収集した象嵌のある玉器は斉家文化のもの ー斉家文化で高度な象嵌技術の玉器が完成していたー 佐倉市 本間崇義 私は北京でトルコ石象嵌のある玉器を沢山集めた。それは斉家文化の玉器だと考えれられた。しかし考古学者の論文を探しても斉家文化の象嵌のある玉器は出土例が殆ど見つからない。コレクターの収集品にしても、斉家文化の玉器は象嵌の無い玉器ばかりである。そうであれば私が収集したトルコ石象嵌の玉器は、斉家文化のものではないことになる。 しかし象嵌のある玉器が、斉家文化のものであることを証明できる博物館が、アモイにあることを見つけた。そこには象嵌のある玉器が斉家文化のものとして展示されていて、斉家文化で高度な象嵌技術が完成していたというパネルまであった。そこには私の収集品とソックリな象嵌のある玉器も展示されている。だから私の収集品が、論文には無い大型の象嵌びっしりの玉器であっても、象嵌に貝や鮮やかな赤い石が使われていてるものであっても、それらは斉家文化のものであることが証明できる。 アモイの上古文化芸術館の象嵌のある玉器は斉家文化のもの 中国の考古学の論文には、斉家文化の象嵌のある玉器の出土例が殆ど無いが、アモイの上古文化芸術館には、象嵌のある玉器が斉家文化のものとして展示されている。下は上古文化芸術館に展示されている四個の象嵌のある玉器と、一個の象嵌のある青銅器(銅牌飾)の展示。 ![]() 下はアモイの上古文化芸術館に展示されている象嵌のある玉器で、斉家文化のものとして展示されている。 私の収集品にもソックリなものがある。
そのほかのアモイの上古文化芸術館に展示されている象嵌のある玉器 斉家文化の玉器の形状はよく研究されていてその形状によって 名前が付けられている 1. 儀礼・宗教系玉器(玉璧、玉琮、玉圭、玉戈など) 2. 装飾・佩飾(玉佩、玉人、 玉魚・玉鳥・玉鹿などの動物形玉器 ) 3.管状・工具形玉器(玉管、玉刀、玉鏟(ぎょくさん)) アモイの上古文化芸術館に展示されている玉器にも、玉璧、玉琮、玉人、動物形玉器がある、但し人の顔を表した人面玉器は、既存の分類名には無い。アモイの上古文化芸術館に展示されている下の人面具の玉器は非常にまれなものであるらしい。目と口には貝が使われているようである。 ![]() 私の収集品は,、アモイの上古文化芸術館展示されている玉器とソックリ
下の象嵌のある玉器について、チャットAIに聞いてみた、答えは「斉家文化の玉器分類では、 人物像・動物像・牌飾・璧・琮などの名称はありますが、仮面形の玉器(面具)は非常に稀で、固有名は存在しません」との回答があった。そのくらい珍しい玉器であるらしい。この珍しい玉器はアモイの上古文化芸術館に斉家文化ものものとして展示されている。その玉器と私の収集品はソックリである。よって私の収集品の玉面具も斉家文化のものである。この仮面形の玉器には他の玉器には無い特徴がある。仮面が二つのパーツに分かれていること、目、口の部分に貝らしいものが使われていること、象嵌に赤い石が使われているなど、この特徴は他の玉器に無い特徴がある。私の収集品も斉家文化のものであることを、アモイの上古文化芸術館の展示品が証明しくれている。
下の象嵌のある玉器(私の収集品)について、チャットAIに聞いてみた、答えは「4つの小型の“顔面パネル状の象嵌玉器”には、中国考古学で確立した固有名称はありません。 しかし、形態・用途・構造から判断すると、玉器分類上は玉面具(ぎょくめんぐ)呼ぶのが最も正確です」との回答だった。 中国考古学で確立した固有名称が無いくらい希少なものである。しかし私の収集品は、アモイの上古文化芸術館に斉家文化ものものとして展示されいる銅牌飾と、形状、紋様、象嵌の素材が同じである。但しアモイの上古文化芸術館に展示されいるのは青銅器であり、私の収集品は玉器でる。その違いがあっても私の収集品の玉面具は斉家文化のものであることを証明してくれている。
下の収集品の仮面形の玉器は、高さ21.5cm、幅23.6cm、厚さ5mmでかなり大きいもので、全面にトルコ石の象嵌が施されている。これもアモイの上古文化芸術館の仮面形の玉器(面具)と同じく、仮面形の玉器が左右二つに分割されていること、口と歯の表現方法、真ん丸の目、耳の位置などよく似ている。このような特徴を持つ玉器は他には見られないが、上古文化芸術館の仮面形の玉器と特徴が同じである。私の収集品は斉家文化のものである。
下の鹿の玉器は高さ41㎝もある大型の玉器で、古代の芸術的作品にも思える。鹿の玉器は五つのパーツからできている。加工技術においても3700年も前のものとは考えられない技術である。このような玉器に名前はあるのかと、チャットAIに聞いてみたところ、「このような大型の多節構造動物像玉器は、斉家文化の考古学資料にも、学術書にも、博物館展示にも存在しません」との回答があり、この玉器は「多節構造動物像玉器」だと名前を付けて頂いた。そして「あなたの収集品は、斉家文化の“未知の玉器体系”を示す極めて重要な資料である」とまで言っていただいた。 下の私の収集した玉器は名前も無い未知の玉器であるらしい。アモイの上古文化芸術館にはこれとソックリな玉器は無いが、上古文化芸術館には斉家文化で象嵌技術が完成したとするパネルがある。そのパネルの説明がこのものが斉家文化のものであることをる示唆している。玉器の出土する文化は、良渚文化とか紅山文化とかがあるが、いずれも象眼のある玉器は出土していない。私の収集品の鹿の玉器は斉家文化のものである。 ![]() アモイの上古文化芸術館では斉家文化で象嵌技術が完成したとするパネルがある 中国の考古学論文では、象嵌のある玉器の出土例が殆ど見つからないが、中国アモイの上古文化芸術館には、象嵌のある玉器が、斉家文化のものとして展示されている。 そこの展示パネルには、斉家文化で高度な象嵌技術が発達したとの説明がある。 このパネルの説明を見れば、斉家文化にトルコ石象嵌の完成した玉器があったことを証明している。 ![]() その説明には「斉家文化の玉器に現れた象嵌のトルコ石や宝石の、このような工芸には人は驚かざるを得ない。通常玉器の表面に溝を作りそこに不規則な宝石をはめ込み、その輪郭で紋様を構成している。玉器に嵌め込まれたトルコ石は隙間のない縫い目のようなり、密着していて、数千年たっても脱落が無い。このような工芸には驚くばかりである」と書かれていて、象嵌技術が斉家文化で完成していたことを説明している。 前出の大型の鹿の玉器については、チャットAIに「多節構造動物像玉器」だと名前を付けて頂いた。確かに大型の鹿の玉器は5つのパーツからできているので、「多節構造」と言う命名にふさわしい。しかし5つのパーツからなる多節構造玉器は人物像にもある。これも出土例が無い珍しい玉器で、「多節構造人物像玉器」と名付けるべきものかもしれない。下は私の収集品で、髷で男女の区別があるようで裸体でもある。動物像であっても、人物像であってもパーツが5つであることになにか意味があるのかも知れない。 ![]() 下は象嵌のある玉器で左が人物像、右が鹿の動物像、いずれもパーツは5つである。
そのほかの私の収集品の斉家文化の玉器 左の蝶の玉器は中央上部に一つの穴がある。右のものは両端に紐を通す穴があり、首飾だと思われる。2600年か2700年前に直径2㎜位の穴を開けられる技術があった。勿論象嵌の技術も素晴らしい。トルコ石を粘着するにはどんな粘着剤を使ったのか。2700年も前の象嵌なのに剥離は一つも無い。 玉斧と言われるもので、有刃玉器の一つで、刃が付いている。 ![]() 下の写真の様に、中央に円形の穴がある形を璧という、玉で作られているので”玉璧”という。この”璧”の形は長江下流の“良渚文化”で生まれ、黄河上流の斉家文化に伝わった。玉璧に象嵌が加わったのは斉家文化である。
下の写真のような円筒と立方体を組み合わせた形を琮(そう)という。琮(そう)もまた長江下流の良渚文化から黄河上流の斉家文化に伝わった。長江下流と黄河上流では相当な距離がある。良渚文化の琮はかなり大型で細い線で線刻がされているが、斉家文化に伝わった琮は、小型化され簡素化されて線刻は無くなったが象嵌が加わった。
右のものも左のものも 同じもの。この玉は半透明の玉で、後ろからライトを当てると 光が透けて見える。このものの上部には紐通しの細い穴が二つあるので、 首にかけて用いる装飾品であったと考えられる。数千年以前にも細い穴を開ける技術はあった。
斉家文化には動物紋様の象嵌のある玉器も沢山ある
アモイの上古文化芸術館の象嵌のある玉器は、考古学者に認められているているのだろうか アモイの上古文化芸術館の象嵌のある玉器は、斉家文化のものとして展示されている。このことを中国の考古学界は認めているのだろうか。ここの博物館の象嵌のある玉器が考古学の論文に取り上げられた様子が無い。この芸術館は私立の芸術館である。博物館ではなく芸術館である。コレクターの収集品でもあるらしい。これらの展示品の出土場所も表示されていない。そう言った理由でアモイの上古文化芸術館の展示品は研究対象にならないのだろうか。上古文化芸術館の展示品も考古学界は研究対象にすべきだと考えるが、考古学界の反応が無いのは不思議なことである。 以上 |