中国に三回あるゴールデンウイークの一つ、国慶節の7連休に丸々7日間の旅行をしたのだが、会社の中国人に「よく一人で旅行に行けますね」と言われた。一般の中国人にとって、一人で自由に歩き回る旅行は難しいものであるらしい。実際には個人旅行と言っても、そんなに大したことではない。往復の飛行機のチケットを買っておいて、ホテルを予約しておいて、現地ではタクシーをチャーターして観光すれば何の問題もない。しかし中国人にとって個人旅行は大変なことらしい。かくして私は、この数百人の会社の中では、旅行の大ベテラン、オーソリティーであるかもしれない。

  ところで個人旅行が困難だと感じるなら、中国人は新婚旅行に行くのだろうか、と疑問が湧いた。新婚旅行に行く時、普通は団体旅行ではなくて二人の個人旅行である。そこで若い中国人の社員に「中国人は結婚したら新婚旅行に行くのか」と聞いてみた。答えは果たして「3%ぐらいでしょう」とのことだった。3%にどのくらいの根拠があるのか知らないが、ほとんどが新婚旅行には行かないものらしい。

  新婚旅行に行かない理由は、金も時間も無いからと言っていたが、中国では個人旅行が大変だと思われているのも理由の一つかもしれない。確かに汽車で行く場合では、前もって帰りの切符は買えないのである。ホテルについても、現地に行って果たして泊まるところがあるのかどうかも不安がある。だから中国人大部分の観光旅行は、ツアーに参加して旅行することになる。

  他にも伝統的な個人旅行の方法がある。それは行き先に親戚とか友達とが居て、その人を頼りに旅行するのである。そうすれば泊まる処がただになると言うこともあるが、それより重要なことは帰りの切符を買っておいて貰えることであるかもしれない。お金があるなら、友達の家に泊まらないで、ホテルに泊まることもできる。しかし帰りの汽車の切符を前もって買うのは、金が有ってもなんともならない(一部には往復の切符が買える場合もあるが)。だから個人での観光旅行の行き先には、大学時代の友達が居る所を選んだりする。話を聞いてみると大学時代の友人と言うのは、日本でよりずっと利用価値があるものらしい。他には遠方での会議に出席するとき、ついでに観光旅行をすると言う方法もある。

  中国人が個人旅行が大変と考える(恐れる)理由は、不便であると言う問題のほかに、盗まれるとか、騙されるとか、そういった問題がある。中国の治安はそうは悪くないのだが、やはり人込みなどでは気を付けなくてはならない。しかし、同じ人込みでも、危ない人込みと、そうでもない人込みがある。例えば空港では危なくはないが、硬い席に座ったままの夜行列車では危ないもしれない。ローカルバスのターミナルなんていうのもいかにも怪しそうな者がいる。ある日本人が中国を個人で旅行して、お金を盗られたとかカメラを盗れたとか言っているのを聞いたことがある。しかもそれは一回だけではないようである。よく聞いてみると、その旅行の方法は、費用を節約する為なのか、それが趣味なのか知らないが、汽車とか、バスとか、旅館とかで、最低のところを利用するようであった。中国人と同じレベル(しかも低い方のレベル)で旅行するのも面白いかもしれないが、やはりそう言うところは、危険な目に遭う確率が高いと思う。中国は日本ほど均質な社会ではないのである。

  私は安全の為にも、スケジュール通りに旅行する為にも、飛行機を使ったり、グリーン車の寝台を使ったりする。だから便利で安全だと言うこともできる。それを中国人に言えば、それは金が有るからできることだろうと言われそうである。一般の中国人にとって飛行機代やグリーン車代は、まだ高いのも事実である。ならばお金があれば、個人で旅行できるかと言うと、それでも中国人にとって、個人旅行はは難しいのではないだろうか。

  その理由は旅行に関する情報が少ないのが理由かもしれない。中国には所謂、旅行のガイドブックが無かったのである。今では北京の大きな有名書店に行けば、その手のガイドブックが買えるが、そのようなガイドブックが出始めたのは二、三年前のことである。だから西安に兵馬傭があるのは知っていても、そこを見るついでに、その周りに他に何があるかは分からないのかもしれない。

  多分、私は大部分の中国人より西安には何があるか良く知っている。知っていると言うより、調べれば分かる。実は日本語のガイドブックを持っているからである。そのガイドブックを見れば、市内から観光地まで行くのにバスで行けるか、タクシーにしなければならないか大体分かる。行き先がどうなっているのか分からなければ、やはり旅行が不安になるだろう。私の旅行が回りの中国人から見れば、飛行機で行って飛行機で帰ってくる、気楽な旅行のように見えるかもしれないが、実は案外、緻密に計画を立てているのである。

  今では、中国にも旅行のガイドブックがある。私はそのことを知っているが多くの中国人はガイドブックがあることを知らないかもしれない。私は、他にも中国人が知らない旅行の知識を良く知っている。知っていると言うより調べ方を知っている。例えば汽車の時刻の調べ方、飛行機のフライトの調べ方、ホテルの予約の仕方などである。中国でも今ではこう言ったものがインターネットで調べられる。しかし日本と同じレベルではない。日本のように乗り換え検索などできないし、データーが更新されていなかったりする。それでも結構役に立つのであるが、しかし多くの中国人はそれを知らない。もっとも、新婚旅行とか個人旅行をしようという発想がないから、その必要性も感じていないのだろう。

  だんだん私の自慢のようになってきたが、本当は私は個人旅行のオーソリティーなのだが、そう言って回り中国人に自慢することはない。多分そう言ったところで、私の意見を参考にして、新婚旅行のスケジュールを立てようなんて人は誰もいないからである。中国ではまだまだ個人で自由に旅行を計画しようというい人は少ない。旅行に行きたい人はツアーで行くからである。ツアーで旅行に行く人は最近ようやく増えて来たようで、たまには私に、旅行でどこが一番良かったかなんて聞きに来る人はいる。

中国の個人旅行