憂いの中国

文章が長くなってしまいました。“双規”の説明の辺りは飛ばして読んでください。

  この題は、9月23日付けの朝日新聞に載っていた記事の中の見出しを借りたものである。中国の憂いの一つは汚職に間違いない。中国の汚職はとても多いからである。新華社10月23日の記事によれば2003年1月から2006年8月までの、3年と少しの間に、67,505人の汚職犯を処罰したと言う。ある人が計算したところ一日約50人に相当するらしい。この6万7千人という数が、賄賂を受け取った者の数なのか、贈った側も含めているのか、中国語なのでハッキリしないが、ハッキリしているのは中国の場合、受け取る方が悪人の場合が多い。受け取る側は大体が共産党員の官吏である。

  朝日新聞の「憂いの中国」の記事によれば、「湖南省のチン州市で紀律検査委員会の書記が19日に上部機関に拘束されたことに喜んだ市民が、街に繰り出し花火を揚げたりして祝った」と書かれていた。中国のニュースにも同じよう記事がありそれにも、逮捕の翌日20日の晩には、狂喜した市民と車で道がふさがり、夜通しの花火で悪人の逮捕を祝ったと書かれていた。そのほかには、横断幕が掲げられ、「チン州人民の害を取り除いてもらって、党中央に感謝します」と書かれていたとの記事があった。

  この事件は日本にも報道されたくらいだから、相当大きな事件なのだが、朝日新聞の記事では、そのスケールの大きさが伝わらない。中国の汚職事件はとてもスケールがでかいのである。また朝日新聞の記事では中国のこういった犯罪の特徴が分からない。例えば横断幕の件であるが、「チン州人民の害を取り除いてもらって、“党中央”に感謝します」と言う内容は、中国ならではの横断幕なのである。お上に向けて感謝しているところは、まるで「水戸黄門様ありがとう」みたいであるが、この場は決して「警察さまありがとう」ではないのである。“党中央”の部分が水戸黄門様に当たると思うが、市の犯罪でありながら市のレベルの警察や検察ではどうにもならいらしい。“党中央”とは共産党中央のことであり、水戸黄門様みたいな特別の上級の機関がこの悪徳書記を拘束した。

  実際にこの悪人を拘束したのは、中央と言っても国のレベルではなくて、省の「紀律検査委員会」であった。そして汚職嫌疑人・曽錦春もまた市の「紀律検査委員会」の書記であった。紀律を取り締まるはずの「紀律検査委員会」の書記がこういった犯罪にかかわれると言うのも、中国的で不思議であるが、曽錦春は「紀律検査委員会」が持っている或る特別の権力を使って、紀律検査とはまったく関係ない鉱山の許認可権を独占して、鉱山という宝の山から莫大な金を吸い上げていたのである。

  そのテクニックを説明する前に、中国の汚職のスケールの大きさについて書いておかなければならない。今回拘束されたのは曽錦春のほかに妻、子供、市の下の県の公安局長である女婿“雷軍”など、一族が捕まった。中国では汚職においても家族主義であることは前の日記に書いたことがある。

  中国の汚職のスケールの大きさはチン州市の汚職の多さを見ても分かる。チン州市ではこの二年ぐらいの間に、副市長の“雷淵利”、住宅積立金センター主任“李樹彪”が捕まっている。今年の6月1日には、市のトップの市委員会書記“李大倫”が、妻の“陳立華”とともに捕まると、市委員会宣伝部長“ハン甲生”とその妻の弟などが捕まり、更に市の国土鉱山管理局の党組織書記“楊秀善”も捕まった。市のトップ“李大倫”のつながりで調査を受けた者は158人にもなった。多くが賄賂を差し出した人物かもしれない。李大倫夫妻が受け取った賄賂は2億万円近くであったと言うが、家に貯めてあった金がなんと4億7千万円にも発見された。大分の金は源泉が源不明の金である。市のトップの書記“李大倫”の罪は、市の開発の際の開発商から受け取った賄賂によるものである。

  このように汚職のスケールがでかく、またチン州市は汚職の巣みたいになっているのであるが、今回逮捕された曽錦春は、市委員会書記李大倫の繋がりで逮捕されたと言われている。いや“逮捕”ではないところが中国的なのである。中国には警察や検察が使う“逮捕”ではない特別の逮捕権みたいなものがある。曽錦春はその“逮捕ではない調査権”で拘束されたのだが、拘束される前は曽錦春自身がこの“逮捕ではない調査権”で多くの人を脅して、鉱山の許認可権を自分のものとしていたのである。

  しかし因果は廻り、今回は上部からの“特別の調査権”によって自分が捕まってしまった。朝日新聞では「拘束」されたと言っている部分である。例え話に水戸黄門様を引き合いに出したが、水戸黄門様は悪代官を拘束してまでは調べないはずである。水戸黄門様には、そこまでの警察権は無いからだろう。曽錦春には「紀律検査委員会」の書記だから“逮捕ではない調査権”があったのである。

  “逮捕ではない調査”を中国では“双規”と言う。“双”の意味は「限られた場所、限られた時間内で調べる」と言う意味で、だから逮捕ではなく、単なる取り調べであると言うことから“双規”と綽名で呼ばれている。しかし限られた場所がどこであるか、限られた時間とは何時間以内なのか、まったく分からない。制限があると言うが制限は無いらしい。“双規”は「中共紀検機関案件検査工作条例」に根拠があるが、これは共産党の党内規定であって法律ではない。だから“双規”を受けるのは共産党員に限られているようである。しかし外界と遮断されて拘禁される。実際に逮捕に近いもので、この取り調べで死亡者も出ているらしい。この特別な調査権である“双規”の権限を、警察や検察や監査部門ではない共産党内の紀律検査委員会が持っている。

  法律ではない規則で、共産党員を拘束し取り調べると言うのは、欧米(日本も含めて)には見られない法制度である。最近まで法治国家ではなかったらかもしれない。それとも共産党員の中には汚職を働く者が多すぎて、刑法や警察には任せらないからという理由だろうか。一応「中共紀検機関案件検査工作条例」に基づいているから良いのだと言う意見もあるかもしれないが、法律で定めた刑法であれば、取り調べられる被疑者にも保証された権利があるはずであるが、共産党の“家法”のようなもので調べられたのでは、その保護の枠外になってしまう。“双規”という言葉は、限られた時間の中でちょっと調べるだけですよと言っている言葉なのだが、実は長期に拘束してしまう。このような言い方こそ中国的レトリックとも言えるのではないだろうか。
   http://hi.baidu.com/itbois/blog/item/c45ba8186b88ca0734fa4147.html
中国国内にも、“双規”は法律ではないからおかしいと言う意見がある。

  本来、“双規”は党内の本来汚職や腐敗を取り締まる為のものである。これを市の紀律検査委員会書記である“曽錦春”は、相手を冤罪に陥れるたり威嚇するために使った。それだけではなく、共産党に関係無い民営企業家にも使ったらしい。 “双規”によって、民営の有料道路の料金所を、チン州市紀律検査委員会が接収してしまった。紀律検査委員会には物件を没収する権利まであるのだろうか。曽錦春は党外の者に“双規”を適用したことで名前が知られたが、それで罪に問われたと言うことは無いらしい。“双規”とは運用においても怪しい規則のように思える。

  曽錦春には“曽鉱長”というあだ名もあった。チン州市には石炭を始め多くの鉱物資源が埋蔵されていて、「有色金属の郷」とも言われているそうである。その鉱山の許認可権を鉱山の許認可とは全く関係の無い権“曽錦春”が握ってしまった。彼にはとても親戚が多いことでも知られていて、その親戚達にその鉱山が違法(中国には違法な鉱山がとても多い)であっても採掘権を与え、鉱山を開発する者ならば“曽錦春”に賄賂を出せば問題があっても採掘できるので、“曽鉱長”とまで言われた。ある者は曽錦春の親戚と称して、採掘権を仲介する者まで現れた。

  曽錦春には別に“三不倒紀委書記”と言うあだ名もあった。上のような状況は秘密ではなかった。だから訴えも有ったらしい。それで上級の機関の省が三回も調査したがどうにもならなかったらしい。訴えられても倒れない、調べられても倒れない、管理されても倒れない、の“三不倒”で、“三不倒紀委書記”のあだ名が付いたのである。

 権限の無い曽錦春が、何かメモに書いて指示を出すと、または電話をすると炭鉱の許可や監査が簡単に通った。その為には相当の賄賂が必要であった。曽錦春の保護を受ければ、事故を起こした炭鉱でも操業を続けられた。これを“保護傘”とか“官炭結託“とか言う。それも悪徳な保護傘と言った方が正しい。

  曽錦春と何の関係が無い鉱山管理局の許可や監査が簡単に通ったのは、曽錦春が持つ特別な権限の“双規”をちらつかせたからである。ちらつかせたばかりではなく、実際に冤罪で陥れた。ある県では11名が“双規”を受けたが、そのうち5名は冤罪だったという。その中の一人の建設局長の話だが、五棟の住宅の建設のとき、曽錦春からその全部を入札ではなく、ある者に請け負わせるように指示があった。しかし局長は三棟は入札にした。約半分は曽錦春の言うことを聞いたのだけれども、その局長は冤罪の“双規”で100日も取調べを受けたのである。

  最も驚くべきことは裁判にまで介入して、金を差し出した人に有利な判決を出させたことである。中国の裁判は金次第でどうにでもできると聞いたことがあるが、その実例を始めて見た。今では王文華と言う人が、曽錦春を通じて裁判を有利に運んだ実例がネットに流れている。これを見れば曽錦春の手口と共に、中国の裁判の実情も良く分かる。

  王文華は実は一審で裁判で勝ったのだが、訴訟の相手もまた曽錦春に金を出していたのである。一審で勝っても、まだ二審も三審もあり、その度に曽錦春の要求は高額になり、訴訟の相手はそれ以上の賄賂を差し出していた。曽錦春の指示で三審で王文華の敗訴が決まり、そこから王文華は曽錦春の罪を暴き訴える側に回ったのである。始めは曽錦春に頼むと半年も開廷されない裁判が、3日後には始まったなんて喜んでいたのだが、曽錦春があくどいので相当な金を出さないいとどうにもならないことに気が付いたのである。

  司法関係者であっても曽錦春の言うことを聞かないと“双規”で取り調べられた。ある県の検察院の副検察長は59日も取調べを受け,その内34日はベットで寝かせてもらえなかったのだと言う。かなり過酷な取調べを受けたらしい。刑法に基づかない取調べなので、何でも出来てしまうのだろう。当局に通報をした王文華も冤罪の片棒を担いでいる。王文華は早く判決を出してもらいたくて、そのことを曽錦春に頼んだ。曽錦春は法院に6日以内に結審するように伝えた。しかしこの要求は全く不可能なので法院は無視した。すると、曽錦春は500元あれば“双規”で担当者を取り調べられると言った。そこで王文華は600元を裁判官のお母さんに贈ったことがあると、証言した。その後10日ぐらいして、法院の院長と裁判官が“双規”で取り調べられることになったのだそうである。600元とは一万円も満たない金額である。

  以上で湖南省チン州市の市民が曽錦春の拘束を聞いて、喜んで花火を揚げた理由が分かっていただけてだろうか。彼がやっていることは秘密でもなんでもなく、彼の悪事は広く市民に知られていたのである。それが長い間放置されていた。だから市民は喜んだのである。それと一地方の話だとしても、裁判の判決が金次第でどうにでもなるとことが信じられるだろうか。分からないこともたくさんある。そう言った犯罪が長く放置されたままであった事も不思議である。

  “双規”と言う奇妙な共産党独特の、法律に基づかない“家法”で調べると言うのも不思議なことである。もう一つ分からないことは、金を送った側の人物(当局に告発した人物・王文漢のこと)が罪にならないらしいのはのは何故だろう。情報を提供した人は免罪になるのだろか。確かにそうでもしないと、官吏(殆どが共産党員)の汚職はなかなか捕まらないのかもしれない。これらのことは確かに中国の憂いだろう。一日50人もいるとは。日本の人口は中国の約10分の1だから、日本の場合毎日5人ということになる。