騙されるほうにも騙される理由があって、自分の方から、金儲けの話とか、怪しい中国の薬の方に近づいていくから騙されたることになるのではないだろうか。大体私自身は用心深いほうで、金儲けの話とか、怪しい中国の薬(中国には怪しい漢方薬が多い)に興味がないので、それで騙されたことはない。勿論女性に騙された話も無い。女性に騙されやすい人って、もともと女好きなんではないだろうか。しかし私は彩陶と言われる土器には興味があるので、自分からそっち方面へ近づいていって、ついに騙されてしまった。中国の骨董の類にはやっぱり偽物が多い。そんなことは重々承知していたのに、しかも二回も続けて騙されてしまったのだから、自分でもあきれる。でも偽物はつき返した。

  何故偽物を買ってしまったか。それは土器に描かれている文様がとても珍しいものであって、それが突然目の前に出されたからである。その文様が5000年くらい前の、特有の文様であることが、判断できる程度の知識は私にはある。もっともそんな知識が無かったなら、騙されることも無かった。

  珍しい物というのはめったに無い物なのだから、本物ではないかもしれないと思わなかったのだろうか。そんな事は知っていたはずなのに買ってしまった。実は少し前に同じ文様の土器を買っていて、またまた同しような珍しいものが、目の前に出てきたので、思わず買ってしまったのである。

  この文様は馬家窯文化の土器の舞踏紋と言われるもので、図録にも載っている有名な文様である。先に買った土器は本物だと思うが、それは顔見知りの骨董屋から買ったものである。この骨董屋には私の自宅の電話を知られてしまっているが、彩陶の本をただで私に呉れた骨董屋でもある。ある日骨董市場に行ってみたら、別のこれも顔見知りの骨董商がいて、何か買えと言う。良い物が無いから買わないと言うと、箱の中から傷の無い綺麗な鉢を取り出した。それは紛れも無く馬家窯文化の舞踏紋である、しかも20人もの人物が、等間隔で輪になって踊っている。書かれている絵は伸び伸びと書かれている。物の本によれば偽物は、本物を真似して書くから、自ずと不自然さが出ると書かれていた。目の前のものにはそれが無くて、伸び伸びと描かれている(ように思えた)。

  無いと思われていた舞踏紋の土器も、結構あるのだなと思って、珍しいものだからこっちも買っておきたいと思った。ここで買わなければ後で買えなくなって、後悔するかもしれないとも考えた。そう言えば、骨董屋はいつも「今買わなければ、売れてしまって買えなくなる」と言う。それを信じてはいけないと、前の日記に書いたばかりなのに。

  良い物が手に入ったと思って、暫く飾っておいた。しかしわずかに本物かという不安もあった。珍しいものとは、めったには無いものである。めったに無い物は容易に手に入らないはずである。それが容易に手に入った。そういう言う物だから、偽物だと決め付けられても困るが、例の骨董屋(本物を買った方の骨董屋)がくれた中国彩陶の本を良く読んでみなければと思った。その本の後ろの方に、偽物鑑別法が書かれていて、参考になるかもしれないと思ったからである。その本を読んでも、文様の点からは問題なさそうに思えた。しかし土器の形と土の質について言えば、その時代のものとは、なんとなく違うような気もする。連続20人の群舞と言うのも、本当にその時代のデザインとして有ったのだろうか。

  疑わしい点は有るのだが、それがその時代に無かったなんてことは、完全には否定で出来ないだろう。図録に載っている物だけが本物であるわけではない。図録にもの載っていない物だから、却って貴重なものだとも言えるはずである。実際問題として、何でもありの中国においては、彩陶に関しても博物館とか図録の物より、もっと珍しい物が出回っている可能性がある。図録や博物館の物は限られた範囲のもので、中国の骨董の世界はそれよりずっと奥が深いのである・・・・・・・と思いたい。

  では今回買ったものは本物か? 貰った本をさらによく読んでみると、彩陶の真贋の判別法として、彩陶の土器を熱水に漬けるという方法があって、偽物はこれによって色が落ちると書かれていた。本物は土器の地肌に絵を書いてから、窯に入れて焼き付けてあるから剥げない。それで、土器を熱湯に漬けてみたかったが、そうすると完全に商品価値がなくなってしまう可能性もあるから、中国の焼酎を使って絵の一部を拭いてみることにした。すると、拭いたところの色があっさり落ちたのである。これを見て、しまったと思った。

  実はこの方法は、以前ウオッカで試して、偽物を発見した方法でもあった。ウオッカだって中国焼酎(日本のよりアルコール度は倍くらいも高い)だって同じようなもので、何故これで試してみなかったのだろう。今回買った物も水では拭いてみていた。そのときは何にも問題が無かった。水では落ちなくても焼酎で落ちれば、やっぱり問題である。それに文様は良さそうに見えたが、よく見てみれば形などについては、怪しい点もあったのである。

  こうなれば、この偽物を突き返せなければならない。実はこの骨董屋は露天商なので、店を土曜と日曜に出す。それで次の土日に行ってみたが、その店は出ていなかった。次の次の日曜日には店を出していた。その露天商の方は、私を見つけて、また獲物が来たかと喜んで、ニコニコと私を迎えたが、今日はそうはいかない。「偽物は熱湯に入れれば色が落ちる」と買いてある本と、中国焼酎の瓶と、テッシュをもって偽物の鉢を返しに行ったのである。持って行った三っつの物は、土器を偽物と証明する三種の神器のつもりであった。

  テッシュに焼酎を染み込ませ、彩色された部分の色を落としてみせた。相手それでも本物だ、と言い張って、金を返さなかったが、別の本物二個と取り替えてくれた。一個返して二個くれたのは、前のが高かったからである。これで偽物を返すことができて、本物が手に入ったことになる。

  ところがそうはならなかった。取り替えて持ち帰った物も、また偽物だったからである。家に帰って焼酎で拭いてみたら、又色が落ちたからである。取り替える際に売り子は、絶対に本物だといい、私にもそのように思えた。厳しいと思えた返還交渉が、意外にあっさりと別の物と取り替えてくれたので、焼酎で拭いてみなかったのである。

  取り替えて貰った物は、本物らしい偽物だった。何故本物らしい偽物ができるか。それは本物の無地の土器の上に本物らしい図案を書くからでる。これはほんとに本物らしくなり、図鑑に載っているものと似たものができる。図鑑と比べても偽者とは判別できない。しかし焼酎で色が落ちれば偽物である。これも突き返さなければならない。それで、又露天商を探しに行ったら、骨董市に店を出していた。

  そこ店にある彩陶はもう信用できなくなったから、別の彩陶に交換するつもりも無くなった。それで金を返せと言ったがなかなか返さない。しかし、売り手の方も、全部焼酎で拭かれたら、堪ったものではないと思ったのか、彩陶は薦めないで、もっと時代が新しい、竜山文化の黒陶二個との交換を申し出てきた。最後には仕方が無いので、それで妥協した。

  中国の骨董は奥が深いというか、怪しいものが多いこともよく分かった。最後の露天商との交渉の時には、ちょうど妻が中国に来ていて、その交渉の過程を見ていて、何を馬鹿なことを遣っているのとあきれていた。娘へのメールに、偽物を本物に換えてもらったと書いたら、換えてもらった物が、本物であることを祈りますと、返事がきた。今までの話を聞けば当然の返事だろう。

  ところで最近も懲りずに潘家園の骨董市場に行ってみたりしている。そしてまた別の露天商のアジトに誘われたので、そこに潜入してみた。やはりアジトは地下室にあった。そこには品物が入っているダンボールの箱が、ごっそりと山になって積まれていた。そして市場には無いと言われている半坡時代の土器もあった。もっともこれが本物だとしての話だが、本物でなければ何の価値も無い。本物なら、6000年も前の物だから相当高い。そこが問題なのである。もし買うならば中国焼酎を持って行って、文様を拭いてみることにしたい。せっかく自ら編み出した判別法なのだから。

  では、この判別方法は決定的なものか。それが最近になって万能ではないことにも気が付いたのである。拭いて文様が落ちない壷でも、怪しいものがあった。ならばどうするか。そんな心配があるなら、買わなければいいではないかと言われそうだが、もしかしてあれは6000年前の本物かもしれないのである。真贋の決定的な判別方法は無いものだろうか。かくして馬鹿なマニアの悩みは続くのである。

騙され日記