色情テープによる一発大逆転

  副市長が落馬した話のその後であるが、一本の色情テープで北京副市長劉志華を落馬させた効果は抜群だった。しかし副市長を落馬させた程度なら、連続ヒットでエースのピッチャーを交代させたくらいの効果かもしれない。しかし今回の効果はそんなものではなかったのである。満塁ホームランなら4点の得点だがそれよりも凄かった。例えるならアメリカンフットボールの方がふさわしいかもしれない。自陣の直前まで押し込まれて、しかもタイムアウト直前であったものが、相手からボールを奪い敵陣までパスを通してゴールに駆け込み一挙に6、7点を捕ったようなものだった。

  モルガンセンター(摩根中心)の建て掛けの建物と土地とを北京市に取り上げられ、他に落札されてしまったその物件が、元の開発商の手に戻ってきたのである。仕掛けたのは元の開発商・摩根投資公司の裏のボスだとも言われているが、北京副市長劉志華を美人局で誘い出し、一部始終をテープに撮って、その色情テープを中央に送り届け、北京副市長劉志華を失脚させただけではなかったのである。丹念に考えた作戦がまんまと成功して大逆転となるのは、野球よりアメリカンフットボールの戦い方に似ているかもしれない。とにかく状況を全くひっくり返して、形勢を一挙に挽回できたのである。

  北京市に回収されてしまったが土地建物が、今年の5月に北京首創集団によって17.6億元で落札されてしまった。それで元の開発商・摩根投資公司の運命は尽きたかに見えた。しかし一本の色情テープによって6月9日に北京副市長が落馬した。その後6月16日には北京首創集団の会長劉暁光も捕り調べに連れて行かれた。ここまでの経緯は以前に書いた美人局によって北京副市長が落馬した(2006年10月26日)を見ていただきたい。

  その後の話であるが、北京首創集団は6月22日になって、モルガンセンターの返却を北京市に申し入れた。8月24日に劉暁光が保釈され復帰してから、正式にモルガンセンターの土地建物を北京政府に返した。9月8日には北京市の土地の検討会みたいなものが開催され、モルガンセンターの土地建物は元の開発会社・摩根投資公司に還すことに決まった。9月28日には用地使用許可証とか建設許可証みたいなものが全て下りた。そして今また元の開発商による工事が再開した。めでたしめでたしである。オリンピックまでに間に合うらしい。この建物はオリンピック会場の隣りであるから。オリンピックまでに間に合わないと困るのである。

  しかし、である。北京市が元の開発商から土地だけではなく、建て掛けの建物まで回収して取り上げてしまうまでには、途中にそれなりの法的的根拠があったはずである。その根拠が屁理屈であったにしても、それを全部無かったことにして、元に戻してしまうなんて、超法規的というか。融通無碍と言うか中国ならではのやり方である。それとも北京副市長劉志華が主導したと思われる乗っ取り劇は、全て違法だったからこうなったのだろうか。もともと法的根拠なんか無かったのだろうか。ともかくいい加減であって、権力を乱用したことは推定できる。

  北京首創集団による17.6億元の落札が辞退されたなら、法律的には二番目の値を付けた業者の権利は無いのだろうかなんて、私なら考えるのだが。元の開発商・摩根投資公司による工事の再開は、3億元の以前の不足金だけを払うことで、開発の権利を手に入れたとのことである。元の開発商は既に一部の金を払い込んであったらしい。土地が取り上げてられても、その金は返されていなかったらしい。

  摩根投資公司は、開発の権利が取り消されたこと、それなのに払い込んだ金が返還されないこと、などの理由で土地の使用権解除の停止を求めて以前から法廷に告訴していた。これは北京第一の回収物件に対する初めての裁判だという。マラソン裁判になるとも噂されていた。そこで問題なのは裁判が続いたとすれば、正義がおこなわれただろうか、副市長の悪事が暴き出されただろうか。摩根投資公司は裁判で勝てただろうか。中国の現状から考えると多分勝てなかっただろう。

  北京首創集団も食べかけた美味しい肉を口から吐き出さざるを得なかった。何をお恐れて肉を吐き出してのだろう。北京首創集団の会長の保釈の後に土地建物が返却されたのは偶然だろうか。

  摩根投資公司には、建設業者との間に建物の品質の問題があって、それが原因で建設業者に金を払っていないと言う問題もあったはずである。今回の色情テープで品質の問題も工事費の未払いの問題も全て解決してしまったのだろうか。そうだとすれば一本の色情テープの効果は、中国の裁判などでは得られるはずがない、すばらしい効果であった。しかもその後の処理がすばやい。法律を無視したから素早いのだろうか。この建物群は北京第一の“爛尾楼”(建て掛けの腐りかけのビル)とも言われて、だらだらと3年間も醜い姿を晒していたのである。やはりオリンピックの為に処理を急いだことも確かなことなのだろう。

  余談であるが摩根とは“モーゲン”と読むが、摩根中心とはモルガンセンターの意味である。しかしモルガン財閥とは何も関係が無いらしい。

  いろいろ考えて見ると、一本の色情テープを、普通に紀律委員会みたいなところに送るだけで、問題として取り上げて貰えるのだろうか。もしかしたら、テープを直接政府の中央に送り届ける特別のルートがあるのかもしれない。そういう事ができる別の勢力の存在を暗示しているようでもある。考えすぎだろうか。

  なお一本の色情テープと書いたが、これはテープではないかもしれない。中国語では“一枚の色情テープ“と書かれている。“一枚”と“テープ”では言い方に矛盾がある。中国にはあまり録画テープは無いから、DVDのような物であったかもしれない。そんなことはどうでもいいのだけれど、事実は小説より奇なり、一発で大逆転であった。中国ならこんな事がたくさん有りそうである。小説家だったら、中国にある現実の話を題材にして、きっと面白い話が書けるだろうと思った。