デープでアナーキーなオタク市場・消えていく天橋市場

  中国ではある街角に突然物売りが現われて、その通りが露天の物売りの通りになったりする。営業許可を得ていないし、場所としても普通の路上であったりするのだから違法である。中国ではこのようにある場所が突然フリーマーケット化する現象があちこちであるが、これは中国の特徴のような気もする。例えば北京には歩道橋が結構出来ているのだが、幅が広い橋の上は取締りがなければ確実に青空マーケットと化する。北京では橋の上が何故か物売りに好まれる場所である。ここで売られているのは違法なDVDなどが多いが、違法ではないスカーフなんかも売られている。しかしいずれの商売も警官(本当は警官ではない取締り官)の姿を見ると逃げていくから違法である。

  北京の南西の隅(二環路の中だから、れっきとした市内である)の方に、「華声天橋」市場というところがあって、その周辺はなんだか怪しげな、つまりアナーキーな雰囲気のする市場がある。本当は「華声天橋」市場は違法な市場ではない。その中の熱帯魚売り場などは、ちゃんと営業許可を得て店を構えている。しかしなんだがアナーキーなのである。それはこの市場に違法な物売りが集まるからかもしれない。この市場の中の空き地とか周辺には明らかに無許可で商売をやっている人が大勢いる。

  最近、「華声天橋」の前の歩道が、突然骨董とガラクタの市に変わってしまった。そのうちに警察(のような組織)に追い払われると思うが、無政府状態のフリーマーケットがもう一ヶ月くらいも続いている。中国のこういう市場は人が勝手に集まって出来た無市場といっても、一応コンセプトがあって、野菜とか、骨董とか同じような店が集まる。以前地方都市で見た市場は、殆ど全部がガラクタばかりの市場だったが、あれは“ガラクタの市場”というコンセプトだったのだろう。

  「華声天橋」市場では違法でもアナキーでもないのだが、珍しいものが見られる。それは少林寺拳法のような、拳法とも違う武芸をやっている。剣を呑むなんて術も見せるらしい。それをやっている小屋の前まで行ってみたが、観客が殆ど来ないようであった。多分消滅寸前なのであろう、しかし貴重な伝統大道芸か民間武芸なのかもしれない。

  実は「華声天橋」とその周辺で売られているものは、中国のオタク系のものが多い。中国のオタクは若者ではなく中年の男性達である。中国にはどんなオタクがいるか。

  まずはコウロギオタク。中国のコオロギの飼い方は、日本のように土の上で飼うのではなく、持ち運びできるような特殊な入れ物に入れて飼うのである。今の季節にバスに乗ると後ろの方の席から虫の鳴き声が聞こえてきたりする。それは人の懐の中に入れられたコウロギが鳴いているからである。コウロギを入れる入れ物とはひょうたんで出来ていて、表面の彫刻とか蓋とかなかなか凝っている工芸品である。いずれもコウロギを飼う為にコウロギオタクだけが買う専用の道具である。

  因みに会社の女の子達に聞いてみたが、中国には日本の様な昆虫収集マニアはいないのだとか。それは中国には森が殆ど無くなってしまった事に関係があるのかも? しかしコウロギはよく飼われている。

  このひょうたんの中に入れられたコウロギは、人の懐の中で体温の暖かさと湿気を感じて鳴きだすらしい。コウロギを鳴かせる道具というもあって、それは耳掻きのような棒の先から二本の長い毛(何かの動物の毛)が生えていて、それでコウロギをくすぐると鳴きだすのである。多分その毛が自分のひげに触ると、別のオスが現れたと勘違いして、縄張りを主張するために鳴くのではないだろうか。

  次に凧オタク。中国の凧は子供の為の物ではなくれっきとした大人の趣味の為のものである。凧は何百メートルも上げるために、糸を巻き取る装置とか糸とか、凧そのものも、いろいろ工夫したものでなければならない。だからいろいろと拘りのあるものが多い。凧の形も実に様々である。そして日本の凧よりずっと高く上がりやすいように見える。勿論凧の本体を自分で製作する為の材料も売っている。

  凧が出てくれば次は小鳥である。何故なら北京人の三大趣味は、凧と小鳥とおしゃべっりと言われるくらいだからである。中国の小鳥の飼い方も特別のものがあって、籠に入れて飼うのは同じだが、その鳥かごを外に持ち出して、持ち歩く時にわざわざ籠を揺すって歩くのである。これは小鳥に運動をさせる為と聞いたことがある。外に持ち出した小鳥籠は公園の木の枝に掛けるなどして、小鳥の声を楽しむ。で、鳥篭を始めとして、餌入れ、水入れ、それから鳥篭の上の木にぶら下げるためのフックなどもなかなか凝ったものが多い。いずれも鳥を飼うための専用の工芸品である。

  この他の小鳥の飼い方には小鳥の胸の皮膚に紐を通して、紐に小鳥を繋ぎ、籠なしで飼う方もある。この飼い方は日本では見たことが無い。

  小鳥は“鶏インフルエンザ”の伝染を避けるために、この市場では禁止になったはずだが、そこはアナーキーな市場だから、又隙を見て小鳥を売る商売が始まった。「華声天橋」の周囲では鳩も売っている。これも自転車にくくりつけた籠の中に入れて売っている。こういうのは明らかに営業許可を得ていないで商売である。

  小鳥の次は熱帯魚などの魚オタク。アロワナなどの熱帯魚やランチュウなどの変わった金魚から高価そうに見える熱帯魚など。他には変わった蛙まで売っていた。

  熱帯魚を飼う人はオタクではないかもしれない。オタクではない普通の市民が買うものとしては犬や猫がある。この市場の正門前には無許可の犬猫の売人が自然と集まってアナーキーな犬猫市場が出来ている。売り方も何か怪しくケージに入れて売っていたり、自動車のトランクの中に犬を入れて売っている。これは取締りがあったら直ぐにでも逃げ出せる体勢のようにも見える。北京の犬は室内で飼うので小形犬が多いが、最近はさまざまな種類の、それも純潔種のようにも見える犬が売られている。しかし血統書というのは無いようである。やはりアナーキーな市場では、保証付とはいかないのだろう。

  違法と言えば買う方(飼う方)も多分違法である。北京で犬を飼うには給料一ヶ月分くらいの登録料がいるが、多分誰も払っていないと思われる。この法律が出来て以来未登録で捕まったとか、犬を没収されたと言う話は聞いたことが無い。北京政府はこの問題にどう対処するか? 違法をこのまま放置しておくのか? 給料一ヶ月分くらいの登録料というのもおかしいのだが、犬を外に連れ出す際には、その登録票(?)みたいなものを携帯しなけらばならないなんていう規則もあるらしい。多分取り締まる方法が無いのでこのまま放置しておくのではなかろうか。そうであれば犬の飼育のアナーキーな状態がずっと続くことになる。

  このあまり管理されていない、怪しげで不潔な感じもする場末の市場であるが、実は近いうちに取り壊されるらしい。たまには外国人なんかも見物に来るくらいだからある意味ではユニークな市場なのだけれども、北京当局から見れば、オリンピックを控えて外人に見せたくないアナーキーなところかもしれない。

  尚、天橋市場と言う名前は由緒のある名前らしい。昔、天橋という所に市場があった。それで天橋市場と呼ばれたらしい。この昔の市場を老天橋市場と言い、浅草のような賑やかなところであったらしい。

  天橋という地名は天壇公園の西側に今でもあるが、そこには明の時代に、川があって天子が天壇にお参りに行くときの為の綺麗な橋があった。それを天橋と呼んだらしい。それでそのあたり一帯の地名が天橋となった。その後、川も橋もなくなってしまったが、清末の時代になると、京劇の劇場が建ったり茶館が出来たり、大道芸をやっていたりして、娯楽場所としてとてもにぎやかな所となり、そのあたりが天橋市場と呼ばれた。大きな骨董市場が出来たり、芸人も多く住んでいたりした。

  しかし国民党政府が南京に移った頃から寂れだし、天橋市場は無くなってしまった。今の天橋には天橋劇場という近代的な劇場が建っているが、昔京劇の劇場があったことと関係があるのかもしれない。そう言えば今の「華声天橋」市場の前に、突然骨董市が出現したりするのも、昔の老天橋市場に大きな骨董市場があったことと関係があるのかもしれない。「華声天橋」市場の近くには中国最大と言われる潘家園の骨董市場がある。

  「華声天橋」市場は、ある画家が昔の老天橋市場を再建しようと、昔の天橋とは別の場所に「華声天橋」市場を作ったのだとか。その「華声天橋」市場もまた無くなろうとしている。凧とか熱帯魚とかの店は新しく出来る場所の移転するらしいが、細々とやっていた伝統民間武芸のための小屋はもう再建されないかもしれない。