北京で小学校が閉鎖された理由
(2009年3月11日)


  北京市の私立小学校が村役人(かどうか?)によって、突然の登校阻止にあって閉鎖された。その理由は学校が衛生や消防の基準に合っていないからだという。この学校は私立学校であるのだが、もし北京市民のための公立の小学校だったら、生徒が学校から突然追い出されるような目には遭わなかっただろう。

  実は、北京にある私立の小学校とは、日本の私立小学校とは全く別の種類の学校で、日本ならば金持ちの子弟が行く学校かもしれないが、中国の北京にある私立小学校はむしろ金が無い人の子弟が行く学校である。

  正確に言えば、金が無い人の子弟が行く学校ではなくて、農民身分の出稼ぎ工の子弟が行く学校である。現代の中国には日本の江戸時代の士農工商にも劣らない身分制度があって、それは都市戸籍と農民戸籍との身分差なのである。その農民戸籍の農民が大勢都会に出稼ぎに出くる。出稼ぎと言っても、かなり長期に都会に滞在し、子供も都会に連れてくることも多いので、その子供達のためには学校が必要なはずである。

  突然閉鎖された学校とは、出稼ぎ工の子弟のための私立学校である。出稼ぎ工とは農民工とも言われるが、その農民戸籍である農民工は何年北京で働いても、都市戸籍には成れない。北京の小学校は殆どが公立の小学校である。しかし農民戸籍であると、北京市民ではないという理由で、近くにある北京市民の為の学校には入れないのである。絶対的に入学を拒否しているわけではないが、「農民戸籍であっても、賛助費を払えば入れてあげますよ」という偽善的な規定があって、その賛助費はとても高くて、出稼ぎ工には高額な賛助費を払えないのである。

そこで仕方なく、私立の学校を有志者がつくり、出稼ぎ工は自分達の子供たちをそこで勉強させるのである。北京では私立小学校といえば、金持ちの学校ではなく、貧しい農民工のための学校なのである。そのような学校は農民工が住む都市の周辺部にある。そして私立学校は、北京の公立学校には及びもつかない貧弱な設備であって、多分運動場もない。教師の資格も怪しいものかもしれない。そしてこの小学校の場合、村委会の判断では消防や衛生の基準に合致していないということである。あとで出てくるが、朝陽区教育委員会は、この学校を無許可の私立学校であると言っているから、そうなのかもしれない。

  そこで「新京報」という新聞の記事であるが、2月27日の報道に「出稼ぎ農民工の子供達の学校が閉鎖されて、400余名の子供達の勉強が出来なくなった」という記事が載っていた。
http://news.sina.com.cn/s/2009-02-27/013917296561.shtml

  場所は北京の朝陽区のことで、朝陽区といえば北京の中央に位置する区であるが、この学校の位置は、朝陽区の三間郷新房村と言うから、朝陽区でも出稼ぎ工が多く住む市の周辺のあたりだろう。そこの「宏翔」という学校が、突然「村委会」から閉鎖を命令され、村委会の人間によって登校を阻止された(2月26日)とのことである。生徒421人が突然学校から締め出されたのである。理由はその学校が、消防と衛生部門の検査の基準に合格していないので、安全などの問題があるという理由である。

  村の「村委会」とは「村民委員会」のことか。中国の村には役所は無いのだと思うのだけれど、「村委会」から阻止に来た人物は公務員などではなく雇われた人なのかもしれない。村委会とは役所ではなく共産党の組織ではなかと思うが、とにかく突然村委会側の人間が突然現れて、学校の校門を塞ぎ、学童の登校を阻止したのである。

  宏翔学校の校長の楊軍氏の話によれば、元々この学校は高碑店郷の北にある花園村に7年前からあったものが、その建物が取り壊しになるとかで、今年の1月31日に学校を三間房郷の新房村に引っ越したものである。校長の話しでは、昨年末に新房村の建物を借りる時、学校に使うということをきちんと説明し、新房村の責任者の支持を得て、借りた建物の改修を始めたとのことである。借金をして、既に学校の設備や内装に大量の資金をつぎ込んだのだとか。もし、村が学校の設立を許可しないならば、建物を借りる前に不許可と伝えるべきであった。そうすれば、ここに学校を移すことはなかったと言っている。そして宏翔学校の校長の言い分は、まず子供たちを学校で勉強させるべきである。設備の不備の問題は後からでも解決できる問題なのにと言っている。

  それなのに村の村委会から突然の停止命令。これに対して、数十人の父兄達が、新房村の上級の三間房郷政府に押しかけていった。「子供の教育はどうしたらいいのだ。公立の学校に転校するのは、高額な賛助費が掛るのでは耐えられない。勉強できるところがなくなってしまった」と、丸一日掛かって陳情したらしい。三間房郷政府の回答は、幹部達はこの問題の解決について検討しているというものであった。

  三間房郷政府の上級の行政府である朝陽区教育委員会の見解はこうである。当教育委員会は宏翔学校が違法の私立学校であると認識しているが、宏翔学校の状況を了解していて、事態には関心を寄せている。宏翔学校は無資格の学校であるが、現在はすでに教育委員会の安全な管理の範囲以内に組み入れた(この意味はよく分からない)と言っている。そして子供たちは、ひとまず休学するかもしれないが、もし長時間この問題が解決しないならば、教育委員会が表に立って仲介し、子供達の義務教育の勉学の機会を失うことの無いようにすると言っている。

  北京市朝陽区の教育委員会は何とかすると言っているが、すぐ児童たちが学校に行けるようにならないらしい。行けるようになったとしてもその学校は、一般北京市民が行ける公立と小学校とは雲泥の差なのである。宏翔学校は無認可の学校だとしても、もし無認可私立小学校が無ければ、出稼ぎ工の子弟が行けるが学校は無いのである。その無認可の私立小学校の衛生や防火の設備に問題があるとしても、そこに行政が補助をするなどの発想は全く無いらしい。学童が学校に行けなくなることは考えずに、設備が不備であるからという理由で閉鎖が優先するらしい。

  それもこれも根本的な理由は、出稼ぎ工が農民戸籍であるからである。農民戸籍では北京市民レベルの教育は受けられない。農村部の小学校でも都市部の小学校とは比べ物にもならないくらい設備もレベルも低い。私は毎日、北京の「回族小学校」の横を通って通勤していたので、北京の小学校がどのくらい立派であるかはよく分かった。グランドはアンツーカーのグランドであった。しかしかプールは無かった。中国の小学校には殆どプールが無く、従って中国人は泳げる人がすくないようであった。

  それはともかく、中国の身分制度では、教育においてもこのような問題が起きている。しかし不思議なのは中国政府も北京市民も、農民戸籍であるなら、この状態が当たり前と思っているらしいことである。中国に「教育の機会均等」という言葉は無いらしい。都市戸籍の北京市民の子弟であればこんな目に遭うことは無いのに。もし農民工の子供が「平等」という概念に目覚めれば、農民戸籍の子供として生まれたことを恨むのではないだろうか。それとも諦めてしまうのだろうか。