中国の薬と医薬行政の闇

  最近、薬の話題が多く、何故かと思ってインターネットで調べてみたら、中国の医薬行政は大変なことになっていることが分かった。あまりにもいろいろなことがあって、何から書いていいか分からない。国家薬品監督局の元局長・鄭筱○が巨額(一億円位)の賄賂を受け取った罪で死刑を宣告されてしまったが、死刑を宣告されたのは、国務院副総理(女性の)に名指しで叱責されたことと関係があるかもしれない。

  今年の2月8日に国務院副総理が主催する食品薬品の管理に関する重要な問題点についての全国テレビ電話会議が開かれた。そこでの副総理の講話の中で、国家薬品監督局の鄭筱○が名指しで叱責された。中国の無数の汚職のように、手中の権力を使って、賄賂を受け取り、私利私欲を図っただけなら、金額が高額だったとしても、名前を出されることはなかったかもしれない。しかし、実態は医薬行政が滅茶苦茶になってしまい、医薬行政への信頼も危うくなっているのである。

  その講話によれば、薬品監理監督の法の制度が不完全で、穴だらけであることが暴露されたと言っている。規定が厳密でなくいい加減で、自由裁量の程度が大きく、役人が勝手に自分の利益になるように変えてしまうこともできる。特に薬の審査などでの行政権力行使の制御がほとんど欠けている。やりたい放題にできる。

  また監理監督の「工作」の「思想」がいい加減なので、経済の促進の為と言って、最も重要で肝心なことである、民衆の為の薬の安全が欠落してしまった。いい加減な「思想」とは、安全第一ではなく、賄賂第一のことだろうか。

  更に薬の審査の仕方がめちゃくちゃで、いい加減、不合理、公開されていない、監督不行き届きなどの言葉が並んでいる。また、清廉な行政の意識が薄く、幹部はだらけていて、重大な政策決定が民主的でなく、重大な問題の対処が的確ではなく、幹部の抜擢でも不正常であったことも暴露されたと述べた。自分の身内の政府機関をぼろくそに批判した内容の講話だった。

  この女性副総理は13日にも、国家薬品監督局が召集した、清廉な政治を貫徹する為の政治教育大会みたいなところでも、再び鄭筱○の名前を挙げて、講話をしている。

  つまりは薬行政の制度の大欠陥や幹部の大汚職で、政府の信頼も、薬の安全性への信頼も大きく傷ついたということである。他国のことを悪く言っても、自国の共産党の政治は何時もすばらしいと言っている中国が、本当は隠しておきたい自国の政府機関の黒い部分を、”暴露“してもいいものか思うのだけれど、もう隠せる状況ではなかったのだろう。ここまで国の体面や国民の信頼を傷つけては、裁判官も元局長・鄭筱○を死刑にせざるを得なかったかもしれない。5月29日の一審では予想通り死刑の宣告がされた。なお、最近三年の判例では汚職が1000万元以下では死刑の判決は無いそうである。鄭筱○の場合、649万元での死刑の判決であった。尚、判決と同時に中国外交部も声明を出し、鄭筱○が死刑になったのは、中国政府の反腐敗に対する決心の反映である、と言っている。中国で裁判と政治は直結している。見せしめかもしれない。直ぐ二審に上告したが、大方の予想は二審でも死刑の判決が覆されることはないだろうとの予想である。

  昨年(06年)は中国では危ない薬の大事件が三つも起こった。これは上の講話の中の薬の監理監督が機能していない証拠とも受け取られ、事件が起きてからも「重大な問題の対処が的確ではない」と指摘されているのは、これらの事件の付いてのことだろう。一つの事件は原料が安いからと言って化学薬品の知識もないのに、似ている別の物質を購入して混ぜた。とんでもない薬だから死者も出た。もう一つの事件は、注射薬の滅菌方法を勝手に変えて、滅菌効果が無くなり、バイキン入りの抗生物質を注射されて、これでも死者が出た。最後の一つはおっぱい等を人工的に膨らませるときに使うシリコーンのようなもので問題が起こり、生産許可の登録が取り消され、生産販売が禁止になった。しかし、これは取り消しの理由がはっきりしないとかで、生産者側から訴えられている。つまり薬品監理局側にも問題がありそうな事件である。

  話は横道にそれるが、原料を変えたとか、滅菌方法を変えたのが原因だとしても、何故、出荷検査などの他部門でのチェックが働かなかったのだろう。中国の物作りというのは相当いいかげんなもののようで、薬製造においても検査が機能していない。さらに余談になるが、中国では靴下を買っても、値段票の横に「合格」と書いてある。あの合格の意味はなんなのだろうといつも思う。店で売られる靴下は、全て合格品が並べられているはずで、合格と書く必要は無いのにと思うのだが。注射液も、口癖のように合格合格と言いながら、検査もしないでハンコを押しているのではないだろうか。しかしもこれらの工場は、GMPとう言う立派な認証を受けた製薬工場での生産であるから、国際級の水準であるはずなのである。

  実はGMP(Good Manufacturing Practice)認証制度という、なかなか立派な名前を持った国の医薬の審査制度を作ったのは、国家薬品監督局の元の局長で、死刑の宣告を受けた鄭筱○であったらしい。今までは地方に医薬の審査権があったのを、地方の審査レベルを国際のレベルに格上げするというお題目の元に、地方から審査権を取り上げて、国に許認可の権限を持ってきた。地方に薬の審査権限を残しておくなら、地方の製薬会社の利益の為に、厳格な審査が守られない恐れは十分考えられる。だから国による統一された基準による、厳格な高レベルの審査管理体制の方がいいに決まっている。

  しかし中国のことだから改革しても改革したことにならなかった。許認可の権限が地方にあって甘い汁が吸えなかった国家薬品監督局が、その権限をGMP認証という制度を作って、自分の下に取り込んだのがこの制度であった。そして以前地方標準で許可を受けていた薬でも、全て国家標準の審査を改めて受けなければならないことに決めた。

  さらに調べてみると審査の実態は驚くべきものであった。例えば2004年に中国の新薬の数はなんと10,009種であったとか。これに対して日本では00年から05年までの間に承認された新薬は302品目であり、米国では493品目であった。一年に100品目にも満たない。中国での実態は本当の新薬といえるものは、03年〜05年の間で17品目(一年に8品目)だけで、本物の新薬は日本よりずっと少ない。

  では、他の大部分の年間10,000品目もの新薬とは何なのか、中身をちょっと替えたり、何か別のものちょっと加えて、名前と包装を変えて申請すれば、それが新薬となるらしい。それが本当に新薬といえるのか? 中国が新しく制定した国際レベル級のGMP認定制度では、確かに新薬であるらしい。以前地方標準で許可を受けていた薬も国際級の国家の再審査を受けなければならないので、続々と“老葯翻新“(古い薬が新しくなって登場する)として新薬が登場したのである。

  それほどの新薬を厳格に審査できるのか? 何時間掛けて審査したかの資料は無いが、極めて短時間であることは想像できる。ちなみに日本では新薬の審査に二年位、アメリカでも一年以上は掛かるらしい。中国の新薬の場合、一週間から数ヶ月だそうである。そして4500もの製薬会社を相手にして、年間10000品目(04年の数字)もの審査をする。仮に審査に三ヶ月掛かるとしても、座して待てばいいのか。ここは中国での話である。日本の話ではない。待っていては駄目なのは想像に難くない。

  袖の下を貰って捕まったのはもちろん元局長だけではない。同じ局内の医療機器司の司長・カク和平は四社の医療機器の審査に便宜を図って、貰った金額はゴルフ会員券や自動車を含めて、1千万円くらいらしい。懲役15年の判決が確定している。例のおっぱい膨張の為のシリコーンだか、機器だかを認可したのはカク和平であったらしい。この人物は何故か数丁のピストルを持っていた。役人がピストルを隠し持っていた理由が理解できないのだが。夫婦仲良く賄賂を貰った人である。

  司長・カク和平が捕まった後、薬品登録司の司長・曹文庄が捕まり、同時に薬品登録司の中の、化学薬品処の処長・魯愛英も捕まり、国家薬典委員会常務秘書長・王国栄も捕まった。この三人は国の殆どの薬を審査する重要な部門の権限を握っていて、薬の審査にはこの三人の署名が必ず必要であった。その三人が全て逮捕されたのである。その役人が係わった薬の審査というのは一体どんな審査だったのだろう。

  審査の過程が分かったので書いておくと、次のような価値でハンコを貰いながら書類が流れるらしい。

省の薬品監督局↓
国家地標事務所(何をするところか?)↓
国家国家薬典委員会(秘書長・王国栄の署名が必要)↓
国家薬品監督局の薬品登録司化学薬品処(処長・魯愛英の署名が必要)↓
国家薬品監督局の薬品登録司(司長・曹文庄の署名が必要)

  各々が審査したり、検査したりして三人の署名も貰ってようやく薬の許可が下りるのである。三人が許認可の殺生与奪の大権を握っていることが分かる。その三人が全部捕まった。

  また横道に逸れるが中国の汚職と言うのは、約7割もが家族とか情婦が受け取る側に関係していると言うニュースがあった。元局長の鄭筱○は妻も息子も家族仲良く捕まっている。司長・カク和平の妻もカク和平と並んで刑の宣告を受けた。こういう現象はいかにも中国らしい。また別の件だが、中国では賄賂を送った側は受けた側よりずっと罪が軽く、ニュースになる程度も少ない。中国的理由があるのだと思うが何故なのかは分からない。

  大物は捕まったが、無数の審査官の小物はどうなのか。賄賂を受け取っていないのか。答えは中国人なら誰でも想像できることだろう。今年(07年)の始めの話では審査員全員を配置換えにするという話もあった。しかし逮捕と言う話は聞かない。あまりに無数にありすぎて、調べられないのかもしれない。

  おいしい利権を奪われた地方の方はどうなのか。浙工省の薬品監督局の元局長・鄭尚金も、遼寧省の薬品監督局の元局長張樹森も、広州市薬品監督局の元局長楊衛東も、荊州市の薬品監督局の元局長趙長玉も捕まっている。現在でも地方にどんな美味しい利権が残っているのか、そこまでは調べきれなかった。

  今年になって中国政府はようやく身内の悪を暴露して、具体的に元局長・鄭筱○の名前を出して反腐敗教育なんかもやった。そして今年の初めの話なのだが、噂では審査員は全員配置換え、新薬の基準を見直して新薬の定義を改めると言った。そして今までに審査を通った薬を、全部今年中に再審査するとも言っていた。しかし、そんなことは可能なのだろうか。新しい審査員の教育はどうするつもりなのか。中国の新薬の審査はひょいと簡単にできるものなのだろうか。しかも何万もある薬をどうやって一年で再審査するのだろう。できたとして、何万もの医薬品をどのくらいのレベルの審査員で、どのくらい時間を掛けて審査すると言うのだろう。中国の副総理が、医薬品の審査制度が公開されていなくて、不公平と言うなら、審査員のレベルとか審査時間とかも公開されなけれ、薬品の安全性は保証ができないのではないだろうか。しかし多分そんなことは公開されないのでは? 

  また、今年の初めに国家薬品監督局が改革すると言っているところを見ると、GMP認証制度は継続するらしいが、新薬申請のいんちきを改正すると言っている。それはいいとして、GMP認証を受けた工場は厳格に生産工程のGMP基準を守らなければならないと強調している。あたりまえのことだが、どうもGMP認証とは認証が済めばそれで終わりあったらしく、生産工程の検査などの、手間の掛かることはやらなかったらしい。それでは不良薬などの危ない薬が出回るわけである。GMP違反をチェックするために、工場に検査官を工場に常駐させる案を模索中というのだが・・・・・・。 中国政府の医薬行政に対する憂いはまだまだ続くのではないだろうか。中国の薬は使わない方がいい。

  余談であるが、中国では今薬が高騰して困っている。調べているうちにその理由が分かり、悪しき新薬と関係があるこことも分かったので、ついでに書いておく。中国には製薬会社が無数にあるので、競争原理が働かないわけではない。同じような薬がたくさんある場合、価格競争が激しくてほとんど利益がでない。価格競争が激しいのは、一方で安全がお座なりになり、安全が保障されない薬が出回る原因でもある。しかし配合を変え、包装を変え、名前を変えて売り出せば、新薬として高く売れる。GMP認証制度による薬は、国が定める定価が無く、自由に値段を決められるように変わったらしい。病院は利益が多い高い薬を喜んで使う。病院の利益は15%とする規定があるらしいが、1元の15%と100元の15%とでは利益が全く違う。しかも高い方は新薬としてなんか有り難い名前が付いている。かくして、中国が国際標準のレベルと言っているGMPの認証制度のおかげで新薬が続々登場し、薬の値段が高騰したのだそうである。

  最後の余談になるが、元局長・鄭筱○の罪が暴かれたことで、「59歳現象」という流行語ができた。60歳の退職前に、最後のチャンスを利用して汚職をすることを言うらしい。59歳現象を起こすな! というスローガンで反汚職教育をしたなんて記事があるが、“59歳と言う括りで、59歳に注目してみても当を得ていない。この言葉では現状を認識できないから、反汚職教育もこれでは約に立たないだろう。汚職をやりやすい人物を括って言うなら、権力を持った役人である。さらに言えば共産党員である。こういう条件に当てはまる人物が汚職をする確率と、59歳だから汚職をするという確率とはどちらが高いか、中国の社会ではおのずから明らかである。59歳だからと言っても権力が無ければ汚職はできない。元局長・鄭筱○の犯罪は59歳からではなく、ずっと以前からやっていたらしい。中国では権力を握った役人が汚職をする確率は、日本よりずっと多いと思われる。