銅牌飾の研究:二里頭文化のものとされているものの中にも斉家文化の銅牌飾はある
佐倉市 本間崇義


 二里頭文化からは三点の銅牌飾(夏王朝の二里頭遺跡出土)が出土している。一方中国の考古学者に知られた銅牌飾で、斉家文化のものだとされている銅牌飾は無い。論文では斉家文化に銅牌飾は無いとしている。斉家文化地帯から出土した銅牌飾でさえも二里頭文化のものとしている。例えば斉家文化地帯の甘粛省天水出土のものは、二里頭文化で作られたものが、斉家文化地帯に運ばれたものだとしている。最近(2024年2月)では、甘粛省広河県阿力麻土郷から出土したもの(斉家文化のもの)を、上海博物館東館で二里頭文化のものとして展示している。しかし甘粛省天水出土のものと、甘粛省広河県阿力麻土郷出土のものは斉家文化のものでる。

 考古学者に知られた銅牌飾は、私が調べた限りでは多くても23個に過ぎない。その中で二里頭文化出土のものも三点(夏王朝の二里頭遺跡出土)だけである。一方23個の内、出土地不明な銅牌飾は14個もある。その殆どが二里頭文化のものとされている。しかし出土地不明な銅牌飾は、本当に二里頭文化のものなのだろうか?

注記1:私が調べた考古学者に知られた銅牌飾は、下にその写真を載せたある。
但し、多くの中国の考古学者が知っているか、という点にいおいては問題点もある。
注記2:甘粛省天水出土のものを斉家文化のものだとする考古学者はおられる。
張天恩博士の(陜西省考古研究所)論文:天水出土の獣面紋銅牌飾とその関連問題(中原文物2002第1期)



 ここで斉家文化から出土のもの二点(天水出土のものと、広河県阿力麻土郷出土もの)と、二里頭文化もの三点(夏王朝の二里頭遺跡出土)と、出土地不明な五点(何れも論文では二里頭文化のものとされている)を並べてみると、二里頭文化のものとされているものは、紋様から見てみ工芸技術の点から見ても、斉家文化のものに近いようにみえる。二里頭文化のものからは距離があるように見える。いずれにしろ二里頭文化のものとするには根拠が乏しい。

斉家文化地帯の甘粛省天水
から出土
斉家文化地帯の
甘粛省広河県阿力麻土郷から出土
夏王朝の二里頭遺跡から出土
二里頭文化のもの
二ここに出土地不明であるのに二里頭文化のものされる五個の銅牌飾をおいてみると
 論文では二里頭文化で作られたものが斉家文化に運ばれたと説明されているが、 上海博物館東館に二里頭文化のものとして展示されているが、     

論文では二里頭文化のものされる五個の銅牌飾(出土地不明)
ハーバート大学
サックラー博物館
ポール・シンガー氏の収蔵品 ニューヨークで見たというもの ハーバート大学
サックラー博物館
上海博物館東館で
二里頭文化のものとして展展示されている

 上の五点は紋様や工芸技術の観点から、斉家文化のものに近い。だから斉家文化のものとする可能性の方が高い。いずれにしろ論文で二里頭文化のものと決めつけるには根拠に乏しい。



  台湾の黃銘崇氏の論文には三個の銅牌飾が載っている。この三件は広河県阿力麻土郷から出土したもの(斉家文化のもの)と、紋様がよく似ている。これらの銅牌飾は両者とも、銅牌飾の上半分の紋様が凹型をしている。一方二里頭文化で出土したもの三個(夏王朝の二里頭遺跡から出土)には凹型紋様はない。このことから見れば、黃銘崇氏の論文の三個は斉家文化のものと考えられる。なおその三個のうちの中央の一個は、「傳甘粛天水麦積山」と書かれている。この意味は「甘粛省の天水麦積山から出土したと伝わる」と解釈できる。天水麦積山は斉家文化地帯である。だから「傳甘粛天水麦積山」と名のあるものは明らかに斉家文化のものである。「傳甘粛天水麦積山」と名のあるものが斉家文化のもであるならば、紋様がソックリの他の二個もまた斉家文化のものと言える。尚「傳甘粛天水麦積山」と名のあるものは台湾の国立故宮博物館に収蔵されている。このことは黃翠梅博士の論文(故宮学術季刊33卷1期 黃翠梅 功能與源流:二里頭文化鑲松石銅牌飾研究)に載っていた。


甘粛省広河県阿力麻土郷
から出土したもの
台湾の黃銘崇研究員の論文に登場する三個

 尚、ネットで画像検索などで沢山の銅牌飾が見つかる。その中に凹型紋様の銅牌飾もある。これらも斉家文化の銅牌飾と考えられる。ネット上でも斉家文化の銅牌飾は沢山見つかるのである。

下はネットで見つけた凹型の銅牌飾。これらは斉家文化の銅牌飾と考えられる。
   
     




 考古学者に知られている23個の銅牌飾の写真を見つけることが出来たのでその写真を下に載せておく。23個は次のものである。

①王青博士の論文(象嵌銅牌飾の初歩的研究:文物2004第5期)に載っている16個
②斉家文化博物館に展示されている1個
③台湾の黃銘崇研究員の論文「邁向重器時代──鑄銅技術的輸入 與中國青銅技術的形成」にの載っている3個
④アモイの上古文化芸術館に展示されている1個
⑤上海博物館東館に展示されているにいる2個

注記;全部が考古学者に知られているかというかと疑問がある。


①王青博士の論文(象嵌銅牌飾の初歩的研究:文物2004第5期に載っている16個
夏王朝の二里頭遺跡の出土品
二里頭文化
甘粛省天水出土なのに
二里頭文化のものと
されている
三星堆遺跡出土
長江文化  

日本のMIHO
博物館収蔵
ハーバート大学
サックラー博物館
欧州で所蔵されているとされるもの ポール・シンガー氏の
個人収蔵品
ホノルル芸術学院の
収蔵
<二里頭文化

ハーバート大学
サックラー博物館
ポール・シンガー氏
の収蔵品
王青博士がニューヨークで見たもの ハーバート大学
サックラー博物館


②斉家文化博物館に展示されている1個
左のものが銅牌飾、右のものはトルコ石の切片




③台湾の黃銘崇研究員の論文「邁向重器時代──鑄銅技術的輸入 與中國青銅技術的形成」に登場する3個


注記;黄銘崇氏の論文にある三個の紋様は凹型であり、今までに知られている紋様と明らかに異質である。
特に注目すべきは中央のもので、「傳甘粛麦積山」との説明があり、甘粛麦積山は斉家文化地帯であり、
「傳」の意味は、斉家文化地帯出土と伝わるという意味にとれる。中央のものは斉家文化のものと考えられる。
このものは台湾の故宮博物館に収蔵されてい。三個とも斉家文化のものと考えられる。



④アモイの上古文化芸術館に展示されている1個
斉家文化のものとして展示されている



⑤上海博物館東館に展示されているにいる2個
 上海博物館東館に夏代晩期(二里頭文化)のものとして展示されているが、右のものは実は甘粛省広河出土のもので、
斉家文化のものだと証明できる。左のものもその紋様や技工の技術から見て斉家文化のものと考えられる。




以上