中国人は挨拶をしない
(2009年3月14日)


  中国人は挨拶をしないのである。勿論、日本からのお客が訪問で中国へ来た場合、熱烈歓迎とかは言わないが、「ニンハオ」とか挨拶はするし、お客が帰国するとき「再見・ザイチェン」と言うし、「また来て下さい」とも挨拶する。しかし顔見知りのはずの隣人とは、朝顔をあわせても、(中国語で)オハヨウとも、コンニチハとも挨拶をしないのである。会社に出勤する場合でも、(中国語で)お早うございますとも言わないし、退社時にお先にとも言わない。出社時には黙って椅子に座り、退社時には黙って帰るのである。会社の同僚であれば、親しい人もいるだろうし、顔見知り程度の同僚もいるだろうが、顔見知り程度だから挨拶をしないのではなくて、親しい同僚にも挨拶をしないのである。出社時に上司にたいしても挨拶をしない。

  日本では事件が起きて、その犯人の評判を近所の人に聞くと、「ちゃんと挨拶もするし、普通の人でしたよ」というコメントがあったりする。日本では挨拶が出来るということが、普通の常識人であるという標識であるのかもしれないが、その日本的常識を中国人に当てはめれば、中国人は挨拶も出来ないと言うことになるのかもしれない。

  このことは、以前日記の中で「挨拶が出来るということ」の中で書いたことがあるのだが、それは挨拶が出来ないと言うことであっても、日本と違った文化の中では、常識に欠けるとか、犯罪を犯すような人間であると言うことにはならないと言う意味で書いたのだけれど、今回は「中国人はあまり挨拶をしない」と言うことを強調して書いてみたい。

  私は中国に居た時、エレベーターのある団地のような建物の中に住んでいたが、たまたま、顔見知りの隣人同士がエレベーターに乗り合わせても、何の挨拶もしないのである。黙ったままである。いや、全く黙ったままではなく、一方が珍しいものを買っても持っている場合などは、それはどこで幾らで買ったのか、とかの情報のやり取りはするし、エレベーターの脇に何らかの通知が張ってあったりすると、それを話題にしたりする。

  しかし中国語でオハヨウとかコンニチハとか、サヨウナラとか、オヤスミとかの、所謂挨拶語は殆ど口にしない。中国人は挨拶以外に特に意味の無い挨拶語はあまり使わないらしい。中国人は挨拶をしないのではなくて、実質的な質問や情報交換などをして、それが挨拶なのかもしれない。中国人は日本と挨拶の仕方が違うようである。

  日本語には、家庭内で使う挨拶用語には、お早うとか、お休みとかがあるが、中国人に聞いてみると、家庭内では、こういう挨拶はしないようである。何故、家族に対してお休みと言わないのかと、中国人に聞いたことがあるが、親しい家族同士なんだから、堅苦しい挨拶などする必要がない、と言うような意味の説明を聞いたことがある。

  勿論、中国語にも挨拶語はある。例えば「お休みなさい」の中国語は「晩安」である。しかし中国人の家庭の中では、寝る前に家族同士で「晩安」と言わないようである。寝る前に何かを言うとすれば、挨拶語で言うのでなく、先に寝るよ、とか、早く寝なさい、と言うのかもしれない。「お休みなさい」にしても中国語の「晩安」にしても、あまり具体的な意味は無い挨拶語なのであるが、中国人はこう言った挨拶語はあまり使わないのである。

  日本語には食事の際の「いただきます」、「ご馳走様」がある。家から出勤するときに、「行って来ます」、「行っていらっしゃい」、「ただいま」、「お帰り」など、形が決まっていて、言って言い返す、対になっている挨拶語がある。しかしこれらにぴったり当てはまる中国語の挨拶語は無いのである。これは本当である。だから中国人は食事の後で、中国語で「ご馳走様でした」とは言わないのである。

  もし私が、団地のエレベーターに乗った時、顔見知りではあるが親しくはない隣人に、中国語で「オハヨウゴザイマス」と言ったらどうだろう。いやに丁寧な日本人と思われるかもしれないが、何でこんなこところで、丁寧な挨拶をするんだろうと、却って怪訝に思われるかもしれない。かなり前のことだが、大学の招待所に住んでいたことがあるが、そこに大学の委員会書記みたいな人(事実上の大学のトップ)も住んでいて、毎朝、食堂で顔を合わすので、こちらから中国語で「お早うございます」と言うのだが、毎回、戸惑ったような顔をして、口をもぐもぐさせて、はっきりして返事が返ってこなかった。あの書記も日常の(日本的な)挨拶には慣れていなかったのかもしれない。中国の社会で会社に出勤した時、オハヨウございますとも言わないからといって、日本人の常識から「挨拶も出来ない人物」と判断してはいけないのである。

  しかし、中国人が、中国から日本に出張して、IT関係の仕事に携わるなどの機会は非常に多くなった。私がいた中国の会社からも、多くの中国人が毎月日本に出張していた。その人達が、日本の会社で出勤時に、「お早うございます」と言わないとか、ご馳走になった後で、「ご馳走様でした」と言えないとかでは、あいつは挨拶もちゃんとできないと、誤解を受けるかもかもしれない。それで、日本語を教える際に、挨拶語を教えるだけではなく、挨拶をちゃんとすることも教えたのであるが、一、二回教えたぐらいで、挨拶の習慣が身についただろうか。この点ははなはだ心もとない。日本では馳走になった後で「ご馳走様でした」と言い、翌日、ご馳走してくれた人に会った場合、「昨日はご馳走様でした」ともう一度お礼を言うのが習慣なのだとも教えたが、私が教えたことをここまで覚えていて、実行している人は殆どいないかもしれない。

  先日、中学校の校門の前を通ったら、「明るく挨拶しよう」と評語が書かれていた。これは日本の中学校の校門でのことである。恐らく中国の小学校、中学校では「よく挨拶をしよう」とは教育していないと思う。中国は、礼の国・中国と言われる(北京オリンピックではそう自称した)ことがあるが、中国が礼の国であるとしても、礼の意味は、礼儀正しく挨拶をよくすると言う意味ではないであろう。