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くじらさんの詩(令和元年追補) |
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北海道 |
■「アイヌの鯨祭のうた」 北海道 |
■「アイヌの鯨祭唄」 |
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浜へ鯨があがってきた フンボ エー |
フンベ・ヤンナ(フンボエ)、 |
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行ってみようよ フンボ エー |
ベシタ・ヤンナ(フンボエ)、 |
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浜へ大きな鯨が 白身の肉をどっさり背負って |
イン・カノ・ウタル(フンボエ)、 |
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上ってきた フンボ エー |
サパ・イン・カル(フンボエ)。 |
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行ってみようよ フンボ エー |
(注)フンベは 鯨 |
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海岸に打ち上げられる鯨は「寄り鯨」と呼ばれ、 |
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丁寧にまつられてから貴重な食糧と された |
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(注)クジラさんの無形文化遺産 |
鳴き声は寄り鯨をいつも最初に発見するカラス。 |
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http://www.catv296.ne.jp/~whale/sekai-isan-mukei.html |
その声を聞いて、「鯨が浜に上がったよ。 |
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千葉・勝山 |
■「勝山の鯨唄」 (勝山組) |
目のよい人たち、岬で見てきておくれ」と言いあう場面 |
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やれ目出度のう うれしめでたの |
http://www2s.biglobe.ne.jp/~koyukai/zupopo.html |
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ヤレ若松よナアエヤ ヤレ若松よナアエヤ |
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アア枝も栄える葉もしげる サア突いたしょ突いたかしょ |
『クジラを演じる者が着物を頭からすっぽりかぶり横たわる。 |
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ホイ槌鯨のこもつは 突いたかしょ |
そこへ盲目の老婆を演じる人が杖をつきながら登場する。 |
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今度突いたも(は) ヤレ勝山組よナアヤレ |
そしてクジラにつまずく。 |
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ヤレ勝山組よナアヤレ アア親もとるとる子もとるよ |
老婆は何につまずいたか、手探りでその正体を知ろうとする。 |
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サア突いたしょ突いたかしょ 沖のかごめに |
そしてその正体がクジラである事に気付き大声で部落の人たちに知らせる。 |
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ヤレもの問えばナアヤレ ヤレもの問えばナアヤレ |
そこで部落のアイヌ達は背負い袋を持ってクジラの歌を歌いながら集まってくる。 |
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アアつちは来る来る 明日も来る |
そしてクジラの肉を切り分けて背負い袋に入れる動作をする。 |
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誰がさしたよ ヤレ枕箱ナアヤレ ヤレ枕箱ナアヤレ |
カラス演じるの人達もお相伴に預かろうと集まってくるがアイヌ達に追い払われる。 |
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アア夜中夜中に目をさます (後略) |
カラスはアイヌ達が去った後、残った肉をついばみ飛び去る。 |
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後には抜け殻の着物だけが残される・・・。』 |
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(注)鯨唄にある「祝いめでたの〜若松様よ♪」の若松様とは誰・ナニのこと ? |
http://midomidotacnet.blog.fc2.com/blog-entry-76.html |
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http://www.catv296.ne.jp/~whale/kujira-iwaiuta.html |
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千葉・勝山 |
■「勝山の槌鯨」 [勝山の刃刺踊唄」(内宿組) |
■「勝山の刃刺踊唄」(西海の鯨唄:野本政宏著P34) |
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うれし目出度の若松さまよナア (此時船中一同に)ヤアレ 若松さまよナア |
「今度突いたは、 中宿舟よ。・・・・(内宿か?) |
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インヤ枝も栄ゆる葉も茂る (一同のはやし)サアツイタカシヤウ |
親も子供も児(コクジラ)も捕るよ。 |
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槌の子持ちをツイタカショ |
沖の中へと やれ早やのぼり、 |
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今度ついたも内宿組よナア 親もとる子もとるよ |
上り下りの槌(ツチクジラ)を待つ。 |
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長いかたなをからでも指すかそなたなるまいからかない |
沖の鴎に槌はと問えば、 |
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おもしろいものヤアレ 笛の音ワナ さすが都の竹の根よ |
槌は来るくる、克(コクジラ)も来る、 |
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知らで硯のヤアレ そばに寝てナア 身おば染たよ墨染に |
突いたか突いたかショ。 |
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沖の渡(と)中にヤアレ や立て上り下りの船をまつ |
槌の子持ちを突いたかショ。」 |
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淀の川瀬のヤアレ 水車ナア たれをまつやらくると |
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何をなひくよ河端柳ナア 水の出ばなおなびきぞよ |
(注)大組・新組・岩井袋組の3組それぞれ17,16,24隻 |
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何とさしたよヤアレ まくら箱ナア 夜中に眼をさます |
計57隻の編成と記載されている。 |
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こんど御ざらば持て来てたもれナア 伊豆の御山のなぎの葉を |
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ヤレおしこんだ 加知山浦へおしこんだ つちんぼのお金をかますにとりこんで |
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おどらば拍子面白や三国一じゃ つち(槌鯨)をとりつんまいた(捕りしこと) |
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(注)三国一は世界一 |
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千葉・勝山 |
■「勝山の土鯨」 千葉 |
(注)ここに5件の「勝山の鯨唄」があるが少しずつ |
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突いたかしょ突いたかしょ 土(ツチクジラ)のこまつ(子持ち)や突いたかしょ |
違いが見られる。時の流れで色々と変化があるのが |
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嬉し目出度のヤレ若松様よナエヤ ヤーレ若松ヨナーエ 枝も栄える葉も繁る |
「民謡」の特徴でしょう。 |
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アレヤー 突いたかしょ突いたかしょ ホイ土のこまつよ突いたかしょ |
(注)YouTube「2015安房勝山鯨唄
REDA舞神楽」 |
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今度突いたも勝山組よ 親も捕る捕る子も捕ろよ |
では大きな鯨が出てきます。楽しく見ることができます。 |
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沖の鴎にヤレもの問えば 土も来る来るやすも来る |
千葉船橋市のグループだそうです。 |
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千葉・岩井袋 |
■「岩井袋の槌鯨」 千葉 |
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咲て見事な岩山つつじ 植て咲かせてさまにやる |
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おしま原からよせてくるつちを 二十余隻秦士かさしてとる |
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をまい百までわしゃ九十九まで 友に白髪のはいるまで |
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船が新造で櫓かいが新木沖のつちんぼかよりかかる |
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中をいわいて門に立つ これも酒屋の杉はやし |
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お前十七はしゃ寅の年 詣る薬師も寅薬師 |
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お山づでんどいをなる神は ここわくわばら四方まさる |
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沖の瀬の七瀬あはび 海士がとらねば瀬てくちる |
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傘をわすれた駿河の茶屋へ 空がくもりておもい出す |
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沖の渡中の三本竹 しほにもまれて葉がよれる |
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(注)ずでんどんは雷の音か |
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静岡 |
■「突ン棒」 |
■〈鯨突唄〉がネット情報にありました。 |
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何と咲いたよ エー枕箱 ゝ 目覚めに目を覚ます |
「りゅうそうもやいでェー波勝の沖で つちをついたとまねを出す |
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サー突いたかじょう ゝ チョイとツチの子持を突いたかじょう |
サアツイタカジャウ ツイタカジャウ |
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土肥の地組で エー追せておいて ゝ 戸田の嵐を吹いて通る |
ホリャつちのこもちをツイタカジャウ |
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サー突いたかじょう ゝ ホイ ツチの子持を突いたかじょう |
今度ついたのはェーやそべいが組か四郎左が組か |
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(中略) |
親もとるとる子もとると サアツイタカジャウ ツイタカジャウ |
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イエエンゆごとしんみず何から先よ アエーンエーンサッサ |
ホリャつちのこもちをツイタカジャウ |
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まくら咲いて誠に鯨突く エー目出度のヤァ |
土肥の地組でェー追わせておいて 戸田の嵐で吹いてとると |
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いわか枝もオーンヤラーン |
サアツイタカジャウ ツイタカジャウ |
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ホリャつちのこもちをツイタカジャウ」 |
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資料:https://www.shiz-bunka.com/pages/child_detail004 |
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ふじのくに文化情報 |
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〈つち〉は、ツチクジラのこと。 |
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〈まね〉は、船上で揚げる信号旗のこと。 |
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三重 |
■「鯨取船明神丸の唄」 三重 |
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[流し唄] |
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(前唄) |
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エェーヘェーヘェーヘェーエェーエ―― イヘーエ――ヘェー |
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エェーイ――ヘェー エ――ヘエーヘー |
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エ――サ――アー サーヨォシテーヨォシテ |
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(本唄) |
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今年ゃ世が良て穂に穂が咲いた |
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アー 枡はさて置いて箕で計る ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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吹けよ西風上がれよヒシコ |
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アー 上がりゃ四日市の浜で捕る ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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吉田通れば二階から招く |
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アー しかも鹿子の振袖じゃ ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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躑躅(つつじ)椿は山坂照らす |
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アー 鰯ゃ四日市の浜を照らす ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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沖のカモメに潮時問えば |
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アー 私ゃ発つ鳥波に問え ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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太鼓叩きはどなたで御座る |
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アー あれは富田の清助じゃ ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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宮の熱田のならずの梅は |
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アー 花は咲いても 実はならず ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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宮の熱田の二十五丁橋は |
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アー 誰が掛けたか知らぬ間に ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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鳥羽はよいとこ朝日をうけて |
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アー 七つ下がれば女郎がでる ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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鳥羽のセンスイ錨はいらぬ |
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アー 三味や太鼓で船つなぐ ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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〜以下略〜 |
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[役唄] |
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安芸の宮島 廻れば七里 |
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アァ 浦は七浦 ノホホイホイ 七恵比寿 お目出度や |
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[突唄] |
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沖のカモメに 鯨はと問えば |
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サァ 鯨が来る来る ノホホイホイ 後へ来る お目出度 |
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ヤッソレー |
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イヤッサー ソレジャイナーエー |
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イヤッサー ヨイトコショーエー |
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[役唄] |
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お諏訪前で 鯨を突いた |
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サァ これもお諏訪の ノホホイホイ 御利生かや お目出度や |
(資料:Wikipedia) |
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[役唄] |
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うれし目出度の 若松さまは |
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アァ 枝も栄えて ノホホイホイ 葉も茂る お目出度や |
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[役唄] |
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うれし目出度で 詣れば渡る |
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アァ 伊勢の大淀の ノホホイホイ 宇治橋や お目出度や |
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[梶直し唄] |
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これで妻子も諸共に |
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ア− 珠を持って 遊べ ヤッサ それじゃ 治まのぉー |
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アー エートー シャーントーセイ |
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ソレジャー ヤーサ シャーントーセイ |
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[梶直し後唄] |
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弥栄(いやさか) 子孫の家の ホーイノホーイ |
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アァソーレイ |
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[梶直し後唄] |
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伊勢の間の山を通ればヨォ |
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ア− お杉やお玉 ヤッサ 治まる御代ヤトーセ |
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南納屋町 鯨船 明神丸 船唄 <昭和32年収録> |
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http://www.catv296.ne.jp/~whale/katuo-iwasi-kujira-naniterasu.html |
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大阪・堺 |
■「堺出島浜くじら音頭」(鯨踊り音頭) 大阪 |
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波の花咲く(コラセ) かすみの海でさ 沖で鯨が しおを吹く(マカセ) |
(注)小高は「古座」、たいじは「太地」、宮崎は「三輪崎」 |
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沖に見えるが(コラセ) 鯨の船か 小高か たいじか 宮崎か(マカセ) |
との解釈もある。 |
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(歴史と文化探訪:日本人とくじら・小松正之著) |
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大阪・堺 |
■「くじら音頭」 (堺出島浜伝承唄) |
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堺住吉(コラセ) 三社か四社かさ 表三社で 裏と四社(マカセ) |
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四社の前でと(コラセ) 扇をひろめ(ママ) 扇めでたや 末はんじょう(マカセ) |
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鯨とろとて(コラセ)綱まですいて くじら熊野へ みなかえる(マカセ) |
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出島浜にて(コラセ) 鯨がとれて 今はうれしや 宮詣り(マカセ) |
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堺あんりゅう町(コラセ) 浪花の松は 天に押されて 地で開く(マカセ) |
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沖に見えるは(コラセ) 鯨の船か 小高か たいじか宮崎か(マカセ) |
(注)小高は「古座」、たいじは「太地」、宮崎は「三輪崎」 |
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前のろくろは(コラセ) かがすをはえて 鯨まくまで ひまがいる(マカセ) |
との解釈もある。 |
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目出度目出度の(コラセ) 若松さまよ 枝も栄えて 葉も茂る(マカセ) |
(歴史と文化探訪:日本人とくじら・小松正之著) |
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あきの宮島(コラセ) まわれば七里 浦は七浦 七えびす(マカセ) |
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沖のかもめに(コラセ)潮時とえば 私や立つ鳥 波にとえ(マカセ) |
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沖のとなかの(コラセ) 三本竹よ うまづ(ママ)竹かや 子が出来ず(マカセ) |
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うまずだけでは(コラセ) わしやなけれど 潮にもまれて 子がさかぬ(マカセ) |
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とろりとろりと(コラセ) 船漕ぎ立てて 春は詣ろや 伊勢さまに(マカセ) |
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堺住吉 名所がござる(コラセ) 角(かく)の鳥居に それ橋か(マカセ) |
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和歌の浦には(コラセ) 名所がござる 一にごんげん 二に玉つ島(マカセ) |
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つつじ椿は 野山を照らす(コラセ) せみの子持ちは 村照らす(マカセ) |
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さがみ(相模)横山(コラセ) てるての媛は つまの小栗と 二度添える(マカセ) |
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播州高砂(コラセ) 尾上の松は 枝も栄えて 葉も茂る(マカセ) |
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ひい(比井)のからこ(唐子)の(コラセ) 中手(かて)の磯は 根からはえたか 浮島か(マカセ) |
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沖に見えるは(コラセ) 鯨の山か こざかたいぢか みやざきか(マカセ) |
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沖に見えるは(コラセ) 鯨の山か 陸へのぼせば 黄金山(マカセ) |
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堺出島の(コラセ) 船持(神社)さまは 出船入船 お守りなさる(コラセ) |
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竹になりたや(コラセ) お江戸の竹に お江戸御番所の とゆ竹に(マカセ) |
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えびす大黒(コラセ) いずみの国のさ 西と東の 守り神(マカセ) |
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浪の花咲く(コラセ) かすみの海で 沖で鯨が 潮を吹く(マカセ) |
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[鯨のもりつきのかけ声。歌詞五番ごとに入れていく] |
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一国二国三国一の大せみ |
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取りすまして よいよーい よや よや やあやあやー |
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やよせ やよせ やれつけや |
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<鎌苅一身『堺出島浜・鯨まつり−堺泉州三大奇祭−』 |
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(『堺泉州19号』堺泉州出版会)> |
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[かつお・いわし・くじらは何照らす!] |
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http://www.catv296.ne.jp/~whale/katuo-iwasi-kujira-naniterasu.html |
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高知・土佐 |
■「鯨舟の歌」 高知 |
<大宴 の説明> |
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三国一ぢゃ 子持取りすました |
船下し 初漁 初詣 1月二日乗初式 孕児持の捕獲 |
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でかしたでかした 明日はでかした |
背美鯨の捕獲 大漁祝 |
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大きな大背美を捕った |
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嬉し目出度の思ふこたかな |
上記大宴に於いては総ての幹部を一堂に会して行うのであす。 |
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いやとったりや ともさで |
上席を占むるは役職員であって、次いで、白船、赤船、納屋船、 |
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末は鶴亀 五葉松 |
樽番船の羽指それに続いて山見頭、解剖頭、其他勢子船、網船 |
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重ね取りよする 浮津浦組よ |
等の羽指全員、及び各役々の首脳者が既定の順位によって首席 |
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いやとったりや ともさで |
します。 |
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親も取りそへ 子もそへて |
総裁、先ず盃を採り、白船沖配に差します。白船は之を赤船に、 |
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今日も背美取る 明日も取る |
以下順位に亘るのです。 |
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いやとったりや ともさで |
後各々自由に献酬に移ります。酌取りは壮年の男子ばかりで |
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明後日は旦那で 金かける |
あって決して婦女は交えません。 |
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三国一ぢゃ 子持取りすました |
宴酣なるに至れば、総裁は五合入、七合入、一升入の大盃を |
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でかしたでかした 明日はでかした |
賜う。白船沖配は酒席の高潮に達した時刻を見計い、太鼓方 |
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大きな大背美を捕った |
に命令します。 |
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いや組の栄は 久方の子持連魚を |
太鼓方は鞭を以て三回打つ。それを合図に全員座を直し、 |
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日々に来て 押し寄せて 寄せて |
酌取りは別室に下れば白船沖配の音頭につれて次に掲ぐる |
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突き取るはざしかこ 何時迄も何時迄も |
如き歌を唄います。 |
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旦那栄える 浦屋もにぎはうかな浮津浦 (以下略) |
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或は一斉に双肌を脱ぎ、或は双手を挙げて相和し誠に勇壮に |
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高知・土佐 |
■「鯨舟の唄」 高知 |
して且つ古雅の趣があります。歌い終われば全員一斉に退席 |
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三国一じゃ子持ち捕り済ました アでかしたでかした |
して一人も残留するものがありません。 |
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ソリャ明日はでかした ア大きな大背美をとった |
だが一歩門外に出れば此所彼所に酔って倒れる者が夥しい。 |
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ソリャオン和歌の ア大浦から アヨーイ ア焦がれて来 ソリァ来たか |
然し古来捕鯨邸内に於て倒れる者は一人もいないということ |
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アソレモエーンエーンエーンエー アヨーイ |
です。これを以ってしても如何に規律が厳重であったかを推知 |
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ア様は嬉しゅや アヨーイ アもろ共に 嬉し目出度の ア若松様よナー |
する事ができましょう。 |
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ア枝もヨー ソリャ 栄える ア葉も茂る |
この宴席に於ては流行唄は一切🈮ラわないきまりでした。 |
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ソーリャ枝もナーヨーシ ア枝もヨー ソリャ 栄える ア葉も茂る |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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イヤ旦那様の鯨舟 ソリァ浮津の甚五郎が造りたや |
http://www.catv296.ne.jp/~whale/iwaiutanimiru-kakutiiki-kannren-zenbu.html |
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突き候背美のソリァ 子持ち突き候エ |
「室戸:鯨船の歌 捕鯨唄(三国)」 |
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イア旦那様の神楽さん ソリァ如何なる日を見て据えたやら |
をご覧ください |
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捲き候背美のソリァ 子持ち捲き候エ |
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イア旦那様の油納屋 ソリァ如何なる日を見て建てたやら |
■「ヲカン節」 |
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練り候背美のソリァ 子持ち練り候エ |
嬉し目出度の若松様は枝も栄える葉も茂る |
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イヤ鉢巻鉢巻 茜鉢巻ゃ浮津浦組よナー ソリャ |
続け続けよ末まで続け末は鶴亀五葉の松 |
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親も獲り添え ア子も添えてオモシロイ ソリャヨーカロ |
今日も捕る捕るいよ明日も取る |
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ソリャ大背美は 舟に寄りかかる寄りかかる |
明後日(あさちゃ)旦那で金掛ける |
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ヤあわの中のひよどり エイヤシャリシャリシャリソリァ |
明日はよいぞえ沖までじゃ |
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一国二国三国一じゃ子持ち捕り済ました |
やらぬ前の網代でもやい捕る |
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ア三国一じゃ子持ち捕り済ました |
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高知・土佐 |
■「三国」 高知 |
■「ヘッコラショ節」 |
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三国一ぢゃ子持獲りょすました |
布に火が立つ上み山にゃ招く |
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でかしたさア でかしたさア |
前の網代でもやい捕る ヘッコラショクワシチョケナアー |
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あすはでかした大けな大たろ大獲りぢゃ |
前のろくろに綱くりはえて |
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祝えごりょしょにまず背美獲ろや |
大背美巻くのにゃ暇もない ヘッコラショクワシチョケナアー |
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これも祝いのごりょしょかぇ |
熊野御岬を急げよ大背美 |
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重ね獲りょする津呂浦の組は |
土佐の室戸で突き留まる ヘッコラショクワシチョケナアー |
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親も獲りそえ子もそえて |
山が見えたぞ捕鯨の前で |
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前の轆轤(ろくろ)へカガスをはえて |
あれは鯨じゃ山じゃない ヘッコラショクワシチョケナアー |
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子持ょ巻くのにひまがない |
泣くな別れにゃまだ夜は早い |
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そりゃまた一ぢゃ子持獲りょすました |
出船合図にゃ鶏がなく ヘッコラショクワシチョケナアー |
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でかしたさアでかしたさア |
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あすは大けな大たろ大獲りぢゃ |
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高知・土佐 |
■「和歌」 高知 |
■「組の栄え」 高知 |
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そりゃアわかへくる時ゃえりかけござれ |
組の栄えはひらかたの |
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わかの女郎すはえりにつく |
子持つれ魚(いお)日々にきて 押寄せて |
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亀が舞する鶴たつ島に |
かけて突き獲る羽差舟子 |
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お宮詣りの下戸(げこ)の祝(しゅく) |
右は彼の津呂組それまた一ぢゃ |
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たけになりたやお山のたけに |
子持獲りょすました |
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旦那栄えるしるしなり |
明日はでかしたでかしたさア |
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大きな大たろ大獲りぢゃ |
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山口 長門市 通 |
■今年は幸せ |
無形民俗文化財 通鯨唄 |
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今年は幸せ サア 思うこんこうたあ叶うた |
通浦沿岸では古くから鯨捕りが行われていたが、延宝年間(1673〜80) |
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アアヨイヤサー |
に通浦住民で組織した「鯨突組」が創業して以来、萩藩の積極的な保護 |
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末はつる亀 五葉の松 |
のもとで藩政時代を通じて、瀬戸崎、川尻浦とともに、長州藩捕鯨の基地 |
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さても御利生なサアー住吉様よ |
として繁栄した。 |
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サアヨイヤサ |
通鯨唄は、明治以後も幾多の変遷を見ながら明治40年(1909)まで存続 |
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氏子栄えるめでたさよ |
したが、通浦漁民は、自分達先祖の栄光と歴史を秘めたこの鯨唄に誇り |
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竹になりたや サア 薬師の竹に |
を以て現在までも歌い継ぎ、地区住民の中に深く根を下ろしている。 |
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うらはひご竹 サア 根はダン だいの竹 |
鯨唄は、捕鯨期の納屋場作業や宴席で唄われた労働歌であり |
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ソリャソリャ いちじゃいの |
祝い唄であった。 |
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またいちじゃいの |
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中は栄える しるし竹 |
藩政期には正月元旦に住吉神社拝殿で歌い初める儀式歌でもあったが |
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ヨカホーエ |
現在では、もっぱら祝儀歌として、結婚式や上棟式、船おろし等の宴席で |
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歌われる習慣となり、しかも、その場合、一座の長老がまず歌ってから |
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山口 長門市 通 |
■「あの盃に」 |
他の者が歌うというほどの格式を持っている。 |
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あの盃に花が咲く 花もや |
歌う態様は、鯨太鼓(締太鼓)二基を中心に円座をつくり、頭に赤い |
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こがねの花が七重咲く 花もや |
鉢巻をしめ、両手をする合わせながら、合掌する形で歌う。 |
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しの田の水は声の酒のばや |
歌詞も多様で西海方面の方言も混入していて、交流の一端が |
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さいとりさせばよいよあしさしなべ |
うかがわれる。 |
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我君様のお組の船は |
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えにたてて |
祝え目出度(大唄一番) |
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波風静かに 船をとおり候よ |
さても見事な(大唄二番) |
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ヨカホエ |
夢を見ようよ(大唄三番) |
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今年は幸せ |
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■みしま鯨 |
朝のめざめ |
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みしま鯨誰がかけそめた |
あの盃に |
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組の親爺がかけそめた |
(以上資料:勇魚捕唄 収集・編集 立石陽一) |
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水が呑みたやおさんの手から |
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顔のえくぼのたまり水 |
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帯になりたやおさんの帯に |
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ひるは細帯(ほそこし)じゅるりと〆て |
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夜はとかれて添寝する ヨカホエ |
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佐賀 呼子 |
■「鯨納屋石搗歌(くじらなやいしつきうた)」 佐賀 |
<呼子捕鯨の歴史> |
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松に花さく萬代かけて |
文禄年間(1592〜95)に当時の唐津藩主・寺沢志摩守が |
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上下万みん五常の道を |
紀州・熊野灘から漁夫を雇って突き取り法の捕鯨を行わせた |
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まもるめぐみで幾久しくも |
ことから始まり、江戸期に隆盛を極めたといわれる西海地方 |
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つヾくつくしの名も立なみの |
の捕鯨。嘉永六年(1853年)浦賀へのペリー来航に象徴 |
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松浦がたとやひれふる山に |
されるように、当時は外国の捕鯨船が日本海、近海で |
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残るくもりのはれ行方ハ |
さかんに操業を始めており、日本各地の鯨組は大きな |
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虹のまつ原其かたわらに |
打撃をこうむることになる。加えて、明治四年の廃藩置県 |
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しづが里とて賑ふ町に |
でそれまで鯨組が受けていた藩の庇護がなくなると、 |
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萬はかりし桝屋といふて |
資本力を持たない個人経営の鯨組はいっきに衰退へと |
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数代栄華のえだ葉もさかへ |
追いやられた。 |
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質屋酒やに寿命を延す |
小川島を捕鯨拠点とし、呼子に居宅を構えて八代に |
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薬し辺々売広まりて |
わたり操業、鯨大尽の名をほしいままににした中尾組 |
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諸事の小ま物おみせがあまた |
の八代目中尾甚六(中尾家は代々甚六を襲名)は明治七年 |
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物のうりかひ出入もあまた |
の佐賀県庁に捕鯨免許申請を行って、小川島の人々と |
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心廣川利兵衛さんな |
共同で捕鯨に当たろうとしたが、ついに体制を立て直す |
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何に不足もなさおりからに |
ことはできず、正徳年間(1711〜15)依頼の鯨組の |
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君の御用て筑前の守 |
歴史を閉じることとなる。 |
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兼て長崎御預りで |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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諸士のおともで唐おらんだと |
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立に行きの御とまりじく |
■千越祝唄 |
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三のちゃやともなる家がらの |
アーヨイヤサー |
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数年御宿のこんいと成て |
御利生御利で明日から |
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あひの名物玉嶋川の |
大群(がち)獲ろうよ |
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清きながれのわたしばなれど |
これも氏神さんの大御利生かな |
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汐のみちひにふねふつがふと |
アーヨイヤサー |
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桝屋一ッ手のちぞふのはしを |
氏神御利生で明日から |
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かけて近来御通りあれバ |
大群(がち)獲ろうよ |
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上下揃ておんよろこびの |
これも恵比寿さんの大御利生かな |
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桝屋気どくの御ほうびとして |
アーヨイヤサー (注:恵比寿 恵美須の違いあり) |
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今度ちくぜんかねざき沖に |
恵美須御利生で明日から |
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うをの道筋かじめの嶋へ |
大群(がち)獲ろうよ |
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なやのしぐみを下さる比ハ |
これも恵比寿さんの大御利生かな |
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天保十一子の初春に |
アーヨイヤサー |
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福を道行大こく天の |
稲荷御利生で明日から |
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あたえ成かやこわありがたや |
大群(がち)獲ろうよ |
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うんき桝やの利兵衛さんな |
これも旦那さんの御利生かな |
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時にあふぎの末廣川と |
アーヨイヤサー |
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成てあをがんかなめが大事 |
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徳者中まにはなされけれバ |
山見御利生で明日から |
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我も我も打祝で |
大群(がち)獲ろうよ |
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鶴のすごもる一本杉屋 |
これも旦那さんの大御利生かな |
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かじめ仕出の咄のねつに |
旦那御利生で明日から |
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すヾもなまりもみな打とけて |
大群(がち)獲ろうよ |
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和合はなしのおふなや小なや |
これも若衆の大御利生かな |
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受つなかしつ質屋の出合 |
しぢゃいなーンマ しじゃいな |
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なれど新きのしだしの事で |
祝うて今年も幸せよかろうよ |
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金も諸方に銀仕を見立 |
ヨヨーイ ヨヨーイ ヨヨーイ ヨーヨヨーイ |
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思ひ思ひに手くばりなさる |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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時にしたつる船材木ハ |
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日向仕出しの五そふのうわに |
■ろくろ巻き唄 |
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虹の浜べにみな買上て |
ヤーレ巻いた ヤーレ巻いた |
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私領御料の木引をあつめ |
糸屋の姉さん ヤーレ巻いた |
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我も我も夜ハ日に次で |
巻いてとるのが 糸屋の姉さん |
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引やはまさき手くりの伝へ |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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四十八うらの船大工しに |
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わけて願もいそぎの事で |
■ろこぎ唄 |
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呼子名古屋にかた嶋掛て |
アー押せや押せ押せ船頭さんもかこもよ |
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くみになれたるえり人斗り |
押せば都が ノーヤレコノ 近くなるよ |
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よせもよせたる三百余り |
アー早く直さなきゃ 市場がしまるよ |
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ひごそかひあげ上ずにかけて |
市場しまればノーヤレコノ誰頼るよ |
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もっそかけあみ引船のつな |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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くじらまきどふつり掛かがす |
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かじわもり早けん打上る |
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
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小だま小だまがあらいそなみの |
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音にまさりてさも賑かに |
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つくりならぶるうらはま伝へ |
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いろは印の新ぞふ受て |
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萬小道具早つみ込みて |
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船のおやじは水主船頭を |
(左から続く) |
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国のならいで物やわらかに |
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風をまてどもおりあしけれパ |
くじらあいさつこちやたいがたく |
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雨天つヾいて出船もならす |
付つまわしつ取物類を |
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おなじ所にまむしの神や |
ゆだんさんすなかんだら心 |
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すわのみやなる神主様へ |
しめつゆるめつ嶋役人ハ |
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右の次方をかたられけれバ |
廣き所に屋敷を見立 |
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ちかく川上鏡にたしま |
渡し玉へバ地わりをいたす |
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唐津明神うきだけ山へ |
むねも落付石搗おんど |
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気勢(お)いかへれバあらたなことハ |
伊勢ハ津で持津ハ伊勢でもつ |
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そらにくまなき日ハ清(すが)々と |
古歌をまなんでかりほのいほの |
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四海浪風おさまる冬の |
苫のあら吹露霜よけて |
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中の月末日をあらたまの |
住しかりがね田毎の月も |
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こよみひらけバ其日も天しや |
見ずに汐吹くじらをにらむ |
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よろずよしよし船押出す |
船は白嶋山家のみ崎 |
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白ほまきあげせみ口しめて |
思ひ思ひにかじめの嶋へ |
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四十八そふおい手にまかせ |
かよふ千鳥の声山からも |
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鳥もおそるゝげん海なだを |
ざいを振立ふり込方え |
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風にならんで行勢ひハ |
右も左りも早追船の |
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むかし源平船いくさより |
浪の龍田はもみじがてらす |
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まして気づよく乗り出しけり |
蝉の子持はかじめをてらす |
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浪の高嶋打こし見れパ |
次の長すハざ頭の手引 |
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神集嶋とやさよひめ嶋 |
沖のかもめか親鳥こ鳥 |
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いわれ咄しぞあら面白や |
続く大雨とのがたまでも |
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けやの大戸ハはひして通る |
なやのしかふを見物せんと |
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みさきかわれバ心もゆるみ |
思ひ思ひに大樽小樽 |
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船にそなえし御酒ひろめんと |
つめる油が千丁余り |
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たんなたんなはなだ酒出て |
せじる火の手が雲井を照 |
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さへつおきへつ呑相の嶋 |
富士や朝間のけぶりも今ハ |
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木でも竹でも引のこの嶋 |
およぱざけり心の内ハ |
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はるかへだてゝかのだざいふや |
日本取てもとよとみ公ハ |
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玉の箱崎心で拝す |
武士の名正三国一と |
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次に古(いに)しへ神代のむかし |
角力附でも大関成が |
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いこくたひじのなされし時の |
それにまさりて日本のくじら |
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一千の御宝ひみつの玉を |
取てたらぬとせけんのうわさ |
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おさめおかれし此鹿の嶋 |
深山からすも鵜のまねすれバ |
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今にいたりて龍神祭り |
水におぽるゝ古人の言葉 |
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残し置れし船物語り |
仇にこぽすな廣川の水 |
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風がよけれバほどまぢかくも |
せくなせきゃるな浮世ハ車 |
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船の掛りもよき地の嶋へ |
まわり大がね千万両も |
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ついていろはの印を立る |
のぞみますやがすき八合で |
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水主も船頭も心のいかり |
わたり兼ても心にとかき |
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とんとおろして問屋に上り |
引てかん定大つもごりの |
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旦那旦那に附船頭や |
明て目出たきみ箱に玉の |
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親父手付に水主はさしまで |
三つの朝日もかヾやくよふに |
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思ひ思ひの地走の末に |
今年ばかりかまた来年も |
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うちのよめかゝ隣のむすめ |
もふけ重ねてほふらひ山と |
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客にむかふてようこらさった |
庭に鶴亀まいあそびける |
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(右へ) |
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長崎・壱岐:勝本 |
■「納屋手歌」(なやてうた) 長崎 田浦鯨組納屋手歌 |
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夫組(そのくみ)は 冬組春浦(ふゆぐみはるうら) 勢美(せみ)座頭(ざとう) |
(注)鯨組の捕鯨基地を含めた詳細が述べられている。 |
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長須(ながす)児鯨(こくじら)花出しや |
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子持連魚(こもちれんぎょ)白長須(しろながす) |
<田浦鯨組納屋手歌の内容> |
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勢子持(せこもち)に立羽立(たちはたつ) (注:狭子持の資料もある) |
鯨種と漁期、大小区分、鯨の部位、すべて活用 |
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七尋物(ななひろもの)に雑物(ざつぶつ)や 扨(さて)名所は数多し(注;扱名所の資料もある) |
鯨組事務所の担当部署、仕事内容、泥棒見張りまで、 |
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觜(はし)囀(さえずり)に山臚(さんりょ?) |
船毎の乗組員の役割、山見という鯨発見場所、 |
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衣(ころも)黒皮(くろかわ)敷(しき)胴身(どうみ) |
捕鯨の銛の種類、漁の模様、銛の順番、手柄まで |
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赤身(あかみ)臓(はらわた)骨(ほね)筋(すじ)髭(ひげ)や |
鯨の曳航、その模様、 |
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立羽(たっぱ)尾刷毛(おばいけ)とう[*革ヘンに「堂」]握(にぎ)り |
解剖浜の状況、事務所、工場、倉庫 加工工程、道具工場 |
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唯輪(?)たけりに貝(かい)の元(もと)から肝(きも)までも捨(すて)りなし |
船の道具・用具類の説明、働く人々の内容 |
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旦那(だんな)手代(てだい)に別当役(べっとうやく) |
賑やかさなどが唄いこまれている。 |
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帳役(ちょうやく)若衆見習(わかしゅうみならい)は |
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勘太郎(かんたろう)追(おい)を最初也(さいしょなり) |
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親父(おやじ)役人(やくにん)惣支配(そうしはい) |
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勢子(せこ)の羽指(はざし)に持双(もっそう)や 流し沖番水主(かこ)の者 |
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舳押双海(へおしそうかい)行列は 山見(やまみ)注進(ちゅうしん)天秤(てんびん)と |
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麾(き)の模様に 依(より)そかし (注:「勢子(せこ)が「責子」の字もある)。 |
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手柄仕勝(てがらしがち)の羽矢(はや)万(よろず) 一・二の銛(もり)は大事なり |
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剣切(けんきり)手形(てがた)仕課して 頭漕(とうそう)より浜(はま)までは |
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誠(まこと)に勇ミ敷(いさみしき)働(はたらき)なり 浜は大納屋(おおなや)西東 |
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勘定(かんじょう)樽屋(たるや)道具納屋(どうぐなや) |
轆轤:ろくろ |
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鍛冶屋(かじや)大工(だいく)に釜懸(かまがかり) |
神樂さん |
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大切(おおぎり)小切(こぎり)煎粕(いりかす)や |
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魚切部屋(うおきりべや)の飯焚(めしたき)や |
<田浦鯨組納屋手歌の一文> |
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田島(たじま)の納屋(なや)の前細工(まえざいく) |
江戸時代の勝本にとって忘れることのできないことは、四代 |
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小取(こどり)日雇(ひやとい)に立番(たちばん)や |
土肥市兵衛に代表される捕鯨集団「鯨組」の繁栄である。 |
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夜廻(よまわり)不寝(ねず)の大鼓番(たいこばん) |
鯨組の作業場は田ノ浦に設けられ、約千人の男女が働くという |
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轆轤場(ろくろば)虎落(もがり)内札(?)は 坪場(つぼば)魚棚(うおたな)苫塵(とまちり)や |
日本産業史上特筆される工場制手工業の誕生をみた。 |
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呉竹杭(くれたけくい)に縄筵(なわむしろ) 船は碇(いかり)帆(ほ)梶(かじ)柱(はしら) |
鯨組の経営者に土肥・長取・原田の名があるが、殊に土肥一族 |
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持双柱(もっそうはしら)八挺櫓(はっちょうろ) |
の繁栄はめざましく日本有数の大富豪となり、当時の隆盛を |
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手柄褒美(てがらほうび)の羽指歌(はざしうた) |
しのばせる遺構を今日にのこしている。 |
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関東胡麻(かんとうごま)の誥出し(たけだし?) |
田浦 旧名 浜田 |
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道具(どうぐ)浜売(はまうり)仕替物(しかえもの) 実に蓬莱(ほうらい)の山そかし |
此浦、年々冬より春に至りて、鯨組を出して賑ハしき所なり。 |
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(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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長崎・対馬 |
■「廻の鯨組唄」 長崎 |
「廻の鯨組唄」 |
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麦は穂が出る 鯨組はもどる |
下県郡豊玉町廻は、対馬を代表する鯨組居浦で、鯨長者 |
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なにを頼りに 麦とりいれよか |
亀谷卯右衛門をたたえた鯨唄が伝えられています。 |
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亀谷さんのくらしをやれ |
(西海の鯨唄:野本政宏) |
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乞食非人に まさつたくらし |
「瀬田の鯨組唄」 (別称 うちかけ踊り唄) |
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そこでお上に願いをあげて |
上県郡上県町には、鯨組の居浦として伊奈浦(茂江浦)や |
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願いかのうて 鯨組をなさる |
鹿見浦の二カ所があげられ、この居浦に近い瀬田には、 |
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春になったら廻にござる |
盆踊りの唄として、唄われている。(西海の鯨唄:野本政宏) |
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廻りや花よと納屋うちかけて |
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亀谷さんのすまいを見やれ |
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金の屏風に 金襴(きんらん)まくら |
下記をご覧ください |
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金のたらいで ちょうずをなさる |
http://www.catv296.ne.jp/~whale/iwaiutanimiru-kakutiiki-kannren-zenbu.html |
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金の茶碗で 御飯をあがる |
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そこで一の別当さん手許につれて |
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あがる山見は寺崎山見 |
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三里眼鏡で四方を見れば |
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はるかの沖には子持ちが見ゆる |
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それを見るより苫つりあげて |
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三六隻皆漕ぎいでて |
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池田もたれに網うちはりて |
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みとは三重がわ そのわきや二重 |
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そこで子持がみとうちかぶる |
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一にけんぎり 二にはやたてて |
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刃刺しやとびこみ 胴なわいれて |
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新造もっそに早からみっけ |
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さあさ漕ぎやれ寺崎さして |
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そこで別当さんが語り出す |
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廻 唐州が皆あつまりて |
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からすみたよな かんだらなさる |
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そこで別当さんが語り出す |
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打つな叩くなちょうちゃくするな |
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人をのろえば 鯨がとれぬ |
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長崎 壱岐 あしべ |
■「伊勢参宮祝」 |
壱岐あしべ はざし唄 |
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伊勢にゃ七度 熊野に三度 |
「はざし唄」は玄海に浮かぶ壱岐島の一地方(芦辺町・諸吉・棚江地区) |
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愛宕さまには 月参る |
に伝わる古謡である。 |
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その昔、紀州熊野あたりで捕鯨唄として唄われていたというが、 |
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■「誕生祝」 |
江戸時代、芦辺町の棚江地区の捕鯨基地で多くの若者が唄い |
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野にも山にも |
継いだものといわれている。 |
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子はもちおきゃれ |
現在では芦辺町諸吉地区を中心に、新築、結婚、誕生等慶祝の度に、 |
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万の蔵より子は宝 |
謡とともに唄い継がれている。 |
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■「結婚祝」 |
はざし唄 祝い目出度 |
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次郎じょ太郎じょと見合った仲は |
思うこと叶う |
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仲の良いこと人知らぬ |
伊勢参宮祝 |
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続け続けよ末まで続け |
建築祝 |
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ましてこの先なお続け |
誕生祝 |
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結婚祝 |
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■「万座の祝」 |
万座の祝 |
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今年ヤ仕合せ金とる年よ |
中歌(さす盃に花が咲く・・・・・) |
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今年とらねばいつとるな |
中歌(門にぞさ祝うよな・・・・・・) |
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鶴が舞いますこの家の上に |
新造祝 |
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ご家繁昌と舞い遊ぶ |
明日はよい凪 |
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(神社参拝下講祝) |
中歌(さても見事なお主さまの祝・・・・・) |
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神に参らばご利勝がぞざる |
夢目出度 |
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ご寿命永かれ」世もよかれ |
津茂里 |
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(誕生祝にも唄う) |
年の始め |
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大主ご勝楽天赦の生まれ |
おこもり |
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ご寿命永かれ世もよかれ |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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庭にゃ米搗く座敷で碁打つ |
上記赤字は下記「鯨唄に見る地域の関連は?」に歌詞掲載 |
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二階座敷で 金計る |
http://www.catv296.ne.jp/~whale/iwaiutanimiru-kakutiiki-kannren-zenbu.html |
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■中歌 |
■年の始め |
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門にぞさ祝うよな 祝う門には福きたる |
年の始めの門の松 ハイヨ |
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天の金箱おふさをつけて |
歳はふりての前目浦 ハイヨー |
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ござるお客は福の神 アイヤー |
さざねいおまの松風よ ハイヨー |
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鶴は千年歳ふりて |
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■中歌 |
年はふりての若の浦 ハイヨー |
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さても見事なお主様の祝 |
さざねいおまの松風よ ハイヨー |
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これも祝のご利勝かな ごりしょかな |
それになかばん寄りくる大背美さまよ |
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今年やごりしょうかな これも祝のご利勝かな |
せぐみよな ハイヨ |
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こよや祝えて明日は金をとろよ |
せんせん ハーイヨナ |
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これも祝のご利勝かな |
朝がけとろそりゃ重ねどりしよう前目浦 ハイヨ |
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これの柱に綱くりかけて |
それに柵江に寄りくる大背美様よ |
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お金まくのにゃひまもない |
せぐみよな ハイヨ せんせん ハイヨナ |
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祝えて 大金や おお取りしょ |
朝がけとろそりゃ重ねどりしよう前目浦 ハイヨ |
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旦那よろこぶ顔みたい |
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■夢目出度 |
祝えて大金やおお取りしよう ハイヤオイ |
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夢をみよう目出たい夢ば |
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大金枕に黄金をまえに |
■ おこもり |
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旦那盃飲むと見た |
こもりこもろば 氏神様に |
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旦那たてたる茜鉢巻や誰じゃ |
氏栄えて 宮繁盛 |
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誰じゃござらぬこの家の若い衆 |
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お金とりに来たえ 黄金をかけに |
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山のだしから潮吹きまでも |
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もしもこの子が五尋あれば |
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おなをあげます千樽ものと |
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親にゃ千樽 子にゃ五百 |
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長崎 小値賀 |
■座付 |
小値賀祝いうた |
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ハ祝い目出度のサヨイヤサ |
小値賀は小田組、生月益富組の捕鯨の網代として栄えた地である。 |
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若松ヨサヨ様ヨサヤノ ヨサデヨイヤサ枝も |
鯨とりうたとしての直接的な文言はないが、明らかに魚とりうたの |
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常に思たりや サヨイヤサ |
形式で祝いうたとして唄い継がれている。 |
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叶たじゃヨナヨないか |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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サヤノヨサデヨイヤサこれも |
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竹になりたや サヨイヤサ |
座付 |
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お山のヨナヨ竹にや サヤノヨサデ |
結婚祝唄 |
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ヨイヤサおてす |
初のぼり祝唄 |
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三国一じゃお祝い上げすまそうよ ハイヤオイ |
家建祝唄 |
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祝い目出度の若松様ヨナ |
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枝も栄える葉も茂る栄える葉も茂る ヨイヤサ |
■結婚祝唄 |
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葉も茂るヤ葉も茂るヤ |
今日は吉日日柄もよいがヤ |
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枝も栄え葉も茂るヨイヤサ |
おてす祝は 天社日 サヨイヤサ |
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常に思たりゃ叶たじゃないか |
鶴と亀とは祝いのものぞや |
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これもあなたのごれしょうかな サヨイヤサ |
亀がはやして鶴が舞う サヨイヤサ |
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ごれしょうかなヤごれしょうかなヤ |
もろたもろたよ扇子ばもろたや |
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これもあなたのごれしょうかな サヨイヤサ |
末は広がる目出度いな |
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よかれよかれよこれより先はヤ |
そりゃいちじゃいな(そのいちじゃいんさ) |
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ましてこの先やなおよかれ サヨイヤサ |
末は広がる目出度さや ハイヤオイ |
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なおよかれヤなおよかれヤ |
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ましてこの先やなおよかれ |
■初のぼり祝唄 |
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祝目出度の若松様よ |
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それいちじゃいな(そのいちじゃいな) |
枝も栄える葉も茂る サヨイヤサ |
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ましてこの先やなおよかれ ハイヤオイ |
潮の満干に生まれたこの子 |
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神に参ればごれしょがござるヤ |
ご寿命長かれ世もよかれ サヨイヤサ |
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これもあなたのごれしょうかな |
松の緑にこの子ば据えて |
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朝な夕なの信仰心は |
この子末代世は一度 |
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悪事災難逃げるよに |
そりゃいちじゃいな(そのいちじゃいな) |
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頼みあげます これより先は |
この子末代世は一度 ハイヤオイ |
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諸事も万事も頼みます |
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それいちじゃいな(そのいちじゃいな) |
■家建祝唄 |
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諸事も万事も頼みます ハイヤオイ |
今日は吉日日柄もよいが |
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そろたそろたよお座中がそろたや |
おてす祝は 天社日 サヨイヤサ |
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秋の出穂よりまたそろた |
お亭主作事は見事な作事 |
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これもこもらば氏神様に |
大工手柄か金宝 サヨイヤサ |
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悪事災難逃げるよに |
鶴が舞いますこの家の上に |
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神の恵みか 仏のけしょか |
この家繁ると舞さがる |
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または天社の見定めか |
そりゃいちじゃいな(そのいちじゃいんさ) |
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そりゃお座中がいちじゃいな |
この家繁ると舞さがる ハイヤオイ |
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・・・・様のお恵みありぞかし ハイヤオイ |
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祝てくだされお座中がおかた |
祝い目出度の若松様よ |
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祝う門にぞ 福来る |
枝も栄える葉も茂る サヨイヤサ |
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今年やよい年 穂に穂が咲くぞ |
この家お庭に水川掘りて |
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今年とらいでいつとろか |
水は湧かえで金が湧く サヨイヤサ |
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辛抱する木にゃ金がなる |
庭にゃ米搗く中の間じゃ棋打つ |
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それいちじゃいな(そのいちじゃいな) |
二階座敷で金計る |
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辛抱する木にゃ金がなる ハイヤオイ |
そりゃいちじゃいな(そのいちじゃいんさ) |
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あたご岳から野山を見れば |
二階座敷で金計る ハイヤオイ |
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野山五作で目を覚ます |
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作ればできます 野山の五作 |
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三升蒔きには五俵ござる |
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御岳社にろくろばすえて |
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野山五作は蒔き寄せる |
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それいちじゃいな(そのいちじゃいな) |
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今年とらいで いつとっか ハイヤオイ |
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飲めや大黒歌えば恵比寿 |
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中の酌とりゃ 福の神 |
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つつじ椿は野山を照らす |
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これの座敷は天照らす |
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扇の要にお客様据えて |
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末は広がる目出度いな |
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そりゃお座中がいちじゃいな(そのいちじゃいな) |
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長崎 壱岐 あしべ |
■恵美寿の端唄 |
恵美寿の端唄 |
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瀬戸浦 |
たいすさまおもこたサーかのたヨーナー サーヨイヤサー |
瀬戸浦の恵美須には益富組(生月島)や後の郷ノ浦組の捕鯨基地 |
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末は鶴亀ハー鶴と亀とはヨイヤー |
があり、明治20年頃4〜5頭の鯨が捕れた。 |
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祝のサーものじゃよナーヨイヤー |
鯨組の入口に勘定納屋、大納屋があった。網染とモッソウ舟に鯨が |
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鶴が舞いますヨイヤサーお家のサー上にヨーナーヨイヤサー |
ひかれた印象を老人たちは覚えているという。 |
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大漁満足ヨイヤサーヤレ舞い遊ぶ |
骨納屋、すじ納屋、若手納屋もあったという。その後大敷網に代わって |
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今年しや凪年ヨイヤサー沖にはサーやらぬヨー |
今日にいたっている。 |
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磯のもぎわでサーヤレ魚捕る |
鯨網 原料は麻緒、小縄になって三つうちにし、親指大の綱にして |
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そこたいすはいちじゃいの |
染めた。 |
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おなおな幸せはよかろうよ ハイヤオイ |
郷ノ浦組の舟にはそうげ(四隻)せこふね(二十隻) |
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イエー祝めでたのサーヨイヤナ |
もっそう船(二隻)がいた。 |
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若松さまよ サイヤナー |
獲った鯨は持双(もっそう)船二隻の間に持双柱二本をわたし、 |
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枝も栄えるヨイヤナ―葉も茂るよ |
その間にまきつけた。 |
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タレター竹になりたいヨイヤサー |
陸揚げにはロクロを使った。 |
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お山の竹にヨーたいす栄えるヨイヤナーめでたいな |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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ソレ舟のサーこぶちにサーヤレ網繰りかけてサーヨイヤサー |
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鰤をとるのにヨサひまもないジャヨイヤサー |
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それ金をまくのにサヨイヤサーひまもない |
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アージャヨヨーイエヨーサ |
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とかくたいすは幸せじゃよ |
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そこたいすはーじゃいのいちじゃいの |
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ぶりのおおかちまくのにひまもない ハイヤーホイ |
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長崎 宇久 |
■矢の又手節 |
宇久 飯良郷大唄 |
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祝目出度の若松様よ枝も栄える葉も繁る。 |
数多くの元唄によって成り立っている大歌が郷土の民謡として |
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村の座敷は祝いな座敷 潮の満よに吹きつける。 |
継承されている。 |
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常の年より今年の年は増して倖せ尚良かれ |
矢の又手節は、矢(銛)を使い網を入れて鯨を採るの意味をもち、 |
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今年が一じゃさあ元旦祝い済ませた目出たいな |
その勇壮さを祝宴最初の歌としたのであろう。 |
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勘多節は勧め多いの意味を持ち、もてなしを受けた謝意を表す大歌 |
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■勘多節 |
であり、立語楽は千秋楽にちなんだものと思われ「つもり」とも言う。 |
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恋しくば尋ねて御座れよ此の村に杉の瀬戸村松便り |
五郎兵衛節は「倖せが転べ」がなまったものと思われる。 |
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区長様心静めてよく御座れ佐渡の金山お手の内 |
(資料:勇魚捕唄 編集立石陽一) |
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高砂や老生の松に糸張りて糸ひかずに黄金引く |
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区長様一じゃいな年の始めに元旦祝うてこの先倖せ尚良かれ |
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■五郎兵衛節 |
■立語楽 |
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転べ掛かれや転べ掛かれや倖せが転べかかれな掛かれな |
思うたこちゃ叶た 今年叶じ何時叶う |
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尺八東風より枕吹ゆてよしょもな二十一五郎兵衛 |
続け続けよこの先続け増して倖せ尚続け |
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区長村方もろはき樽よ仲の良いこちゃ人しらず |
世話になリたよ区長さんの世話に |
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村の床の間に小松を植えて松は末代世は一代 |
増してお世話になりました |
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区長様一じゃいな今年の村方仲間は仲の良さこちゃ |
三国一じゃいな 元旦祝いに区長さんお宅に |
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人知らず |
増してお世話になりました |
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勇魚捕唄 |
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まえがき 「勇魚(いさな)捕りうたにおもう」 |
注:立派な「勇魚捕唄」の冊子に左記の「まえがき」がありました。 |
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全文掲載させてもらいました。 |
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海鳴りのように 潮騒のように |
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高く 低く五連太鼓が雄叫びあげる |
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双肌ぬいだ羽ざし衆 |
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勇魚に打った一番銛をかざしかざして踊りぬく |
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水主(かこ)持双(もっそう)もあとうけて |
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双手すりすり唄うなり |
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勇魚しとめて祝いのうたか |
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銅鑼越え唄に 羽ざしはおどる |
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江戸のむかしの勇魚とり羽ざしの意気地が見える |
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鯨捕りに命をかけた海の男の唄がきこえる |
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納屋場衆のよろこびの熱気がみなぎる |
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黒潮に勇魚を追った紀の國羽ざしのうた |
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四国土佐納屋場の骨きりの熱っぽいうた |
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九州西国の海の男の鯨にかける根性のうたがきこえる |
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生月の「ヨイヤサー」が五連太鼓と漁師気質をうたいあげる |
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海鳴りのように ときには強く |
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潮騒のように ときには よわく 〵 〵 |
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九州の西海岸から日本海をかけのぼり |
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北前船でつたえられたという「ハイヤ節」とは |
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また異る伝わり方で |
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各地の特色ある「めでた唄」となって唄い継がれている |
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口から口へ身ぶり手ぶりで伝えられながら |
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瀬戸内の海を通って日本海へ出た |
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紀の國よりの「羽ざし唄」と思われる |
(表紙) |
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数多き海のロマンのひとつである |
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収集・編集 立石陽一 長崎県・生月町 |
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(表紙)小冊子 |
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(表紙) |
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