中国の老人はどこにいるのか
(2009年3月1日)


  中国は人口が多いから老人も多いはずである。比率から見ても、一人っ子社会であるから老人の比率は多いはずである。しかし日本と比較してみると、老人の姿は日本よりずっと少ない。中国では全く老人が目立たないのである。

  例えば、日本の昼間のスーパーの中では買い物をしている老人が結構いるし、買い物をしなくても、スーパーの中でブラブラしている老人もいる。しかし中国ではあまり見かけなかった。

  中国のデパートの中は若者ばっかりで、老人は皆無に近い。地下鉄の中はどうか。日本では電車でどこかへ出かける中老年をよく見かけるが、中国では少ない。地下鉄も時間が遅くなると、老人の姿は皆無になる。日本なら、定年を過ぎているらしい勤め人が、遅くなって酔っ払って乗っていたりするが、中国ではこういう姿は絶対に無い。居ない理由は中国では酔っ払いが少ない(中国は酔っ払いに日本ほど寛容ではない)のも理由の一つであるが、60過ぎていても勤め人という人は中国に殆どいないのである。とにかく時間が遅くなれば、地下鉄の中に老人は殆ど見かけなくなる。中国の老人は出かけるにしても、夜外出する老人は少ない。

  レストランではどうか。日本なら中老年の奥さん連中がランチをしているなんて姿があるが、中国では、奥さん連中のランチもないし、老人の姿は無い。一人で食事する老人もいないし、老人のグループの食事も無い。老人がレストランにいる場合は、家族と一緒の食事のときだけかもしれない。

  私が北京で働いているとき、会社の向かい側の楊州料理の店によく昼食を食べに行った。すると中国人にしては、愛想のいいマネージャーが「お爺さん、今日もお一人ですか」といつも言って迎えてくれた。マネージャーにとって老人が一人で来るのが気になったらしい。私は老人に違いいないが、日本では「お爺さん」と言われたことはないし、一人で食事してもおかしいとは思われないだろう。中国では老人でなくても一人で食事することは少ないのである。ましてお爺さんが一人で食事することはもっと珍しいことなのである。

  旅行はどうか。これも同じで、中国人で旅行に出かけるのは、若者か中年ぐらいまでである。我々夫婦は結構中国を旅行したが、我々のように60を過ぎて夫婦で旅行する姿は、中国人では殆ど見かけなかった。日本人なら、老後の楽しみは夫婦で旅行などという人が多いかもしれないが、中国ではそうではない。

  北京で見た日本からのツアーでは、結構なご老人の参加者を見かけた。中国でも最近は海外旅行に行く人は多くなったのだが、中国では退職後の夫婦がツアーに参加するなんてことは、極めて稀だと思う。最近日本に来る中国人の観光客が増えたようだが、その中に老人の姿は無いのではなかろうか。

  要するに中国の社会は、老人が金を持っていないのである。年金がまともに貰えるのは共産党の幹部ぐらいだろうから、そうでない老人は金が無い。だから旅行は勿論チョッとしたショッピングも楽しめないのだと思う。金を持っているのは、若者か働いている中年までである。中国の繁華街は若者ばかりである。

  中国の老人を余り見かけないのは、中国の老人に年金が無いか、あってもほんの僅かであることでもある。それに中国の老人は働いていないし、働けないのである。そして定年も早い。女性では50歳、男では55歳で定年になる人も多い。中国の会社で、若い社員に「貴方のお父さんの職業は?」と聞いてみると、「退職した」という答えがとても多かった。その年齢は60前なのである。

  役人は定年60歳らしいが、中国では天下りなどで、のうのうと定年後も働くことはできないらしい。最近中国の新聞を読んだのだが、中国では年齢詐称が多いらしいのだが、役人では齢を若く詐称する人物が結構いるのだとか。理由は定年まで長く働くためである。

  話は逸れるが、中国の役人は退職時と同じ額の年金をもらえると聞いたことがある。だから退職して収入が無くなるということは無いらしいのだが、中国の役人は現役であれば、何らかの利権を握っている人物が多い。それが退職で一気に利権から遠ざけられるので、出来るだけ長く利権を握る座に留まっていたいのである。いずれにしろ60を過ぎれば働くことはできない。

  日本は60歳が定年と言っても、定年後でも働いている人は結構いる。日本では「天下り」で働くということもあるが、そればかりではなく、守衛さんとか、高速料金所でとかで、シルバー人材センターでたまに働く人を含めれば、働いている人は結構いる。中国では守衛さんと言えば、中国では「保安」というのであるが、この職業は、地方から出てきた若者の重要な職業の指定席になっていて、本当に大勢の若者が保安の職業に就いている。中国では治安に不安があるせいなのか、保安の仕事はとても多い。マクドナルドでさえも制服姿の保安がうろうろしている。しかし中国では老人は働きたくても働けないし、中国は若者社会なのである。これは日本と中国の大きな違いの一つである。

  中国のレストランとか食堂のウエイトレスとかウエイターは、みんな若者である。またまた話が逸れるが、中国の高級レストランではサービス員の職種が三種類はあり、@入り口に立っていて、客を席まで案内する係り、A注文を取り、料理を席に並べたりする係り、B厨房からテーブルまで料理を運ぶ係りがあり、いずれも若者ばかりである。

  @の係りは必ず女性で、この女性は、背が高くなければならない。もし仮に、美人であるが背が低い人と、そんなに美人ではないが背が高い人が居た場合、後者が選ばれるようである。とにかく高級レストランになると、8頭身美人ばかりを入り口に揃えていたりする。この人達は案内のみの係である。Aの係も大部分が女性である。厨房からテーブルまで料理を運ぶだけの係りは、単純な作業であるから、仕事があればだれでも出来るのだけれど、殆どが地方からの、都市戸籍を持たない農村戸籍の若い男性である。、

  話は飛ぶが西洋の映画などを見ると、料理に詳しい中年男性のウエイターがサービスしてくれたり、なかなか貫禄のあるソムリエがワインを薦めてくれたりする。中国ではそんな職業の人はいなくて、料理の説明をするのは上のAの係で、殆どが若い女性である。

  ある時、中国から日本に来た中国人がびっくりしたことがある。それは日本の料亭風のレストランでのことで、そこで給仕してくれる人全員が中高年の婦人であったことである。これを見て中国人は驚いた。中国ではこんなことを見たことがないし、中国ではレストランでのサービスは若い女性の仕事とされているからである。もしかしたら中国人にとって、中高年の女性にサービスされたのは、うれしくなかったかもしれない。もっと言えば嫌だったかもしれない。韓国人はそう感じるということである。呉善花という人の本に書かれていた。とにかく中国のレストランでは若いピチピチした女性ばかりが働いている。

  話を元に戻して、本当は多いはずの中国の老人はどこにいるのか。家の中に居るのである。外には出ないかというと、そうではなく外に出ることは日本人より多いかもしれない。ただ家の周囲に居て遠くには行かないのである。私が北京で住んでいたところは、以前イスラム教信者の回族が住んでいた貧民窟のようなところを取り壊し、高層ビルの団地を作り、以前の住人を住まわせた所だから、その新しいビルにも老人は沢山いた。その老人達は、東京などよりはずっと寒い冬の北京でも、ビルの谷間の陽だまりを求めて、よく外に出てくる。歩けない老人でも、毛布でぐるぐる巻きにされ車椅子に乗せられて出てくる。日本では家の前で日向ぼっこをしている老人など、見かけないが、中国の老人は家の前あたりにはよく出てくる。私が勤めていた大きなビルの入り口近くにも、夏になるとそこで夕涼みをするために老人がよく集まってきていた。日本の昔、下町の路地では縁台に座り、人々が集まって団扇を使っている風景があったが、そういう風景がまだ中国にはある。こういう光景を見ていると、中国では老人になっても家族と住んでいて、日本ほど孤独にはならないように見える。