中国の家は取り壊すのじゃなくて、分解するのである。北京では凄い勢いで建物を壊し、再開発をしている。古い家を壊さなければ、広い道路も大きなビルも出来ないからである。壊される建物は多くの場合、古くからある平屋である。建物を壊す前の手順として、壊す建物の壁に、丸の中に"拆"という字を書く。この字は1メートル以上もある大きな字である。"拆"という字は"チャイ"と読むが、この"チャイ"が壁に書かれると、壊すぞ、早く立ち退けと言っている恐ろしげな字にも見える。日本と違って情け容赦なく壊すと言った感じである。見方によれば、今の中国の経済発展の象徴のようでもある。

  この"拆"="チャイ"の本当の意味は、家を取り壊すという意味ではなく、分解すると言う意味であるらしい。多くの中国人に"拆"の意味を聞くと、家を壊すではなくて、分解するとか、バラバラにするという意味のほうが正しいと言う。ならば何故壊すのではなくて、バラバラにするかと言うと、建築材料であるレンガを再利用するからである。棟に使われる木も再利用されるかもしれないが、目に付く再利用品はレンガである。中国の家はレンガで出来ているのである。レンガで家を造ると家に柱は無いから、柱の木の再利用は有り得ない。

  壊れたパソコンに例えれば、押し潰して処分するのが"壊す"であるが、バラバラにして部品を再利用するのが分解="拆"である。故障したからと言って、完全に叩き壊してしまっては、部品の再利用が出来ない。この場合は"拆"=チャイとは言わないのである。

  壊すでもバラバラにするでも家を取り除けるの同じことで、今の時代になっては、家を壊す時の作業の実態は、丁寧にレンガを外して"分解する"なんてことは無く、ブルトーザーで"壊す"と言った作業方法がふさわしい。だから"家をとり壊す"と言っても差し支えないかもしれないが、伝統的に中国では家を"壊す"ではなく、分解すると言う。

  今では新しい家は、レンガを使わずコンクリートの高層建築が殆どになった。都市部では人が多くて地面が不足しているので、レンガで造る平屋は許されていない。だからチャイされたレンガの需要はそう多くないと思える。しかし今でも家の取り壊し現場まで、レンガを拾いにくる人が多い。そして北京の下町の路地に入って、家の庭を覗くと古いレンガが庭にて貯めてあったりする。確かに古いレンガがよく利用されている。家の入り口などには、不ぞろいのレンガが嵌め込まれて利用されている。

  ところで私は、この古いレンガの貯め置きを見ると、何か怪しいのではないかと疑問が湧いてくる。一つはこのレンガは何処からきたのか、もう一つはこのレンガを何処に使うのかという疑問である。

  実はレンガには二種類あって、昔のレンガは黒いのである。これは青レンガというが、今ではほとんど生産されなくなった。今のレンガは赤レンガで、ただの材料といった感じで、趣の無いものである。青レンガのほうは結構価値があるらしく、狭い四合院の庭に貯めて込んで、積んであったりする。それで疑問なのであるが、あの青レンガはどこから持ってきたのだろうか。古いものは共産党解放軍が北京入城後に、壊してしまった城壁のもかもしれない。何故かというと結構大きいサイズのレンガあるからである。また、その後の紅衛兵による文化財の大破壊で、破壊された寺や廟のレンガかもしれない。いずれにしろ、世の中が乱れた時は、万里の長城のレンガなども、きっと農民の家の良い建築材料として再利用されたのではないだろうか。

  もう一つは疑念と言った方がいいかもしれない。溜め込んだレンガを何に使うのかと言うことである。北京の路地を歩くと、路地の縁が真っ直ぐになっていないで、凸凹になっている。建物の一部が道側に張り出して作ってあったり、他人の建物の壁を利用して物置が作ってあったりする。日本でならば、建物の位置が不法占拠となるような位置にあったりもする。拾って集めたレンガが、全て不法建築に使われるなんてことは決してあるはずも無いが、北京の裏町の乱雑さを見ていると、溜め込まれたレンガは不法建築予備軍として控えているようにも思えてしまう。

  この見方はチョッと考え過ぎだと言われるかもしれない。しかし北京の消防車も入れない、行き止まりの袋小路を、一度見ていただくと、私の見方も、さもありなんと思えてくるかもしれない。私が北京にいれば、この状況をご案内できるので、このつまらない事に本当に興味のある方は、ご連絡ください。なお、以前に書いた"全部死んでいる"という小文も見ていただけると少しは状況が分かるかもしれない。

  話は元に戻るが、将来レンガ作りの家ではなくてコンクリートの家ばかりになり、それを壊さなければならない時代になると、コンクリートの家をチャイ(拆=分解)するのではおかしいから、壊すという言葉のほうが相応しいことになるのかもしれない。

家は取り壊すのじゃなくて、分解するのだ。北京のレンガの物語。