ある日曜日の北京の下町の散歩

  先週の日曜日のことですが、気温が上がって15度にもなったので、散歩に出かけることにしました。散歩といっても近くでは面白くないので、華声天橋市場というところに行くとにしました。着くまでにバスを二本乗り継いで一時間くらいかかるところにあるのですが、いかにも場末の市場といった乱雑さがかえって面白いのではないかと思って、出かけたわけです。ここは、「アナーキーな市場」として、ホームページで紹介したところです。

  再び行ってみると、市場の前の歩道のフリーマーケットは、予想通り取締りでなくなっていました。歩道に商品を広げるのは違法だし、今の北京は政治の季節でもあるわけで、そのせいかもしれません。年に一度の政治的な全国大会みたいなものが開かれています。全国から何千人もの代表が集まってきていますから。そうすると街の中がいろいろときれいになるわけです。当然警官や他の取締官もたくさん出ています。市の中心である長安街では私服の公安(?)も警備しています。

  しかし、ここには怪しげなものはまだしっかりとありました。あるところで人だかりがしていました。しかし何をしているのか分かりません。ここは市場の中ではなくて外の歩道です。その人だかりの中に入っていって、ようやく人だかりの意味が分かりました。自転車を売っているのです。中国人と自転車とは切り離せないので、当たり前の姿のように思えて、遠くからは、何をやっているのか分かりませんでした。それに一人が一台しか自転車を持っていなかったので、単なる立ち話のように見えまたわけです。

  中国では何となく人が集まっているようなところでも、中国人には何をしているかが分かるのでしょう。通りすがりに自転車を買っていく人も結構いました。耳をすませて聞いていると、結構いい状態の自転車が2000円くらいで買えるようです。多分、盗品の自転車のブラックマーケットだと思います。全てが盗品であるかどうかは私にはわかりません。こんなマーケットが何気なく現れて、何となく消えていくのが中国らしいです。

  子犬のブラックマーケットは相変わらずありました。この小犬売りは普段は市場の外にいますが、今日は、恐る恐るですが市場の中まで進出していました。二匹のシベリアンハスキーを、自動車のトランクに入れて、見せている男がいたので、ここでも首を長くして、値段を言うのを聞き耳を立てて待っていました。これは高くて8000元と6000元だと言っていました。高い方は、オスだからと言ったのか、メスだからと言っていたのか、聞き取れませんでしたが、とにかく、この値段はバスの運転手の三か月分か四か月分はする値段です。こんな大型犬でも、北京では室内で育てるのでしょうね。一戸建てはありませんから。ご苦労な事です。

  ここでは普通の犬、例えば“小日本”とバカにして呼ばれたチンクシャの白い犬は売られていません。今では新しい種類の犬が人気があるようです。日本では人気が無くなったシベリアンハスキーもここではまだ高いです。

  北京市では、鶏インフルエンザの影響で、鳥の売買は禁止になったはずです。しかし市場の中では何時の間に小鳥売りが復活しています。こういった取り締まりも市場の中までは及ばないのか、取締りがおざなりなのか、政治の季節でもあるのに、アナーキーな状態に逆戻りです。これは中国らしいともいえますが、取締りが無くなれば、ブラックマーケットが復活するのは中国では普通のパターンです。

  市場を南に抜けていくと、ここは又一段と雑然としていて、ここにもハト売りとか小鳥売りが何人もいました。自分で育てたのか、捕ってきたものなのか、小鳥売りを専門としている人ではないようです。周りは取り壊したままの建物がそのままになっていたり、その跡地で埃が舞っていたりして、一段と雑然とした雰囲気が濃厚です。

  そこで凄いものを見てしまいました。屋外の歯医者を見てしまったのです。これこそ文明国ではありえないような、凄い光景でした。その歯医者の商売の仕方というのは、フウテンの寅さんが持って歩くトランク位の大きさの台を前にして、そこに治療器具を並べて、台には歯を抜くとか、治すとか書いてある幕がぶら下っていて・・・・

  台の上の治療器具ですが、当然歯を削る電動治療器などは無いわけで、ステンレスの歯を突付くよう工具のような、歯を治すと思われる器具が並べてありました。良く見れば歯を抜くペンチなどがあったかもしれません。それを見ただけならまだいいのですが、そこで実際に治療を受けている人を見てしまったのです。これを見て気持ちが悪くなってしまいました。

  ホコリの酷い広場の隅に、小さい丸椅子にヒゲづらの男を座らせて、大きく開けた口に、素手を直接突っ込んで、何か器具を使って治療をしているのです。歯医者と言っても、とても歯医者とは言えない様子の人物です。その人物は口に突っ込んだ手を、時々小さい洗面器の中の水ですすいで、また治療を続けていました。その水を換える様子はありませんでした。近くには水道なんてものは無いのですから。次の患者にもその水で、手をすすぎながら治療を続けるのでしょう。

トイレに行きたくなったので、野外の歯医者がいるそばの公衆トイレに入りました。ここも、今の北京では稀に見る汚さで、更に気持ちが悪くなってしまいました。中国のトイレの汚さは前から言われていることだし、北京のトイレは最近はかなり良くなったので、トイレの話は改めて書きたくは無いですがやはり書くことにします。

  大便の方には元から扉は無いわけで、隣りの人とニイハオと会話もできる状態です。その大の用を足すための穴が、小の用を足す後ろに、4、5個ありました。ですから小用を足して後ろを振り向けば、こっちを向いて4,5人の男が屈んでいるわけです。中国式の大の座り方は、顔を入り口側に向けて座るのです。ここには勿論ドアなどはありませんが。オープンであるとか、座り方がどうとか言うこともそうですが、汚さも汚く、小の方も小便で足の踏み場も無い状態でした。

この南門の外の広場には、たくさんのシシカバブー売りが、もうもうと煙を上げながら羊の焼き鳥を売っていました。そこの羊肉串を食べて昼飯の替わりにしようと思いましたが、あれやこれやの汚い光景が頭にこびり付いていて、ここで羊肉串を食べるのは止めました。ここも元々薄汚いところなのですが、前の光景を見なければ羊肉串を食べたかもしれません。

  華声天橋市場に行ったのは、こんな汚い物ばかりを見に行ったのではありません。実はここには北京伝統の武芸を見せる常設小屋があって、土日には、二回ぐらい武術を見せるているようです。それを見に行ったわけです。前にも書きましたが、はるか以前のこと、本当の天橋という地名のところに、本当の天橋市場がありました。そこでは京劇や雑技や武芸の見世物などが盛んだったようです。その市場は、“老”天橋市場と呼ばれて今はもう無くなってしまったのですが、その市場を、ある画家が再現しようとして作ったのが、華声天橋市場だそうです。しかし京劇などの華やかなものは無くなり、僅かに武芸の小屋のみと、特殊なマニア向けの趣味の店がここにあります。特殊なマニアと言っても、凧とか、熱帯魚、小鳥、コオロギ、鳥篭、球根とか東洋蘭、仏具などのことです。

  武芸の小屋は常設ですが、寂れきった芝居小屋のようで、観客は10人も集まりません。既に営業的には成り立たないはずですが、多分道場として残っているのでしょう。ここの武芸というのは柔道のような、相撲のようなもので、柔道着に近い稽古着を着て取り組みをするところは、柔道と似ています。その柔道着のような物は、蒙古相撲で使う物に似ています。寝技が無いところは蒙古相撲のようで、柔道とは違うところです。

  武芸の小屋では、相撲のような柔道のようなものの取り組みを見せるのですが、こんな武芸が北京にあったのかと、認識を新たにする意味では面白い武芸です。最後の方に50歳とか、60歳くらいの老人が若者と取り組みをするのですが、あまり力もいれず若者を投げ飛ばしていました。

  中国の時代劇のドラマでは、老人でも強い人が登場するんですが、ドラマの中の老人は全て痩せています。しかしここの老人は太っていて、胴回りが1m以上はあるような人ばかりでした。それでも取り組みの時は素早い動きで、力ではなく技で投げているような感じでした。老人が若者を投げ飛ばすのは、演技でそうしていたのか本当の実力なにかよく分かりませんでしたが、本当の実力と言ってもいいような、気合で投げ飛ばす技術があるようでした。

  いろいろと北京の汚いところばかりを書いてしまいましたが、北京はそう汚くはないのです。特に表通りは綺麗です。何しろ中国の首都だし、二年後にはオリンピックも控えているからです。そしていまは政治の季節でもあるわけですから、なおさら綺麗になっています。華声天橋市場のあたりが汚いのは、全国から集まった人民代表達が訪れるようなところではないからでしょう。しかしたまには物見高い外国人も訪れますが。それに、ここももう無くなるみたいですから、怪しげな物売りなど無くなり、そのときは綺麗になるでしょう。

  しかし奇麗になってしまうのもなんか惜しいような気もします。これは単なる異邦人(私のこと)の感傷でしょうか。トイレだけはオリンピックにふさわしいものにして、伝統武芸とか、コオロギ売りとか小鳥売りは残せないものでしょうか。そうそうシシカバブー売りも。これは不潔っぽいのですが、これを焼く煙と匂いは、古くからの北京の雰囲気を十分に表しているものと思うのですが。