オレガノの香りは何処へ

  胡同を散歩していたら、チーズとイタリアンハーブのいい香りがした。ビザの焼ける匂いだった。普通、胡同にはピザ屋は無いのでのである。普通の胡同とは、曲がりくねった路地であって、おまけにあまり清潔ではなく、高級レストランは決して無く、小食堂さえもあまり無い所なのである。ところが胡同の入り看板があって、右に曲がって更に右に曲がるとピザ屋があると書かれていた。その通りに行くいと果たしてピザ屋があって、チーズとイタリアンハーブが炙られたいい匂いが漂ってきた。この香りはオレガノの匂いに違いない。普通にはあるはずの無い胡同の奥に、ピザ屋があるのは、ここが什刹海から少し入った胡同だからで、このあたりは外人がよく訪れる観光地だからである。観光用三輪自転車が案内して通る道筋にある。

  ピザは久しく食べていないので食べたいと思った。しかしピザというのは一人では食べ切れない。それにまだ夕方5時頃のことなのでそれほどお腹が空いてもいないので、入るのを諦めた。

  翌日は、例の潘家園の骨董市場に散歩に行って、次にウオッカを仕入れに友諠商店に行った。夕方になってお腹が空いたので、ロシア料理のレストランにでも行こうかと考えたが、友諠商店の前にチェーン店のピザ屋があって、前日ピザを食べたいと思ったことを思い出した。それにしてもピザは一人では食べきれない。しかし半分を持ち帰れば無駄にならないと思いついて、ピザ屋に入ることにした。ピザ屋に入ることにした理由はもう一つあって、この店は普段何時も込んでいて、あるときは行列が出来るくらいである。そこに一人で入るのはなかなか入り難い。しかし今日は時間的に空いている時間であったので、一人で入るのに何の問題も無かった。

  ピザの台(?)が薄い方のピザを頼んで食べたのだが、美味しいのは美味しいのだが何か物足りない。そうだ、チーズが少ないし、オレガノの匂いと味が全くしない。オレガノの香りは何処へ行ってしまったのか。そしてピザからチーズとオレガノを差し引いたような食べ物を、どこかで食べたような気がした。そうだ、これは今、中国全国で流行している“土家掉渣餅”とどこか味が似ているようである。土家掉渣餅はたった3元である。片やここの薄くて方形のピザは、70元(ハッキリ覚えていないが)もする。土家掉渣餅の方は中国式のピザとも宣伝され、あっという間に中国で爆発的に流行りだした。こちらの餅(日本の餅とは違い小麦粉製品)はテイクアウト専門の店で、店の巾は僅か一間くらいの狭い店の食べ物である。

  それにしても、ピザにオレガノは付き物ではないのか。いやチーズとかトマトソースと相性がよいから、チーズとかトマトソースに付き物なのかもしれない。ピザにはチーズ(少ないが)もトマトソースものっていた。しかしイタリアンハーブの匂いが全くしない。オレガノ味のしないピザを注文してしまったことで、なんだか非常に損をしたような気持ちになった。このパターンは前にも書いたが、「中国化すると美味しくなくなる」というパターンではないか。北京にはオレガノの香りの利いたピザはある。それを食べたときはオレガノの味の重要さが分からなかった。今、このピザを食べたことで、中国味のピザなど食べたくない、イタリア味のピザが食べたかったのだとハッキリ自覚した。

  私が美味しくないと言っても、この店は何時も流行っているから、中国人には美味しくてモダンな食べ物と思えるのだろう。注文する前にここのピザのトッピングのメニューをよく見たら、五香猪肉(豚肉のこと)とか五香牛肉と書かれているのがあったが、それは当然避けたのである。五香とは多分五香粉のことで、中国特有の調味料である。この味がしたのでは全く中国味のピザだろう。この店が流行っているのは、オレガノの味を除いて五香粉の味にしたからかもしれない。

  この店ではもう再びピザは食べないつもりだが、スパゲッティーのトマトスースにはオレガノの味がするのだろうか。オレガノのことを中国語で何て言うのか分からないから、オレガノの有無を聞くことも出来ない。残りのピザは専用の立派なダンボールの箱に入れてもらって持ち帰り、次の日から、三日間毎朝このピザを暖めて食べた。

  ついでに土家掉渣餅について書いておくと、これは土家族と言う少数民族の大卒の女性が28歳で始めたテイクアウトのチェーン店で、(湖北省の)土家族のおばあさんか誰かが作ってくれたクレープ(焼餅)みたいな食べ物を参考しにして、創業した店である。土家掉渣餅というネーミングもよかったのかもしれない。真中の“掉渣”と言うのはポタポタ落としたと言う意味かもしれない。ポタポタ焼きのような語感がよかったのだろうか。それに販売の仕方の宣伝の仕方が上手かった。これをテイクアウトするとき、名物土家掉渣餅とか書いた袋に入れてくれるのである。この袋をこちらの人はそのまま道に捨てる。そうすると道を歩いている人は、これを見て、これは何だと言うことになり、宣伝効果があったのかもしれない。これは私の勝手な推測である。

  この話はまだ続きがあって、ここからが中国らしいのだが、この店を真似したチェーン店が今年になって、雨後の竹の子のようにできた。大体が“掉渣”と言う名前を借用している。名前は土家掉渣焼餅、土家焼餅、土家族掉渣餅王、土家族燒餅王、掉渣王焼餅、土得掉渣焼餅とかがあって、どれが元祖か分からなくなってしまった。流行は全国的なのだが、北京でも500店もあるのだとか。いずれも巾が、机二つ分ぐらいし、かない小さい店である。

  なお、普通の胡同には、高級レストランは決して無く、小食堂さえもあまり無い所であると書いたが、調べてみると、什刹海の近くの胡同の中には、別にイタリアンレストランもあるらしい。そこのレストランではオレガノの味がするのだろうか。什刹海の周りには美味しそうなレストランがたくさんある。しかし一人で入るにはやはり中国料理は不便で、西洋料理のレストランがいい。

  全然別の話だが、北京の胡同の奥のレストンで食事したと思う人がいたら、利群?鴨店がいい。私も人に連れて行って貰って、始めて知ったのだが、この店はこてこての、正真正銘の胡同の奥にある。勿論ここの北京ダックも美味しいのだが、ここに行くまでに本物の胡同の雰囲気を味わえるところがいい。胡同の中にあるってことは、トイレがあまり綺麗ではないと言うことなのだけれど。日本人がよく行く店らしいので、日本語でも容易に検索できる。