本物は黄土高原の臭いがする

  今の趣味は中国の3000〜5000年前くらいの土器集めなのだが、以前この日記に、本物を安いで値段で買ったと、自慢げに書いたかもしれない。しかし、それは確かに本物であって、1万円で買えたのは安かったとしても、その仕入れコストは1万円だけではないのである。記録を調べてみると、かなり偽物を買わされている。その偽物は、中にはつき返した物(被害無し)もあったが、返せないで植木鉢にしてしまったり捨てたりしてしまった物もたくさん有る。まだ持っているものもある。そう言った無駄なコストを平均して含めると、1万円で買った物でも、5000円位のコストを上乗せしなければならないかもしれない。あまり正確に計算して見せると、家族から、それ見たことかと言われそうだから、一応この程度としておくが、偽物を買った金額は、実は少ないとは言えない金額なのである。

  埃だらけの土器なんだけれども中国には偽物が多いのである。集める方としては当然のことながら偽物など買いたくないから、真贋の判別法を知らなければならない。その判別法の一つに、臭いによる方法がある。その土器に何時も臭いがあるわけではないが、土器に水を掛けると、途端に臭いが出てくる。その臭いは土の臭いなのである。私が興味があるのは、中国甘粛省の辺りの土器だから、中国のほかの地方も同じ臭いがするかどうかは分からないが、甘粛省の辺りの土器は殆ど同じような匂いがする。甘粛省は黄土高原地帯に属する。だからこの臭いは多分黄土高原の黄土の臭いではないかと思っているのだが。

  何故この土器から黄土高原の土の臭いが出るか。この時代の土器は陶器ではなく、素焼きの植木鉢のような肌をしていて、吸水性がある。だから何千年も黄土の中に埋まっていれば土器の肌の微小な孔に土の臭いが染み込むのだろう。それで土器に水を掛けると臭いが立ち昇ってくる。臭いによる判別法は、甘粛省の土器の図鑑にも書いてあるし、土器の売人もそう言っていた。実はこの水掛法は前から知っていたがあまり信じてはいなかった。しかし以前に買って家に置いてあって、チョッと疑問がある壷について水をかけてみたら、見事に土の臭いがしなかった。やっぱり騙されていたようである。そしてはっきりと本物だと思えるものは確かに臭いがする。ハッキリとした偽物は臭いがしない。この水掛法をもっと信じたほうがよさそうである。

ならば黄土の臭いがするものは全て本物か? 臭いがしない物は偽物か? しかしこの判別方も絶対ではない。偽物でも臭いを付けた物があるらしい。それに本物と思われるものにも臭いがしないものがある。そうなるとこれは偽物かとも思えるが、土器の表面を光沢が出る位に磨いてから焼いたものは、吸水性がなくなるという。土器の表面をそのくらい磨くと、表面の微小な孔が塞がって吸水性がなくなるらしい。それで臭いも染み込まなくなるのだろう。土器では、磨いてある部分では臭いがしないが、磨いてない部分では臭いがある。これは上に書いた理屈で、一応本物と判定したのだが・・・・・

  臭いがするのだが何となく怪しいところがある土器もある。これは確かに黄土高原の臭いがするので本物と判定したいのだが、本物と信じていいのかどうかなんとなく疑わしい。臭いを信じるか、疑わしいという自分の感を信じるか、悩ましい問題である。しかし本物の土器から土の臭いが立ち昇るという事実は、全面的には信じてはいけないが、真贋の鑑定法の一つになりえる。

  この臭いに拠る判別は、陶質が本物かどうかの判別法である。偽物の一つに本物の土器の上に絵を描き加える方法がある。この土器は、絵があるかどうか、絵がいいものかどうかによって価値が違うのだから、絵を描き加えたのでは偽物である。土器に描かれた絵が本物かどうかは臭いによる方法では分からない。以前偽物の判定方法として、中国の(50度くらいの強い酒)で模様の部分を拭いてみると言う方法を書いたことがあるが、その方法は、後から書き加えた絵の判別に有効である。しかし窯で焼かれた絵には有効ではない。こういう物には臭いによる方法の方が有効である。今の時代に窯で焼かれたものは土の臭いがしない。

  一方、白酒で絵を擦ってみる方法は、絵が本物であっても土の中で絵が脆くなっていると、簡単に脱落するものがあるので、この方法も万全ではない。

  偽物は買わないようにしなければならない。それで三杉隆俊さんという方が書いた「真贋ものがたり」という本をもう一度読んでみたのだが、その中に参考になることが書かれていた。その中に「偽物の経済学」と言う言葉があって、偽物を作るにも経済学からの観点から見て、経済的には引き合わないものは偽物が作られないという話があった。需要が無ければ偽物は現れないということである。これは私が関心がある土器にも当てはまることで、集めている土器には、彩色があるものと無いものとがあって、模様が描かれている物の方が価値が高い。その他に綺麗な物、珍しい物、より古い時代の物の方が売れやすい。その時代を代表するデザインとか絵がある物などならなお売れやすいだろう。だからこういった掘り出し物と言われるものにこそ偽物が多いことはうなずける。

  しかし、こういう物を集めていると綺麗なものとか珍しい物がどうしても欲しくなってくる。そうすると目がくらみ、しかもその中には偽物が多いのだからまんまと騙される。自分の経験からも買わされた偽物は確かにこういった物だったと言える。だからこれらの物を買う時にはよほど気を付けて、眉毛に唾をつけて用心しなければならないのである。

  でも需要が無ければ偽物は少ないということを突き詰めると、絵が描かれていない物とか、絵が消えかかった物ということになってしまう。確かにそういった物には偽物が少ない。そして絵がかなり脱落していて、何千年もの水垢がついて汚くはなっている物などは、かえってこんなふうには偽物は作れないだろうとも思え、しかもこれは確かに4000年とか3000年とかの古いものであるから珍しい物である。ただし水垢の偽物もあるから注意しなければならない。

  偽物を買わされたのは悔しいが、それが最終的に偽物だと正しく判別できるようになるなら、これも勉強代として考えれば、仕方が無いと諦められる。確かに偽物でも机の上に並べて置くと偽物の特徴を知るには勉強になる。と屁理屈を言ってみた。

  そう言えば今年は、あちこちの博物館で、この本物の土器の写真を撮ってきた。北京(専門の博物館も有る)の博物館を始め、甘粛省臨夏市の博物館、西安の歴史博物館、西安では有名な半坡遺跡博物館まで行ってみた。甘粛省蘭州の博物館も行ってみたのだが改修中で残念ながら見られなかった。しかし本物をたくさん見たと言っても、真贋の判別方法が万全になるわけではない。やはり土器に水を掛けて確認するなどの方法が必要である。