なじみのある北総のみでなく、最 近、足をのばしている関東一帯には多くの河川がある。関東は基本的には平地と水の大地だ。支流、分流まで考えると非常に多くの河川があ り、掌握しきれないほどだ。また、江戸時代を境に大規模な河川の流路変更、治水工事が行われ大きく関東の水の流れは変化した。そして、変 化に伴う新しい流れとともに、古い流れの名残も多い。
言うまでもなく、それらの水系、河川、湖沼には多くの水生生物がいる。そして、水の恩恵を受け て多くの陸上生物がその暮らしを成立させている。
そのような河川、水系についてはいつも訪ねていながら、その全体像をしっかりとらえることはな かった。今回はその水系をまとめてみたい。
まず、はじめに関東の主な河川の流れ、湖沼の全体像を俯瞰してみよう。
湖沼としてはなんといっても目立つのが日本2番目の湖沼、霞ヶ浦だ。もとは海と つながっていた湖(海)だ。かつては房総半島北東部には香取海と呼ばれる広大な内海が広がっていた。印旛沼近くにも「昔はこの水は海とつ ながっていた。」というような話が残っている。そんな馬鹿なと思うが、昔は地理的な状況は今とは大きく異なっていたのだ。今の霞ヶ浦、利 根川流域、印旛沼、手賀沼はひとつの大きな内海(香取海ないしはその一部)だった。利根川と霞ヶ浦が分けられたのは明治以降の治水工事の ためだ。霞ヶ浦は今、大きく北浦、西浦(一番広い)、外浪逆浦(そとなさかうら)がある。湖沼や河川で気になるのが岸辺へのアクセスだ。 ちょっと脱線だが、「東京に海はあるか?」と問われれば「ほとんどない。」と言わざるを得ない。「え、東京湾があるでしょう?」と言われ そうだ。前に、東京で海に出会えるかと思い。東京湾ぞいを移動したことがある。しかし、そのほとんどが私企業の工場敷地や港湾で埋めつく され、容易に岸辺に行けるところはなかなかない。あとは公園だ。広いとは言えないスペースに人口の海岸がつくられているパターンが多い。 要するに管理されている。個人が何気なく、ふらっと行って近づける海岸、自由に釣りをしたり、水と戯れたりできる場所はほとんどない。個 人的には立ち入り禁止の私企業敷地、自治体(何々管理機構とかも)によって柵を張られた立ち入り禁止区域、管理された公園は感覚的に差異 は感じない。さて、霞ヶ浦だが、流石に広大な湖なので、その周囲の環境は様々だ。都市と公園が占める市街地、土手に覆われ護岸工事なされ た場所、徒歩、車で水辺に近づける場所と様々だ。丹念に探せば美浦村のように本当に美しい岸辺がまだ残っている。周辺では、今ではウナギ 以外あまり身近ではなくなってしまった川魚の料理も楽しめる。雑魚と呼ばれる淡水ハゼ、モツゴや川エビの類、ナマズ、コイ、フナなどの料 理だ。
霞ヶ浦に比べ、規模が小さい湖沼としては印旛沼、手賀沼、牛久沼がある。
印旛沼は北印旛沼と西印旛沼に分かれ、印旛しょう水路でつながれる。印旛しょう
水路は人工の水路で、もともと平地だった場所を掘り下げてつくられた。このしょう水路にかかる橋の多くは平地のときにつくられ、それから
掘り下げて橋となった。その工事の過程で山田橋の近くからナウマンゾウの化石が発見されたとのことだ。印旛沼はもともと今より広大な湖沼
であったが水をくみ上げることにより今の面積、水位(平均で水深2.5mほど)を維持している。くみ上げた水は水道として利用されたりや
工業用水として京葉工業地帯で使われたりしている。工業用水は斜度(スロープ)とくみ上げポンプを活用しはるばる京葉工業地帯まで運ばれ
る。残念ながら、汚染で有名になっている現状がある。長門川で利根川とつながり、新川・花見川で東京
湾ともつながっている。大和田の排水機水場を分水界とし、印旛沼、東京湾の両方に注ぐ。ここで印旛沼の水位の維持を行っている。そのた
め、台風のあとなど急激に水量が増えると周辺は冠水することがある(写真左:2012年台風4号後)。北印旛沼と西印旛沼では少し趣が異
なる。西印旛沼では最近公園化が進んでいるようだ。また、バス釣り人口が休日には増え、昔は静かだった船着き場は休日ともなると、ボート
牽引を施した高級4輪駆動車で埋め尽くされる。北印旛沼はそれと比べるとまだ静かだ。
手賀沼は優等生だ。かつては汚染で有名な湖沼であったが導水事業による水質の向上が目立つ。また、環境保全も周辺自治
体、ボランティアの活動が活発だ。反面、周囲は都市環境、住宅、公園で埋め尽くされている場所が多い。人工湖化していると言えるかもしれ
ない、ちょっとしっくりこないところがあるが、環境を向上させるモデルケースとしては仕方ないのかもしれない。
牛久沼は岸辺に気楽にアクセスできる湖沼だ。本当に自然に岸辺に近づける。これは重要なことだと思う。岸辺も自然で美し
い場所がまだまだある。
関東の河川を考えると利根川はかかせない河川だ。かつては東京湾にそそいでいた
河川だが江戸時代の流路変更で銚子を河口とする河川となった。徳川幕府はすごいことをやったと思う。流域面積の広い河川だ。流路延長は
332kmある。そのため、外来魚のハクレンの繁殖する河川となった。ハクレン(写真右)の卵は浮遊性で、流れながら孵化する。そのた
め、海に至らぬ十分な河川の長さが必要だ。源流点は群馬県利根郡みなかみ町大字藤原地先(大水上山山麓水源)、群馬県ではあるが太平洋よ
り日本海に近い。長さが理解できる。ただ長いだけでなく、江戸川はその分流となっている。中川も今は利根川の分流だ。上流では鬼怒川、小貝川が支流となっている。印旛沼、手賀沼、牛久沼も利根川と連結している。本当に広大な
水系だ。今の利根川の流れはかつて(近世以前)、常陸川と呼ばれた流れであったようだ。利根川自体は本来は東京湾にそそぐ河川であった。
鬼怒川の古名は毛野川という。源流点は栃木県、群馬県境の鬼怒沼。この川は今でこそ利根川の支流だが、か
つてはそのまま前述の香取海に注いでいた。毛野とは河川の名前というだけでなく、流域の呼び名で「毛野国」、「毛の国」という。大和朝廷
とは異なる「蝦夷」による勢力下にあったとのことだ。
また、かつて太日川(ふといがわ)という河川があった。今の渡良瀬川〜江戸川とつながる河川で利根川とは別に東京湾に注
いでいた河川だ。今、渡良瀬川は利根川に合流し、江戸川は利根川の分流となっている。江戸期以前は東京湾には西から、荒川(河口部では隅
田川となっていたようだ。)、利根川(荒川と合流したり、今の中川の流れであったりするようである。)、太日川と3系統の河川が流れ込ん
でいたことになる。渡良瀬川は渡良瀬渓谷で絶景をつくっている。源流点は日光皇海山(すかいさん)だ。今は多摩川以外では、関東の川は大
きく、荒川水系と利根川水系に分かれる。
利根川水系は広大だ。渡 良瀬川、鬼怒川、小貝川、江戸川、中川、旧江戸川、旧中川、新中川、印旛沼、牛久沼、手賀沼と名がよく知れた湖沼、河川の多くをその水系 に含む。しかし、この利根川水系は近世、江戸時代前のいくつかの河川がインテグレートされ出来上がったと言える。
そして、もうひとつの生き残っている水系が荒川水系だ。荒川の源流点には2説あるようだ。秩父湖上流の滝川と入川の合流
点と入川上流、甲武信ヶ岳(甲武信岳)山腹真の沢のふたつがある。延長は173km。隅田川は北区の新岩淵水門で荒川から分かる分流だ。
名は知られている隅田川ではあるが全長は23.5kmほどしかない。東京では馴染みのある石神井川、善福寺川なども隅田川
に合流する。荒川も江戸時代に流路を移動されている。
上の左の写真は上流部、遺跡のある秩父市大滝神庭近くの荒川だ。キツネノカミソリ(下左写真)の群生地で、8月はちょうど開花してい
る。この辺りは甲武信岳方面入川と滝川の二つの川の合流点から秩父湖を経てやや下流あたりだ。右の写真は埼玉県立川の博物館近く、中流に
なる荒川だ。荒川中流域のよい点は、管理された上で、徒歩だけではなく、車でも川の近くまで近づける工夫がなされていることだ。土手と立
ち入り禁止ばかりの河川が多い中、すばらしいことだ。川の博物館を見てもわかるが、埼玉県の川に対する考え方が真剣なためかもしれない。
その川の博物館では屋外に荒川の源流点から河口までの大規模な立体模型(下右写真)がある。荒川の流域全体を確認できるが、大きすぎて河
口から源流まで一望することはできない。上右は北区にある新岩淵水門。国土交通省が管理していて、すぐ側に荒川治水資料館がある。この地
点で新河岸川と荒川が合流し荒川と隅田川が分かれる。
その他に九十九里には丘陵部を水源とする新川、栗山川などが太平洋に流れ込む。
あと忘れてはならないの が、前述の大きな河川の合流するが数知れぬ多くの河川が存在していることだ。あるものは源流点は農村、里山であったり、手繰川のように 辿ってみると源流点は四街道市の市街地だったりというような河川たちだ。
そのように多くの水の流れが無数にあるのが関東だ。小規模な河川のネットワーク的とも言える。そのせいで、知られずに護岸工事や住宅地
造成時の調整池施設などにより姿が変えられてしまっている現状がいたましい。
最近は生物を見るという こともなく、前述の河川や湖沼を訪ねることが多い。霞ヶ浦、渡良瀬遊水地から渡良瀬渓谷、そして日光や奥日光(菅沼や丸沼)、奥多摩(奥 多摩湖は正式には小河内貯水池で多摩川水系。)など。そして、南房総の亀山湖、小櫃川、養老渓谷など。水の流れ、水のある風景に癒されて いる。住処である東京や千葉からは日帰りで十分に行ける。
しかし、いやでも水の環
境の変化、悪化という問題も感じている。護岸工事による流路の直線化は問題だ。そして、広い範囲で見るとダムや堰、水門が多いことが目立
つ。要するに流れない川が増えていることだ。特に小規模な河川は本当にため池化しているものが多い。印旛沼でも出だしているが、アオコの
季節がやってきた。匂いも少し気になりだしてきた。また、よく話題になるが、外来魚(国外から、国内からを問わず)の影響も大きい。オオ
クチバス、ブルーギル、カムルチーなどの外国からのものも多いが。ワタカ(下写真)やモロコの類など国内からの移植のものも多い。
また、水環境の変化により、ジュズカケハゼ(下左写真)やホトケドジョウ(下右写真)のように特定地域の個体群や遺伝的集団の生存が危ぶ
まれる魚も増えている。