奇妙な食べ物・麻豆腐とムスリム食堂


  その日は夕飯を作るのが面倒だったので、そしてその日は花の金曜日でもあったので、タクシーで日本料理屋に行こうと思いましたが、突然、今日なら牛街のムスリム用食堂に行ってもいいかな思いつき、羊肉串を食べに行くことにしました。そう思った理由はその日は夕方になったら涼しくなったからで、最近の北京は夕方でも30度以上もあって、冷房が完備していないムスリム用食堂では、食事したくないからです。私はとりわけ汗かきで暑がりで、その日ならムスリム用食堂に行けると思ったからです。

  ムスリム用食堂と言ってみましたが、回教徒用と言うことで、軽食の店が15軒以上店を出している食堂です。ムスリム用ですから豚肉関係は売っていません。牛街の回教徒用スーパーの上にあります。名前は食堂などと言わず美食街といいます。値段は美食街級ではなく食堂級で、とても安いです。生ビールのジョッキ1杯3元です。50円もしないと言うところでしょうか。

  そこで、ビールを飲みながら羊肉串二本を食べ、麻豆腐(マードウフと読むが豆腐ではない)という奇妙な物を食べていると、広末涼子に似ている若い姉妹が私の隣に座り、老爺(おじいさん)! 麻豆腐はどこで売っているの、と聞くので、あっちと教えてあげました。老爺(おじいさん)!と呼ばれるのはいささか気に入りませんが、中国語としては失礼な言い方では無いので仕方がありません。そこで、二人の注意を引くために、麻豆腐の原料は何なのかと、聞いてみましたが知らないとのことでした。知らないで食べているようで、私が中国人ではないことも分からないようです。

  そこで、私がさりげなく中国人ではないことを悟らせるために、ある質問をしてみました。それは、「あなた達は姉妹なのか、中国では一人っ子ではないのか」という質問でした。そうすると、ようやく私が外国人であることに気づきました。続けて私が、何で二人生んでもいいのかと聞いてみると、「マネー、マネー」と妹の方が札を数えるしぐさをしました。やはり金次第でどうにでもなるようです。私が妹の方に、あなたの方に金が掛かったのかと聞くと、そうだとの答え。ただで生まれた命と、金を払い許しをこうて貰った命、なんて対比を思いつきました。妹の方にそんな悲壮感が漂っていたわけではありません。

  さらにあなた達のお父さんの職業は? と聞くと、鍬で土を耕すジェスチャーをしました。ならば農民か? しかしその頃は酔いが回ってきてもいて、さらに広末涼子に似ていると思ったので、土地に関係があって、金を持っているならば、「あなたのお父さんの職業は土地開発商だろう」と言ってみました。にっこりしながらそうだとの答え。服装も二人ともセンスがよく、何しろ顔が二人とも広末涼子似ですから、つじつまが合っています。

  後でよく考えてみましたが、牛街のムスリム用食堂に土地開発商の金持ちの娘が来るでしょうか。ここに来るのはムスリムではなくても入れるのですが、あまり金持ちの家族が食べに来るようなところではないようです。やはり農民の娘だったのかもしれません。

  私の方も、「北京で働いているのか、どんな職業か」と聞かれました。私は「ソフト開発」と答えました。姉妹の反応は「凄い!!!」と言うものでした。それはそうでしょう。この歳の「老爺」がソフト開発をしているのですから。そうでなくてもソフト会社を経営している位は思ったかもしれません。しかし、本当の実態はソフト開発会社に勤めているだけなんですが。

  それにしてもソフト開発会社のオーナーだったらこんな食堂に一人で来るでしょうか。日本人の行動としてはありえるけれど、中国人の行動としてはありえないのではないかと思います。だからあの姉妹もちょっとおかしいとか思ったかもしれません。まして、麻豆腐なんて変な食べ物を食べているのですから。

  後で調べてみると、麻豆腐とは緑豆の澱粉、春雨などを作った後のあまり物の、豆腐の滓、オカラみたな物が原料です。ですから下層階級の食べ物だったとのことです。そして色ですが、灰白色というか黒緑色というか、そんな色なので見た目によくありません。作り方はまず羊肉を炒めて、それに醤油葱生姜を入れて味を付け、それによく水を抜いた麻豆腐を加えて炒め、青豆とか赤唐辛子などを加えてなお炒めると書かれています。本来は羊の尻尾の油を入れて炒める物だったとか。炒め方が難しいとも書かれています。

  そしてこれは本当に北京の伝統的な食べ物です。他の地方には無い食べ物だとか。明の始め頃からある物だそうです。今では高級中国料理店でも出すところもあります。だから土地開発商の娘やソフト開発会社のオーナーも、今ではそれを食べるのですが、やはりそれは一皿300円位するもので、牛街のムスリム用食堂で食べるのは60円くらいでした。実は私は高級料理店でも食べたことがあります。300円としても日本から比べれば安いですが。しかし値段が60円の料理では土地開発商の娘やソフト開発会社のオーナーには相応しくないでしょう。それに実を言うと牛街のムスリム用食堂では、あまり目立ちませんが乞食が残飯を漁っていたりするところなんです。ムスリムは乞食に寛容なような気もします。とにかく牛街のムスリム用食堂にはいろいろな老北京の食べ物がいろいろあって安く食べられます。そして麻豆腐もおいしいですよ。ぜひ試してみてください。