考古学者に知られた銅牌飾は、私が調べた限りでは多くても23個である。その中で出土地が分かっているもの9個に過ぎない。一方画像検索や中国語のワード検索(中国語)で調べると、ネット上で銅牌飾が多数(20個位か)見つかる。それらの多くは中国国外に流出していて、考古学者は気が付いていない。だからそれらは銅牌飾の研究対象外である。 学者に知られた23個の銅牌飾の中でも中国の海外に流出した銅牌飾は12個もある。日本のMIHO博物館にも銅牌飾が収蔵されている。台湾の故宮博物館にも一個収蔵されており、これも中国から国外へ流出したものと考えられる。 この学者の知られていて国外に流出したもの12個 + ネット上で見つかる銅牌飾20個位 = 22個は、出土地不明である。出土地不明なものは、出土地が分かっているものより、3倍も多い。このうちネット上で見つけた20個と、斉家文化出土のもの二個と、二里頭文化のもの三個を並べて比較してみると、ネットで見つかったものは、斉家文化のものに近いものがかなりある。だからネット上の銅牌飾も研究対象にすれば、斉家文化に銅牌飾は無いなどという結論にはならないと考えられる。ネット上で見つかる銅牌飾も是非研究対象位にしてほしいものである。 最も大きい問題点は、銅牌飾が国外に流出してしまうことである。銅牌飾は何故国外に流出してしまうのか。海外のオークションでかなりの高値が付くことも理由の一つだろう。それらは盗掘品なのだろうか? 正規の発掘調査で出土したものが海外のオークションに出品されるのだろうか? 下に斉家文化から出土したもの二点(天水出土のものと、広河県阿力麻土郷出土もの)と、二里頭文化もの三点(夏王朝の二里頭遺跡出土)とを並べてみる。これらとネットで見つからる銅牌飾とを比較してみると、二里頭文化のものより斉家文化のものに近いと考えられる銅牌飾もある。このことからも斉家文化に銅牌飾は無いと言う論文の結論は根拠が乏しい。
画像検索などでネットで見つけた銅牌飾 銅牌飾の研究者は下の銅牌飾の存在に気が付いていない
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