最近はすき焼きパーティーを自宅でよくやるようになった。理由は、家が会社の近くになったことと、すき焼き鍋を日本から持ってきたからである。もう一つの理由は、中国人が食べたことのないすき焼きとはどんな料理かと、興味を持っているからでもある。

  ところで、すき焼きの中国語訳は「鶏素焼」と言う。何で鶏と関係があるのだろう。日本のすき焼きは牛肉と決まっていて、鶏肉は使わないのに。タレに生の鶏卵を使うからそれと関係があるのだろうか。

  パーティーのときは、すき焼きの他にも結構いろいろなものを前もって準備しておいてご馳走する。例えばポテトサラダとか。私の作ったポテトサラダは美味しいと思う。塩もみした薄切りの玉ねぎを塩抜きして入れるのと、日本製のマヨネーズを使うからである。もちろん今では中国にもポテトサラダはある。有るけれどもあれを中国語で「土豆泥」なんて言って名前からして美味しそうではない。元の意味はマッシュしたポテトのことらしい。

  私が作ったポテトサラダはほんとに美味しかったらしい。女部長が「美味しい、是非レシピがほしい」と言っていた。その後レシピを作るのが面倒なのでレシピを渡していないが、レシピがほしいとの催促はない。もしかしたらあれはおせいじで言ったのかもしれない。そう言えばその部長は、ちょうどその頃“レシピ”に関係した日本からのシステム開発の仕事をやっていたので、それで“レシピ”という言葉を使ってみただけなのかもしれない。

  この時のメンバーは、庶務課長(女)とそのご主人、美人の開発部長、それに受付の若い女性だった。実はおばさん風の人事課長とそのご主人も参加するはずだったが、都合が悪くて参加できず、残ったメンバーは全員が日本語が上手なので、日本語での話が弾んだ。日本語が上手いのは、このメンバーの全員が日本で生活したことがあるからである。

  実は、中国人とやるパーティーは、パーティーと言っても、酒を飲まない人が多いから、どうしても料理が中心となる。日本人みたいに、パーティーだ! それじゃビールをたくさん飲もう! 何てことにはなかなかならない。しかしその分よく食べる。この時のすき焼パーティーは庶務課長のご主人が飲める口だったので、随分一緒に飲んだ。この人は会社の人ではないが、以前からよく知っている人である。しかしあるときは私だけが、ビールを飲んで赤い顔になっていて、あとの全員は食べる方に夢中なんてこともある。

  話は飛ぶのだが、すき焼きパーティーの前には、カレーパーティーもやったし、焼肉パーティーもやった。そのときは、テーブルの上に置ける電磁調理器と、そこで使えるフライパンを使ってやった。このフライパンも日本から持ってきた。更に話は飛ぶのだが、中国の鍋の文化というのは貧弱である。何でも中華鍋一つで作ってしまうのが原因かもしれない。電磁調理器で使える平底のステンレス製のフライパンなどと言ったら、3万円とか4万円もしする。これは外国製である。中国では電磁調理器が結構売られているが、不思議なことにそれに使える鍋が少ない。鉄鍋であっても中華鍋のように、底の丸い鍋では電磁調理器では無理である。

  すき焼きの材料であるが、これは牛肉の薄切りから、糸こんにゃく、青葱、春菊、しいたけ等の材料は殆ど北京で手に入る。焼き豆腐だけがどうしても見つからなかったが、固めの豆腐で補えば十分である。そう言えば牛脂も見つからなかった。牛肉を売っている店では牛の片足が店先にぶら下がっていて、ハエがたかったりしているが、そういった店の肉から、脂身だけを切り取って貰って買うわけにはいかない。

  しかし何でも簡単に手に入ると言うわけではない。牛肉にハエがたかっているような店では、肉がでっかい塊のままで売られているから、肉を薄切りにする技術は無い。高級薄切り牛肉と糸こんにゃくは、ヨーカ堂で買ってきたものである。費用の面から見ると、以外に高くつくのが醤油であって、日本の醤油はとても高い。中国の醤油は日本の醤油の十分の一とか、二十分の一で買えるのだが、味は全く別の味である。卵は生のままで食べると言うと、不安な顔をする人が多いので、日付入りの高級卵を使った。

  話があちこちに飛ぶが、いきなりパーティーが終わった時の話である。使った食器を洗っておいてくれるのは嬉しいのだが、洗った食器が全部上を向いている。だから水がたまったままになり、結果として水垢が底に残る。日本のように食器を伏せて置けば水垢は残らないのに。何時も洗った食器が上を向いているから、中国式の食器の置き方はこうなんだろう。日本の水道水なら水垢は残らないかもしれない。中国の水道の水は鉱物質が多いから水垢のあとがハッキリ残る。そう言えば、街の食堂なんかではよく濡れたままの食器が出てくる。これはちょっと気持ちが悪いが、これも中国式かもしれない。

  今度はパーティーが始まるときの話になるが、私が料理をするためにジーンズに履き替えると、ジーンズが似合いますねなんていう人もいるが、これもおせいじかもしれないが、本当は着替えことにビックリしたのかもしれない。中国人というのは(と、一般的に言ってもいいのかどうか確信は無いが)あまり着替えない。仕事着と普段着との区別があまり無いらしい。何時も同じ服を着ている。私としては仕事帰りのパーティーだから、仕事着のズボンでは汚れると困るので、普段着に着替えたのである。

  中国人がちょっと驚くと言うか、アレッと思うことは他にもあって、例えば、長い菜ばしを使ってすき焼き鍋を突っつくと、これはどこで買ったのかなんて聞かれる。箸と言えば、私が「この箸は私ので、この茶碗も私のだ」と言うと、どうして個人用の区別があるのかと聞かれる。もっと頭が回転する人は、どうやって他人の物と区別するのかと聞かれる。そう言う疑問が湧くのも当然で、中国の箸や茶碗は単一の形で模様がないから、区別など出来ないのである。中国では「私の箸」などという考え方がない。

  料理はよく食べるから、いろいろ作っておかなければならない。評判のいいポテトサラダの他に、日本式に煮物とかもよく作る。日本式の食べ物を作って出すと、意外なことが分かる。例えば、サトイモとかレンコンとかは北京で売っているのだが、意外にも食べたことがない人が多い。すき焼に入れた糸コンなんかは全員が食べた事がない。日本で生活した人なら食べたことがあるかもしれないが、あれは春雨と同じだと思っている人もいるかもしれない。鮭もソティーにして出したが、高級魚だからこれもあまり食べたことがない。これは確かに高かったので、二回目には鮭の頭を買ってきて、大根と煮てみた。これも評判がよかった。サトイモにはハンペン(北京では珍しくて、高い)も入れて煮たのだが、翌日、サトイモのほかに何を食べたか聞いてみたが全員が忘れていた。食べるとき、魚製品でと、説明したのだが、食べるのに一生懸命で説明を聞いていなかったらしい。

  ここまで書いてくると、だんだん自分の自慢話のようになってきた。自慢話の続きをすると、私が意外に料理を手際よく出すから驚くらしい。これは料理を冷凍にしておいて、電子レンジで解凍すれば、いろいろな料理が出せるから簡単なのである。ご飯さえも解凍加熱して出したのでビックリしたようである。どうも中国では作った料理を冷凍しておいて、食べるとき解凍加熱して食べるという方法は、案外普及していないのかもしれない。電子レンジが未だあまり普及していないからなのだろうか。

  ご飯も評判がよかった。その時のご飯は、日本から持ってきた秋田小町であったかもしれない。それとも圧力釜で作ったせいもあるかもしれない。ご飯を圧力釜で作るのは引っ越したときに、炊飯器を大屋さんに返してしまって、炊飯器が無いだけの話である。米は最近中国産の秋田小町を買ったので、それを見せてこの米は高いのだがとても美味しいのだと中国人に自慢した。中国でも秋田小町を作っているらしい。普通の米より二三倍はしたかもしれない。しかし日本の秋田小町よりずっと安い。日本の米は中国の10倍もする。

  自慢話のついでに、台所の自慢もしておくと、台所が清潔で便利だと言うことである。これは来た人の感想であっておせいじではないと思う。大家さんも私の家の台所を見て、本当に自炊しているのだろうかと疑問に思ったくらいである。それには大きな理由がある。それは油の使用量である。中国人の家庭ならば大量に油を使うはずで、中国人が買う油は5リットル位の大瓶で買うくらいだから、その消費量は大変ものである。あれだけ油を使って、ジュウジュウ炒めれば、あたりは間違いなく油だらけになり、油煙で真っ黒になる。ある中国人の家に行ったときも、ガス台の周りに油がこびり付いていて真っ黒だった。私の料理と言えば、煮物とかが多く、あとは卵とか焼きそばとかを炒めるときに、ほんの少し油を使うだけである。だか周りがあまり汚れない。

  比較的よく掃除や整頓をするのも確かであるが、これは私が、と言うより中国人より日本人のほうが住まいを小奇麗に使うと言うのが平均的な話ではないかと思う。

  台所が便利だという点に付いても、立派な厨房家具などがある訳ではない。中国の厨房の道具などは貧弱である。しかし私は日本の100円均一ショップで金網の棚を数個買ってきて、それを壁に取り付けた。そこに洗った直後の食器を伏せておけば、直ぐ乾いて衛生的である。調味料やペーパータオルもその棚に乗せてあるから使い易い。この金網にしゃもじや卸金もぶら下げられるようにした。ついでに日本からまな板や包丁を置く台も買ってきた。靴を並べる台(?)らしいものを買ってきて、そこには鍋を並べて置けるようにした。

  ここで何を自慢したかいと言うと、この程度のアイデアでも中国においては、中国の一般の厨房の水準より、ずっと便利なものが出来るということである。食器を伏せておく金網の棚とか、壁に鍋をぶら下げるなどの方法は、デパートの展示場でも見たことが無い。デパートで売っている台所の便利な小道具なんて、殆どが日本製か、日本のアイデアのものである。日本人で厨房に少しでも関心がある者ならば、私が考えたアイデア程度はだれでも思いつく程度なのだけれど。

  料理が美味しいとかも誉められたので、ついに「私は西洋料理の先生にもなれるんだ」と言ってしまった。何故かと言うと、スパゲッティーを初めて茹でた日本語アシスタントがいて、茹でる前のスパゲッティーは硬いものだから、前もって水に漬けておいて、くたくたになったと言っていた。スパゲッティーは塩を入れて茹でるのだと教えたのだけれど、この話を聞いて、この程度なら私でも中国でなら、西洋料理の先生になれるかなと考えたのである。本当はフランス料理なんて全然駄目なのだが、スパゲッティにあえるトマトソースとかクリームソースくらいは出来る。本当に希望者がいれば、自宅で料理の先生を実演してもいいと思っているが、中国でスパゲッティーの茹で方を教えてもらいたい人なんいう人はいないかもしれない。

  すき焼きパーティーの話とは、生卵を食べたことのない中国人にとっては、初挑戦となるわけで、それについて書く予定であったのだが、自慢話のほうが多くなってしまった。


すき焼きパーティー