無償援助のおこぼれで、マグロの刺身をタダで食べる

  あるとき寿司屋の親父が「旦那、いいネタが入りやした。チョッと食べてみてくだせい。お金は頂きませんから」と言うではないか。それはマグロの刺身だった。「冷凍物?」と聞くと、「冷凍物じゃありませんよ」との答え。ただでご馳走になったから言うわけではないが、やはり美味しかった。北京には勿論マグロの刺身はあるのだが、高いのでそう度々は食べられない。久し振りのマグロの刺身である。

  以前にもこのような場面を、前の日記にも書いたことがある。そのときは冷凍物の話であった。親父が言うのには、「次に会社の人と来るときは、事前に電話で連絡をくれれば解凍しておく。ご馳走するからただでいい。」と言うものだった。その時親父さんは、マイナス60度で保存できる冷凍庫をただで貰えたと言って喜んでいた。わたしもただでいいと言う話につられて、会社の者を連れて行って、ただのマグロを食べてきたが、それほどは美味しくなかった。その頃はまだ冷凍物を解凍する方法に慣れていなかったのかもしれない。今度のは冷凍物ではなかった。

  始めの書き出しを見れば、東京は築地の高級寿司屋での場面のように思われるかもしれないが、そんな処には縁が有る筈も無く、ここは北京の回転寿司屋である。しかもこの回転寿司屋は中国人向けの寿司屋で、日本人は殆ど行かない店なのである。親父とは中国人だから日本語はしゃべれない。だからこそ、たまに行く日本人の私に愛想がいいのかもしれない。最も、この回転寿司屋には4年くらいは行っているから顔なじみである。前の日記で、ラーメンと味噌汁が薄いと書いた回転寿司屋である。そして中国では寿司屋の親父と言えば経営者ではあるが、決して職人ではない。中国の寿司屋の親父は、寿司を握らないのである。

  そんなことはともかく、ここの中国人の親父は、私に愛想がいいのだけれど、マグロの刺身を一皿ただでくれたのには訳があって、元々は宣伝用に貰った生マグロであったらしい。この親父さんは、日本人に大変感謝してるいのではないだろうか。以前ただで貰った超低温(−60度)の冷凍庫も、冷凍物ではないマグロも、日本からの無償援助の一貫であるらしい。寿司屋の親父がわたしに愛想がいいのは日本の無償援助のお陰か? それだけではないと思うけれど。続いて親父はそれらが何処から貰らえるのかも教えてくれた。無償でいろいろと呉れるのは、日本海外漁業協力財団であるらしい。

  以前、−60度の冷凍庫の話を聞いたときも思ったのだが、これはコールドチェーンが無ければ、機能しないはずなので、中国とか北京にはコールドチェーンがあるのかなと思った。今回は、日本海外漁業協力財団の名前を聞いたので、北京でどんなプロジェクトが進んでいるのかと思って、家に帰ってからインターネットで調べてみた。

  果たして日本海外漁業協力財団が、中国で進めるコールドチェーンの構築のプロジェクトが進行中であった。これは「中国マグロ市場開拓支援プロジェクト」と言われ、二年間のプロジェクトで、2003年末から始まり、丁度今年2006年の3月で完了するところだった。超低温冷蔵庫やサンプルとしてのマグロをタダで呉れるのだから、無償援助ではないかと思ったが、日本語のページを検索しても、何故かこのプロジェクトが、無償援助であることも、その金額についても全く触れられていなかった。

  中国の中国語での、この関係のニュースを検索してみると、2005年の9月27日に50トンの超低温倉庫が北京の郊外に、日本海外漁業協力財団による無償援助で、完成したとの業界ニュースがあった。ここには援助が無償であって、その額が1000万元であることがハッキリ書かれている。
<http://www.china-fishery.net/01-hydt/news_disp.asp?ID=9653>

  しかしその後の別のニュースを見ると、無償援助であることも金額が1000万元であることも消えていて、このプロジェクトは中日合作のものであるが、日本側は技術と設備を、中国側は関連する資金と場所を提供したとだけ書かれていた。
<http://www.agronet.com.cn/News/Detail_22444.aspx>

  1000万元といえば1億5000万円である。日本人は奥ゆかしいから、日本側のニュースでは、無償だとか金額については言及しないのかもしれない。それより、中国にコールドチェーンを普及させると言うのはまだしも、マグロの刺身を中国に普及させるというのは、いかがなものか。しかもその費用はタダでと言うのは・・・・・・、

  目的はマグロの刺身の普及であって、コールドチェーンの構築はその手段であるらしい。マグロの刺身の普及のためには、もう一つプロジェクトの目玉として、繁華街の西単に、マグロの展示館を完成させている。ここでは、宣伝のために期間限定マグロのバーゲンセールをやっていた。これは中国の水産加工業者によるキャンペーンである。

  中国人はマグロを食べる必要は無いなどとは言わないが、あえてマグロの刺身を、「日本」が中国で普及させる必要があるのだろうか。しかも無償援助をしてまで普及させる必要があるのだろうか。確かにこう言ったプロジェイクトが、日中友好に貢献すると言うこともあるだろう。少なくとも回転寿司屋の親父はとても喜んでいた。それで日本人に友好的であると言えるかもしれない。そう言った個人レベルの友好的な感情が、ひいては国と国との関係も良くするということもあるかもしれない。しかしこのプロジェクトは国レベルの友好に本当に役立っているのだろうか。そもそも中国への援助というのは、中国にいても全く目立たない。国民には殆ど知らされていないらしい。このプロジェクトによる超冷凍設備には、日本の無償援助であることが表示されているのだろうか。北京の西南の方にあると言うから、一度見に行って、見てみたいものである。

  マグロの刺身の普及と言うのは、その資源の問題から言っても、普及させる対象が中国の金持ち階級であることから言っても、問題なのではなかろうか。同じく1000万元を無償援助するなら、中国には他に、もっと使い道があるはずである。中国が自分の金でやることなら何の問題でもないのだけれど。

  もっとも、他に金の使い様があると言っても、日本海外漁業協力財団の金だから、医療設備の援助などには使えないのだろう。それはそうとして、この財団の資金は、税金から来ているものなのだろうか。どこから来ているのだろう。この財団は天下りの受け皿になっているなんてことは無いのだろうか。そんなことは無いと思うのだけれど。

  もう一つ解決できない問題が残った。それは寿司屋の親父が言ってことには、ご馳走してくれたマグロが冷凍物ではないということである。冷凍物でないならば、−60℃のコールドチェーンによる物ではないだろう。何か別のコールドチェーンのプロジェクトが進んでいるのだろうか。この点を寿司屋の親父に聞いてこなかった。次に行ったときに聞いてみなければならない。