美人局によって北京副市長が落馬した

  事件の展開は突然であったらしい。6月9日に、北京副市長劉志華の生活腐化堕落の材料が中央に届けられ、中央の高層の幹部が激怒したのだそうである。中央紀律委員会も何らかの決定をしたらしい。その決定が北京市に降りてきて、6月10日午後には北京市幹部の臨時大会に報告され、次の日(11日)には北京市の人民代表常務委員会が開催され、北京副市長劉志華が免職になった。それだけになく審査を受けるということも決定された。このことは当日の6月11日午後6時に、新華社から報道されたが、その内容は、劉志華の生活が腐化堕落していて、証拠も確実であり、影響が悪劣であるので、北京市副市長を首にするというものであった。素早い処理と素早いニュースであった。しかし公のニュースではこの程度で、真相はさっぱり報道されていない。

  公のニュースは劉志華の生活腐化堕落とだけ伝えたのであったが、暫くすると生活腐化堕落とは何であったかの情報が漏れてきた。ネットに北京副市長の落馬の内幕とか、落馬の真相とかの情報が流れたからである。それもそのものズバリと「一本の色情テープが北京副市長劉志華を倒した」という見出しの情報もあった。落馬とは失脚することを言う。劉志華の情事の模様がテープにバッチリと録画されて、それを証拠に通報されたのである。しかし公のニュースのとおり生活が腐化堕落していることは録画を見れば明々白々であるのだが、「一本の色情テープ」によって密告されたと言う公のニュースは無かった。

  劉志華は確かに女好きで生活が腐化堕落であったのかもしれない。抱えている愛人は一人に留まらず、北京郊外の懐柔区の寛溝に秘密の豪華「行宮」があるとも伝えられている。しかし問題は生活の腐化堕落だけではなかったのである。6月16日になると、北京一の大地主と言われる首創集団の総経理劉暁光が、協助調査と言う名目で中央紀律委員会に連れていかれてしまった、そこのことから北京副市長劉志華が主管する国有地の権限と、土地の開発商との関係が疑われるようになった。やはり巨悪が後ろに隠れていたのである。

  時間が経つに連れて劉志華が美人局で、罠に嵌めらたらしいことも分かってきた。 劉志華は香港まで誘き出されて、ことの一部始終がビデオに撮られたらしい。美人局によって罠に嵌められたのである。中国語でも“美人局”と同じ字が使われている。淫らな録画の時間が60分であったことも、香港の「リンゴ日報」なんていう新聞で報道された。更に分かってきたことは、罠に嵌めた側は、先に罠に嵌められて土地を取り上げられたらしいのである。その仕返しに、今度を相手を罠に嵌めて馬から落としたのである。そうしてまんまと成功した。60分の録画は復讐劇の為のものであったのである。

 この復讐劇には、官と商の結託があり、巨額の国有地が絡んでいる。一方の官の側は国有地の巨大な権利を握っている高官であり、商の側は土地開発商である。二つの開発商の対立も有る。更にオリンピックも絡み、今の北京の頭の痛い問題となっている“建て掛けの腐りかけたビル問題”も絡んでいる。そうして女である。色情交易(色情をもって取引する)の証拠としてテープが録画された。姦淫をもって計略にかける方法などは、まるで小説を読んでいるようである。日本の小説家だったら、今回の出来事はきっといいネタになるだろう。このような必殺の計略は中国語で「狠招」と言うのだそうである。昔「蜂の一刺し」と言った人がいたが、「狠招」は一刺しどころではなく、「必殺の一手」とかなんとか訳すのかもしれない。

  このようにして、北京市の高官の生活腐化堕落問題と思われていた事件が、汚職事件、官吏と商人の結託の問題に広がっていったのである。

  ことの発端は2002年に遡る。オリンピック会場の直ぐ隣りの一等地に、北京摩根投資公司が北京国土局と契約をして、15%の土地譲渡金を支払い、42.7万uの土地を獲得した。そこに摩根センターとして三つの建物を建て始めた。A楼は39階建ての事務所用ビルで、この地区では最高の高さになるはずであった。B楼は19階建てで五つ星のホテルに、C楼は19階建てで高級マンションななるはずであった。

  しかし厄介なことが続けて起こるようになった。2003年に北京市のオリンピック公園の全体の計画が確定すると、北京市は周囲の環境と調和させるという理由で、摩根センターと契約した土地を1万uも減らしてしまった。それで北京摩根投資公司は、土地の減少分の代金を返してくれるように国土局に要求したが回答が得られなかった。この頃、摩根投資公司と建設会社の間で金の支払いが遅れて、2003年10月から工事が完全にストップしてしまった。

  2004年になると、政府から払い下げられた土地が二年間以上遊んでいる場合は、政府はその土地を回収するという通知を出した。そこで摩根投資公司は元契約の地地譲渡金を全部払うと申し出たが、建設会社との間で工事費の未払い問題があるという理由で、国土局に拒否されてしまった。

  2005年10月8日になると、市の国土局は期限内に土地代を全部払っていないという理由で、摩根センターなどの土地使用権を取り消した。しかし既に摩根センターのマンションやホテルの基本構造は完了していたのである。2006年1月5日になって摩根投資公司ーは土地の使用権解除の停止を求めて法廷に告訴した。一方の市側は直ちに北京市国土資源局などが連合して、1月13日に摩根センターの計画許可や建設の許可証を取り消した。それでついに北京摩根は摩根センターの開発の権利を全部失ってしまったのである。

  この間、北京摩根公司は形勢を挽回しようとして、北京副市長劉志華に何度も話し合いを申し入れて救済を頼んだ。しかし都市計画や土地利用の審議、オリンピックの設備などで、絶大な権力を握っている北京副市長劉志華は、全ての要求を拒否した。

  そして今年2006年5月22日には、回収された摩根センターの競売入札があった。その物件は基本構造が完成している建物を含んでの競売であった。そして摩根センターは北京首創集団と広西陽光有限公司の連合体に落札されてしまった。摩根センターは一等地に立地していて、建物の基本構造が完成しているので、これからの投資が少なくて済むので、土地開発商ならば誰もが垂涎の土地として見ていた所らしい。美味しい物件、濡れ手に泡の利益が期待される物件だったのである。この競売の内情を知っている人は、“強奪したようなものだ”と言っている。

  5月22日に、北京摩根公司の運命は断たれた。北京摩根公司からすれば土地を乗っ取られてようなものである。しかし北京摩根公司はここから「狠招」つまり「必殺の一手」を打ったのである。ある情報では美人局を仕掛け、副市長を引き倒したのは、北京摩根公司の陰の老版(ボス)郭文貴であるとはっきり書かれている。美人局は彼が仕掛け、例のテープはあるルートを通じて、中央に直接届けられたと言う。その時、劉志華の開発商人からの賄賂や違法な担保の保証、色情による取引など通報したとも言われている。色情テープは偶然撮られたのではなく、劉志華の女好きをよく知っていて、周到に計画したものだと言っている。

  この事件が北京摩根公司の陰のボスによって仕掛けられた復讐劇であったにしても、問題が劉志華の女遊びだけに留まらないのは確実になった。香港からのニュースによれば劉志華は新疆と言う僻地に連れて行かれて、隔離審査ということになったらしい。そしてオリンピック設備プロジェクトの副総指揮の金炎までもが、新疆に連れて行かれた。そして隔離審査をするのは北京のではなく、中央政府の中央紀律委員会が担当することになった。北京市の当局者の手が届かないところで調べているらしい。何故オリンピック設備の担当者がここで登場するのかは分からないが、問題は国の土地をめぐっての利権権利の私物化、利益の独占であることは確かであるらしい。 (次を参照)
   http://law.icxo.com/htmlnews/2006/07/27/887335_0.htm

  最初に、中央の高層の幹部が激怒したと書いたが、色事に怒ったのではなくて、地方(北京)の官と商との結託の横暴に中央政府が怒って、劉志華を血祭りにして、見せしめにしたという見方もある。現在は土地問題を中央でもコントロールできないのが実情らしい。中央政府としては共産党が汚職がばかりしていたのでは、国民の批判を浴びあるから、清潔な党でなくてはならないのである。しかしその問題が解決できるかどうかは、官商の結託を打ち壊せるかが鍵だとも書いてある。役人の裁量権が極めて大きく、その権利を私物化し、一部の開発商だけが北京の土地開発に参入できる構造は、腐敗を生まずにおかない構造なのだろう。北京では土地の使用権の払い下げが競売によって決めるようになったのも最近のことらしい。

  摩根センターの土地もまた競売入札による物ではなかった。民主的な社会に必要な公開とか公平とかの契約ではなかったらしい。官との間に「潜契約」もあったという。「潜」とは裏のとか隠れたとか言う意味である。開発商と建設業者の契約も無理があり、おかしな契約であったらしい。その無理が破綻して工事がストップしてしまった。ややこしいので書くのを省略するが、契約したことを守るということにおいて、中国の社会は問題があるのではなかろうか。

  いずれにしても一本の色情テープが、北京の絶大な利権を持った官吏と、多くの利益を独占している開発商人とを震撼させる問題になった。この問題は時間が経てば事件の真相が明らかになるのだろうか。問題の真相が公表されるようであれば、公開、公平、民主化の中国の未来に期待が出来ると思うのだけれど。しかし色情テープの一件は発表できないかもしれない。