§クジラさんの無形文化遺産§

 

2016121日、日本の「山・鉾・屋台行事」33件がユネスコ無形文化遺産に登録されました。この他にも世界遺産(文化遺産)(自然遺産)などクジラ(シャチもクジラの種類)に関するものが

登録されているのでどのようなものがあるのかネット情報から編集してみました。

 

§1.「山・鉾・屋台行事」(2016年記載)の構成(33件)

 

ユネスコ無形文化遺産保護条約第11回政府間委員会(於:アディスアベバ・エチオピア)において,日本より提案をした「山・鉾・屋台行事」の代表一覧表記載に関する審議が行われ,

20161130日(水)[日本時間121日(木)]33件の「記載」との決議がなされました。この中に、鯨に関する三重県「鳥出神社の鯨船行事」と佐賀県「唐津くんちの曳山行事」が

含まれております。

 

青森県 八戸三社大祭の山車行事

秋田県 角館祭りのやま行事 土崎神明社祭の曳山行事 花輪祭の屋台行事

山形県 新庄まつりの山車行事

茨城県 日立風流物

栃木県 烏山の山あげ行事 鹿沼今宮神社祭の屋台行事

埼玉県 秩父祭の屋台行事と神楽 川越氷川祭の山車行事

千葉県 佐原の山車行事

富山県 高岡御車山祭の御車山行事 魚津のタテモン行事 城端神明宮祭の曳山行事

石川県 青柏祭の曳山行事 

岐阜県 高山祭の屋台行事 古川祭の起し太鼓・屋台行事 大垣祭の行事

愛知県 尾張津島天王祭の車楽舟行事 知立の山車文楽とからくり 犬山祭の車山行事 亀崎潮干祭の山車行事 須成祭の車楽船行事と神葭流し

三重県 鳥出神社の鯨船行事 上野天神祭のダンジリ行事 桑名石取祭の祭車行事

滋賀県 長浜曳山祭の曳山行事

京都府 京都祇園祭の山鉾行事

福岡県 博多祇園山笠行事 戸畑祇園大山笠行事

佐賀県 唐津くんちの曳山行事

熊本県 八代妙見祭の神幸行事

大分県 日田祇園の曳山行事

 

山車(だし)は、日本で祭礼の際に引いたり担いだりする出し物の総称。花や人形などで豪華な装飾が施されていることが多い。

地方によって呼称や形式が異なり、曳山(ひきやま)・祭屋台(まつりやたい、単に屋台とも)などとも称される。

神幸祭などの行事では、この山車が町の中をねり歩き行列となることもある。

厳密に言うと、山の形状を模したり、上に木を立てて山の象徴としたものを「山」。それらがない屋根の付いた曳き物が「屋台」と分類される。

 ただし、実際は祭礼ごとに形状に関係なく、名称がどちらかに統一されている場合が多い。(ウィキペディア)

山車の別名・地方によって様々な呼ばれ方をする。

 

<山のつくもの>

やま(山、山車、)、ひきやま(曳山、曳き山)、かきやま(舁き山、担ぎ山)。

やまほこ(山鉾)。台の上に山の形の造り物をのせ、鉾や長刀などを立てたもの。厄神は鉾のようなキラキラしたものに集まるという言い伝えから。

やまかさ(山笠)(北部九州地方)

 

<車のつくもの(上記を除く)>

だんじり(地車、台尻、壇尻、車楽、段尻)(主に関西地方)

さいしゃ(祭車)(三重県桑名市地方)

おくるま(御車)(知多地方、尾張地方)

 

<笠のつくもの(上記を除く)>

かさぼこ(笠鉾)(秩父地方など)

おかさ (お笠)(和歌山県田辺市)

 

<台のつくもの>

やたい(屋台)(主に長野県、静岡県遠州、岐阜県飛騨など中部地方、神奈川県小田原市および兵庫県播磨など)

だいがく (台楽、台額)(戦前まで大阪市南部一帯にあったが、2015年現在は生根神社の2基のみ)

山車(だし)の語源は、神殿や境内の外に出す出し物であるからとする説と依り代である髯籠(ひげこ)を出していたからだとする説などがある。

山車は「出し物」全般を指すが、車の字がついていることから曳き山を指すことが多い。(ウィキペディア)

 

§2.無形文化遺産とは(定義と分野)

 

「無形文化遺産の保護に関する条約」では、「無形文化遺産とは、慣習、描写、表現、知識及び技術並びにそれらに関連する器具、物品、加工品及び文化的空間

であって、社会、集団及び場合によっては個人が自己の文化遺産の一部として認めるものをいう」と定義している。下記の5つの分野(Domain)を挙げている。

 

(1)口承による伝統及び表現(無形文化遺産の伝達手段としての言語を含む)

(2)芸能

(3)社会的慣習、儀式及び祭礼行事

(4)自然及び万物に関する知識及び慣習

(5)伝統工芸技術

 

§3.我が国の無形文化遺産登録(代表一覧表記載)状況等

 

過去に登録記載されたものには下記のものがあり、この中に鯨に関するものは北海道の「アイヌ古式舞踊」があります。

アイヌの古式舞踊にはいろいろの物がありますが「フンベリムセ」(鯨の踊り)または(鯨の舞)と云われる舞踊が含まれております。

 

2008年 〇能楽人形浄瑠璃文楽歌舞伎

2009年 〇雅楽小千谷縮・越後上布【新潟】

〇甑島のトシドン【鹿児島】 奥能登のあえのこと【石川】 早池峰神楽【岩手】 秋保の田植踊【宮城】

〇チャッキラコ【神奈川】 大日堂舞楽【秋田】 題目立【奈良】 【北海道】アイヌ古式舞踊

2010年 〇組踊結城紬【茨城・栃木】

2011年 〇壬生の花田植【広島】 佐陀神能【島根】 【情報照会】本美濃紙,秩父祭の屋台行事と神楽,高山祭の屋台行事,男鹿のナマハゲ

2012年 〇那智の田楽【和歌山】

2013年 〇和食;日本人の伝統的な食文化

2014年 〇和紙:日本の手漉和紙技術【石州半紙,本美濃紙,細川紙】

2016年 〇山・鉾・屋台行事

提案中 〇来訪神:仮面・仮装の神々

 

§4.北海道 アイヌ古式舞踊

 

【地域に継承される様々な踊り】

 アイヌが育んできた芸能に踊りがあります。地域毎の特色が顕著で、日々の娯楽や儀式で演じられたり、作業の動きに合わせて行なわれるなど、様々な種類や意図があります。

これらは伝統的な暮らしの中で形成されてきた信仰と密接に結び付いており、多くは家庭やコタン(集落)で歌い踊ることによって継承されてきました。

 踊りの種類

「祭祀的な意味合いをもつ儀式舞踊」、 「鳥や獣、自然の中にあるものを真似た模擬舞踊」、 「遊びの要素を含んだ娯楽舞踊」

などがあります。

 

 【主な伝承曲目】

 アイヌ古式舞踊において、踊りの開始を知らせる役目をもつ座り歌があります。沙流地方では「ウポポ」と呼ばれるもので、シントコ(行器)のフタを叩いてリズムをとりながら、ウコウクと

いう輪唱法を用いて同じ旋律を追いかけるように歌います。舞踊の終わりに行なわれる「ホリッパ」は自由に踊り歌うもので、踊る人たちを囲んで大きく円を作ってはやします。

最近では周りの円だけで踊られることも多く見られます。様々な生き物を模した模擬舞踊には、鳥を真似たものが多くみられます。

 

(いくつもの歌と踊り)

・座って数人で歌う歌 数人の歌い手が漆塗りの器のふたを囲んで座り、全員で手で軽く叩いて拍子を取りながら歌う。平取地方ではウポポとよばれる

輪になって踊る踊り 一同が中心を向いて円陣をつくり、歌いながら時計回りに進んでいく踊り。平取地方ではホリッパとよばれる

・杵つきをしながら歌う歌 穀物などをつくときに、その動作にあわせて歌う

動物の仕草をおり込んだ踊り 動物の仕草を真似た動きをおり込んだ踊り。ツル、シギ、アマツバメ、ネズミ、キツネ、バッタなどの踊りがある

・男性が舞うもの 床をゆっくり踏みしめながら両腕を上下させおごそかに舞う。弓矢や刀を手にして踊る踊りなどもある

(平取地方で伝承されている踊り)

・チャクピヤク(cak piyak:アマツバメの舞) アマツバメが空を飛び交う様子を表現した動きの激しい踊り

・フントリフンチカプ(huntori huncikap:ワタリガラスの舞) ワタリガラスが水浴びをしたりしながら遊んでいるといわれる踊り

・ハララキ@(hararki:ツルの舞) 場所が広くて踊り手の人数が多いときは3列になって踊る。真ん中の長い列がツルの胴体になり、両脇の短い列はツルの翼になる

・ハララキA ツルが湿原に遊ぶ様子を表現した踊り 

・ウフンペネレ(u humpe ne re:クジラの舞) 海岸に上がった寄りクジラをお婆さんが見つける様子を表した踊り

・アンナホーレ(anna hore:鳥の舞) すでに何という鳥なのか分からなくなってしまった踊り

(平取アイヌ文化保存会 『アイヌ古式舞踊解説』を改編、一部抜粋)

(資料:http://www.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/nibutani/culture/tangibles/

(資料:http://www.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/nibutani/culture/tangibles/) 

 

<アイヌ古式舞踊「フンベリムセ」(鯨の踊り) アイヌ古式舞踊の「フンベ(鯨)リムセ」(鯨の舞)

鯨が浜に打ち上げられ、フンフンと潮を吹く音を耳にした盲目のフチが村人に知らせ皆で分け合っている様子です

 

「フンベ(鯨)リ...」の画像検索結果「フンベリムセ」(鯨の踊り)「「フンベリムセ...」の画像検索結果「フンベリムセ」(鯨の踊り)

 

布を被って横たわっているのがクジラ

(資料:https://www.youtube.com/watch?v=zt0YL2SR8ME

 

阿寒湖アイヌシアター イコロ:両側にシャチのトーテム(資料:イコロ)

 

 北海道一円に居住しているアイヌの人々によって伝承されている芸能で、祭祀の祝宴やさまざまの行事に際して踊られる。アイヌ独自の信仰に根ざしている歌舞で、

その様式にはきわめて古態をとどめているものが多い。とくに、信仰と芸能と生活が密接不離に結びついているところに特色があり、芸能史的な価値が高い。

 アイヌの古式舞踊は、熊送り・梟祭り・菱の実(ベカンベ)祭り・柳葉魚(シシャモ)祭りなどのアイヌの主要な祭りに踊られてきたほか、家庭における各種行事の

祝宴の際にも踊られ、また最近は、まりも祭りなどの新しい祭りでも披露されるようになってきている。

 

 その内容は、祭りのための酒をかもす時に歌われる「杵搗き歌」や「ざるこし歌」に合わせて踊る作業歌舞のようなものから、祭祀的性格の強い「剣の舞」

「弓の舞」のような儀式舞踊、「鶴の舞」「バッタの舞」「狐の舞」のような模擬舞踊、「棒踊り」「盆とり踊り」「馬追い踊り」などの娯楽舞踊、さらには

「色男の舞」のような即興性を加味した舞踊があり、また、この多種多彩な曲目もそれぞれのコタンによって伝承曲目が異なり、さらに、その舞い方に

小異があるという特色がみられる。いずれも歌(ウポポ)を中心とし、踊りは輪舞(リムセ)を基本として構成されている。

 

 信仰あるいは生活の中から生まれた舞踊性をいまなお色濃く伝え、その中には舞踊の発生を考際するに足る内容を充分に包含している。

(資料:http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199676

 

 

§5.三重県 鳥出神社の鯨船行事 〇山・鉾・屋台行事

 

http://cdn.mainichi.jp/vol1/2016/12/01/20161201hpj00m040035000q/9.jpg?1

 

(資料:http://happytown.orahoo.com/phphope/view/v_genre_view.php?UserID=33469&GenreOID=6371498

 

http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/tomida6/20160309/20160309081035.jpg  JR「富田駅」鯨形の駅舎

 

鳥出神社(トリデジンジャ)の鯨船行事(ユネスコ無形文化遺産)

 

三重県北勢地域に伝わる捕鯨行事のうち、富田地区では鳥出神社の祭礼において、逃げまどう鯨を鯨船でおいかけ銛でしとめる様子を再現し、鯨取りの大漁と厄除けを祈願します。

江戸時代後期に創始されたと考えられているこの行事は、平成9年12月に国指定重要無形民俗文化財に指定され、平成28年12月1日にはユネスコ無形文化遺産に登録されました。

開催日 814日〜15

場所  富田二丁目16−4 鳥出神社

 

「鳥出神社の鯨船行事」は、北勢地方に分布する全国的にも珍しい陸上の模擬捕鯨行事の中で最も古来の様式を保持した典型的な祭礼行事です。

行事は氏子圏の4つの組(北島組・中島組・南島組・古川町)からそれぞれ1艘ずつの豪華な彫刻や幕で飾られた鯨船山車(神社丸・神徳丸・感應丸・権現丸)が出され、

これで張りぼての鯨を追いかけ、反撃を受けては再び追い詰めてこれを仕留めるという一連の演技を繰り返し行うものです。

 

http://www.tomida.net/maturi/image/kujirac003.gif http://www.tomida.net/maturi/image/kujiraa007.gif

 

(参考資料:http://www.tomida.net/maturi/newkujira.html

 

<鳥出神社の鯨船行事>

 

 鯨船は、全長約九メートル、最大幅約二・三メートルある。車輪はコマと呼ばれ、前方に一輪、中央と後ろに一対ずつの計五輪つけられている。

張り子の鯨は竹の骨組みで作られており、頭部には黒い布、胴部は細かい網状の布を張り、胸びれと背びれは楕円形に曲げた竹に黒い布を被せる。

 鯨船には、ハタシ(一二歳の男児)二、三名、ハタシを支える胴持ちと足持ちが一名ずつ、ロコギ(六歳から一二歳の男児)四名から六名、太鼓たたき二名が乗り込む。

鯨突きは鯨を発見するところから始まる。まず、鯨船の後部周辺のウタアゲ(唄上げ)という歌い手たちがヤクウタ(役唄)を歌う。

 

ハタシが鯨を発見して追いかける合図をすると鯨船は前方の鯨を追いかける。鯨をいったん追いつめるとハタシは船を進める方向を示す。

鯨を再び追い始めると、銛を用意して方向を示す所作をする。追いつめられた鯨は、鯨船の前方至近距離で直立する。

このときハタシは鯨に銛を投げつける。仕留めると、唄上げが「宮の前で鯨を突いたえ……」という役唄を歌って鯨突き一本が終了する。

 

 

 次の鯨突きをする場所まで移動の際、唄上げは流れ唄を歌う。鯨は基本的に一頭で数人の鯨被りが交代で被るが、親鯨と子鯨の二頭出す組もあり、

その場合は子鯨の鯨被りは少年たちが務める。

 町練りで最初に突く場所は組によって異なる。町練りでは、祝儀突きといって、鯨船行事に寄付金を出した家の前で鯨を突いたり、ヤクヅキ(役突き)といって、

自治会長の家や、ハタシ・ロコギ等を出している家でも突く。

 

本来、祝儀突きは新築・結婚・出産等のめでたいことがあった家が頼んだものだった。今でも新築などの祝事があったときに「大きい鯨を一本突いた」という。

  鳥出神社の鯨船行事は、北勢地方に集中的に分布する鯨船行事を代表するものであり、鯨突きが象徴する漁撈が漁村にもたらす豊かな生活を祈念する意識を背景に、

風流行事の中に捕鯨習俗を取り入れて伝えているものである。

(参考資料:http://www.buccyake-kojiki.com/archives/1026688359.html

 

※上記の「鳥出神社の鯨船行事」以外にも三重県内に、さらに和歌山県にも鯨船行事をしている地域があります。

三重県鈴鹿市北長太町(鯨船神事・天王丸)南納屋(諏訪神社・明神丸)礒津(塩崎神社・大正丸)楠町(鯨船神事・龍神丸)

  北牟婁郡海山町(大白祭・鯨船行事)

和歌山県熊野市二木島(室古・阿古神社・二木島祭り)新宮市(速玉神社・御船祭り)東牟婁郡串本町(旧古座町・河内神社・河内祭り・鯨船パレード)

高知県浮津西町(浮津八王子宮・鯨船)などで陸上と海上での祭りがある。

(参考資料:古座:河内祭(こうちまつり)とはhttp://www.kushimoto.jp/kozajisi/sub03.html

 

§6.佐賀県 唐津くんち 〇山・鉾・屋台行事

 

<唐津くんちの歴史>

 

 

唐津くんちは、唐津市南城内にある唐津神社の秋祭りで、16世紀の終わりに始まったと伝えられています。元来は旧暦9勝月29日を中心にして催されていましたが、やがて月の遅れの1029日に、

さらに昭和43年から現在の113日を中心とした祭りにと変更されました。

唐津くんちの最大の呼びものは、氏子が奉納する曳山行列で、勇壮華麗な14台が登場します。文政2年(1819年)〜明治9年(1876年)までの57年間に14台が作られました。

ちなみに1台の制作費を現在のお金に換算すると、1億5千万円になるといいます。

この14台の曳山は、昔話に登場する馴染み深いものばかりで、赤・青・金など極彩色に美しく化粧された曳山を、揃いの法被姿に身を固めた若者たち数百人が威勢よく市内を曳き回すさまは圧巻、

まさに現代の絵巻物です。

 

この『唐津くんち』は、昭和33年に佐賀県重要有形民俗文化財に指定されました。最近では海外にも広く紹介されています。

くんち見物を目的とした観光客も年々増加しており、くんち期間中の人出は50万人を超えています。

---唐津市教育委員会文化課資料より)

 

唐津神社参道が整備され、その二年後、明治28年(1895)参道に曳山小屋が設置されてからは御旅所神幸前日の夜には小屋の前に各曳山が集合するようになりました。

それまでは、各町が提灯をつけて真夜中から明け方にかけてばらばらに各道順を選び、大手門の前、あるいは明治に入ってからは神社前に集合していました(勝手曳き)。

昭和37年(1962)からは行列による宵山が行われるようになりました。現在ではこの日の夜7時半に、刀町の曳山が大手口から曳き出され東行する間に、 各町が曳き順通りに一番近い場所から参加し、

最後に唐津神社前に勢ぞろい、幻想的な宵山は観客を魅了します。

 

ヤマは一番の刀町・赤獅子から十四番の江川町・七宝丸まで、制作年代順に並んで、旧城下町をまわります。お旅所への曳き込み、曳き出しが最大の見せ場です。

この日は、前日の御神幸とほぼ同じ巡路で、旧城下の東西約8キロを回ります。ただし、神輿は出ません。 各町ごとに揃いの鉢巻き、江戸腹、パッチ(股引)、腕ヌキに身を固め、いなせな曳子たちが、

ヤマに乗り込んだ囃子方の奏でる緩急自在の典雅なリズムに合わ せて曳き回るさまは感動的です。「エンヤ、エンヤ」の掛声とともに、フィナーレへと高まっていきます。

 

曳山の曳き納めとあって、曳子は最大の力をふり絞りながら曳き、見物客は力いっぱい声援を飛ばします。そして、一台、また一台と曳山展示場に格納されます。

くんちが終わると、唐津は本格的な冬を迎えます。

(資料:唐津観光協会より)

 

   http://www.geocities.jp/uchina_kacchan/syati2006.jpg 鯱:シャチ

 

<曳山の種類>

 

1.赤獅子(刀町)

2.金獅子(本町)

3.青獅子(中町)

4.黒獅子(紺屋町)明治221889)年のに姿を消しました。

5.亀と浦島太郎(材木町)

6.武田信玄の兜(木綿町)

7.上杉謙信の兜(平野町)

8.源義経の兜(呉服町)

9.酒呑童子と源頼光の兜(米屋町)

10.鯛(魚屋町)

11.珠取獅子(京町)

12.鳳凰丸(大石町)

13.鯱(水主町)

14.飛龍(新町)

15.七宝丸(江川町)

 

現存するのは14台です。獅子4・亀1・兜4・鯛1・鳳凰1・竜2・鯱1の14種に分けてみました。

シャチはクジラの一種ですが、この「鯱」とは一言でいえば「海に棲む伝説の怪獣」です。全く姿形は魚に見えます。シャチ(鯱)・タイ(鯛)・タツ(龍)は類似点が多いです。

インド神話にある水を自在に操り口から水を吐く怪魚「マカラ(摩伽羅魚)」と、中国建築様式の棟飾りで魚の尾が水面から飛び跳ね出た姿を具象化し大棟の上端が水面を表し、

それ以下(大棟の下)の水面下にあるもの(建物)は燃えないとの言い伝えから火災除けのまじないとして用いられた「鴟尾:シビ」が融合変化したものと考えられています。

日本では、顔は虎で身体は魚、背筋に鋭い刺をもち、口から水を吐く怪魚となり、戦国時代頃から火災除けのまじないとして天守閣等の城郭の大棟の両端に載せられています。

また鯱には阿形吽形・雌雄があり、水主町の鯱は口を開いた阿形の雄です。

 

(注)鴟尾(しび)とは、瓦葺屋根の大棟の両端につけられる飾りの一種である。訓読みではとびのおと読む。沓(くつ)に似ていることから沓形(くつがた)とも呼ばれる。

寺院・仏殿などによく用いられる。後漢以降、中国では大棟の両端を強く反り上げる建築様式が見られ、これが中国などの大陸で変化して3世紀から5世紀頃に鴟尾となったと考えられている。

唐時代末には鴟尾は魚の形、鯱(海に住み、よく雨を降らすインドの空想の魚)の形等へと変化していった。瓦の伝来に伴い、飛鳥時代に大陸から日本へ伝えられたと考えられている[1]

火除けのまじないにしたといわれている。材質は瓦、石、青銅など。(参考:ウィキペディア)

 

(資料:わが町の曳山自慢7〜水主町 鯱〜 http://www.yoyokaku.com/sub7-164.htm )

(資料:九州あちこち歴史散歩★唐津くんち2014町廻り(5)13 14七宝丸 唐津くんち風景

http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/saga/karatsu14-machimawari-5/karatsu14-machimawari-5.html 

(資料写真:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/64/Hikiyama.jpg

(資料:唐津くんちの歴史:http://www.osakana-mura.com/kankou/feature_karatsukunchi.html )

(資料:唐津観光協会:http://www.karatsu-kankou.jp/feature/karatsukunchi/

(鯱http://blog-imgs-26.fc2.com/p/a/n/paniorokenny/20081023110347.jpg

 

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§7.兵庫県 姫路城(鯱鉾)・・・・ユネスコ世界遺産

 

姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県の姫路市にある日本の城。江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、国宝や重要文化財に指定されている。

また、主郭部を含む中堀の内側は「姫路城跡」として国の特別史跡に指定されている。また、ユネスコの世界遺産リストにも登録され、日本100名城などに選定されている。

別名を白鷺城(はくろじょう・しらさぎじょう)

 

 天守(連立天守群・国宝) DSC_7684

 

姫路城は播磨国飾東郡姫路、現在の姫路市街の北側にある姫山および鷺山を中心に築かれた平山城で、日本における近世城郭の代表的な遺構である。

江戸時代以前に建設された天守が残る現存12天守の一つで、中堀以内のほとんどの城域が特別史跡に、現存建築物の内、大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に、

74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に、それぞれ指定されている。

1993年(平成5年)12月にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。

 

この他、「国宝五城」や「三名城」、「三大平山城・三大連立式平山城」の一つにも数えられている。

姫路城の始まりは、1346年(南朝:正平元年、北朝:貞和2年)の赤松貞範による築城とする説が有力で、『姫路城史』や姫路市ではこの説を採っている。

一方で赤松氏時代のものは砦や館のような小規模なもので、城郭に相当する規模の構築物としては戦国時代後期に西播磨地域で勢力を持っていた小寺氏の家臣、

黒田重隆・職隆父子による築城を最初とする説もある。

戦国時代後期から安土桃山時代にかけて、黒田氏や羽柴氏が城代になると、山陽道上の交通の要衝・姫路に置かれた姫路城は本格的な城郭に拡張され、関ヶ原の戦いの後に

城主となった池田輝政によって今日見られる大規模な城郭へとさらに拡張された。

 

姫路城の屋根瓦・鯱

 

鯱(しゃち)とは、姿は魚で頭は虎、尾ひれは常に空を向き、背中には幾重もの鋭いとげを持っているという想像上の動物で、大棟の両端に取り付け、鬼瓦と同様に守り神とされました。

前記、唐津くんちの鯱と同じです。一字で鯱(しゃちほこ)・鯱鉾とも書かれる
破風に施される懸魚もそうですが、こうした城郭建築の場合、いちばんこわいのは火事で焼失することですから、願掛けやおまじないの意味も込めて水にゆかりのある装飾が施されていたわけです。

また、鯱瓦は仁王像や狛犬(こまいぬ)などのように「阿吽(あうん)」一対となっており、口を開けているのが「阿」で雄、閉じているのが「吽」で雌とされます。

怖い虎の顔をした魚のような想像上の生き物を模した鯱瓦が、姫路城大天守には大小11個が掲げられています

天守以外の櫓の屋根にも鯱が載せられている。

(資料:ウィキペディア)

 

http://pds.exblog.jp/pds/1/200807/21/83/b0067283_20402618.jpg

 

(参考資料:写真http://micho.exblog.jp/9112310/

 

§8.メキシコ【エル・ビスカイノのクジラ保護区(世界自然遺産)】

 

エル・ビスカイノ生物圏保護区(El Vizcaino Biosphere Reserve)は、太平洋とカリフォルニア湾に挟まれたバハ・カリフォルニア半島中央部に設定されている

メキシコの生物圏保護区である。

 

 コククジラ

 

 

1988年に設定された総面積2,546,790 haの生物圏保護区で、独特の砂漠の気候によって育まれた陸棲生物の固有種の豊富さや、コククジラの重要な繁殖地である

ことなどが特色である。コククジラの繁殖地になっている2つの潟湖が、ユネスコの世界遺産に登録されている。 

 

   メキシコ西岸、バハ・カリフォルニア周辺では、毎年冬から春にかけて繁殖と子育てのためにアラスカ沖のベーリング海から9700km南下してきてここで過ごすクジラを観ることができる。

クジラと人びとが間近に触れあえる、世界でも珍しい場所である。

 

 エル・ビスカイノ生物圏保護区のうち、バハ・カリフォルニア半島にあるセバスティアン・ビスカイノ湾、および湾と繋がっている2つの潟湖オホ・デ・リエブレ湖、サン・イグナシオ湖は、

コククジラの繁殖地として知られている。世界中に棲息しているコククジラの半数は、この湾で生まれている。

 

 コククジラの繁殖期を目当てにした過剰なホエール・ウォッチングによって海洋環境が悪化したため、現在は観光には規制がされている。(資料;ウィキペディア)

コククジラの繁殖地になっている2つの潟湖が、ユネスコの世界遺産に登録されている。ここでは鯨に触るだけでなく、キスすることもできます。

他にはない体験がしたい人にもオススメのスポットです。

(資料:http://www.whaling.jp/isana/isana28.html

 

§9.世界遺産エジプト「クジラの谷」

 

「古地中海」は3500万年位前まで、現在の地中海周辺から中央・東南アジアに広がっていた太古の海「テチス海」の別名です。

地底の隆起によって海岸線が後退するまで、エジプトはそっくりこの海の底にあったのです。

 

ファイユーム・オアシス郊外の「ワディラヤーン自然保護区」には、「クジラの谷」と呼ばれる涸れ谷があります。

この辺りには、昔から正体不明の動物の骨がたくさん散乱していたため、地獄の谷として恐れられていました。

 

20世紀に入って研究が進むと、これらが約4000万年前の海洋生物、主に進化途中の原始クジラの化石であることがわかりました。

(資料:http://chiarablue.exblog.jp/19907592/

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b8/Wadi_Al_Hitan1.jpg/390px-Wadi_Al_Hitan1.jpg ドルドン https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7e/Walskelett.jpg/330px-Walskelett.jpg バシロザウルス

 

ワディ・アル・ヒタンはアディ・エル・ラヤン保護地区のファイユーム地方に属する。カイロの南南西150kmの、エジプトの西部砂漠地帯にある。

4000万年前(始新世後期前半バートニアン)の当地域には、テチス海と呼ばれる浅海が広がっていた。そのころに堆積した砂岩・石灰岩・頁岩の地層が現在地表に表出している。

この始新世バートニアンの地層は最も古いもので約4100万年前から約4000万年前にかけて形成されたと考えられている。

 

この古い地層からは、そのころの原始的なクジラ類(バシロサウルス科)の化石を始め、原始的海牛類の化石、サメの歯、カメの化石なども発見されている。

中間の地層からもクジラの化石が発見されているが、最も新しい地層は約3900万年前に堆積し、この地層からは浅瀬に棲む動物の化石が多数発見されている。

このことは、この時代に地殻隆起(en:Qasr el Sagha Formation)が起き、テチス海が消失していったことを示している。

 

さらに約3700万年前(同世後期後半プリアボニアン)には、マングローブの森が広がる海岸地帯であったと推定されている。

この地域で1902年から1903年にかけて最初に原始的なクジラの化石を発見したのは、イギリスの地質学者HJL・ベッドネル (de) である。

第二次世界大戦後、カリフォルニア大学やイェール大学などのアメリカの研究チームが当地を調査。1989年に世界で初めて原始的クジラ類の後肢の化石を発見している。

3種類の始新世のクジラ(バシロサウルス科)がワディ・アル・ヒタンで発見されている。

 

最大のバシロサウルス・イシス(学名:Basilosaurus isis)は推定全長21mを超え、鰭(ひれ)に進化しながらも5つの指をいまだ明確に残す前肢と後肢を具えていた。

全体の姿は現生クジラ類(現鯨類)に比べて細長く、長大な体をヘビやウナギのようにくねらせて泳いでいたと推測されている(ただし、泳ぎ方はヘビやウナギのような

左右の運動ではなく、クジラ類に共通の上下運動による)。 また、発見されたうちのドルドンという小型のクジラ種は、同時代の近縁種と比較する限りではイルカに似ていたと考えられている。

このドルドンはバシロサウルスほど特殊化が進んでおらず、現生クジラ類につながる進化系統上の種、あるいはその近縁と見なされている。

このクジラ類を始めとした進化系譜と始新世の海洋環境を示す化石が多数発見されている場所はこのワディ・アル・ヒタンだけであり、この点がユネスコ世界遺産としても評価され、登録物件となった。

 

発見された主な化石種

バシロサウルス - Basilosaurus isis :バシロサウルス科バシロサウルス亜科

バシロテルス (en) - Basiloterus husseini :バシロサウルス科バシロサウルス亜科

ドルドン - Dorudon atrox :バシロサウルス科ドルドン亜科

(資料:ウィキペディアより)

 

§10.ヴェトナム:カウグ(Cau Ngu)祭り- 魚祈り祭り

 

カウグ祭りまたは、Ca Ong(カオン)と呼ばれている祭り(クジラ祈り祭り)はダナンの漁師たちの最も大きな祭りです。クジラを崇拝することはクジラ神に対する尊敬の気持ちを表すだけでなく、

村全体の繁栄との関係にもあるのです。

 

 http://www.danang.gov.vn/images/danang/image/Japan/le%20hoi/le-hoi-Cau-Ngu-1.jpg

 

 

クジラへの感謝の気持ちで、猟師達はクジラをOng「氏」と呼びます。クジラが事故から漁師を救うからです。海岸で漂流したクジラは「オン.リュイ(Ong Luy)と呼ばれています。

最初にオン.リュイを見つけ出した人は議長になり、このクジラの葬式を担当することになります。毎年、テットの後、漁師は、カウグ祭りと同時にクジラを崇拝する祭りを行います。

ダナンでのカウグ祭りは、トクアン(Tho Quang)、タンロクダン(Thanh Loc Dan),スアンハ(Xuan Ha),ホアヒエプ(Hoa Hiep)などの沿岸地区でしばしば開催されています。

カウグ祭りは太陰暦の3月中頃に行われ、2日間続きます。 1日目は前式で、二日目は正式です。祭り期間中に、祭壇が明るく厳粛に飾られます。

 

すべての家族で、祭壇に神様にささげる物が置かれ、線香を神様にあげま す。花とランタンを用いて船を飾ります。式の幹事はその家族には葬式がなく、年を取った偉い人が選ばれます。

議長は神様にささげるものを(海産物はだめで す)をささげ、クジラに対する感謝の気持ちと安全な海旅行ができるように、平和に暮らせるようにの願いことを大声で読みあげます。

翌日の早朝に、村の住民は、太鼓の音の中で「le ruoc」式をします。いくつかの地方では、村同士の団結心を示すために村から村へのこの式を行なうこともあります。

全ての船は規定された場所に集まり、 議長による「xin keo-シンケオ」式を開始します。

 

クジラに対する尊敬および謝意を証明するため、その日の真夜から、村の住民は、「khai mo-カイモ」式及び「chanh te-チャンテ」式を行い、生徒たちはクジラ神様に線香をささげます。

PHAN HOI(祭りの本番)に関しては、地域によってそれぞれ、独特のやり方があります。

しかしながら、カウグ祭りでの水泳競技会、Lac Thung(ラクテュン)競技会(テュンは竹から作ったかごのようなもので、船として使われています、ラクテュンはテュンを動かすことです)

など沿岸水域の従来のゲームがなくてはならないものです。そして、カウグ祭りで、お客さんが昔ながらの歌、カアウグ祭りの特別な歌や踊りを楽しむこともできます。

(資料:Liên kết không tn ti!

(資料:五洋労組  クジラを崇拝するカウグ祭り (ベトナム)http://nikkenkyo.jp/archives/7641

 

§11.ナスカの地上絵

 

ナスカの地上絵(ナスカのちじょうえ)は、ペルーのナスカ川とインヘニオ川に囲まれた乾燥した盆地状の高原の地表面に「描かれた」幾何学図形、動植物の絵。

19941217日、UNESCO世界遺産(文化遺産)に登録された。当初の登録名称は『ナスカとフマナ平原の地上絵』(Lines and Geoglyphs of Nazca and Pampas de Jumana)

2016年の第40回世界遺産委員会で現在の名称に変更された。

ペルーの首都リマの南部に位置するナスカ周辺の砂漠に描かれた巨大な地上絵がある。絵と言ってもほとんどは線だが、中にはハチドリやサル、クジラ、コンドル

などの動物を描いたものもある。

 

http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/nasuka-chizoue-zi.jpgクジラとシャチ

 

http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/ueno-nasca.jpg

 

 

これらは、インカ以前の文明であるナスカ文明の人々の手で描かれたとされているが、なぜ、このようなものを描いたのかは謎のままだ。

地上絵はいったいなんのために作られたか?代表的な説としては、@天文説A宗教儀礼説B滑走路説C地下水路説D宇宙人建造説があるがどれも決定力不足。

主な絵の種類は、長さ46mのクモ、96mのハチドリ、55mのサル、65mのシャチ、180mのイグアナ、135mのコンドルがある。

地上絵は幅3060cm、深さ1030cmくらいの溝を掘っただけでできている。

現在では保全のために溝の掃除が行われてるが、もともと雨が降らない地域なので溝が消えにくい。(資料;ウィキペディア)

 

§12.オーストラリア 世界遺産

 

(1)ニンガルー・リーフ

2011

ニンガルー・リーフ(英語:Ningaloo Reef)は、オーストラリア西海岸にある珊瑚礁で、パースの北おおよそ1,200kmに位置する。

珊瑚礁の長さは、260kmに達し、オーストラリアでは最大規模の珊瑚礁である。

ニンガルー・リーフは、ジンベイザメが一定の期間、生活を営んでいる場所であり、エコ・ツーリズムに関して、活発な議論が行われた場所として知られている。

1987年、リーフとその周辺は、ニンガルー海洋公園として指定された。

200718日、UNESCOの世界遺産暫定リストに登録され、20116月、世界遺産に登録された。(資料;ウィキペディア)

 

サンゴ礁が260kmに渡りり広がっている海洋公園。

イルカの群れの見学、ジンベイザメと泳ぐ体験などが楽しめる。

・このビーチ 熱帯魚の 宝庫なり シュノーケリング 人気上昇

 

(2)グレート・バリア・リーフ

1981

グレート・バリア・リーフ(英: Great Barrier Reef)は、オーストラリア北東岸に広がる世界最大のサンゴ礁地帯。漢字表記は大堡礁(だいほしょう)。

南緯10度から24度にかけて広がり、2600km1,600マイル)を超える長さに2,900以上の暗礁群と約900の島を持ち、総面積は344,400km2以上となる。

地理的な位置は、クイーンズランド州沿岸の珊瑚海に存在する。

グレート・バリア・リーフは宇宙空間からも確認できるほど広大であり、生物が作り出した単一の構造物としては世界最大である。

しかし、その生物とは微小なサンゴやポリプ等の有機体であり、これらが数十億集まって形成しているサンゴ礁。

 

そして、この暗礁は生物多様性を支える重要な役目を持ち、1981年に世界遺産(自然遺産)に登録された。

1997年、CNNはグレート・バリア・リーフを「7大世界の驚異」自然部門(英語版)のひとつに挙げ、クイーンズランド州のナショナル・トラストは州を代表する象徴に認定した。

(資料;ウィキペディア)

世界最大のサンゴ礁地帯。広大な面積で,クジラ、イルカ、ジュゴンなど、生物も多様。

・珊瑚の敵 オニヒトデと 温度上昇

・ダイバー待つ 初夏の満月 その一瞬 星空のような 珊瑚の産卵

 

(3)西オーストラリアのシャーク湾

1991

シャーク湾(Shark Bay)は、オーストラリア・西オーストラリア州の西海岸中央部ガスコイン地域に存在する湾である。

1991年よりユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されている。

東京都と千葉県を合わせたぐらいの広さで、水深2mと浅く、穏やかな湾である。湾の浜は、全て5mの厚さの貝殻で埋め尽くされている。

湾周囲の陸地には荒涼とした乾いた風景が広がり、ここで暮らせるのはカンガルーやトカゲなど乾燥に適応した動物ばかりである。

人間が住みつけなかったことで、自然の豊かさを維持できている(資料;ウィキペディア)

現生のストロマトライトがある(化石ではなく、生きたものが現存する)。ストロマトライトは最初に地上に上がった生命体で、32億年程前には

すでに存在していたと言われている。

冬の気温は15℃ほどだが水温は20℃以上あることから、ジュゴン、ジンベイザメ、ウミガメ、イルカ、オニイトマキエイなどが群生し、

インド洋から南極海へ移動するザトウクジラも立ち寄る。(資料;ウィキペディア)

 

・シェルビーチは、5mの厚さの貝殻で埋め尽くされている。

35億年前の地球最古の生物ストロマトライトが生きている場所もあり、イルカと触れ合える海岸もある。

・シャーク湾 世界最大の ジュゴンの里 水温高く 海草豊富 

 

(4)フレーザー島

1992

フレーザー島(Fraser Island)はオーストラリア・クイーンズランド州にある島で、世界でもっとも大きな砂島である。

1992年、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録された。

 

島はブリスベンから北に約300kmの所にあり、南北123km、幅25km、島の最高高度は240mである。

島のほぼ全域がグレート・サンディ国立公園として国立公園に指定されている。

島全域が一般にも公開されており、観光客は海辺でのキャンプを楽しんだり、ザトウクジラやイルカの出現を見たりすることが出来る。特にハービー湾は、

繁殖と子育てのために訪れるザトウクジラの観察スポットとして有名である。

(資料;ウィキペディア)

 

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特別付録(こんな鯨さんの面白い歌がありました。)

ひらけ!ポンキッキ ジョー・レモン ジャブジャブロック

 

「ジャブジャブロック」 ジョー・レモン

マッコウクジラのがんちゃん
わたりどりのおばさんに 南のはなしをきいた〜
ショック!

氷のはらない海や
いつでもえがおの太陽 がんちゃん ワクワク〜

寒い ほっきょくにゃすみあきた
ひろい〜世界がみたい〜

ナウなクジラはアロハをきこみ 
サングラスをかけて かわいイルカとおどるぜ ロックンロール
ゆめみる まいにちさ〜

(クジラ〜) じゃぶじゃぶ なみかきわけ
(クジラ〜) しゅっしゅっ しおふきあげ
南の海 めざしてドゥビドゥワ〜

ほげい船にねらわれて
かんづめになりかけたし 嵐におぼれたりした〜
しんど!

それでもくじけず すすむ
ゆめをおいつづけ すすむ がんちゃんがんばる

ふっと ほっきょくを思い出し
なみだ こぼしちゃうけど〜

ナウなクジラはサンマとテニス 
クラゲとフラダンス イカスなかまとさわぐぜ Day&Night
ゆかいな まいにちさ〜

(クジラ〜) じゃぶじゃぶ なみかきわけ
(クジラ〜) しゅっしゅっ しおふきあげ
南の海 めざしてしてドゥビドゥワ〜

(資料:http://ameblo.jp/iwmtmkk/entry-11884566598.html