬をほんのり紅色に染めた。
「あの、できたらね、鏡もほしいの」
「鏡か」
「うん」
「しかし、ジーナは」
 イザークが言いよどむ。ジーナは盲目の少女なのだ。
「わかってる」
 ノリコはうなずいた。
「でも、ジーナだって女の子なんだよ。占いの力があって、占者の
お仕事をしていても、女の子なの。あたしは、ジーナにもっともっ
と、普通の女の子のすることを教えてあげたい」
 こう言われては、イザークも口を挟むことはできない。
「わかった」
 イザークの返事を聞いたノリコは、微笑んだ。
  一方、ジーナ達は、適当な宿屋を見つけると、今夜の宿の約束を
取り付けた。部屋は三部屋。ノリコとイザーク、ジーナとアゴル、
バラゴは一人で、それぞれ部屋を使うことにする。
「俺は、床で寝てもいいんだけどよ」
 バラゴは、広場への道々、そんなことを言う。
「そうすると、ノリコが気にするんだよ。したらよ、イザークの奴
が落ちつかなくなるから」
  と、バラゴは頭を掻く。
「イザークは、相変わらず、ノリコに弱いな」
 アゴルが、ジーナと手をつないで歩きながら笑う。
「お父さん、あたしはイザークみたいにやさしい人って、大好き。
お姉ちゃんも大好き。だから、二人が一緒にいるとうれしいの」
 ジーナが言うと、大人二人は、顔を見合わせた。
「まあ、そうだよな」
「確かに」
 そして、三人は笑う。

  ノリコとイザークが広場へ行くと、すでにジーナ達が待っていた。
「待たせたか、すまん」
 イザークが、声をかける。
「なあに、たいして待っちゃいねえよ」
 バラゴが答えた。
「お姉ちゃん、お買い物すんだの?」
 ジーナがノリコに手を伸ばして、言った。
 ノリコは、その手を握りしめる。
「うん。もう終わり。ジーナは、何か欲しいもの、あるかしら」
「お父さんが買ってくれたよ。いい匂いのする飴玉。お姉ちゃんに
もあげる」
 ジーナが、隣にいる父親にもう片方の手を差し出すと、アゴルは
手に持っていた小さな包みを娘に渡した。ジーナはノリコの手も離
すと、その包みを器用に開いて、中から飴玉を一つ取り出す。
「はい、お姉ちゃん」
 ノリコは屈んで、ジーナの手から飴玉を口に入れてもらった。
「あまーい。それに、ほんと、いい香り」
 ノリコは、うっとりとした表情をしている。
「はい、イザークにもあげる」
 ジーナは、もう一つ飴玉をつまむと、腕を高く伸ばした。
「ああ、ありがとう」
 イザークは、手のひらに飴玉を受け取ってから、口に放り込む。
「バラゴさんにも」
「おう。うれしいぜ、ジーナ」
 だが、バラゴは、もらった飴玉を口には入れず、匂いを嗅いだだ
けで、ポケットにしまった。
「はい、お父さん」
 アゴルにも飴玉を渡すと、最後に、ジーナは自分の口に飴玉を入
れた。飴玉は、それでなくなった。
「あまーい」
 ジーナは、うれしそうにつぶやいた。
 そんな彼女を、アゴルが目を細めて見つめている。
「さて、この後どうするよ」
 バラゴが言った。
「そうだな」
 アゴルは、広場の様子を眺めた。市は活気にあふれていた。
「ジーナ、もう少し見ていこうか。まだまだ面白そうなものがあり
そうだぞ」
 ジーナはもちろん、ノリコやイザークも、その言葉にうなずいた。

 早めの夕食をすませて、ジーナ達が宿に戻ったころには、すっか
り日が暮れていた。
 部屋割りは、かねて決めてあったとおり、それぞれに別れて休む
ことになった。
「ジーナ、荷物を整理したら、買ってきたものを見せにいくね」
 ノリコが、いつものように、部屋に入りかけるジーナに声をかけ
た。
「うん。待ってる」
 ジーナもうれしそうに答える。
 ジーナは盲目だが、青い守り石を手に持っていると、さまざまな
物が頭の中に浮かんでくると言う。その力は、体の成長と共に日に
日に大きくなり、今では、彼女は占者として比類なき信頼を仲間か
ら寄せられている。
 しかし、ジーナは、その信頼に甘えることはなかった。占いの力
に自惚れることもなかった。
 旅の道中は、父親のアゴルやノリコに手を引かれることが多く
あった。それは、ジーナには必要なことだ。だから、彼女は素直に
それを受け入れている。
 それ以外のことで、ジーナは、自分のできることは自分でやって
きたつもりだ。幸い、父親のアゴルも、姉代わりのノリコも、親身
になって年頃の娘が身につけるべきことを教えてくれた。イザーク
やバラゴが心配そうに自分の手元を覗きこんでいるのを、ときどき
感じていたが、彼らは、何も言わずに見守ってくれた。
 そして、今日もそうだ。
 ノリコは、買い物をしてくると、決まってジーナの前に広げて、
あれこれ説明をしてくれる。市の様子はどうだったとか、値引き交
渉の仕方とか、品物の見分け方とか。まるで、自分の目が見えない
ことを忘れているかのように。
 そこまで考えて、違うと、ジーナは頭を振った。
「どうした、ジーナ」
 先に部屋に入って、明かりを点けていたアゴルが、ジーナの様子
を気にしている。
「何でもないの、お父さん」
 ジーナは慌てて言った。
「早く、お姉ちゃんが買ってきたもの見せてほしいなと思って」
「ああ。そうだな」
 アゴルは、娘に微笑みかける。
 暖かな気色を感じながら、ベットに腰掛けたジーナは再び考える。
 ノリコが忘れているのではない。自分が忘れているのだ。目が見
えないこと、占いの力があることを、ノリコといると忘れている。
自分は普通の女の子なのだ、と感じることができる。
 うれしい。
 ジーナは思った。
 そう思える自分が、ジーナはうれしかった。そして、育ててくれ
たアゴルに、ノリコに感謝した。イザークやバラゴが傍にいてくれ
てよかったと思った。
 ジーナは、胸にいつも下げている、小さな巾着に手をあてた。袋
の表面は随分と擦れている。手に触れるざらつきの中に、固くて丸
い物がある。
 ジーナの守り石だ。
 かつて、ジーナの母の形見として、父親のアゴルがくれた物だっ
た。それは、青い石で、ジーナの占いの力を高めてくれる、占石で
もあった。
 ジーナは、石にそっと語りかける。
 あたしの目は見えない。そのかわりに他の人には見えないものを
見る、心の目をもらってる。普通の人にはない力。でも、あたしは
普通の女の子なんだ。
 ジーナの顔に笑みが浮かぶのを、アゴルが見守っていた。



(C) 飛鳥 2003.7.16.

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