ちょっと古い話になるが、2005年のキーワードは何になるかを予測するというアンケート調査が新聞に載っていた。当たり前かもしれないが、日本では選ばれそうもない言葉がたくさん出てきた。やはり中国は日本と違うようである。

  2005年を予測するなら日本であれば2004年の末に調査を行うと思うが、中国人民が考える新年とは、旧暦で考えるらしいから、中国では新春にあたる2月の末の調査であった。中国人は十大をつけるのが好きだから、十大キーワードである。この調査は中国青年報という新聞社が、2005年一年間で使用頻度の高いキーワードは何になるかを、インターネットを通じて、予測してもらったデータである。11,000名近くの回答を得たものであるから、数字的には信用できるもののようである。

   一位;反腐敗  49.9%
   二位;執政能力  44.1%
   三位;貧富の格差  41.1%
   四位;調和の取れている社会  40.2%
   五位;三農    36.7%
   六位;就業      34.8%
   七位;誠実な社会   32.7%
   八位;法治政府    29.1%
   九位;教育の公平  27.3%
   十位;安全生産   26.9 %

  ここでは明らかに日本とは違うキーワードが選ばれている。違うのは当たり前としても、言葉にある傾向がある。その言葉を見てみると、庶民の不満を直接表す言葉が少ないように思える。例えば、一位に選ばれた「反腐敗」は、「腐敗」でなく「反腐敗」である。腐敗だけなら、社会の乱れと民衆の不満を表してしまうが、「反腐敗」は腐敗に対する政府の積極的な姿勢を表している。

  中国の農業問題は深刻なはずである。しかし「農業問題」とは言わずに「三農」という。「三農」とは農民、農地、農業を表す言葉で、政府のスローガンにあるから、間違いではない。しかし「三農」と言うことによって、農業の矛盾とか問題とかの観点が薄れて、政府の対策の方を表す言葉になる。

  中国の炭鉱事故はとても多い。2004年の炭鉱事故による死者は、おそらく5000人を超えている。それなのにキーワードは炭鉱の「重大事故」ではなくて、「安全生産」という言葉となる。「失業率」の言葉は無くて「就業」がある、「教育の不公平」の代わりに「教育の公平」が有る。

  実はこのアンケートは、あらかじめ準備された23個の言葉の中から、数個(?)を選択するものである。「一年間で使用頻度の高いキーワードを予測する」と言っても、実は曖昧で、どこでの使用頻度か、予測と実際をどうつき合わせるかのかが不明なアンケートである。だから実際は庶民の関心の有りどころを調べたと言ったほうがいいかもしれない。

  とにかく選択される言葉は、巧妙に選ばれた言葉だと思う。庶民の不満を直接的に表す言葉ではなく、むしろ政府側の姿勢とか取り組み方を表している言葉をあらかじめ吟味して選んだように思える。「貧富の格差」は、ほかに言い換える適当な言葉がなくて、仕方なくそのまま候補として残したのかもしれない。

  言葉をどう言い換えてみても、庶民の不満がこのアンケートに表れている。共産党員の汚職がとても多いから一位になったのだろう。「貧富の格差」も目を覆うばかりだから三位になった。失業率が高いから「就業」という言葉が選ばれる。教育が不公平だから、「教育の公平」が選ばれたと考えるのが自然だろう。

  ところで何故、「執政能力」が二番目の関心事になるのだろうか。「調和の取れた社会」、「誠実な社会」、「法治政府」などの言葉も、形容詞や動詞が無いから、それらの言葉が何を表しているのかがハッキリしない。待望を表しているのか、政府の方針への協賛なのか、不満を表しているのか。

  「貧富の格差」は、地域格差、都市と農村の格差であり、資本を持ったものがますます金を稼ぐ、などから差格差があって、その差がますます開く。そういった問題があるから、その問題の解決を期待して、「執政能力」が二位になったのかもしれない。現状に対する不満と言ってもいいのではないだろうか。「法治政府」にしても、違法な行為で金儲けをしている者が多く、法に拠らない政治が行われているから「法治政府」を待望していると考えたほうが自然である。
  
  以下は新聞の解説と私の解説

一位;反腐敗  49.9%

  やはり一番の庶民の関心事は、権力側の汚職であるらしい。2004年には国土資源部部長や湖北省省長、黒龍江省政協主席などの大物の官が続けて落馬した。馬落したとは、賄賂などがばれて、高官の地位を負われたということである。実際には馬から落ちた程度ではなく、逮捕された。大物高官の腐敗が多いのを受けて、政府も《党内監督条例》などを作った。

  この法律を作ったことで、政府も反腐敗に関心が高いと、政府の関心の高さをついでに書いている。とにかく中国には汚職がとても多くて、そのことに庶民は注目しているのは確かである。(党内監督条例)からも分かるように腐敗が多いのは共産党員である。日本でのアンケートなら反腐敗が一位になることは無いだろう。

二位;執政能力  得票率44.1%

  記事には「中国共産党は建国以来始めて、"執政能力"を中央全会の中心議題とした」と書かれていた。これは共産党自らが執政能力の強化をすることによって、共産党と国家的の長久を計る為だととのことである。なんか自画自賛しているが、汚職や貧富の格差、教育の不公平さや炭鉱事故が多いから、何とかしろと言う意味の、不満があるという意味の、執政能力ではないだろうか。

三位;貧富の格差  得票率41.1%

  経済の発展に伴い、地域格差、教育格差などの理由により、貧富の格差はますます広がり、資本の獲得者はますます資本を増やし、新しい金持ちと失業者の増加が、社会の両極端となって目立つと言う。発展中の社会において、いかに公平と効率のバランスをとるかは、各級の政府の重要な課題である・・・・と、まともな解説である。誰が見ても貧富の差は大きくて、大きな問題に思えるから三位になったのだろう。当然の結果と思える。

四位;調和の取れている社会  得票率40.2%

  この言葉は政治用語で、二年前くらいからスローガンとしてあちこちで見るようになった。宣伝したからこそ、人に知られるようになった言葉である。調和の取れている社会を作ることの目標は、経済発展をセーブしても環境汚染を防ぐとか、都市と農村、地域、貧富の格差をなくすことも、調和が取れている社会の一環である。しかし政府が「調和の取れている社会」と盛んに言うとき、調和が取れてる社会にする、と言っているのではなくて、「調和の取れている社会」である為には、今ぐらいの収入でも不満を言わず働けと言っているように聞こえる。中国語は奥が深い。多分後者の意味だと思う。

  不思議に思うのは、中国の環境汚染も酷いはずであるが、十大キーワードの中には入っていない。もしかして環境汚染を防ぐと言う意味も、「調和の取れている社会」の中に含まれているのかもしれな。そうだとすると、「調和の取れている社会」は深い意味の言葉である。

五位;三農    36.7%

   「三農」とは農民、農地、農業を表す言葉で、中国国民の大部分は農民に属している。それなのに、このアンケートに参加した人達の大部分は、農民ではない。アンケートにも参加も出来ないというべきかもしれない。このことについて解説では、回答者の大部分が農民ではないのに、三農問題が高得点を得たことは、社会的良心と弱者への関心の高さを示していると、自画自賛的に書いてあった。ここでも政府の政策を称えて、農業税の廃止を早めて実施したと、政府の政策を言い添えてあるが、それくらいのことでは、中国の農業問題は解決しない。

六位;就業      34.8%

  多くの人が就職についての、良いニュースを待ち望んでいるから、この得票率になったと解説しているが、こう言ったことを話題にする場合、失業率がどれくらいかと言うのが普通である。しかし失業率については言及がない。言及があったとすれば、それは多分日本より低い数字ではないだろうか。しかし実態の失業率は日本よりずっと高いはずである。

七位;誠実な社会   32.7%

解説では、公衆の「誠実な社会」に対する高い関心は、現在のある種の無言の批判を表している、と率直に書いてある。やはり騙す人や会社が多くて、いつも騙されないように気をつけていなければならない社会に対する批判なのだろう。

八位;法治政府    29.1%

  中国の政府や地方政府では、権利が複雑に絡み合い、許認可が複雑であるらしい。弱い公民の私権を保護尊重する為にも、去年、《行政許可法》と言うものが施行されたそうである。その目的は、多くの行政部門の不合理、不要な審査を整理することだと言う。政府の役割を変えることだとも書かれていた。でも一度権利を手に入れた役人が、その権利を簡単に手放すとは思えない。日本に措いてもなかなか出来ないことが、中国で実現するだろうか。とにかく、アンケートの結果は政府の自体が法治政府ではないという批判ではなかろうか。

九位;教育の公平  27.3%

  公平であるべきであるもののうち、教育は最も重要な公平でなければならないものであると解説に書かれている。貧乏人の子供を、スタートラインの位置から既に負けにさせておくわけにはいかない。教育は弱い立場にいる人が、自分の運命を変えていくことのできる殆ど唯一の道である。然るに現状では教育費は多くの家庭で最大の支出項目となっていて、都市と農村、地域間で不公平な現象がある。と解説されていた。全くそのとおりであるが、中国で教育の公平を求めるには、道が本当に長いように思える。僻地の山の中の学校は本当に貧しい。

十位;安全生産   26.9 %

  安全生産は工場においても建設現場においても、重要なことである。しかしアンケートの回答をした人の頭の中には、炭鉱事故のことが頭に有ったに違いない。このアンケートの直前に新中国成立以来,最大の炭鉱事故が起って、214名が死亡した。そのことがアンケートに影響したかもしれないが、炭鉱事故は中国では驚くほど多いのである。

  一年間の死者はどれくらいかは分からないが、2004年の達成目標が5000人以下であったのを6000人以下に変えざるを得なかったと言うくらいだから、5000人は超えている。 とにかく中国の炭鉱事故は驚くほど多い。誰でも朝、手を振って家を出た家人が夕方には帰れなくなったなんて言うニュースは聞きたくない、と結ばれていた。全くその通りである。だけれども、今年の炭鉱事故の死者はどのくらいに収まるのだろう。

  中国の炭鉱事故の原因は、単に設備が貧弱と言うだけではない。地方のボスと地方の監督官庁が結託して行う、違法な採掘も多いのである。だから中国の炭鉱事故は「腐敗」とも「執政能力」とも「法治政府」とも関係が深いことなのである。もっと深い根っこでは「貧富の格差」とか「三農問題」とか「就業難」とか「教育の不公平」とかにも関係があることかもしれない。

2005年のキーワードは反汚職や執政能力