考古学者に知られた銅牌飾は、私が調べた限りでは多くても23個に過ぎない。それなのにネットで画像検索や中国語のワード検索等によって調べると、多くの銅牌飾が見つかる。それらは中国国外に持ち出され、その中にはオークションに出品され驚くほどの高値が付くものもある。また、銅牌飾の研究者はオークションに出る銅牌飾に気が付いていないらしい。銅牌飾の海外流出は一つだけではない。どうして国宝級の文物が海外に持ち出されるのだろう。中国当局は国宝級の文物の流出に気が付いていないのだろうか。 台北のオークション(21年9月)に出品された銅牌飾 中国には国宝に指定する制度は無い。だから中国に国宝はは無いと言えるのだがのだが、国宝級のものはある。下の左に示した銅牌飾は国宝級のものである。何故下のものが国宝級と言えるかというと、夏王朝の二里頭遺跡から三個だけ出土した銅牌飾の一つとソックリだからである。夏゚王朝の遺跡から出土した銅牌飾は下の写真の右のもので、日本の東京国立博物館でも展示されたことがある。その銅牌飾とソックリなのだから、台北のオークションに出品されたものは国宝級のものである。
オークションの説明では、【この獣面紋の銅牌飾は、二里頭遺跡(84VIM11)で発見された銘ものと配置と非常に類似しており、この銘板の年代を判定する基準として使用できる。この銅牌飾は、おおよそ二里頭遺跡の第 2 期と第 3 期(紀元前 1705 ~ 1565 年)の間に位置している。このような銅牌飾は希少であるため、美術市場に流通している銅牌飾はほとんどない。過去20年間を振り返ると、2015年にクリスティーズでオークションにかけられたのはたった1枚だけで、予想価格の2倍以上の価格で落札され。このペンダントは、長年にわたり青湾雅吉のメンバーが収集してきたコレクションから生まれました。出所が明確で、台湾で流通できる唯一の二里頭ペンダントである】と説明がある。このものは二里頭遺跡から出土したものとそっくりであることを認めている。つまり国宝級のものがオークションにも出品されたことは明らかである。 このものは2017年5月23日にもマカオでオークションにも出品されていた。マカオのオークションの説明でも、「このものは1984年に偃師二里頭遺跡(夏王朝の遺跡)から出土した物と、形、紋様、材料が完全に一致していて、ただ高さが1.2㎜低いだけなので、同じ工匠によって作られたもののようである」と解説されている。 上の写真の左のものは、2021年9月19日に台湾の台北でオークションに出品されたもので、予想落札価格はNT$8,000,000-NT$16,000,000とあるので、最低でも4,000万円となる。とんでもない値が付いている。 下は台北のオークションのURL。 https://www.etherealauctioneers.com/auction-lot/an-extermely-rare-turquoise-inlaid-bronze-plaque_37A4D07AC7 尚、夏王朝の二里頭遺跡から出土したものとソックリなものが、最近ニューヨークのザザビーズオークションにも出品されている。 ニューヨークザザビーズオークション(24年3月)に出品された銅牌飾 下の銅牌飾も夏王朝の二里頭遺跡から出土したものとソックリである。夏王朝の二里頭遺跡から出土ものとソックリな銅牌飾がアメリカのオークションにも出品されていたのである。
オークション情報の翻訳(オークション会場:サザビーズ・ニューヨーク 2024年3月に開催されるサザビーズ・ニューヨークのオークションで、注目の作品が発表されました!アジア美術オークションでは、重要な個人コレクションや機関コレクションから厳選された作品が出品されます。中でもロット247は、希少な中国の二里頭文化の青銅製額縁(トルコ石の動物の仮面付き)で、予想落札価格はわずか6万ドルから8万ドルです!)とある。落札価格は分からないが1000万円以上だと考えられる。オークションのURLは下の通り。 http://www.360doc.com/content/24/0321/15/13020443_1117898563.shtml 他にオークションに出品された銅牌飾 下にオークションに出品された銅牌飾を並べてみた。オークションの場所、日付も調べた。銅牌飾Eと、銅牌飾Fは紋様から見て明らかに斉家文化のものである。尚、 銅牌飾Cは2021年9月19日に台湾の台北でオークションにも出品出品されたもので、二里頭遺跡から出土した出土したものとソックリである。このことから銅牌飾Ⅽは明らかに二里頭文化のものである。
上のもののオークション情報
銅牌飾Aと銅牌飾Bは斉家文化のものか 驚くべきことに 銅牌飾Aと銅牌飾Bは私の収集品とソックリであることである。 この三件はほんとにそっくりなのは恐らく同じ工房で作られた物だからだろう。私の収集品とソックリな物が二つもオークションに出品されていて、その二件とソックリ同じものが私の手元にあることは驚きである。尚、銅牌飾Aは斉家文化のものして出品されている。私の収集品も斉家文化のものである。だから銅牌飾Bも斉家文化のものと言える。私の収集品が斉家文化のものである根拠は「夏王朝の銅牌飾のルーツは斉家文化にある・斉家文化に銅牌飾があることを発見するまで☜クリック」に書いていある。だからこの三件は何れも斉家文化のものと考えていい。
(銅牌飾A)は台湾で出品されたものだが、その説明に2008年にスエ―デンから来たものとだとの説明がある。。さらに値段が台湾ドルで80~120万ドルだとか。 ![]() この銅牌飾Aを何故斉家文化のものとするかについては、中国語の興味ある記事があるのを見つけた。それは次で 最新出土文物证明西北齐家文化或为夏朝文化的源头☜クリック 表題の意味は「最新の出土物が斉家文化は夏王朝文化のルーツであることを証明している」であり、この作者が言うには、斉家文化の発見者であるスェーデン人のアンダーソン博士が銅牌飾をスェーデンに持ち帰って、それがオークションに出品されたというのである。アンダーソン博士は北京原人の周口店遺跡を発見した人であり、1924年に斉家文化の命名の元となった甘粛省の斉家坪遺跡を発見した人でもある。 アンダーソン博士が銅牌飾を本当にスェーデンに持ち帰ったのだろうか。アンダーソン博士がもし青銅器を発掘したなら、斉家文化に青銅器があった位のことは必ず書き残すと思う。私はアンダーソン博士の日本語訳の本を読んだことがあるが、そこのは青銅器を発掘したとか見たとかの記録は無い。アンダーソン博士は珍しいのもであれば何でもスケッチで記録する人のようである。だから記録しないなんてことはあり得ない。だからアンダーソン博士が銅牌飾りをスエ―デンに持ち帰ったなんて信じられないのだが。 以上 |