あまりにもばかばかしくて、滑稽で、ついには営業停止になってしまった
紅十字会病院のお話

  この病院は正確には紅十字会の病院ではない。それなのに“紅十字会”普京医院と名乗って商売をしていた。.まさに商売をしていたと言った方がふさわしい営業の仕方だった。紅十字会とは日本の赤十字会に相当する組織で、非営利の病院である。しかし、普京病院は一般の民営の病院である。今の中国の民営の病院には危うい病院が多い。特に,泌尿器科医の病気とか不妊治療なんて分野が危ない。

  民営の病院が商売をするとなると、先ず公告である。“紅十字会”普京医院も公告で人を集めた。そもそもこの病院の広告がおかしいのだが、「男科」の名医による診察会があって、挂号代(受付料)、検査費用、診察費用など無料で診てもらえると言う広告を度々出していたらしい。本来は民営の病院が無料で診てあげるなんて言うのは、疑わなくてはいけない場面のはずである。特に中国では! 

  しかし患者の無知をいい事にして、無料で検査をしてもらいに来た人を、殆ど患者にしてしまい、怪しげな治療を施し、ついにそれがバレて、先月、“北京紅十字会”普京医院は営業停止になってしまった。それで160人もの医者、看護婦、従業員が路頭に迷うことになってしまった。結構大きい病院である。

  その発端は、中国の中央テレビがこの病院の怪しいうわさを聞きつけて、無料の検査につられて病院に来る患者を装い、病院を「暗訪」したのである。「暗訪」とは隠しカメラなどを使い、身分を隠して取材することである。

  昨年の夏、ある記者が、“北京紅十字会”普京医院に行った。病院は大きくてきれいで、看護婦も親切で、看護婦はこの先生は教授ですよ、と言って泌尿科の女性の苑医師を紹介したそうである。

  記者は苑医師の指示で、超音波検査を受けに行って、2分後には直ぐに前立腺肥大の診断が下りた。そこの女医師が言うには、前立腺は33才ではこんなに大きくはない。5点以上もある。この点数なら50歳以上から70歳以上の人の大きさだ。前立腺の肥大が長く続くと尿が長く溜まって、古い尿によって尿毒症になる可能性がある、と脅したとか。

  女医者の言葉に不安にさせられて、検査の結果を持って、元の苑医師のところに戻ると、もう一つの、一般的な前立腺の検査をしましょう、これも無料だから、と言われて前立腺液というものを綿棒で採られ、試料が直ぐそばの検査室に送られた。20分後に結果が出たが、驚くべきことに前立腺肥大であるばかりでなく、さらに重い炎症もあるのだとか。

  苑医師の説明では正常な場合の“白細胞”は0から5個であって、多くても10個は超えない。しかしあなたのは30から40もあってかなり多いですとのご宣託。あなたのような若さでは普通はこんなに多くない。これでは中ぐらいの病気の重さだと言われた。

  記者がどうして治したらいいかと聞くと、輸液と“光子源”で治すのだとの答え。治療は10日間ぐらいでよくなる、あなたの前立腺は大きいから薬(消炎の薬の輸液)も“光子源”も普通より余計にいるから一日600元かかる、治癒率は100%で必ず治るというご宣託もあった。 

  普通の患者は、ここまでの検査や説明で病院の餌食となって、前立腺肥大と慢性前立腺炎の治療を受けることになるのだろう。しかし新聞記者は、念のためだろうが、記者が空軍総病院へ行って診てもらって、そんな病気は何も無いとのことの結果が出た。

  別の日に別の若い記者が検査してもらいに行った。今度は非淋性の尿道炎との診断であった。医者は同じ苑医師で、小ビンに入れられた検査後の液体の検体を見せて、ほら、このように赤くなっているのは弱陽性で、これは明らかに非淋性尿道炎で、性病の一種だとの説明。治療法は、またしても輸液と“光子源”での治療で、10日間で治るというものであった。費用は輸液が400元、“光子源”は200元で、片方だけの治療では効果が無いという説明。

  “光子源”治療器とはどんな物かと記者が聞いたところ、アメリカから直接輸入したもので、非常に進歩した治療器であって、また非常に高価なものだ。この治療器は北京ではここの一台だけで、全国各地か患者がこの治療を受けに来ると説明された。更に信用させるために、“光子源”治療を受けた患者の資料を見せて、この治療を受けた者は全部治った。四日ぐらいで効果が出て、前立腺液がこのように白くなり、確実に効果が出るとの説明であった。

  こちらの記者は怪しげな“光子源”という言葉に疑問を持ったのかもしれない。しつっこく聞くと、医師の方は疑いを解く為か、いろいろと説明してくれたらしい。こちらの記者も翌日、北京協和病院に行って見てもらったところ、性病などは何も無かった。

  後日、二人の記者はこの状況を北京衛生監督所に報告したので、執法員が北京紅十字会普京医院に調査(8月18日)に行き、北京衛生監督所の執法員の調査で、怪しげな事実が次々と解った。

  例の“光子源”治療器はパソコンに接続された簡単な棒みたいな物で、これを肛門に突っ込んで治療するのだとか。これで前立腺も性病の方も治ると言う。執法員の調査によれば、この治療器は安全な証明も合格証明証も、必要な許可証も無い違法な治療器であった。アメリカ製だと言っているが、メーカーの名前も機械の番号も何も無いしろものだったとか。病院側も違法で効果がないということを知っていたのか、調査の直前に慌てて使用を中止した。なんとこの棒のような物を消毒する設備は何も無かったのだとか。治療の際にはコンドームを付け替えて尻の穴に突っこむらしい。

  民営の病院が紅十字会の名前を掲げている理由もわかった。これは北京紅十字会との間に協議書があって、普京医院が北京紅十字会の所属の下部組織となっているのである。北京紅十字会側が普京医院側に技術などの援助するなどの名目で、北京紅十字会に年に五万元の金を払うことになっている。協議書があるからと言って、普通の民営の病院が紅十字会と名乗るのもおかしいが、北京紅十字会の方も、金を受け取って営利機関に紅十字会と看板を掲げてもいいなんてことを許可するのもおかしなことである。日本の赤十字会とは違うのかもしれない。

  検査の記録を調べたところ、検査を受けた人のほんとだが陽性と判定されていた。

  エイズの検査の施設としての許可を受けていないのにエイズ検査をしていた。

  苑医師は本当は外科医なのに、泌尿器科の診察をしていた。そればかりはなく婦人科の診察もしていた。そして泌尿器科の治療方法の多くが、例の“光子源”による治療と輸液であった。

  苑医師は病院のホームページにも教授と記載されていた。しかし、どこの大学なのかは書いてないてないし、不思議なことに、北京衛生監督所の執法員もそれを調べていない。

  趙という漢方医は、病院に中医皮膚科(漢方の皮膚科)の許可が無いのに、中医皮膚科の医療をしていた。

  このような事実が分かり、2005年8月23日に中央テレビから、無許可で怪しげな“光子源”による治療などのことが報道された。そしてようやく今年の2月になって普京医院の行政処罰決定査問会が開かれた。その結果は、この病院に対しての処罰として、(1)警告、(2)病院に対する罰金6000元、(3)営業許可書の取り上げ、であった。

  ところで、(2)と(3)は当然として、(1)の警告とは何だったのだろう。そして、何を違反したのだろうか。実はこの辺が新聞を読んでみてもよく解らない。

  ある新聞には「去年8月18日に衛生監督人員が普京医院に検査に行ったとき、この病院の漢方の医師である趙俊新医師は西洋科の皮膚科で診察していた。また外科医の苑風雪医師は泌尿器科で診察していた。他にも婦人科でも診療していた。これは許可範囲外である。別に衛生技師でない者一名が、医療技術の仕事に従事していた。それで今年の2月8日に北京市行政処罰決定査問会が開かれた。」と書かれていた。問題はこれだけなのか?

  別の新聞には、普京医院が営業許可証を取り上げられた原因は、全て、苑風雪と趙俊新の二人に関連していると書かれていた。どうも報道では、悪者はこの二人のようである。二人だけが悪いのか? (北京市行政処罰決定査問会での院長の答弁では責任は苑風雪医師などにあり、病院の責任は監督責任だけだと答弁している。)

  “光子源”で尻の穴に入れる治療を違法と断罪したのか?  若者を前立腺だと診断した診断は違法医療行為ではないのか? ニュースを検索してもよく分からないのである。 

  問題点を挙げてみると

◎ 問題点1.
  まず、苑医師が性病でもないのに性病と診断しているのは、詐欺にも等しい行為ではないだろうか。また若い人を前立腺だと診断しているのも騙しの行為だろう。若い人は殆ど前立腺などならない。それを検査無料の餌で釣って殆ど病人に仕立ててしまう行為は、明らかに悪質な詐欺である。それに、この女医者は前立腺は治るなんて言っている。それを本気で言っているとすれば(本気じゃないだろうけれど)、医学の知識に全く欠ける医者である。前立腺は、高血圧症と同じく薬では治せないものであることを知らないのだろうか。処分としては苑医師の滅茶苦茶な医療行為を罪と認めたのだろうか。そのことはどこにも書いてない。

◎ 問題点2.
  外科の資格しかないのに、婦人科の治療までもしたことは、違法な医療行為として挙げられている。違法であれば処罰したのか。医者個人への罰則が無いのは全く解せない。苑医師はまたどこかの病院で働くことになるのだろう。

◎ 問題点3.
  例の“光子源”治療器なるものの正体が分かったのなら、何故これを重大な違法医療行為として断罪しないのだろう。このことは警告の中に書かれていたのだろうか。書かれていたとしても、百害あって一利無しの棒を、尻の穴に突っ込むなんて行為が、警告ぐらいで済まされるものだろうか。

◎ 問題4.
  苑医師が性病や前立腺と判断した根拠は、検査科の検査に拠るものである。これは病院がぐるでやっている証拠となるし、そこに医者も衛生技師もいたのだから、こういう人への罪はどうなるのだろう。

◎ 問題点5.
  苑医師は自ら教授と称しているが、多分これは詐称のはずである。しかしこの点も(多分)問題していない。どこの大学の教授なのか追跡すべきである。病院側も教授としているのだから、ぐるであることは明らかである。それとも病院側も騙されているたのだろうか。

◎ 問題点6.
  苑医師の肩書きにもう一つ面白い肩書きがあて、それは中国性学会会員という肩書きがあった。これも出鱈目ではなかろうか。実は今でも北京紅十字会普京病院のホームページが見られるのだが、診療科目に泌尿器科が無くて“男科”というのがある。男科と泌尿器科は本来別の対象を治療するものではないのだろうか。多分この病院の公告などの診療科目が“男科”となっていているので、この女医師は中国性学会会員を名乗る必要があったのだろう。しかし泌尿科の許可を取って置いて、“男科”の看板を掲げてもいいのだろうか。“男科”として許可はあったのだろうか。極めて曖昧である。

◎ 問題点7.
  紅十字会とは日本で言えば赤十字会である。その非営利団体の名前の看板に掲げても良いのか悪いのか。この点も明らかではない。一方の北京紅十字会の方も、協議書を作って金を受け取ったり、北京紅十字会と名乗ってもいいと許可するも、おかしなことである。中国ではいいのかな?

◎ 問題点8.
  エイズの検査機関としての許可が無いのに、エイズの検査をしていたことは処罰の対象ではないのか?

◎ 問題点9.
  趙医師の違法性は、病院として中医(漢方医)の皮膚科の営業許可が無いのに漢方薬が処方されたのが違法だということらしい。趙医師はもともと漢方医である。だから漢方薬を処方した。この病院には西洋医学の皮膚科はあったが、そこに漢方医を配置した。これは病院側の責任ではなかろうか。漢方薬が処方された責任は誰にあるのか?

  別の疑問であるが何故、西洋医学の皮膚科にわざわざ漢方医を置いたのか。この理由は明らかで、漢方薬の方が利益が大きいからである。だからわざわざ漢方医を配置して漢方薬を処方させた。

  とっぴな想像であるかもしれないが、中国の医療のブラックボックスとして、わけの解らない漢方薬を、有り難がらせる仕掛けがあって、効きもしない漢方薬を長期に使用させるなんてカラクリがあるんではないだろうか。本当は皮膚科には西洋薬の方が効くのではなかろうか。

◎ 問題点10.
  病院の経営者とか院長の責任は、どうなったのだろう。営業許可証の取上と罰金と言っても、罰金は10万円位で大した事はない。病院の資産も安泰である。更に個人的には誰も罪に問われていない。当局は鉄槌を下したつもりなのかもしれないが、日本の常識からすると、全く大甘の処分ではなかろうか。これでは名前を替えて再び病院商売を再開できる。

  いろいろ書いたが、ここは日本ではない。やはり中国だらだろうか。中国でも「法に依って」とか、法に依る支配とか言われいるが、中国は未だに法の適用が十分ではないのかもしれない。それとも中国では、医療の違法行為については大目に見るのが普通なのだろうか。

  中国医学科学院院長助理黄建始氏のコメントを付け加えておくと、「最近は民営病院の違法医療行為が珍しくなくなった。民営病院は 「坑蒙拐騙」(あらゆるごまかし、かたりの溜まり場)の代名詞となっている」と言っている。それならば悪質な医療行為に対しては、もっと厳罰を適用しなければ、無くならないのではなかろうか。先日は上海のおかしな病院がニュースになっていた。不妊治療の話である。