§長崎くんち:万屋町の潮吹き鯨と鯨さんの唄§

       ←資料「愛しき鯨玩具たち」

      

1.       長崎くんち奉納「鯨の潮吹き」“いさみ唄”・“祝い唄”

@ 前日の唄(十月七日)

 

(オオ 背美よ 背美よ)

祝い芽出度やー 祝い芽出度 アヤアー (ヨイヤサー ヨイヤサー)

                    ハアー エイー ヨー オー オオ 若松さまアーヨー    

枝も栄える 枝も栄える (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 葉も茂る

檀那百まで 檀那百まで (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ わしゃ九十九まで

ともに白髪の ともに白髪の (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ はえるまで

(デーカイタ デカイタ)

(明日も大きな 大背美よ ヨッシリ ヨイサ ヨッシリ ヨイサ)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前日の唄(十月七日)は、3日間のくんち初日に唄われる。前日では夏の名残のなか、セミクジラが悠々と大海原を泳ぐ姿を、

勇み唄を交えて演出する。

 

     (カッコ)部分は船頭が唄う部分。船頭は町内の子供が務める。船頭の上着の刺繍は豪華で綺麗に作られている。

  船頭衣装には夫婦岩・鯱・かに・たこ・龍があり、龍は4点と多い。豪華絢爛、贅沢の極みといわれる。

             ←船頭衣装

     掛け声「ヨッシリ ヨイサ」は「ヨッシニ ヨイサ」、「ヨシキリ ヨイサ」とも聞こえる

4回くらいゆっくりの「ヨッシリ ヨイサ」が詠われ、速いテンポの「ヨッシリ ヨイサ」が4回くらい続き、9回目くらい

にリズムを替えた「ヨッシリ ヨイサ」、最後にゆっくり調の「ヨッシリ ヨイサ」で終る。

     潮吹きの「潮」は「汐」が使われることもある。潮は朝のしお、汐は夕のしおのこと。「潮汐」は月や太陽の引力によって周期的

に起こる海面の昇降。

     背美:セミクジラ:背美鯨 背にヒレがなく背中が美しいので背美クジラ、背が乾いているので背干クジラとも云われる。

ズングリ・ムックリの体形で泳ぎが遅く 脂肪層が厚く鯨油が多く取れ、死んでも沈まずに浮いて捕り易いため古式捕鯨の

主対象となった。セミクジラの肉は最も美味しいと云われた。現在、この種は捕獲禁止されている。

           ←セミクジラ・古式絵図より

体長1518b、体重5070d。英名Right whale (本当のクジラ:捕り易い目標鯨の意味)。

 頭部に「ボンネット」と呼ばれるコブ上の隆起がある。「潮吹きクジラ」の頭部の丸い白色円の中に黒点が点在してデザイン

されている。口の上顎に数百枚あるヒゲ板は3b位の長さ。弾力があるのでコルセットやカラクリ人形のゼンマイなどに使われた。

  白い円に小黒点がボンネット:ポストカード:鯨の潮吹き

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

A        後日の唄 (十月九日)

 

(オオ 背美よ 背美よ)

背美は曳きくる 背美は曳きくる (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 羽差は勇む

納屋の手代衆は 納屋の手代衆は (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 金はかる

つつじ椿は つつじ椿は     (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 野山を照らす

背美の子持は 背美の子持は   (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 納屋照らす

(デーカイタ デカイタ)

(明日も大きな 大背美よ ヨッシリ ヨイサ ヨッシリ ヨイサ ヨッシリ ヨイサ ヨッシリ ヨイサ)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

後日の唄(十月九日)は最後の日に唄われる。後日には鯨に網がかけられ、冬の海で鯨捕りに追われる様子を納屋の雪景色やつらら

を使って表現する。「ヨッシリ ヨイサ」の掛け声のなか、竜吐水(ポンプ)を使って潮を噴きあげながら荒々しく引き回す場面が

最大の見せ場である。前日と後日の潮吹き鯨劇場は連続されているものである。網掛け突取捕鯨法が開発され、鯨を大きい網に

追い込み鯨の動きを止めて多くの銛を投げ、最後に止めの鼻切りをして鯨を捕獲しました。捕獲は命を張った勇壮な鯨との戦争でした。

 

※ くんちの潮吹き鯨の唄は「祝唄」「勇み唄(いさみ唄)」とも云われている。

 前日(107日)の唄の出出し「祝い芽出度やー 若松様よー」⇒全国的な「祝唄」である。

後日(109日)の唄「背美は曳きくる 羽差は勇む」⇒ の「勇む」から⇒「勇み唄(いさみ唄)」

と両方の呼び方があるものと思われる。

     羽刺=羽指=羽差=刃刺=波座士=波刺「羽刺(はざし)」とは鯨を追って銛を投げて捕る勢子舟の頭・舟長である。

重い銛を高く投げてその重さで鯨に刺し、手形包丁を持って潜り、弱った鯨に裸で乗り鯨の鼻に綱を通す穴をあけた。
鯨取りの花形役者、危険な仕事のため勇敢さで尊敬され「太夫」と云われた。潜りの海人(あま)出身が多く体格が

いい人がなった。羽刺の下帯は家内が糊をつけきちんとしたものを毎朝替えていくものであった。

くんちでは「羽指」に子供がなり鯨船の「船頭」という言葉が使われている。舟にはそれぞれ2名の子供船頭が乗る。

鯨舟にはぶ厚い座布団が2連、3枚重ねて置かれ、鮮やかな色の組み合わせをしている。鉾(ほこ)やノボリが立てられる。

   ←鯨船 座布団の色に注目

(資料:鯨と信仰 http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/kujira-to-sinkou.html

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

B 簡略型の唄 庭先廻り・各場所への挨拶廻りで簡単な短縮型の唄が詠われる。(簡略型というのは筆者の命名

 

(オオ 背美よ 背美よ)

祝い芽出度やー 祝い芽出度 アヤアー (ヨイヤサー ヨイヤサー) 

ハアエイーヨーオー オオ 若松さまアーヨー    

枝も栄える 枝も栄える (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 葉も茂る

 

(オオ 背美よ 背美よ)

背美は曳きくる 背美は曳きくる (ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 羽差は勇む

(デーカイタ デカイタ)

(明日も大きな 大背美よ ヨッシリ ヨイサ ヨッシリ ヨイサ ヨッシリ ヨイサ ヨッシリ ヨイサ)

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        ←かわいいポストカード:堤けんじ氏 くじらの潮吹き

 

「鯨の潮吹き」が初めて長崎で演じられたのは、安永5年(1776年)愛宕山祭礼の奉納踊だった。2年後の安永7

1778)に、くんちに初登場した。シーボルトの「日本」にも「コッコデショ」とともに世界に紹介されている。

この頃の万屋町は魚問屋の町として栄えていたので、肥前の国呼子浦の鯨納屋頭、中尾甚六と羽指の勘助が来崎し町内の宿、

呼子屋に滞在中、教え伝えたものと云われている。(資料:与慮図(よろづ)縁起)

 

     「コッコデショ」とは樺島町の太鼓山(ココデショ)のこと。太鼓山は堺から伝えられたという。太鼓を載せた太鼓台は重さ

1d。長崎で発展した独特の演じ物となっている。「ホーオーエーヤ・ホーラーエーエ」の唄を唄いながら入場してくるさま

は勇壮である。「コッコデショ」の掛け声で天高く放り上げたあと片手で受け止めるところは圧巻といわれる。

小学校高学年〜中学生の男子が担当する采振りが、太鼓山の棒部分に乗って大きくそりながら采を振って登場するシーンは

独自の魅力を放っている。「コッコデショ」の由来は「ここでしょう」という意味から。

(資料:長崎遊学6「もってこーい」長崎くんち入門百科 長崎くんち塾編著)

     中尾甚六:江戸時代、呼子港に冠たる家といわれたのが、捕鯨業をはじめた中尾甚六家です。中尾家は、代々甚六を襲名し、

宝永・正徳年間(17041715)以後、明治10年までの八代170年間にわたり捕鯨業をおこないました。

(資料:唐津観光協会)

「人数揃:にぞろい(リハーサル)」に呼子鯨組主・第十四代「中尾甚六」中尾吉臣さん寄贈の樽が万屋町の潮吹き鯨の前に

飾られていた。

   ←中尾吉臣さん寄贈の樽

 

「潮吹き鯨の大きさ」は長さ:7b 高さ:2b 幅:2b 胴回り:6b 重さ:2dをざい根曳若干名、本根曳16

で廻す。鯨体内に2人が乗り、ポンプを押して鯨の潮の水しぶきを4〜5bの高さまで吹き上がる。

鯨の動きは前進数回・後進(バック)数回を繰り返し、途中3回転・2回転・1回転半が入る。

鯨を操作する根曳き衆は采の指揮で操作をし、「モッテコーイ」の掛け声(アンコールの連続)で数回呼び戻される。

根曳き衆は白地の衣装から、片肌を出し、数回続くと両肌を出し、刺青衣装の上半身を見せて観衆の呼び声に答え鯨を勢いよく

操り動かす。最後は疲労困憊と思われる状態、観衆も意気を合わせて十二分に盛り上がり祭りの一体感が演出される。

最近はYouTubeユーチューブ等の動画で、潮吹き鯨の感動と興奮を鑑賞できる。

        ←ポストカード:長崎百景:万屋町・鯨の潮吹き

※ 資料により潮吹き鯨の長さはまちまち。説明には長さ8bともあった。

※ もろはだ(諸肌・両肌):左右両方の肌。上半身の肌。両肌。⇔片肌

  「諸肌を脱ぐ@衣の上半身全部を脱いで、両肌を現す。A全力を尽くし、事に当る」 とある(資料:goo辞書)

 

「納屋:なや(囃:はやし)」は、往時 羽指舟や持双舟の船頭が 鯨を捕え浜辺に曳き揚げた後大納屋の鉦太鼓で祝唄を歌い

酒宴をしたもの。「鯨の潮吹き」では納屋で子供らが大太鼓1 〆太鼓2 大鉦1 小鉦2を打ち鳴らし、祝唄を歌う。

「万屋大納屋」と書いたノボリが立っている。(資料:与慮図(よろづ)縁起)

 

※ 納屋(なや)というのは鯨の基地で解体・加工・倉庫・宿舎・事務所を総合した建物・場所を云う。

行列の「変った持ち物」としては「白黒の大鯨肉」・「大そろばん」・「大福帳」を持ち歩く。勇み唄の歌詞に合せた道具。

「納屋の手代衆は 納屋の手代衆は ヨイヤサー ヨイヤサー) ハアエイーヨーオー オオ 金はかる」歌詞からお金

計算する「そろばん」と記録する帳簿「大福帳」と思われる。

 棒はかり・ソロバン・大福帳・白黒の肉

 

「舟(通り物)」 戦前までは通り物として納屋檀那に医者(2名)家郎(数名)共奴(数名)烏追(数名)が従い

この後に麾(ざい)船(船頭を指揮する舟)1隻 羽指舟(鯨を射とめる舟)2隻 持双舟(捕えた鯨を運ぶ舟)2隻が続い

ていたが、戦後、5隻の舟だけが通り物として残っている。舟にはそれぞれ2名の子供船頭が乗るが豪華な衣装をきた

船頭姿は呼び物の一つになっている。(資料:与慮図(よろづ)縁起)

      烏追:鯨肉泥棒を「カンダラ」、「烏(カラス)」、「勘太郎」ともいった。昔、鯨解体場では鯨肉泥棒が多かったが大目に

見る習慣もあった。鯨組の経営が厳しくなると泥棒防止のための見張りや追い払う人が必要になった。古式捕鯨絵図では

こん棒をもって泥棒を追い払う人が描かれている。

西海地域ではカンダラ(鯨肉泥棒)を「烏(からす)」とも云ったので「烏追」は泥棒の見張り・追う払い役目の人であろう。

 

「傘鉾」上部の飾りは、しめなわに鰹節(勝男節とも書く)を配し、鰹節を縄で連ねて結び七五三(しめつらね)に締めた

祝い飾りがついて、平樽2樽も配置されている。

傘鉾の周囲の垂帷(たれ)は「魚づくし」である。 鯛・はも・鰹・かれい・えび・あんこう・わせ・ふぐ・たこ・いか・かに

 いわし・いとより・まつかさ・かながしら・べんさし、全部で29尾の魚が配されている。1尾もあるが複数尾のものもある。

ここにも、綿を入れて立体化した魚に長崎刺繍の華やかさが見られる。

            長崎刺繍の鯛

美の傘鉾は各町の象徴:シンボルであり、先頭を歩き「力」と「技」と「美」を競い感動と興奮を与える工夫がされている。

重量があり力持ちがかつぐ傘鉾ではあるがどうしても動きが鈍いので潮吹き鯨の陰に隠れた存在となっている。

(資料:与慮図(よろづ)縁起) ※慮(ろ)はもっと難しい漢字を使用

  (資料:長崎遊学6「もってこーい」長崎くんち入門百科 長崎くんち塾編著)

 

2.「勇魚節」

 

  月は傾く 平戸の沖で

  勇魚取る子の 櫓の速さ

  エンヤラヤノヤー エンヤラヤノ

  エンヤラヤノ エンヤラホイノサ

      「平戸の沖で」が「平戸の瀬戸で」の変化し「平戸節」、「勇魚取る子の」が「磯の取子の」となり五島玉之浦町大宝では

「エンヤラヤ節」になった。「長崎チャンポン節」の流れの中で発生したとのこと。

(資料:「歌で巡る長崎」(長崎県の歌謡史)宮川密義著 長崎新聞社発行)

 

3.鯨唄にある「祝いめでたの〜若松様よ」の若松様とは誰・ナニのこと ?

http://www.catv296.ne.jp/~whale/wakamatu-sama-uta.html

『轆轤(ろくろ)巻き上げ唄』 佐賀県唐津市呼子町小川島


1 沖じゃ鯨取る、浜ではさばく、ヨーイヨイ、納屋の旦那さんな、こりゃ金はかる、ヨーイヨーイヨイヤナー、

ドートー、エンヤ巻いた、エンヤ巻いた、巻いた、巻いた
2 ツツジ椿は野山を照らす、ヨーイヨイ、セミの子持ちは、ヤレ納屋照らす、ヨーイヨーイヨイヤナー、

ドートー、エンヤ巻いた、エンヤ巻いた、巻いた、巻いた
3 祝いめでたの若松様よ、ヨーイヨイ、枝も栄える、こりゃ葉もしげる、ヨーイヨーイヨイヤナー、

ドートー、エンヤ巻いた、エンヤ巻いた、巻いた、巻いた

     若松様:松を飾った祝いの「蓬莱飾り(蓬莱台)」が「若松様」ともいわれる。若松様には色々の目出度い役者達(鶴亀翁等)

 ← 蓬莱飾り

が並ぶ。 古くからのお目出度い謂れを持った者(物)の出演(配置)・配役(脚本)により台が装飾され、食べ、飲み、

唄をうたい、祝いの物語を皆でたのしみ寿ぎました。

※ 轆轤(ろくろ):多人数で鯨や肉を曳き寄せる人力ウインチ、浜で鯨を引き寄せるとき、鯨の解体、皮を剥ぐとき、肉の移動等に使った。

鯨唄に見る「祝いめでたの若松様ヨ」

http://www.catv296.ne.jp/~whale/iwaiuta-wakamatusama-yo.html

(長崎潮吹き鯨の唄)

『祝いめでたや 祝いめでたや 若松さまよ ヨイヤサー ヨイヤサー
   枝もさかえる 枝もさかえる 葉もしげる ヨイヤサー ヨイヤサー』

4.シーボルトがうたわれた短歌

 

シーボルト慶賀ともなひ人垣にまじらひ見るかこの鯨曳き 佐々木信綱

(シーボルト慶賀ともない人垣にまじりて見るかこの 佐佐木信綱 もある)

              長崎・万屋町の潮吹き鯨の絵:シーボルト

      フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト - ドイツの医師、博物学者。長崎に鳴滝塾をつくった。

      慶賀とはシーボルト付の絵師川原慶賀のこと。長崎の画家。出島出入りの絵師。くんち絵を残している。

(資料:長崎遊学6「もってこーい」長崎くんち入門百科 長崎くんち塾編著)

 

5.おくんちの俳句

 

シーボルト挿し絵に遺す鯨曳 高澤良一

おくんちのカラクリ鯨潮を吹く 高澤良一 燕音 九月

めいっぱい踊り場使ひ鯨曳 高澤良一 燕音 九月

七浦をうるほす山車の鯨曳 高澤良一 燕音 九月

喝采に潮吹き足らぬ山車鯨 高澤良一 燕音 九月
噴水遠ク望メバ鯨魚ノ潮吹クカト 高澤良一 鳩信 炎帝

(資料:http://taka.no.coocan.jp/a5/cgi-bin/HAIKUreikuDB/ZOU/DOUBUTU/310.htm

 

6.潮吹き鯨の狂歌

 

お祭が好きとて女房たいせつな

       帯までといてくじら(鯨)するかな 蜀山人

 

鯨の黒張は、昔は唐繻子をわざわざ海外から取り寄せ長崎人の心意気を見せたものであるが、エピソードの一つ

として或る年、大暴風のため唐繻子を積み込んだ唐船が長崎港に入港出来ずその為、町内の奥様連は大切にして

いた自分の繻子帯を解いて鯨を作り上げたと言う話しが伝えられている。

(資料:与慮図也(万屋)縁起:万屋通り町会)

 

7.長崎ばやし」 長崎民謡保存会:作詞 市川昭介:作曲 都はるみ:歌 (昭和46年)

1〜2.(略)

 3.鯨汐吹きや 龍が鳴きたてる

   クンチ三が日 人の波 人の波

 4〜8.(略)

 (資料:「歌で巡る長崎」(長崎県の歌謡史)宮川密義著 長崎新聞社発行)

 

8.「凧(はた)あげ音頭」 出島ひろし:作詞 深町一郎:作曲 市川勝海:歌(昭和54年)

 

1.春は長崎 金比羅山で

   みなと潮風 そよつと受けて 

凧(はた)が舞います 絡みます

紺に白地の 鯨ん皮と

赤白青の タンゴ縞

ビードロ光って ヨイヤー

ヨイヨイヨイヨイ ヨーイヤサー

2.3.(略)

(資料:「歌で巡る長崎」(長崎県の歌謡史)宮川密義著 長崎新聞社発行)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

((付録))

◎ 凸助の「長崎ぶらぶら節」(昭和5年)

 

1.    長崎名物 はた揚げ盆祭り

秋はお諏訪のシャギリで 氏子がぶうらぶら

ぶらりぶらりと いうたもんだいちゅう

2.      以下略

 

長崎の名物は はた(凧のこと)揚げ・盆祭り・諏訪神社の“くんち”といわれている。

くんちの出し物は多くそれぞれが特徴を持っている。「潮吹きクジラ」、「コッコデショ」、「龍踊り(蛇踊も)」が有名で

ある。担当町は踊町といい多額の出費を伴うので7年に一度の輪番制となっている。潮吹きクジラも次は7年後。

「美・力・動・多・勇・速・優・豪・衣・遊・神・光・花・・・」「和・洋・中」「踊・曳・担・舞・唄・音・・」が交じり合った

祭り、観衆ものみ込む神と一体になった「神人和楽:かみひとわらく」の演出がされている。

 

“くんち”出し物等のいろいろ

舟」御座舟・唐人舟・川舟・オランダ船・御朱印船・弓矢八幡祝い船・龍船・大漁万祝恵美須船・唐船祭・宝船・竜宮船

  南蛮船 と船が多い、和船〜外国の船まである。

山・(担ぎもの)」太鼓山・鯱太鼓・櫓太鼓。

踊」本踊・獅子踊・龍踊(じゃおどり)・阿蘭陀万歳・剣舞・詩舞・七福神 など多種多様

曳きもの」曳壇尻・鯨曳き

 

関連動物」蛇・龍・獅子・鯨・鯉(こい・黒・緋)・鷺(さぎ)・白ねずみ・海老・白象・貝・鶴・馬・蛤(はまぐり)など

関連草木」花・楓(かえで)・紅葉・梅・松・川骨(こうほね)・葦・あやめ・菊 など

 

     傘鉾の飾りには多くの動植物のほかに町に関わる意味を持つ色々の器物が飾られている。これを調べると長崎の歴史や面白い

物語も発見できる。

采:ざい」青(緑)・朱(赤)・黄・白・玄(黒)の五色棒。この色は世の全ての要素 木・火・土・金・水を表すという。

 采は、捕鯨の際に羽指が持ち指揮棒に使われる。    

(終)