羊肉串・クミン礼賛

  私は羊肉串が大好きで、旅行に行ったときまで、屋台があればそこを探して羊肉串を食べる。何処の屋台に行っても羊肉串はある。その羊肉串であるが、シシカバブーと言えば分かり易いかもしれない。この羊肉串であるが、中国へ行ったことがあるとか、中国に滞在したことがある人で、意外に羊肉串が好きになったという人が多い。試しにGoogleに「羊肉串」と入力して検索してみると、日本語で29,400件もヒットした。これは大部分が中国での羊肉串とか、または日本での中国料理としての羊肉串についてかかれたものである。その内容は羊肉串は美味しいというものが多い。私も同じ意見である。

  確かに羊肉串は美味しいのだけれど、もしクミンという香辛料がなかったら、これほど美味しくはなかったろう。羊肉串を焼く匂いは、煙と共に、遠くから匂ってきて人を引きつける。羊肉串にクミンという特別のスパイスが使ってあるからである。とても香ばしい匂いである。これを肉にパラパラと振りかけて、焼くとクミンの実の皮がはじけてますます風味が引き立つ。クミンは匂いが良いだけではなく味もよく、カレー粉の中心的な香りでもある。これを使えば何でもエスニック風味になるとも言われる位、特徴のあるスパイスなのである。

  羊肉串は美味しいと書いたが、当然美味しくない羊肉串もある。クミンを使ってなかったり、炙ってなかったりする羊肉串もあって、これは美味しくない。例えば有名な王府井の小吃街の羊肉串である。これは油の多い鉄板の上で焼いた鉄板焼き羊肉串であって、炭火で焼く焼き鳥風の羊肉串ではない。クミンの香りがしなかったと思う。これはクミンを振りかけても、その後炙ってないからかもしれない。炙らなければ香りが引き立たないのである。ここの羊肉串は油を沢山使った鉄板焼き肉のような味になるので、羊特有の匂いがする。炭火で炙った本物の羊肉串はその臭いは無く、食感も全然違う。これは大きな違いである。

  王府井の小吃街のは、元々蚕のサナギとかサソリの串焼きとか、臭豆腐などもあって、ゲテモノが多いから、その点からも正統派羊肉串とは言えない。臭豆腐などは炭火で焼けないから鉄板にしたのだろう。それに鉄板焼きは、調理時が短くて済む。羊肉串はやはり時間をかけて炭火で炙り、クミンを串にパラパラと振りかけて、更に炭火で炙って、クミンの香りを引き立たせるのがいいのである。なお王府井の屋台街(東安門大街)のほうは炭火で炙ったものもあるかもしれない。それにしてもこのあたりのは高い。

  ちなみに塩も重要である。香辛料の使い方は、クミンはたっぷりと、塩は適正に、唐辛子は好みによってである。塩が効いていない焼肉に当ると、伸びきったそばを食べているようなもので美味しくない。多くの羊肉串屋では、唐辛子を掛けるかどうかを聞いてくれる。大体、香辛料はこの三種を使うが、これだけでも微妙な味の違いがでる。これの調合とか振り掛け方は重要である。なお羊肉串をタレに漬けてから焼く方法もあるが、タレにつけない方が私には美味しい。

  クミンについて続けて書けば、クミンを中国語で孜然と書く。原産地はエジプトだそうである。どういう経路で中国まで流れてきたのでだろうか。クミンの香りと言うのはなんだかエスニックな香りである。そして中国でエスニックと言えば新疆である。更に言えば羊肉串の店や、それを焼いている人に新疆人が多い。そのエキゾチックな風貌で、羊肉串を焼いているからますますエスニック風を感じる。

  そこでクミン、つまり孜然について調べてみた。孜然とは中国語でズーランと読むが、これは元々ウイグル語だそうである。ズーランは別名、安息茴香、アラブ茴香とも呼ばれ、安息は元々古代のイランあたりを指すらしい。現在中国で栽培されているところは、主に新疆ウイグル地区で、ほかに甘粛省の河西回廊と言われるあたりにもあるそうである。河西回廊とは酒泉とか、敦煌があるあたりのことで、シルクロードの一部である。そして孜然(ズーラン)はやはりイランとか中央アジアから、中国に来たと書かれていた。

  羊肉串を焼く匂いは、何だかエスニックで、エキゾチックな感じがするなあと思っていたが、元々エスニックなものだったのである。新疆(ウイグル)人がよく羊肉串を焼いているのは、ウイグル族は羊肉をよく食べるからだろうと思っていたが、あのクミンという香辛料もウイグル特有のものであったわけである。そしてシルクロードとウイグル人を通じて入ってきたものを、漢族も大いに歓迎してこれを食べるようになった。

  一つ勉強になったが、まだ問題がある。串に刺した肉を焼くというのは何処が発祥地なのだろう。どうやって広まったのだろうか。もし中国に羊肉串が無かったら、炭火で炙る料理は中国には一つも無いことになったのではなかろうか。最近では韓国風焼肉でも炭火で焼くというスタイルは、今でこそ中国にあるが、中国には魚を焼くと言う習慣すらもないのである。それはともかく串焼きの起源も知りたいものである。串は竹串であるが、昔は新疆には竹など無かったはずである。自転車のスポークが使われているところもあるが、串の歴史が古いとすれば、昔は金属の串を専用に作ったのだろうか。

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  ページの本体の方に、屋台の店で羊肉串を焼いている写真を載せましたので見てください。この写真は、新疆ではなく甘粛省の蘭州へ行った時の写真です。ですからこの羊肉串を焼いている人は回族の人だと思います。白い帽子を被っていますから。この人も西域風の、なかなか立派な顔立ちと髭を蓄えていました。写真は羊肉串にパラパラとクミンを振りかけているところです。振りかけ方にも年季が入っているようです。

  旅行には娘と一緒に行ったのですが、この後ろにある、壊れそうな椅子に二人で腰掛けて、ビールを飲みながら羊肉串を食べて、夕食の代わりにしました。ここの羊肉串は表面だけが油で揚げたようにカラッとした感じがありました。油を塗ってから炭火で炙ったのでしょうか。その時は気が付かなかったのですが、私達が買った羊肉串屋の写真を見ると、かなり炎が上に上がっています。普通、炭火だけでは炎が出ないのですが、あの炎は油が垂れてとき上がった炎なのかも。羊肉串には串の中間に脂身を刺してあるものもあります。この脂身が大きいと、これが解けて炎になる場合もあります。この炙った脂身もまた美味しいのですが、ここのも美味しかったです。当然クミンの香りは、とても食欲を誘う香りでした。