中国も自国民の旅行文明素質が高くないことに、いやいや、かなり悪いことに気が付いたらしい。中国では旅行する人も多くなったし、国外に行く人も多くなった。そうすると、海外から中国人の旅行文明の悪い評判が聞こえてきた。中国語の“文明”とは中国文明の文明とは関係なく、礼儀とか道徳と言った意味である。海外で中国人はどう見られているかの評判を集めた記事を見たのだが、これによれば評判はかなり酷いらしい。
マレーシア人からの評判は、中国人はどこでも痰を吐く、観光地で落書きをする、声が大きいと言うものであった。
エジプト人は面白いことを言っている。エジプトに遊びに来る中国人は、明らかに西方人など違うと言う。“遊び”に来たと言う態度がハッキリしていて、目的は娯楽であるという。せっかく古い遺跡、文化についてガイドが説明しても興味を示さないのだとか。西方人、とりわけ日本人のように、ガイドの話を聞いてメモに取るような中国人客は見たことがないとも言う。西方人(日本人も含まれているらしい)が歴史、文化方面に興味を示すのとは違って、もっぱら求めるものは“娯楽”だという。公衆衛生、公共秩序の方面からも西方人とは違うと比較されている。
フランス人に依れば中国人の物音はとても騒々しいと言うものであった。例えばルーブル美術館のモナリザの前で、人が息を潜めて絵を見ているときに、中国人の一団が現われると、大変なことになると言う。こっちにモナリザの絵が有るぞ! ということで一団がドドッと絵を取り囲み、おしゃべりしながら、モナリザの前で写真を撮りあって、鍋が爆破した如くになると言う。そのとき互いに呼あう声があまりのも大きいので、美術館員がやってきて、騒がないように注意されることになるらしい。
アメリカ人に依れば、中国人の口は非常に活発であると言うものであった。第一にやたらに痰を吐く、第二に公共の場所で大声で話す。第三に食事の時、口から骨を吐き出してあたりを散らかすというものであった。中国人の一団が来ると市場のように賑やかに成る。アメリカの有名な観光やホテルには次のようなことが“中国語”で書かれているらしい。いわく、痰を吐かないでください、ゴミを散らかないでください、列に並んでください、静かにしてください、使用後は後は水を流してください(中国では大便が置き去りにされたりしているのをたまには見る)、等である。これでは中国人の旅行文明のどこに問題があるのかが一目瞭然である。
中国政府もここまで言われると、旅行者の不文明行為が国のイメージを損なっていることに気が付いたらしい。そこで今年8月に国家旅游局の中央文明事務所というところが、「中国国民の旅游文明と素質を高める行動計画」と言うのを発表した。これを見ると中国政府もこの問題を深刻に受け止めていることが分かる。「行動計画」の冒頭では、身だしなみにかまわない、衛生を気に掛けない、礼儀が分からない、秩序を守らない、規則を守らない、環境や公共施設を大切にしない、騒がしくわめきたてる、などの「旅行者の不文明行為」が“礼儀の国”のイメージを酷く傷つけていると、自国民のことを正直に分析している。
「行動計画」ではトウ小平理論と江沢民の“三個代表”の重要思想を拠り所として、教育を行い、旅行中の不文明行為を正し、国民の文明素質と文明程度を高め、その成果は2008年末までに出すとの目標も書かれていた。またしても2008年のオリンピックが目標である。しかし、ここで“三個代表”の重要思想を持ち出すのも何かおかしい。それから持って生まれた“素質“が教育で高まるのだろうか。中国語の素質とは教育で高められるものだろうか。それに中国が“礼儀の国”と言うのもおかしい。“礼儀の国”ならばこんな「行動計画」を作る必要はないのではなかろか。礼儀の礼が儒教でいう“礼”であれば分からないことはない。
行動計画の一つとして「中国国民旅游十大文明行為」と、「中国国民旅游文明素質を高める為の十の建議」と言うのを広く国民から募集して、マスコミなどで大議論をして、それを専門家と関係者が纏めて「中国国民出国旅行行為指南」と「中国国民国内旅行行為公約」にまとめるのだそうである。この「指南」と「公約」を使って、そしてあらゆる機会を捕らえて、いたるところで教育や啓蒙活動をするとしている。本当にいたるところで教育するらしい。対象は政府の全機関、駐外大使館、海外に住む中国人までも含まれている。出国する前にはこのマニアルを使って教育する制度も作るらしい。
既に「全国の部署で、中国国民の旅行文明素質を高めるよう」にと通知を出したり、「全社会が共同努力して、中国国民の旅行の不文明行為を取り除こう」などというスローガンもあった。どうも本気らしい。なかなか気合が入っている。
しかし、冗談なのか、気合が入っているというのか、ここまでして旅行の不文明行為を取り除こうとするのかというニュースもあった。9月17日の香港からのニュースなのであるが、「行動計画」の一つとして、「醜い中国人旅行客の出国を制限する」為に、中国旅券法を改正して、出国中に、中国に悪いイメージの影響を与えたことがハッキリしている旅客には、罰としてパスポート発給しないか、出国を制限すると言うものである。
このニュースの中でもフランスやカナダなどの国では、中国の旅行客の評判が極めて悪く、やはり中国語で公園やホテルに「痰を吐くな」と書かれていると、ここでも報られている。中国もここまで言われると、何とかしなければならないのは確かであろうが、本当に中国旅券法の中に、「醜い中国人旅行客の出国を制限する」という制限を加えるのだろうか。「醜い中国人」とは中国の新聞の中に書かれた言葉である。
私事であるが、私はこの、「中国国民出国旅行行為指南」に大いに期待している。我が社から日本に初出張する中国人はとても多いので、私がマナーについてその人達に話をすることがあるが、「中国国民出国旅行行為指南」等のマニアルがあれば確かに便利である。挨拶をチャンとしなさいとか、骨を口から吐き出すなとか、食べるときは音を立てないようにと言うのだけれど、そういうことを言うと、日本の礼儀は良くて、中国の礼儀は良くないと比較しているように聞こえるかもしれない。そこで中国政府公認の「中国国民出国旅行行為指南」とか、「中国国民旅游十大文明行為」で勉強してもらえば、日本人の私が言うより嫌味に聞こえないかもしれない。
ところで、これらのマニアルにはどの程度に具体的に不文明行為と言うものが記されのだろう。相手に失礼な行為はやめるように書かれていたとしても。それが具体的に何をさすのか、はっきりと自覚できるのだろうか。例えば、わが社の可愛い女の子で、人の前で盛んに鼻の穴をほじくるのがいた。もしマニアルに禁止事項ととして書いてあればいいのだが、書いてなければマナー教育の時に注意しなければならない。しかし人の前で鼻くそをほじくらないほうがいいよとは、なかなか言い難い。その子はもう会社をやめたが日本語は上手い子であった。日本語は上手だとしても、マナーを教えるためには、“鼻くそ”とはなんであるかから、説明しなければならないだろう。その女性はチャンと日本語の敬語も使えたのだけれど。
もう一つの疑問はきちんとした「中国国民出国旅行行為指南」ができたとしても、これらのマナーは海外に出たときだけ守ればいいのだろうか。中国国内の生活のマナーとかけ離れたいたらどうなんだろう。例えば歩道を横断するとき、信号を守らないこと、食事の時、口から骨をテーブルに吐き出すこと。痰を吐くことなどは、当然「指南」の中の禁止事項として入れなければならないマナーである。
歩道の横断で信号を守なければならないことや、痰を吐いてはいけないことは、中国国内でも一応ルールがありマナーもある。しかし守られていない。骨を口から吐き出す点については、中国国内ではマナー違反ではないかもしれない。これらのマナーが国内と国外で二重基準になっていては、国外に行ったときもなかなかマナーを守れないのではないだろうか。「中国国民出国旅行行為指南」も必要かもしれないが、そこまでやるなら「中国国民国内生活行為指南」も必要ではないのだろうか。中国人の旅行文明素質が高くなったとしても、国内の文明素質が高くなければオリンピックを見に来た外国人を驚かせることになりはしないだろうか。
こう言った心配をする人が北京オリンピックの担当者の中にもいるらしい。オリンピック立法協調小組の周継東主任は9月14日に、オリンピック期間中は100万の農民工(主に建設業の出稼ぎ労働者)を故郷に帰すことになるかもしれないと発言した。しかしこの措置はいろいろなところから反発を受けて、9月27日になり、そんな話は聞いたことが無いと、自らの発言を否定した。農民工の文明素質を高める教育までは手が回らないから、農村までお引取りを願うと言うことなのだろうか。中国の体面を保つためには中国政府も苦労しているらしい。
|