『クジラ素材で美女作り

・クジラを減らした女性たち』

 

§1「鯨と人の歴史学」

 

1)    鯨:クジラと人とのつながり

 

クジラを対象とした「鯨捕り」はかなり以前からありました。最初は小型クジラ類や弱ったクジラが近くに流れ

着いたり、湾内に迷い込んできたり、他のクジラに追われ浜に乗り上げてきたりしたものと出会い、人々はこれ

らが食べられることが分かりました。 また大きな骨や歯、歯が変形した「ヒゲ板」などが道具や材料として生

活の役に立ち、建物の材料として使われ、生活用具・貴重品として役に立つことも知りました。これは世界の沿

岸域に云えることです。

 

日本では縄文時代の遺跡からクジラを食べていた痕跡が沢山見つかっております。

朝鮮の盤亀台遺跡(写真)では、多くの鯨の種類や捕鯨の模様、モリや網を使っての捕鯨、沢山の人が舟に

乗っている姿もあり九州北部の線刻画に似ているものも見られ、海水が現在より低かった古代には朝鮮と日本は

浅く狭い海だった

と考えられ人の移動や捕鯨文化の交流もあったのではないかと推測されます。

北の方では北海道と東アジアはつながっていた時代があり、北海道の線刻画は東アジアのものとの類似性が見ら

れます。

 

⇑ <韓国の盤亀台(ばんきだい)遺跡>(写真資料:ウィキペディア)

 

2)    縄文から弥生時代の鯨に関わる日本と韓国の遺跡など

 

<縄文時代>

つぐめの鼻遺跡:尖頭石器・石銛と掻削器類が出た。

稲原古墳:黒曜石の矛先がイルカ前肢つけ根に刺さって見つかる。

真脇遺跡:イルカ頭骨の配列がある。宗教的なものか。

東釧路貝塚:イルカ頭骨の配列。宗教的なものか。

<弥生時代>

フゴッペ洞窟:北海道余市町栄町にある続縄文時代の遺跡。鯨・船・人など岩画が見られる。

原の辻遺跡:甕棺に捕鯨の模様、環濠集落。

韓国:盤亀台遺跡でダム工事時岩刻画:線刻画が見つかる。

<飛鳥時代>

長戸鬼塚古墳:線刻画の捕鯨図。

弁天島北西部貝塚:鳥の骨で作られた針入れ捕鯨彫刻画。

 

日本以外でもクジラや海産動物をモチーフにした絵が残されております。

<北欧>ノルウェーのロドイのクジラを描いた岩絵(紀元前3000年〜中石器時代)が有名です。

<南米>「ナスカの地上絵」・クジラとシャチの地上絵、紀元前後〜紀元800年が有名である。

<オセアニア>ポリネシア.イースター島のイルカやクジラの線刻画(ペトログリフ)がある。

 

アジア大陸から稲作文化の移入と共に狩猟・採取の文化・捕鯨の文化なども伝播して広がったと推測されま

すし1600年代の前に小規模の似たような捕鯨の歴史があったと思われます。

欧州の捕鯨は1011世紀スペインとフランスの境付近の大西洋ビスケー湾でバスク人が捕鯨を始めたと云

われています。

こちらも資料が残されていないだけでこれ以前にも広範に鯨を捕って食べていたものと考えられます。

(資料:くじらランド「先史時代の鯨・捕鯨図など」「日本勇魚取りの歴史(古代〜江戸時代以前))

 

§2「鯨の生物学」

 

1)鯨の種類

クジラの種類は非常に多い !! クジラは1種だと思われている方もいるのではないでしょうか?

クジラの種類は現在8384種類と云われています。新種発見や分類方法で変動があります。

クジラが減っている、増えているという表現をしますが 全てのクジラ資源が少ない訳ではありません。

増えている種の方が多いくらいです。

クジラは大きく歯がある「ハクジラ科」70種と歯がなくて代わりにヒゲ板を持つ「ヒゲクジラ科」14種に

分けられます。

 

「ハクジラ」は大型のマッコウクジラ・中型のツチクジラ・シャチ位で他は多くが4b位以下のイルカ類です。

歯があり、鼻の穴が一つ、お腹に畝と云う筋がありません。

 

「ヒゲクジラ」は大型の種で腹部に畝を持つシロナガスクジラ・ナガスクジラ・イワシクジラ・ニタリクジラ

・コククジラ・ザトウクジラなどと、お腹に畝の線が無いホッキョククジラ・セミクジラも入ります。

ヒゲを口中に持ち、鼻の穴は二つです。

 

イルカもクジラの仲間です。一般に体長4b以上を「クジラ」,体長4b以下を「イルカ」と云っています。

ただし、この分け方に該当しない種もあります。外国でもほぼ同じです。

4b以下のイルカは「Dolphin(ドルフィン):クチバシがあるイルカ」と

Porpoise(パーポス):クチバシがないイルカ(ネズミイルカ・イシイルカ)」に分けられています。

 

(資料「ハクジラとヒゲクジラの違い」http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/flame-main.html

 

2)鯨の食事の仕方・ヒゲの使い方・ヒゲ板とは

 

⇑ ホッキョククジラ (ポストカード)上顎の下側の並んだ線の部分がヒゲ板です。

 外側は数百枚のヒゲ板が櫛状に、綺麗に並んで上顎からぶら下がっています。内側・口内は

 剛毛・繊毛がビッシリと生えて重なり数ミリのプランクトンを濾し集める役割をします。

 

⇑ <餌の食べ方>

 

「クジラヒゲ:ヒゲ板」はヒゲクジラ類が小さい餌を集めて大量に採るための口中の特殊な器官です。クジラ

はどうしてあんなに大きくなったのでしょう? それはエサを沢山食べたからです。沢山食べられるようにいろ

いろと体の作りや口、ヒゲ板などを進化の過程で変え250dくらいの巨大動物になりました。

象の長い鼻は、いつも歩きながら長い手にも似た鼻で植物を常時食べられるように進化し、沢山食べて大きく

なりました。

キリンの長い首も他の動物が高くて届かない植物を食べられ、背高で視界も広く餌を探せるように進化し大き

くなりました。

 

「ヒゲ」という言葉を使っていますが人の顔にある体毛ではなく、口中にある多数の三角板で歯ブラシのヒゲ

様の粗い毛が板先についています。この毛は「剛毛」「繊毛」と呼んでいます。

ほとんどの哺乳類は餌をくわえ、食いちぎり、噛み砕く為の歯を持っています。しかしヒゲクジラ類には歯が

なくその代わりに数百枚の細長い三角形のヒゲ板を持っています。

 

「ヒゲ板」でプランクトンネットのように餌を濾しとります。クジラの種類により餌の濾し取り方が違い、

鯨種と餌種類により大きい変化が見られます。

私達が食べているクジラベーコンになる「畝」、クジラのサエズリである「舌」、「口裂・下顎」も餌を採るた

めに大きい役割を果たしています。噛まずに飲み込むため牛の様に胃が4個もあります。

 

食べ方はA:「呑み込み型」、B:「濾し取り型」、A+B:「併用型」、C:「掘り起こし型」の4タイプがあります。

研究者により「掬い取り型」「呑み込み型」とも云われています。

 

B:濾し取り型は「大きい口を開けたまま表層を前進、餌が海水と共に自然に口へ入り多く並んだヒゲ板の

隙間から海水だけが抜けて行き小さい餌だけを濾し取り食べます」

この種のクジラ(セミクジラ・ホッキョククジラ)は口先部分にヒゲ板はなく海水が入りやすくなっています。

そしてヒゲ板が非常に長く、剛毛は細く繊細です。口が体長の1/3と大きく、口裂はヒゲ板の長さに合わせ弓

なり、アーチ状です。(上の画像)

 

 

⇑ <ヒゲクジラ類のヒゲの違い> ホッキョククジラ・セミクジラは細く長い

 

 

⇑ 中型のミンククジラの上顎のヒゲを下から見た図。ヒゲ板ではなく両側に

繊毛の重なりの毛だけがビッシリと見えます。

 

⇑ <セミクジラのヒゲ板> 細長の3b位の長さです。ホッキョククジラはこれより

  1〜2b長い。下に垂れ下がっている繊毛は「人の髪」のようです。このヒゲで

  小さい数ミリのプランクトン・コペポーダを大量に濾して食べます。

  ホッキョククジラ 350枚 長さ5.8b

  セミクジラ    260枚 長さ4b

 

(資料)くじらランド

「ヒゲクジラ類のヒゲ比較」 http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/flame-main.html

「鯨尺が見つかった!」http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/flame-main.html

「ヒゲクジラ類のヒゲ板・食事方法」 http://www.catv296.ne.jp/~whale/hige.html

 

http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/plankton2.jpg

 

⇑ セミクジラ・ホッキョククジラが食べるコペポーダです。長さ数_。

(資料:くじらランド)

「クジラのお好みメニューは?」 http://www.catv296.ne.jp/~whale/esa.html

 

 

§3「クジラと女性とのかかわり」

 

クジラは下記のように幅広く利用されました。

身に着ける衣類の材料 

女性を美しく見せる仕掛けの材料 コルセット・ブラジャー・腰当・張骨

アクセサリー カンザシ・櫛・ブラシ・ペンダント・リング・イヤリング

バック類 ハンドバック

靴類 靴・帽子

身体・衣類などを清潔にする石鹸類 石鹸・シャンプー

肌をきれいに見せる化粧品 口紅、クリーム・ハンドクリーム

人の体を作る食料、加工食品の材料・原料 ショートニング・マーガリン・ハム・ソーセージ

             ゼライス・エキス、スープの素・ゼライス

鯨缶詰 かぶら、松浦漬、ベーコン、パン、ケーキ、刺身、

さらし鯨、いり皮

身体を維持するための薬やカプセル ホルモン剤・肝油

スポーツ用品 ラケット・ガット

臭いけし・いい香の元 香水の原料

 

§4「身に着ける衣類の材料 

女性を美しく見せる仕掛け素材」

 

@  コルセット【corset

 

「コルセット・ペチコート」 

中世ヨーロッパでは婦人のコルセットやペチコートの芯材としてクジラのヒゲ板が使われ女性のプロポーショ

ンのアップに役立った。弾力性に富み高価な素材でした。 

現在はファッションとしての着用と、医療用に腰部保護にも使用される。コルセットの芯にクジラのヒゲが使

われていた。

「バスク」はコルセットの胸部の張り枠のこと。

ひげ板は合成樹脂がなかった時代、ひげ板の弾力性としなやかさを活かして多くのものに活用されております。

衣服 :コルセットやクリノリン(女性のスカートを広げる張り骨)などの女性用下着。

    ドレスの腰部。腰を細く絞るボディス。ブラジャー。腰当て。胸当て。裃(かみしも)の肩。

 

コルセット(英: corset)は、女性用ファウンデーションの一種で、近代から現代にかけて、欧州大陸で一般に

使用された。

胸部下部よりウェストにかけてのラインを補正する役割を持ち、ヒップの豊かさの強調と対比的に、胴の部分

を細く見せた。

イギリスでは、コルセットとほぼ同じ目的の補正下着としてステイズ(英: stays)があった。

重層的な構造を持っていたので、ヨーロッパ北部では保温目的でも着用された。

 

14世紀後半、ヨーロッパにて細身の上着が着用されており、上流階級の男性女性ともに、体の線を整える

ために使用されるようになり、

15世紀後半、やわらかな山羊の皮を素材としたコルセットが登場した。

16世紀、女性の服装は上半身は細身で、スカートは大きくたっぷりしたものになり、シルエットを作るために

上半身を補正する「ボディス(英語)」あるいは「コール(フランス語)」と呼ぶ下着が身に付けられた。

ボディスは麻キャンバス地で作られ、張り骨で補強されており、張り骨の素材には木や象牙、銀、鯨髭、動物

の角などが用いられた。ボディスはヨーロッパの宮廷に広まっていった。

17世紀、女性の服装は胸を強調するようになり、コルセットで胸を押し上げるように変化していった。

「コルセット」という呼称がイギリスで使われるようになった。 スペインでは、表着としてのコルセットも

出現し、今日でもヨーロッパ各地の民族衣装に残されている。

 

 

上図はコルセットを着用する女性と、それを手伝う女性の図である。コルセットの形状を維持するための

ボーンは鯨髭、ないしは鉄鋼製であった。通常、背後にはハトメに紐を通したレース部分があり、ウエスト

部分から取り出された紐を締め付ける事によってウェストをぎゅっと細くする。このような下着では着用に

多少時間がかかるが、一人で着用する事も十分に可能である。

しかし、上の図のように装着時に手伝いの手があるとよりよく、より早く着付けることができる。

後年、女性の社会進出と共にコルセットが廃れていったのは、コルセットの装着に時間や手間がかかるのも

その一因となっている。(資料:ウィキペディア)

 

『女性を飾る材料である「ひげ板」のために多くのセミクジラ・ホッキョククジラが捕獲されたので

クジラ資源を絶滅させたのは女性だと云われることもあります』

 

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2d/P5904296.gif⇑ コルセット   背中部分・締める

                      ⇑コルセット(勇魚文庫所蔵)

 

⇑コルセット(勇魚文庫所蔵)ヒゲの芯  ⇑両側の端に、バスクが左右2枚入り凸と凹を合わせセットする。

 

http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/a-nb-m-scrimshaw4.jpg http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/a-nb-m-scrimshaw3.jpg 

⇑「バスク」

上の図:ものさし状のものはコルセットの胸部に入れる「バスク」です。 

 腰を絞って細く見せ、胸を綺麗に見せるバスクBUSKといわれる用具。

胸部・前部でコルセットの左右部を孔部といぼ部が4〜5カ所位あり合わせていぼを穴に差し込みます。

上下を間違いがないように付けます。

 

c

⇑「前部」このバスクの穴は4カ所、上下の間違いありそうだ

 

背部・口部では靴紐みたいにひもがクロスしてあり、10カ所の穴を編みこみ締め具合を調整します。

最後に両手を左右後ろに回し蝶結びで結び残ったひもは同じ長さくらいに垂らして終わりです。

腹部が数センチ細くなります。(動画説明があるのでみてください)

 

クリックすると新しいウィンドウで開きます http://speedprosignssteinbach.com/wp-content/uploads/2015/01/322.jpg「背部」

http://aotsukishizuku.blog.fc2.com/blog-entry-3303.html

 

http://corridacorset.com/image/put_on5.jpg背部 http://corridacorset.com/image/put_on2.jpg前部「綺麗なモデルさん」

(参考資料)コリーダ・コルセットの資料から「ブラジャー+コルセット」オーバーバストコルセット

 ・ バストまでサポートする丈の長いコルセット http://corridacorset.com/put_corset.htm

 

「バスク」にはヒゲ板や鯨骨 に綺麗な絵や模様が彫られ、長い航海の間待っている愛する家族や

恋人に贈物 として持ち帰ったようです。このように暇つぶしで長期航海中に作ったものを

スクリムショウ」と云っており、ヒゲ・歯・骨・木材などの船内にある材料を利用して作りました。

(資料:ウィキペディア)

 

A  バッスルbustle

 

バッスルとは、腰の丸みや相対的にウエストの細さなどを強調できるように、シルエットを

良くするための後ろ腰部を張り出させるスカートの下に付ける腰当、ファウンデーション。

初期にはクジラの骨で作られていたが、ワイヤーや木などを使うようになった。

日本では鹿鳴館時代のファッションであった。2015年度後期NHK連続テレビ小説

「あさが来た」のヒロインである女優の波瑠さんが着ていました。 (資料:ウィキペディア)

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/09/Dimity_bustle1881.gif/270px-Dimity_bustle1881.gif 「バッスル」

 

B  クリノリン【crinoline

 

クリノリンとは、スカートを膨らませるための下着で、1840年代から1860年代

主に使われた。

当初は固めの布に馬の尻尾の毛を織り込んだペチコートであったが、重ね履きをしなくて

済むように次第にクジラのヒゲや針金でドーム状に広げ、特に後ろ側のふくらみを強調する

に変化していった。

名称の由来はラテン語の毛を意味するcrinisと言われている。(資料:ウィキペディア)

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/e4/Crinoline_era3.gif/1024px-Crinoline_era3.gif https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/ce/1857-regency-fashion-crinoline-comparison-joke.png/300px-1857-regency-fashion-crinoline-comparison-joke.png

 

C  パニエ【panier

 

パニエとは、スカートやドレスの下に着てシルエットを膨らませて美しく見せるためのインナー、

アンダースカート。

クリノリンやバッスルは、パニエ同様にシルエットを整える目的で使用され、一方、形状の似て

いるペチコートは、スカートの滑りを良くする意味合いが強い。

化繊のチュール素材を縫い縮めて厚みを増し、内側の肌に触れる部分は、肌触りの良い素材を選ぶ。

18世紀にクジラのヒゲ木の骨組みが入った形で誕生したが、現在ではウェディングドレス等で

インナーとして使われる他、ロリータ系のファッションやステージ衣装でも使用され、装飾性が

高いものは、ある程度の露出を意識した作りになっている。

名称は形状が鳥かごを意味するpanirに似ていることからと言われている。(資料:ウィキペディア)

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/dd/Stays_and_hoops.png/330px-Stays_and_hoops.png

 

http://www.kasi-time.com/item-58878.html 歌『くじらの骨 -Acoustic- Live at わんわんスタジオ』

 

D    ペティコート

 

「ペチコート」(英語:petticoat)は、19世紀〜20世紀及び現代における、スカートの下に

着用する女性用の下着・ファウンデーション。とりわけ現在の日本では、ランジェリーの一種の名称と

なっている。

スカートの滑りをよくする目的と、スカートのシルエット形成目的で使われる。

スカートという服飾は、元々、男女の衣類に使用されており、ドレスやコートなどの腰より下の部分を

指す言葉である。

歴史的には、女性用の衣服がスカートの名で呼ばれるようになるのは、19世紀半ば以降のことである。

西欧で16世紀頃より様々なスタイルに展開した「スカート状ドレス」は、むしろ、ペティコートとも

呼ばれていた。

従って、19世紀初期以前にイギリスなどでペティコートと呼ばれていた衣装は、今日のような女性用・

子供用のアンダースカート、つまり下着ではなく、アウターウェアとしての女性用ドレスであり、ガウン

の形状のドレスの一部でもあった。(資料:ウィキペディア)

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/78/Foulard_petticoat_Harpers_Bezar1882.gif/300px-Foulard_petticoat_Harpers_Bezar1882.gif 「ペチコート」

 

化粧品:ステアリルアルコール←マッコウ鯨油

「ステアリルアルコール」は鯨ロウやマッコウ鯨油から作られます。または「オレイルアルコール」

に水素添加して作られます。

用途は乳化剤、乳化安定剤、油剤、親水性増粘剤、親油製増粘剤、起泡剤として使われます。

また皮膚を保護し、肌にうるおいを与え、なめらかにする目的で、化粧品に配合されています。

(資料:化粧品成分用語辞典)

欧米では鯨蝋は化粧品(口紅や皮膚クリーム)の製造に使われていました。20世紀のオランダの

ハンドクリームのラベルには、ZINKSALBEと書かれています。

 

薬品・媚薬:竜涎香←腸内異物

竜涎香はマッコウクジラの腸内に出来る結石状の物で、香水・薬品・媚薬として珍重されました。

保香剤として使われ、現在は合成されております。

アラビヤでは、龍涎香は龍が交尾する時に流した涎(よだれ)が固まって出来たものといわれて

いました。塊の匂いを嗅ぐと嫌なにおいがするが、微量ではいい香りがするといわれています。

19世紀まで、てんかんやチフスの特効薬、不老長寿の薬としても使われました。

 

「竜涎香」

 

「クジラの香水」の面白い話

マッコウクジラの腸の分泌物である「龍涎香(りゅうぜんこう)」は香料の「保存剤・保香剤」として

知られています。

「保香剤」とは色々の香料と混ぜると全部の香りを引き立て長く香りを保つ性質です。

【語源】

龍涎香は中国語では(ロン・エン・シャン)。英名は「アンバーグリス」Ambergris。「アンバー」

は琥珀(こはく)の意味,「グリス」は灰白色の意味、琥珀とは全く関係はない香料です。

龍涎香のaberはアラビヤ語の転化したもので、アンバルは元来「匂いの王者The King of Perfumery

という意味だそうで龍涎香は「香りの王」だったのです。

アラビヤ人は、龍涎香は海岸によく漂着し、海岸に生えている木の樹脂が海中にまで長くのびた根

から分泌して固まったものと考えていました。この他に諸説、面白い話があります。

 

http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/08kujiraten-isana-kaori.jpg 「マッコウクジラの竜涎香が入った香りと香炉」 

(資料:くじらランド)

「クジラ香水の面白い話」http://www.catv296.ne.jp/~whale/kaori.html

 

傘の芯

 

 モネ:<日傘の女>

 

ホッキョククジラ・セミクジラのヒゲ板は長くて弾力性に富みコウモリ傘の心材としてもつかわれました。

現在はアルミやプラスチック等に転換されてしまいました。  日傘。日焼け防止。西洋名画にはをさした

美人画があります。

 

 

⇑ 真里亜さんの洋傘                 ⇑ 傘の骨

 

 石鹸 液体洗剤

クジラの油から作られた石鹸は羊毛産業、皮革産業の洗剤として重要でした。 石鹸は欧米の美女に清涼感と

香りを届けました。

 ロウソク ロウソクの原料

アメリカ捕鯨時代、マッコウクジラの油から作られる真っ白のロウソクはアメリカの重要な輸出品でした。

マッコウクジラを減らしたのはアメリカです。

 灯油

クジラの油は菜種油と共に闇夜を明るくするランプ用の灯油、ロウソクとしてなくてはならないものでした。

欧米の夜、パリを照らしたのはクジラでした。

 マーガリン 食品原料

クジラの油は食用のマーガリンとして使われました。食品原料だった。豊満な体形つくりの元は鯨の油も

ひと役買いました。

(資料:くじらランド)

「面白いクジラと人とのかかわり」http://www.catv296.ne.jp/~whale/kakawari.html

「クジラは何の役に立つの?」http://www.catv296.ne.jp/~whale/yakudati.html

 

§5「欧米の美人たちがクジラひげを美化に

利用し鯨を滅ぼした」

 

石油と鯨と女性は深いつながりがありました。くじらの口中にある餌をとるためのひげ板は合成樹脂(プラス

チックなど)がなかった時代、ひげ板の弾力性としなやかさを活かした素材としてファッションに活用され

ました。

世界に石油が発見されずなかった時代、明かりの灯油は鯨油や植物油が使われました。アメリカで石油が発見

されて鯨油で夜を明るくしていた世界に大発見の石油が登場してより明るい灯火がもたらされました。その後、

石油から多くの化学製品が作られました。

 

ヒゲ板にかわる柔軟な弾力性を持つ化学製品が作られ、欧米女性のファッションと美人つくりに役立ってきた

鯨の「ヒゲ板」の需要は急速に低下して欧米の捕鯨業は消えてなくなりました。

しかし歴史的に見ると欧米諸国はセミクジラやホッキョククジラを枯渇させしまい、さらにアメリカ式捕鯨業

は世界のマッコウクジラを殆ど捕りつくしてしまいました。

 

日本の沿岸捕鯨にも大きい影響を与え、鯨が捕れなくなってしまいました。

欧米の捕鯨業は鯨肉を食料にしなかったので鯨の皮だけを剥いで油を取り、立派な肉はもったいない、捨てて

しまいました。

ヒゲクジラ類のセミクジラやホッキョククジラは油を捕る鯨皮と長くしなやかなクジラヒゲだけを取り他の肉

や内臓などは捨てました。

ハクジラ類であるマッコウクジラは頭部にある鯨蝋(白い油の固まり)と、鯨皮だけをリンゴの皮をむくよう

にくるりと交わして剥ぎ船内のカマで炊いてマッコウ油を濾し取り木の樽に詰めて基地に持ち帰りました。

4・5年にわたる長期航海をして苦労の末、それぞれの基地に帰港しました。

 

石油発見は捕りすぎてジリピンになっていた鯨資源にいくらかの回復の余地は残してくれました。クジラ発見

でクジラたちが喜んで乾杯しているパロディーが当時の新聞に掲載されています。

女性を飾る材料である「ひげ板」をとるために多くのセミクジラ・ホッキョククジラが捕獲されました。

このためクジラ資源を絶滅させたのは女性だと云われることがあります。

 

⇑ アメリカ東海岸のニューべッドフォードに陸揚げされたヒゲ板

  通路にいるヒトより背が高いヒゲ板です。

  こんなにヒゲ板と油のため鯨を捕ってセミクジラ・ホッキョククジラの資源を壊滅させました。

 

(参考資料:ウェキペディア)

http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/kujira-yakudati-riyou.html

 (参考資料:くじらランド)

§美の考古学と鯨美 年表§

§美の考古学と鯨美§

§美の考古学と美字:美とは§

 

下記も同時にご覧ください

§美女と野獣ならぬ鯨鯢§

 

 

§付録「世界の美女の始まり」

 

1)世界の遺跡から見つかった女性をかたどった遺物

 

@   女性像「ヴィーナス」はオーストリアで発見されたもので24000年前〜22000年前のもの。

「ヴィレンドルフのヴィーナス」と云われ、古代の小像である。「ヴィレンドルフの女」としても知られる。

高さ 11.1cm (4-3/8インチ) のスティアトパイグス (steatopygous臀部突出) 型小像である。

1908年に、オーストリアのヴィレンドルフ近くの旧石器時代の遺跡で発見された。

この小像は、その地方では産出しないウーライト (魚卵状石灰岩) を彫刻して造られており、また代赭で

染められていた。

(※たい‐しゃ【代×赭】: 赤鉄鉱を原料とする黄褐色または赤褐色の顔料。中国山西省代県から産するもの

が有名なので、この名がある。日本では「アカツチ」という)

 

小像の起源や、制作方法、文化的意味などについては不明である。写実的な肖像というより、むしろ理想化

された女性の姿を表している。

 

像の女陰、乳房、膨張した腹部は非常に顕著であり、多産・豊穣との密接な関係を示唆している。

小さな腕は乳房の上でまとまっており、像には明瞭な顔面がない

頭部は、組み紐の巻いたものや、目、頭飾りの一種と考えられるもので覆われている。

像が太っているのは、狩猟採取社会におけるこの女性の高い地位を表すものだといい、安全と成功の象徴

であった可能性を示唆している。

 

立像の脚は、自立して立っていられるような形には作られていない携える目的で造られたと想像され

ている。また太母神 (Mother Goddess) の聖像というより、単なる幸運のお守りだと言っている。

多産の護符として、膣に挿入するようデザインされた可能性も提起されている。(資料:ウェキペディア)

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d1/VenusWillendorf.jpg 「ヴィレンドルフのヴィーナス」

 

A   「ホーレ・フェルスのヴィーナス」 (実際の大きさは高さ6cm、幅が3cm、重さが33g程度

20089月、ドイツ南西のシェルクリンゲンのホーレ・フェルスと呼ばれる洞窟でヴィーナス像は発見された。

このヴィーナス像は35千年以前のものである可能性が高いと云われる。

 

 輪の形をした突起があり、ここにひもを通してペンダントとして用いたと思われる、腹部に何本もはいった

平行な線は衣服を表現しているとみられる。また胸や腰などが非常に大きく描かれ、女性性が「異様なまでに

誇張されて」いることから多産を象徴するものであった可能性がある。(資料:ウェキペディア)

 

 「ホーレ・フェルスのヴィーナス」

 

2)国内のビーナスたち

 

縄文時代から弥生時代にかけて人の形をした像が東日本を中心に沢山作られました。

 

@    「縄文のビーナス」(じょうもんのビーナス)

 

縄文のビーナスは、縄文時代中期に製作されたと見られる土偶。妊婦を象っており、高さは27cm重さ2.14kg

である。「土偶」の名称で国宝に指定されている。茅野市尖石縄文考古館所蔵。

妊娠した女性のモデルをデフォルメした美しい形で「縄文のビーナス」と呼ばれている。

1986年(昭和61年)9月に八ヶ岳山麓の長野県茅野市米沢に位置する棚畑遺跡から発掘された。

環状集落の中央広場から完全な状態で出土した。(資料:ウェキペディア)

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/bc/Dog%C5%AB_of_J%C5%8Dmon_Venus.JPG/330px-Dog%C5%AB_of_J%C5%8Dmon_Venus.JPG  http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-5a-39/scionne88/folder/522818/66/11960766/img_19?1407125099 縄文のビーナス」

 

A    土偶「仮面の女神」2000年発掘。国宝)

 

「仮面の女神」の愛称をもつこの土偶は、茅野市湖東の中ッ原遺跡から出土した、全身がほぼ完存する大形

土偶。全長は34センチ、重量は2.7キロ。顔に仮面をつけた姿を思わせる形であることから、一般に仮面

土偶と呼ばれる。

今から約4,000年前の縄文時代後期前半に作られた。

  遺跡のほぼ中央にある、お墓と考えられる穴が密集する場所で、穴の中に横たわるように埋められた状態で

出土した。

右足が壊れて胴体から外れていましたが、これは人為的に取り外したことが明らかになりました。

お墓に一緒に埋納されたものか、あるいはこの土偶だけが単独で埋められたものかは、今後を待たねばなりま

せん。 「仮面の女神」の顔面は逆三角形の仮面がつけられた表現になっています。細い粘土紐でV字形に

描かれているのは、眉毛を表現しているのでしょうか。その下には鼻の穴や口が小さな穴で表現されています。

体には渦巻きや同心円、たすきを掛けたような文様が描かれています。足には文様はなく、よく磨かれてい

ます。この土偶は、土器と同じように粘土紐を積み上げて作っているため、中が空洞になっています。

こうした土偶は中空土偶と呼ばれ、大形の土偶によく見られる形態です。

(資料:尖石縄文考古館HPより)

http://blogs.yahoo.co.jp/scionne88/11960766.html

 

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-5a-39/scionne88/folder/522818/66/11960766/img_17?1407125099 「仮面の女神」

 

B   縄文の女神

 

山形県最上郡舟形町の西ノ前遺跡から出土した日本最大の土偶8等身の優美な姿から「縄文の女神」

呼ばれています。

土偶は、縄文時代を代表する遺物の一つで、人や動物の形につくられた土製品です。現在までに日本各地で

15,000個が発見され、その出土分布は東日本に多く、西日本には少ないことが判っています。

そのほとんどは、故意に壊された状態で発見され、完全な形の土偶は、極めてめずらしく、しかも後に、復元

されたものも決して多くはありません。

 

大きさも、大きいもので、高さが平均約1520センチで30センチを超えるものは非常に稀れです。

作り方も初期のものは、中実で新しくなると中空の土偶が圧倒的に多くなります。

土偶の具体的な用途は、はっきりとは分かっていませんが、そのほとんどがバラバラに壊された状態で発見

されていることから、呪術や儀礼などと深い関係があるのではないかと考えられています。

西ノ前遺跡の土偶は、高さ45センチと日本の土偶の中で現在一番大きくしかも欠損部がなく完全に復元された

学術的にも、造形的にも縄文時代を代表する土偶です。(日本考古学協会会員 佐々木 洋治)

 

      「縄文の女神」

(資料:http://venus.funagata.info/