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幸せな日曜日

  今日はチョッと幸せな一日でした。幸せな理由の第一は、今日の天気が快晴だったことです。青空でした。これだけでも幸せな気分になれます。北京の青空なんて、とても少ないのです。だから青空を見ただけで、青空はいいなあと思ってしまうのです。気候も暑くもなく寒くもないいい天気でした。今頃の北京なら紅葉の名所香山に行くべきところですがそこには行きません。そこに行けば幸せな気分になれないからです。紅葉の名所であるにもかかわらず紅葉する木が少ないので紅葉があまり見えないので、かえって不満になるのです。私は日本の紅葉がどんなに綺麗であるか知っているだけに、そう言う知識が幸せになる気分を邪魔しているのだと思います。

  それでいつも行っている骨董市に行ったのですが、ここで気持ちが良い買い物が二つできて幸せでした。趣味にお金を投じることが出来るのは幸せです。生活に必要な物を買うより、趣味というか無駄な物を買って浪費しているという感覚がいいのです。浪費したといっても180元ですから、2700円くらいでしょうか。幸せを買うには安い物です。買った物は、壺の口が馬の鞍の形をしていて、トカゲのような動物の絵が描かれている中国の土器です。鞍の形をしているから、それがどうしたと言われると困りますが、とにかく気に入った物が安く買えたのです。

  もう一つは、チベットのタンカを買いました。これは巴里にいる姪が骨董屋を始めたので、中国の骨董ならフランスで売れるのではないかと思って、巴里に送ってあげる物です。タンカとは中国のものと言うよりチベットのもので、布に描いた仏画です。これは一枚だけですが、見本として姪にただであげます。ただあげるところがまた気持ちがいいのです。チベットの商人に確認しましたが、十枚買えば一枚300元にしてくれるという情報も確認しました。日本円にすれば4500円くらいです。実は今回も400元というところを300元で買いました。10枚45,000円で買って、それが一枚15,000円で全部が売れれば、粗利は100,5000円になるわけで、獲らぬ狸の皮算用をしている間は幸せです。

  買い物が終わって食事に行きました。骨董市に行く時には必ず寄るシシカバブー屋です。行きつけですから、美味しい物が何か分かっているので、美味しい物が食べられるわけです。とはいってもいつもと同じ組み合わせです。ビールとシシカバブー(羊肉串のこと)4本、それから新疆の麺です。値段は全部で13元200円以下です。安くて美味しい物が食べられるのは嬉しいです。新疆の麺は中国の麺と違って腰があって美味しいのです。

  幸せな話を書いているのですから、腹立たしくなる話は書かなくてもいいかもしれませんが、北京の今頃の季節になると、ビールが冷えていないところがあるのです。冷えたビールが無いのかと聞くと、体に悪いではないかとお説教みたいなことを言われたりします。そんなことを言われると、未だに大人になりきれていない私は腹立たしくなるのです。でもこの店は庶民が行く店であるにもかかわらず冷えたビールがあるから嬉しいです。

  シシカバブーを食べているうちに、こののシシカバブーが美味しいわけが、突然理解できました。羊肉を焼く前に油に浸けてから焼くので美味しいのです。今年は西寧、蘭州、西安などの回族地帯を旅行して、回族が焼くシシカバブーを食べましたが、何れも油を付けてから焼いているようです。そしてこの店も回族が経営している店で、油に浸してから焼いていました。そうしてこの店でようやく美味さの法則(?)が分かりました。それは「中国の西の方の回族地帯では、シシカバブーを油に浸してから焼く。その方法は別の方法で焼くシシカバブーより美味しい」という法則です。私にすれば発見と言えるかもしれません。この方法で焼けば表面がカリッとして、香ばしさが増します。更に羊肉の臭いが閉じ込められることでも美味しいのです。新しい法則を発見すると言うのは新しい知識が増えたようで嬉しいですね。そう言った薀蓄を人に披露するのも嬉しいのですが、それを聞いて感心しくれるとなお嬉しいのですが、あまりそんな人がいないのが残念です。

  そんなことを考えながらビールを飲んでいると、隣りの席からフランス語のような話し声が聞こえてきました。昔見たフランス映画の様だなあなんて聞いていましたが、よく見ればフランス人でなくて、若いウイグル人のカップルでした。言葉もよく聞いてみればフランス語のような鼻に抜ける発音は無く、巻き舌の発音が多いようで、ロシア語に近いのかななんて思いました。いずれにしろ西洋のような言葉に聞こえました。美人を見たからと言って、それくらいでは幸せだなんていうつもりはありませんが。

  言葉の話が出たついでに、幸福感と何の関係も無い話を書きますが、この日はいろいろの言葉を聞きました。ここのシシカバブー屋でも従業員同士は回族の言葉で、中国語とは別の言葉のように聞こえます。中国語より平板で、ピチパチという音が多いように思いました。

  今日はフランス語も聞きました。骨董市にはたくさん外国人が来るのです。ここでは日本人はあまり見かけません。フランス語で話している夫婦がいたので聞き耳を立てました。実はフランス語に聞き耳を立てたのではなくて、値段を交渉している中国語の方を聞いていたのです。幾らくらいで買えるかの情報を集めるのは骨董を買う際には重要な情報です。英語も聞きました。と言うより通訳してあげました。土器を買った骨董屋に、外人が来て化石を買ったので、通訳してあげたのですが、値段の通訳なんてのは簡単なものです。しかしその外人がまた来週ここに来る、その理由は・・・・  なんて言ったので、その部分は意味が分からないので、骨董屋にあんたもあんまり英語は上手くないなあなんて言われてしまいました。骨董屋もまた回族なんです。だから仲間同士では、私に分からない回族語(?)で話します。私のことを「この客は日本人だ、土器にはなかなかくわしい」なんて話していまいした。回族語は分からなくても、言っていることは何となく分かりました。実際は「最近は、けちになった」なんて話もしていたかもしれません。本当に最近は見て回るだけであまり買わなくなったし、かなり値切って買うのも確かです。

  言葉の話に戻せば、私はロシア語なんか聞き分けられるのです。そういっても、ロシア語がわかるわけではなく、ロシア語だと分かるという意味です。こんな話、自慢にもなりませんけれど。中国にいるお陰で何となくロシア語が耳に入り、ロシア語だとは分かるのです。それと最近はロシア料理レストランに良く行き、ロシア料理をよく食べますが、ロシア料理は意外と日本人の口に合うのではないかと思います。最近はロシア料理のサラダが好きになって、これを食べると幸せを感じます。これは本当です。中国料理より美味しいです。しかし今日の日曜日の幸せな話とは全く関係無い話でした。

  食事を終わって、北京のイトーヨーカ堂に買い物に行きました。今晩は上海蟹を自分で蒸して食べようと思って、値段を見たらメスが一斤(500g)68元、オスが38元で今はメスの方が高いらしいです。しかし、ここから牛街に帰る途中に水産物の卸し問屋があるのを知っているので、ヨーカ堂では買わずにそこで(紅橋市場)で買うことにしました。オスとメスとどちらが美味いかと聞いたら、ここではオスだと言うのです。30元を20元にするというので、それを買いました。二匹で500gつまり20元300円でした。ヨーカ堂の値段から比べると随分安く買いました。ここは卸し屋なので、二匹しか買わないのかなんて言われました。北京にいるので、上海蟹は3匹で4匹でも、いや十匹でも安く食べられて幸せなのですが、ここは一人だから食べきれないと答えて、やはり二匹だけにしました。その後タクシーで帰りました。日本ではタクシーは高くてなかなか乗れませんが、中国では安いですから、タクシーに乗れます。これも有り難いと思わなくてはなりません。

  蒸した蟹を食べて、ヨーカ堂で買ったおにぎり(日本の食べ物です)を食べて、ウオッカも多めに飲んで幸せになれました。酔った勢いを駆って、準備してあった材料でカレーライスをたっぷり作り冷蔵庫に保存しました。冷蔵庫の中を開けると、ハンペンもあるし、しめ鯖のパックも買ってあるし、カレーライスも作ったし、妻が日本から持ってきた日本の漬物もあるしで、日本の食べ物がいつでも食べられると思うと幸福感が増します。

  しかし考えてみると今日は幸せな話ばかりではありませんでした。例の骨董屋に行ったとき、私が持っている土器と同じものがあったので、いつの時代のかと聞いたら、あれは偽物だと即座に言われてしまいました。以前高い金を出して買ったものが偽物だったのです。でも物は考えようで、その物は、もしかしたら偽物ではないかなあと、前から疑いを持っていたものなのです。だから偽物だと言われてもそんなにショックではありませんでした。むしろ疑いに決着がついたと言うか、もうこの手の偽物では騙されないぞと言う知識が増えたと言うか、そう言う風に考えると、はっきり分かってよかったのです。

  でも、そもそもそんな偽物など買わないようにするのが一番なのですが。でも買い物が無いより有ったほうが幸せになれますね。何も買う物が無いというのも、なんか寂しいですね。やはり買い物は楽しいです。しかしトイレットペーパーを買っても楽しくないです。この差はなんなのでしょう。蟹は買った後に食べる楽しみがあり、土器は眺める楽しみがあるが、トイレットペーパーは使う楽しみなんて無いということが違いでしょうか。