黄金のマンションになるはずが爛れたビルになってしまった

  今私が住んでいる牛街の近くに、とても目立つビルが建っている。キンキラキンだからではなくて、コンクリート剥き出しのまま、グロテスクな姿をさらしているからである。建設途中で放りだされて、かなり経っているらしい。こう言ったビルは北京に結構あるので、私は何故こうなるのか興味津々だったが、最近その謎が解る機会が訪れた。タクシーでビルの前を通った時、その工事現場を囲う塀に「共産党は・・・・」と大きく殴り書きしてあるのが見えたのである。まさか共産党に反対するスローガンではないだろうとは思ったが、これは良く調べてみなくてはと思った。



  それで後日そこまで行ってみると、そのマンションの営業出張所みたいなところに、人が大勢で座り込んだり、ベットを持ち込んで寝ていたりしていた。張り紙がしてあって大勢の人がこれを見ていた。もう10日もここを占拠して、座り込み(泊り込み)をしているとのことである。突然ビルの開発問題の矛盾が噴出したらしい。張り紙を読んで私にも事情が少し解ってきた。ここは豪華マンションになるはずであったのだが、5年とか4年前に買ったのに、未だに買い主に引渡しされず、解約もできないままに放ったらかされていて、それに痺れを切らしてそこを占拠したらしい。勿論壁と床と階段だけの部屋だから引き渡せるはずもない。



  この占拠座り込みのニュースはテレビでも放映されたが、今一つ事情が良くわからない。そこに集まっている人に、いろいろ聞いてみたいと思ったが、私は外国人でもあるし、中国語が駄目だしで、掻靴掻痒の感がまぬかれない。中国語が中国人と同じくらい上手なら、私は外国人とは悟られないのだろうけれど。インターネットでニュースを検索してもニュースが上手く引っかからない。このマンションの名前がうろ覚えなのも、検索ができない理由かもしれない。

  それで暑い中、会社の出勤前に汗をたらして遠回りをして、再びそこまで行ってみた。豪華マンションの名前は「東華金座」だという名前であることを確認してきた。この名前を入力して中国語のインターネットを検索してみたら、座り込みのニュースや、「東華金座」の宣伝文句などがばっちり引っかかった。大汗をかいてそこまで行ってみたかいがあったというものである。今までに何回もニュースになった名物ビルであるらしい。

  この建築物はサーズが流行したときに工事停止になってしまって、それ以来もう三年(2003年)も経つのだとか。2001年に買った人もいて、引渡し期限も既に三年は過ぎている人もいるのだとか。なぜこういうことになるかは、資金計画がいい加減であるからであるらしい。建物が完成する前から分譲を始め、その収入を当てにして資金を回すらしい。そんないい加減な計画だから、一つ歯車が狂うとたちまち資金がショートして、建設そのものも止まってしまう。サーズが流行したときは、殆どの工事は停止したのだけれど、「東華金座」は資金が途絶えて再開できなかったらしい。

  当然、買主側も裁判に訴えて、裁判では勝っている。ここからが問題なのだけれど、中国では裁判に勝ってもどうにもならないらしい。相手に無い袖は振れぬと言われると、そこでどうにもならなく成る。他の欠債でも同じである、借金を返さないのを欠債と言うのだが、杭州のある地区の欠債のニュースが載っていた。それによると、“初めて”悪質な負債者の名前、住所、身分証番号など公表することに決めたとのことであった。同時に宴会を開くこと、高級ホテルに泊まること、外国への出国、カラオケ、サウナ、ゴルフなどは禁止、車、家の購入も禁止、投資、新規事業も禁止にするのだそうである。

  しかし、これらのことが“始めて”行うという事から考えても、中国では欠債があっても、事業者や開発業者の財産を没収するとか、倒産させるとかができないようである。この地区では、欠債の判決が出ても判決どおりに履行されるのは10%以下だとか。だからある事業に行き詰まると、金が無いから払えないと言いつつ、別のところで新しい事業を始めたり、家や自動車を買っていたりしているのかもしれない。私の家の近くにある醜いビルも同じでなのであろう。工事が止まって、買主が裁判で勝っても、三年間何も変わらない。実際テレビのニュースを見ていても開発商側の責任者など全く捕まらず、どこにいるのか顔も見えない。この追うな場合、開発商側の責任者の名前が出てこないのは不思議である。別の例を見ても、裁判の判決などは「屁のような」ものであるらしく、殆ど実効性がない。

  それで、買主30人ぐらいが、実力行使に出たのである。しかしそこに泊り込んだりしてもどうにもならない。そこで買主側も作戦を考えた。ここからは私が見てきたところで、以下のことは新聞には出ていないが、現場に足を運んで初めて解った情報(つまらないことを自慢している)である。買主側は開発会社を追求してもどうにも成らないことが解ったので、圧力をかける(訴える)先を、別のことに変えたのである。

  それはこの事件を宣武区の法院が扱っているので、相手を北京の区の政府に変えたのである。空手形のような判決を出している法院(裁判所)と宣武区政府にたいして、実効性のある対策を取れと迫っていて、そんなことを書いた垂れ幕も掲げてあった。買主側はなかなか賢くて、頭がいいのかもしれない。それに長期戦も覚悟しているようでもある。壁に書かれた抗議文の中に、北京オリンピックまでにあと○○○日と書いてあって、○○○の数字を毎日更新していた。実は北京には建て掛けで、放りだされて、無残な姿をさらしているビルは他にもある。キンキラキンに成るはずのビルの斜め前にも建築途中のビルがある。市の中心部である北京駅の東の方にも、工事途中で放り出されたビルがある。このビルもよく目立つのだが、ビルの上に丸い塔があって、何故か完成もしていないのに、そこだけは金色に塗られて光耀いている。

  こう言った建て掛けで見るも無残なビルにたして「爛尾楼」という新語が作られた。それが北京市(中国全国でも)の頭の痛い問題になっている。爛尾楼とは「ボロボロの尻尾のようになってしまったビル」とでも言うのだろうか。特に北京市が頭が痛いのは、二年後にオリンピックを控えているからである。こんなオンボロ爛尾楼を外国人の目にさらしたら、中国の沽券に関わる。だから買主側の作戦は北京市の痛い所を突いているのである。早く解決しないと、外国人に見つかってしまうぞという脅しにもなっている。

  また壁に書きなぐられた抗議文などを見ていると、共産党に対しての抗議とは言わないまでも、当てこすっているようなところがある。最初に書いた「共産党は・・・・」という殴り書きは、「共産党は人民を代表している」という江沢民が唱えたスローガンをそのまま借用している。それに続けて我々も人民の一部であると書かれていた。自分達がこんな目に遭っているのに、我々の代表である共産党は何をしてくれたのかと言っているようにも見える。



  別の共産党のスローガンも書かれていた。「八つの栄光、八つの恥」という共産党のスローガンがあるが、その一部をそのまま採用して、「人民の為にサービスするのは栄光、人民に背くのは恥」と書かれていた。八つのとか四つのとか、数字で標語を纏めるのは毛沢東時代から、共産党がよく使う方法である。人民に背くのは開発業者のことを言っていると分かるが、「人民の為にサービスするのは栄光」の主語は誰なのか。主語がハッキリしていないから、誰のことをいっているのか分からないが、わざわざ共産党のスローガンを使っているのをみると、サービスをチャンとしていないのは共産党とか、政府(地方の)を指しているようにも見える。とにかく開発業者ではないことは確かである。



  「黄金」のマンションの意味をまだ説明していなかった。これは本当の金色の豪華マンションになるはずだったのである。販売事務所の予想完成の模型を見ると、建物全体が黄金色に耀いていた。このビルは真中が平らで少し低く、両側に塔の様に聳える部分があり、左右対称の形で高さは20階くらいもあった。宣伝によればこのビルは北京で初めて金色ガラスと、24金の金箔を張った煉瓦を使う予定であったのだそうである。それによりこれが完成すればそれこそ本当の黄金色に耀き、あたりを睥睨するはずであった。管理方式も24時間の高級ホテル式サービスがあって、そこに住んだらさぞかしステータスが感じられるはずのマンションだったのである。あぁ〜それなのにそのマンションはキンキラどころか、爛尾楼のままなのである。しかし金色のガラスを使われると、外見はいいとしても、中から外を見た風景が、何時も全てが金色になってしまうのはいかがなものか。日本人ならあまり住みたいとは思わないビルかもしれない。



  この抗議の仕方は当局には気に入らないらしい。共産党とか市政府を無能呼ばわりしている(ように見える)からかもしれない。経済警察みたいな部門を使って、50人もの人で、抗議の人たちが泊り込んでいる販売所のガラスを、中が見えないように塗ってしまって嫌がらせをした。しかし未だ「共産党は・・・・」の抗議文は消されていない。いくら当局の気に入らない抗議文でも、多勢の目があるのでそれを消すことまでは出来ないのかもしれない。

  もっとよく記事を読んでみると宣武区の法院は、建て掛けのビルを競売に出すらしい。このビルの部屋を買った人の被害が広がるのを防ぐためだと言う。それはそれでいいことだと思うが、いい加減な開発をした開発商の財産には手をつけないのだろうか。競売に出されるのはビルだけなのだろうか。そうだとすれば中国の法律は、無責任に負債を負った人に、おおいに甘いように思える。博打で負けても博打の負けを家にまでは取りに来ないというようなものである。安心してバクチができる。そこまで安心して博打ができるのは、政府と繋がりがある人物だからだろうか。それとも共産党に属している人物だからだろうか、それとも法整備が整っていなからなのだろうか。

  だがしかし、インターネットでの検索を進めていくと、被害者だと思われた買主が実は同じ穴の狢と言う中国人によるブログに行き当たった。それによると初期にこのマンションを買った人達は、開発商と何らかの繋がりがある人物で、この金ぴか豪華マンションを早いうちに押さえておき、一儲けようとした人達だと言うのである。その証拠に一人で8部屋も買った人もいるのだと言う。私も不思議に思ったのは、こんなに大きいマンションなのに、泊り込みをしている人達は30人(被害者が30人)だと言う。ここに来ない人もいれて全部で被害者は60人だと言う。建物の大きさから比べてなんだか人が少なすぎる。それで一体全部で何所帯が入れるマンションなのか調べてみたら、742戸らしい。それではやはり被害者が少なすぎる。そうすると建物が立つ前に早々と買ったのは、やはり転売のための投資だったのだろうか。このようなケースはよくあるらしく。分譲開始前に関係者が買ってしまうとか。関係者に便宜を図ってやるとか、中国の商売は、こう言った関係者繋がりが多いのである。そもそも元々は国家の土地であったものが、どう言う関係で開発業者に渡ったものなのか。そこが一番知りたいところでもある。

  しかし経緯はどうあれ、契約が履行されないことによる被害者は買主である。オリンピックまでに被害者は救済されるのだろうか。黄金のキンキラビルは完成するのだろうか。いい加減な開発を始めた事業主は最後までは逃げおうせて、自分の財産は安泰なのだろうか。本当に責任を追求するならば、金を貸した銀行の方も問題があると思うが、担保の問題はどうなっているのだろう。担保無しに貸したのか。このあたりで政府などからの干渉は無かったのか。日本ならもっと深く掘り下げた記事にもなると思うが、中国ではそんな報道は期待できない。今回の報道でも抗議であることは報道されているが、政府に対する抗議であることは報道されていない。その事は私の家の近くでのことなので分かったのである。