幻の花湖と高原の動物達


  甘粛省と四川省の境界の高原に花湖という優雅な名前を持った湖がある。花湖は若爾盖(ルオアルガイ)湿地の中にあって、非常に平らな湿原の中央にある綺麗な湖だった。花湖は国道から離れて、草原の中央に向かって5k位真っ直ぐ進まないと見えない。花湖を確かに見てきたのだが、何故幻だったのか。それは電池切れで写真が撮れなかったからである。電池の予備を持って行かなかったのか。勿論、予備の電池は持って行った。持って行ったがタクシーの中に置いて花湖に行ってしまったのである。電池が無くなったと気が付いた時、電池があるところから3kも離れてしまったため、遠くて戻れなかったのである。

  草原の中を真っ直ぐに走る国道があって、その途中に花湖に入る道がある。その分岐点から2kくらい行くと、花湖の入り口があるが、花湖の入り口と言ってもそこは入場料を取るところで、車はそこから先は入れない。そこから電気自動車に乗り換えてさらに3kくらい行かなければならない。電気自動車には乗らなくてもいいが歩くのでは大変である。花湖は電気自動車を降りてから更に木道の上を数百m位歩いてから、ようやく花湖に着く。デジカメの電池切れに気がついたのは電気自動車が止っ頃だった。だから花湖の写真は無いのである。電池は電気自動車に乗って取りに戻ってもいいかなと思ったが、電気自動車代が高いし、時間もかかるしで、綺麗な風景は自分の目に焼き付ければいいかと思って、そのアイデアは止めにした。あとでよく料金の内容を見てみてら、高いのは58元の入場料であって、電気自動車代は20元だけだったが。

  その、目に焼き付けた花湖の風景であるが、ここは3468mもの高原の湿原だから木は一本も無く、葦のような草も背が低い。湿地には背の低い苔のような草が生えているだけだった。ここは渡り鳥の繁殖地でもあるようで、静かな湖面では岸の近くで千鳥のような野鳥が餌をついばんでいた。湖は浅く、湖面は鏡のように静かだった。湖面の先は対岸が見えるが、その先は地平線が見えるだけで山も見えない。広い広い湿原の真中だからである。行った時はGWの真っ只中であったが、こんな奥地までくる観光客は多くない。聞こえるのはかすかな鳥の鳴き声と、遠くの観光客の声だけだだった。だから「静謐」と言う言葉が似合う。ここは渡り鳥の天国でもある。

  遠くには黒胡麻のように放牧されているヤクが見える。しかしこの静かな湖の風景を写真に撮ったらどんな写真になるだろう。静かな湖面と一本の対岸の線だけの写真になってしまうに違いない。もし花湖の写真を撮るならば、湖の上の青空と白い雲も一緒に、画面一杯に撮ったほうがいい。しかし、空が曇っていたりすると、それこそなんの変哲も無い湖面と、一本の対岸の線だけになってしまう。しかし私が見たのは湖のほかに空も見てきた。空は湿原の上に無限に広がっているから当然見える。花湖まで来て花湖と一緒にその空も見れば、いかに静謐で綺麗なところか、そしては大都会からはるばると離れて訪れた、中国第一の高層湿原(多分)まで来たことが実感できる。

  静謐な花湖を感動しながら眺めていると、そこに若い女性が登場! 地元の人らしい。地元の人といっても、ここは一望千里人家が見当たらない湿原である。その人が突然言うには、7月頃になると、この草原に花が咲き乱れてとても綺麗になるのだ言う。まさに百花繚乱。草も見渡す限り青々と茂って、とても綺麗だと熱く語りだした。花湖にもたくさんのいろいろな渡り鳥が訪れて、これも見所だと言う。私が行ったときはGWの高原のことであるから、草もまだ茶色く、観光に最高の季節とは言えなかった。草原や湿原の観光となれば、やはり草が青々と茂り、花が咲き乱れている季節に行くべきである。その若い女性はその季節の美しさを熱心に紹介してくれているであるが、そう言われてもその最高の季節に来られないことは分かっているから、はなはだ残念な気持ちになった。その若い女性はここのガイドであったのか、監視人であったのか、それともチベット族の牧人であったのか、服装からは分からなかった。チベット族だったとしても漢語が話せるチベット族であった。

  花湖は Google Maps (ウエブ上の地図)を使って航空写真を見ると、それがはっきりと見える。湿地らしきところに湖が三つ見えて、真中のが花湖である。国道から花湖まで道が見えるがそれは真っ直ぐではない。航空写真は少し古いものらしかった。今年行った時は、電気自動車が通れるまっすぐなコンクリートの道だった。これは確かに便利で有り難かった。中国語の旅行記を見ると、湿地を歩くと靴が泥だらけになるとか、チベット族の馬に乗っていかなければならないと書かれていたが、タクシーで途中まで入れて、後は電気自動車で、便利になったのは最近のことらしい。花湖から離れたところは草原になっていて、いたるところに穴があった。ナキウサギか何かの巣らしかった。貴重な動物と言われる黒首鶴も見えた。黒首鶴とナキウサギは別のところで写真に撮れた。必ず二羽の番で行動している綺麗な鳥は何回も見た。

  花湖に近づくと段々に湿地になり、寒冷地の湿地特有のヤチ坊主が多くなる。木道から降りて歩いたが、ヤチ坊主の為歩きにくかった。花湖に流れ込む水路の断面には黒い泥炭層が見えた。これは寒冷湿地の特徴である。湖面の近くまでは木道があるが、日本の湿地にある木道と言えば、歩きやすくする為と湿地を荒らさない為のものだが、ここでは湿地保護という目的はないらしかった。下に下りて湿地を歩いてみたが靴が汚れるほどは湿っていなかったのである。

  湿地は靴が汚れるほどは湿っていないのは、これは問題ではないのだろうか。実は若爾盖(ルオアルガイ)湿地のずっと南の方は、中国の建国の大叙事詩・「長征」の道筋にあたり、そこを横断中に、一万名以上もの兵士が湿地に飲み込まれて、命を失われたという恐ろしいところなのである。しかし花湖辺りではそれほど恐ろしいところとは思えない。環境が変化し、乾燥化が進んでいるのではないだろうか。湖が退化して小さくなっているのではないだろうか。

  そこでネットで調べてみると、果たしてこの地では乾燥化が進んでいるらしい事がわかった。原因は地球温暖化や人口増加によるか放牧の増加とかが原因らしい。若爾盖湿地は黄河の水源の一つでもある。そんなところが砂漠化してしまったら、中国全体にも大きな影響を与えるはずで、大変なことになってしまうだろう。それこそ花湖も、幻のように消えてしまうかもしれない。10年後の花湖はどうなっているのだろう。

  自分で撮った花湖の写真は無いのですが、ラムサールセンターのページに若爾盖高原湿地に付いての紹介と、花湖や高山植物の花の写真、湿地の乾燥化について書かれたページがあるのでそれも見てください。また中国語のページにも綺麗な花湖の写真があります。