中国におねだり妻はいるか(2007年12月9日)


  「おねだり妻」と言う言葉を、最近日本のニュースでよく見るが、中国にも「おねだり妻」は居るか? 必ず居ると思う。なぜなら、中国では汚職に妻や子供も参加する「家族参加形汚職」が非常に多いからである。夫が利権を持つ地位に就いたら、その利権から得た利益を、家族にも分け与えることはあたりまえだからである。また賄賂を迂回させる為に、家族が積極的に協力して、賄賂を家族が受け取る場合も非常に多い。最近新聞に載っていた事件は、妻がおねだりしたわけではないのだが、妻の為に買い与えた豪華マンションのせいで夫が死刑になってしまった。死刑になった原因は、夫の賄賂であったが、5億7千万円もの豪華マンションを妻に買い与えなければ事件は発覚しなかたったかもしれない。

  賄賂で死刑になったことにも驚くが、事件の発端は、夫が妻にマンションを買って与えたことが情婦にばれて、怒った情婦が密告して(多分)、汚職がばれたという経緯にも驚かされた。5億7千万円ものマンションを買って貰った妻も、まともな金ではないと気が付か無いはずはないと思うのだが。日本人だったら妻の方が、そんな事は止めなさいと言うと思う。それに日本では汚職や賄賂では死刑にはならないけれど。

  またこの汚職事件が中国的なのは、事件の発端が、賄賂を要求された会社が色仕掛けでリベートの要求を阻止しようとしたことである。そしてこの事件が更に中国的なのは、色仕掛けで賄賂に抵抗した会社も、黙って豪華マンションのプレゼントを受け取った妻も、報道では全く非難されていない事である。中国では、汚職で稼いだ金を家族に分け与えるのはむしろ当然のことと受け取られるからなのだろうか。記事の重点は、愛人の嫉妬の怖さであって、密告される前、温夢傑は「火宅の人」であったらしい。愛人の方も非難されるどころか、「情婦が手を繋いで巨大汚職犯を引き倒した」とニュースのタイトルにあって、二人の情婦は事件解決の功労者であるらしい。これも中国的である。

  今年の9月11日に死刑になってしまった温夢傑は、人民網のニュースによれば、元農業銀行北京市分行科技術処の処長であった。温夢傑は北京で初めて商業汚職で死刑になった官員とあるから、銀行の行員であっても役人であるのかもしれない。元は外国に留学したこともあるシステムエンジニアで、システムの専門家であった。別のニュースには「電脳の天才」だなんて表現もあった。「電脳の天才」ではなくて汚職の天才だと思うのだが。しかし本当の天才なら、妻に豪華マンションを買って与えるなんてことはやらなかったと思う。

  温夢傑は科技術処の処長であって、銀行の子会社の社長でもあった。科技術処は、銀行でのネットワークを管理して、システム設計やシステム購入の管理しているところらしい。だから銀行とかのソフトの購入の決定権を持っていた。温夢傑には、実は二人の愛人が居た。若い方の愛人で、先に愛人になった“董薇”は、農業銀行北京市分行のシステムの購入先である「北大青鳥」という会社に勤める日本語通訳で、“董薇”は、「北大青鳥」では有名な美人であったらしい。「北大青鳥」はよく知られた会社である。

  ことの起こりは、農業銀行北京市分行が「北大青鳥」とシステム開発の契約を結ぶことになったことに始まる。この契約で、全体の契約金額は3200万元でありながら、温夢傑はバックリベートを300万元もよこせと要求したそうである。「北大青鳥」のほうはこの要求に困ってしまって、“董薇”を温夢傑に近づけて、色仕掛けによる策略を考えた。もしうまくいけば避けることができる損害の10%を、“董薇”に与えると約束した。“董薇”はその気になって、温夢傑の愛人になった(そのとき董薇は27歳だった)のだけれど、その策略は温夢傑に見破られて、「北大青鳥」はリベートを差し出さざるを得なかった

  温夢傑はまた別の会社との契約の際にも、自分の立場を利用して、その会社の女性をもう一人、愛人とすることになった。こちらは“孫玉華”というバツイチの41歳の女性であった。このときも温夢傑はその会社から、抜け目無く280万元のリベートも受け取った。

  この事件でおねだりをしたのは、妻ではなく第一の愛人である董薇だった。そしてそのことから温夢傑は「火宅の人」状態になっていくのである。董薇が愛人になって二三年ぐらいして、董薇に家(780万円)を買って与えたが、温夢傑はそろそろ董薇と別れたくなったのかもしれない。家を買って与えた後、誰か若い人を見つけて結婚したほうがいいのではないかと、董薇に言ってみた。しかし、そのことが却って董薇をかたくなにして愁嘆場となってしまった。董薇は謀をめぐらす人物であったらしい。董薇は温夢傑が妻と別れることを要求しだしたのである。

  董薇は「北大青鳥」からリベートを取ったことを知っている、と言って脅したり、温夢傑の重要な会議の時に、押しかけてみたり数々の圧力を掛けた。温夢傑は堪らなくなり、妻と離婚するということを約束せざるを得なくなり、「何とかうまく離婚するから半年の時間をくれ」と言ったのだとか。

  しかし時間は迫るが、罪の無い妻を離婚するわけにはいかない。この頃には、若い董薇よりは妻のほうがずっといいと思っていたのかもしれない。苦し紛れに贋の離婚証を買うことにした。100元だったそうである。贋の離婚証を買うことができるのか? ここは中国である。

  話は突然飛ぶが、中国を観光旅行した人は、橋や家の壁に汚らしく、電話番号が書かれているの気が付いた人がいるかもしれない。そしてその横には、たいてい「○証」と書かれている。しかしその電話番号が何を意味するのかを知っている人は少ないかもしれない。この電話番号は北京でよく塗りつぶされている。塗りつぶした跡も汚いのだから、塗りつぶしても塗りつぶさなくても同じようなものだけれど、これは不正なものだから塗りつぶさざるを得ないのである。この「○証」と書かれている○の字は、日本には無い字で、「扱う」とか言う意味で、「何とかする」という意味にも取れる。つまり証明書の類を扱う、本当は証明書を偽造するという意味である。

  みなさんが次に北京に旅行されるときは、この電話番号をよく見ていただきたい。そしてこの電話番号が何を意味しているのか思い出しだしていただきたい。身分証とか運転免許証も買えるはずである。温夢傑はこの電話番号を見て、贋の離婚証を買うことを思いついたのである。

  100元で買った離婚証を董薇に見せると、董薇は猫のようにおとなしくなってしまった。もう一人の愛人孫玉華にも、妻と離婚したと伝えって、二人の愛人の挟み撃ちを撃退した。董薇が愛人になったのは1999年、家を買って貰ったのが2001年、温夢傑が贋の離婚証を見せたの2002年、その後二年穏やかな日々が続いて2004年なるが、温夢傑はその前年の2003年に自分の墓穴を掘るような愚かな計画を実行していたのである。北京の一等地にある「建外SOHO」という建物の三軒分を、妻の為に買って与えていたのであった。値段は実に5億7千万円。このマンションの値段は、一年後に1億5千万円も値上がりしていた。

  2004年のある晩、温夢傑の鼾が煩くて眠れない董薇は、温夢傑の鞄を探って一枚の不動産屋の領収書を見つけてしまう。物件は北京の一等地にある「建外SOHO」という建物。この不動産屋の領収書が何を意味するのか当初は董薇には分からなかった。しかし董薇は美人であるというだけの女性ではなかった。この領収書を見て何か怪しさを感じたのだろう。董薇は「建外SOHO」のあたりを調べ歩いて、ついに秘密を暴き出した。温夢傑が「建外SOHO」の豪華マンションを離婚したはずの妻に買って与えていたのである。董薇は烈火の如く怒って、孫玉華とも連絡を取って・・・・・・。

  2004年6月28日に北京人民検察院反汚職局に匿名の密告があった。
  2004年7月9日には逮捕、11日には巨額財産出所不明罪で拘留。
     (密告から逮捕まで11日間。こんな短期間で、裏は取れたのか?)
  起訴まで一年近くも掛かったのは、温夢傑が「電脳天才」とも言われたくらいだから、金の流れを分からないよいうにしてあったので、金の流れを見つけるのに相当時間が掛かったとのことである。

  2005年6月に審査の為の起訴(?)。
  2005年7月に北京の中級人民法院に起訴。
  2005年12月20日に中級人民法院で死刑の判決。

  判決は、1073万元の賄賂を受け取った罪で死刑、432万元の公金を着服した罪で執行猶予つき死刑、合わせて死刑であった。合計1505万元、2億3千万円位であるが、既に払い込んだ豪華マンション代は4億8千万円(3200万元)だったとのことであるから、計算が合わない。まだほかに暴き出されていない汚職などがあるようである。その後、温夢傑は上級人民法院に上告。

  2007年9月11日死刑執行。

  上級人民法院に上告後、刑執行まで1年9ヶ月も掛かっているが、いつ上級人民法院が判決を出したかは公表されていないようである。結局は元の判決が維持されて死刑の判決らしい。残りの出所不明の金の出所は解明されていないらしい。

  ニュースでは密告したのは、二人の愛人であるとは書かれていないが、「情婦が手を繋いで巨大汚職犯を引き倒した」というタイトルから、二人の愛人が密告したことを暗示している。げに恐ろしきは中国人の愛人である。