千葉県習志野市・鷺沼( さぎぬま)の鯨騒動


 「鷺沼にクジラがあがった話」

東京湾内では昔からクジラたちが迷い込んで来て大騒動になりました。
恵みをもたらすモンスター(怪物)のため、驚きと共に村同士の所有権争いが起きました。
現在も千葉県・東京都・神奈川県ではマッコウクジラやコククジラ・ザトウクジラ
・イルカ等が姿を現し,時には名づけてもらい、新聞・テレビの話題となっております。

昔の人はクジラを見世物にして見物料をいただいて稼いだり、
クジラは売られて食料や灯油になったり、人は大金持ちの成金
になったり、将来のために学校を作ったり、将軍様(北朝鮮
とは違います)が見に来たり、鯨塚を建てて供養されたりと
いう恵みと驚きをもたらし歓迎・観鯨される『クジラ様』でした。

皆さんも運が良ければクジラ達を見るチャンスが近くにあります。
しかし、クジラを捕まえることは禁止されており利益機会はありません。

日本国内にはクジラを売って学校を建てたり、神社、寺、みこし等を作った話が沢山あります。
今回、紹介した千葉県習志野市鷺沼のクジラは『鷺沼の分校』の建設資金になったとのこと。

(現在「習志野市立鷺沼小学校」という小学校がありますがクジラとの関連は不明です)

「クジラ学校」といわれるところはクジラを売って建てられた学校で現在も数校があります。
昔の人々はクジラを売ったお金を子供の教育のために使っております。
「現在の辛抱」が「将来の利益」となることを象徴するクジラ学校物語です。
少子化問題と教育不在を何とかしたい!!!!!!!!!!!!!!!!!

現在はモンスターペアレント(Monster parent)の時代、教育どころでは ありませんね!

クジラがよく分からなかった大昔、人々はクジラは化け物(モンスター)と思っていました。
このため、クジラの学名は、ラテン語の”cetus”、意味は「化け物・怪物」です。
現在、「トンデモナイ親達」がクジラのことをいう「お化け・英語のMonster」を乗っ取ってしまい、
モンスターペアレント(Monster parent)となったのでクジラが鯨鯢:ゲイゲイと怒っています。
(鯨は雄のクジラ。鯢は雌のクジラのこと、鯨鯢:ゲイゲイと読みます。)

「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」
という国の基本「米百俵」=「クジラ学校」⇒『クジラ文化』です。

外国には絶対にないクジラ文化です。

情報と写真は友人の松本 清氏に送ってもらったものです。

   

習志野市袖ヶ浦2丁目「袖ヶ浦公園」にあるクジラ

絵では大きさ:89尺(89尺×30.3a=27b)。背ビレは大きく描かれています。
「説明板」文字が不明瞭ですが、腹の下白い・うす○き所有り・鱗はない・海老尾である・
○の色より黒く光リ有等の文字が書かれています。汐吹き(鼻)は大背ビレの前に有る。

大きさ22b〜27b(12間と89尺の2説明?)から  種類は「ナガスクジラ」か「シロナガスクジラ」のようです。


習志野市 (No.50 平成13年7月1日号 ならしの“よもやま話” 「鷺沼にクジラがあがった話」)

昔、鷺沼にクジラがあがった話を聞いたことがありますか?明治28年頃のことだ
そうですが、当時この辺り一帯は大変な騒ぎになったようです。

今回のよもやま話は、そのかわいそうなクジラの話を紹介したいと思います。
クジラは、おそらく小さなイワシとかを追いかけてきたのでしょう。
浅瀬に乗り上げ、ついには動けなくなってしまったんですね。
長さは12間(12×1.8182b=21.8b)、体の9分どおりが鷺沼村の浦に
入っていたのですが、おっぽはちょっと幕張村にかかっていたそうです。
そのため、二つの村で言い争いがおきました。
お互いに「こりゃ、おらのものだ」と簡単には譲りませんでしたが、結局は頭
がこっちにきているのだからということで、鷺沼がもらうことになったようです。
このクジラのうわさはあっという間に広まり、遠くから大勢の人が見物にやって来ました。
自分たちのものとなったわけですから鷺沼村にとっては、村が潤ういいチャンスです。
その人達を小船に乗せ、見物料を3銭とりました。
このクジラが村にもたらした潤いは、「クジラ一頭、七浦潤す」という言葉が
あったように、とても大きなものでした。
このお金のおかげで鷺沼の分校が建ったという話です。

 この時の模様は、数え歌にもなって残っているので、その一部分を紹介します。

一つ 非常に珍し 運の尽き 鷺沼浦へとのし上がる このオオクジラ

二つ 船橋 海神 八幡あたりまで 四方の見物数知れぬ このオオクジラ

三つ 見つけた人は誰々でも 先いきゃどうなることだやら このオオクジラ

〜中略〜

八つ 山ほど見物きたけれど 驚く人は数知れず このオオクジラ

九つ 小船の連中が客を乗せ 切符の提供は3銭で このオオクジラ

十で 土地の人家で4、5日は 農家家業はできやせぬ このオオクジラ  

この唄を知っている人は、今となっては、もうほとんどいないとのことですが、昔は、
よく宴会でこの唄が歌われたそうです。

資料:鯨(習志野市史資料集五 渡辺東淵雑録より)

(参考)
鷺沼の医師である渡辺東淵は文政7年(1824年)から安政6年(1859年)
の36年間にわったって近隣の村々の出来事を克明に記録しています。
「渡辺東淵雑録」と呼ばれる古文書には多く災害・病気・出来事も記録されています。


習志野市で「くじら公園」を検索すると「香澄くじら公園」「秋津くじら公園」や
さらに鯨料理の店が沢山出てきます。昔から鯨があがった場所からか賑やかです。

全国には、クジラのおかげでできたクジラと関係の深い小学校
が7校あり、『クジラ小学校』とも呼ばれています。

上下浜小学校(新潟県上越市)、
船川第一小学校(秋田県男鹿市)、
大本小学校(三重県熊野市)、
和白小学校(福岡県福岡市)、
丸島鯨小学校(熊本県水俣市:廃校)、
広田小学校(岩手県陸前高田市)。

鷺沼小学校(千葉県習志野市)

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