中国では、犯人を捕まえてもらった人が、警察に錦の御旗を送るらしい。お礼に錦の御旗を送るなのだとか。錦の旗と言うのは、高校野球の優勝旗のようなもので、旗の中に感謝の意味が縫い取りされている。

  先日の新聞を見ていたら、北京市の公安局長に20名の住民が訪問して、13もの錦の旗を送ったのだとか。これは犯人を捕まえてもらった感謝の印として錦の旗を送ったものである。

  この20名は住民と言っても、実は外地から北京に働きに来ている人達で、豚肉の売買している人なのだが、その豚肉市場に、悪い(黒社会の)一団がいて、その一団は黒龍江省から来た勢力らしいが、豚肉を強制的に安く買い、高く売る悪徳な商売をしていた。文句を言うと暴力で脅したりしていたとのことである。暴力団のようなものだろう。真っ当な商売をしている人達は困ったわけである。

  この通報を受けた公安局は、公安局長自らが指揮を執り、14名の悪徳暴力団を捕らえたとのことである。問題が解決し、豚肉の商売で困っていた人達が、公安局を訪れて、感謝の意を表す錦の旗を13も送った。

  日本で暴力団を完全に撲滅したとしたら、確かに賞賛に価するが、北京のこの事件は、日本の暴力団ほど根が深いものでもなさそうだった。簡単に捕まったからである。日本では警察が街の暴力団を捕まえたからと言って、町内会の役員が優勝旗のような物を持って、警察にお礼に行くことはないが、中国では何故か錦の御旗をもっていったのである。それも13も持って御礼に行ったのである。

  中国では病院などでも、この錦の旗を見る。医者もこの仰々しい錦の御旗を、患者から病気全快の感謝の気持ちとして送られるらしい。この他にも医者は、旗のような実利の無いものより、"紅包"と言って、金を包んだ赤い包みを沢山貰うのだとか。テレビや新聞でこの"紅包"の弊害が盛んに言われているが、無くならないらしい。

  助けて貰った時、感謝したくなるのは自然の気持ちである。しかし公共的な機関が、あたり前のことをしたときでも、大げさに感謝の気持ちを表すことが、中国の礼儀なのだろうか。御礼をしなけらば礼儀にもとることになるのだろうか。何だか奇妙な習慣である。

  その疑問を回りの中国人にぶつけてみた。答えはそう言うことが珍しいから、錦の御旗を送るのだろうとのことであった。警察が本気で犯人を捕まるなんてことが珍しいことということなんだろうか。中国の警察が重大な殺人犯を放って置くなんてことは決してないが、単なる暴力事件程度となると、どうなんだろう。

  そう言えば、先日の新聞には、未払いの給料の支払いを要求して、座り込んでいた100名近くの労働者の群れに、突然鉄の棍棒を持った数十人の労働者を装った男達が、殴りこみをかけ、24名の者が骨折などでぶっ倒れた。事件は10月28日の白昼の4時40分に起こった。北京の東の三環路でのことで、日本企業も多い北京の中心部近くなのにこんな暴力事件が起きている。事件の様相は悪徳な資本家が労働者を弾圧しているという、以前の共産党革命家が言っていた資本主義の矛盾にそっくりのような気がする。しかしここ中国は、資本主義社会であるはずがなく、労働者のための共産主義であったはずである。しかも労働者の要求は賃上げなどではなくて、未払いの賃金を払ってくれという要求に過ぎないのである。

  新聞には警察は既に調査に入ったと書かれていたが、警察はこの犯人を捕まえることが出来るのだろうか。それ以前に警察は真面目に犯人を捕まえるつもりになるのだろうか。新聞の書き方では甲と乙が喧嘩したという様な調子で書かれていたが、この事件は、契約を交わした者が契約不履行で喧嘩したというものではない。この事件の黒幕は明らかに資本家側の指図のようのように思える。いや中国は共産主義国家だから資本家は居ないのか、いてもそうは言わないだけなのか。そうなると、労働者と雇用者との単なる契約上の揉め事と言う事になってしまうのでだろうか。

  しかし集団で鉄棒を振るって、座り込んでいる労働者に襲い掛かるなんて、やっぱり契約上の揉め事だけとはいえないはずで、資本家がいないとしても、悪徳資本家に近い誰かが組織的な暴力を振るったことに間違いない。その誰かは警察が矛盾があることになる。

暴力を振う権力者側の犯人は、なかなか捕まらないんじゃあなかろうか。資本主義国家である日本の方がよほど労働者や農民の権利を保護しているように思いえてきてしまう。この事件の黒幕を、是非捕まえて欲しいものである。私の心配が杞憂に過ぎなければいいのだけれど。本当に犯人が捕まれば、労働者は感謝して、公安に錦の御旗を持っていくことになるかもしれない。

中国では警察に犯人を捕まえてもらうと錦の御旗を送るらしい