よく行く寿司屋の親父が、うれしそうに言う事には、只で冷蔵庫が貰えたのだとか。それもそこらにある冷蔵庫じゃあなくて、マイナス60度の冷蔵庫なのだとか。そうなるとこれは冷蔵庫ではなくて、冷凍庫である。しかも家庭用の冷凍庫ではなくて業務用らしい。そこに冷凍した美味しいー60度のマグロが入っているのだそうである。その親父さんは、それがよほど嬉しかったのか、今度来たときにそれを解凍して、只で食べさせてあげると言うのである。解凍には特別の方法があって、時間が掛かるらしい。社員を連れてきても只で食べさせてくれるのかと、聞いたら、100人も来て貰っては困るけれど、なんて冗談を言って上機嫌だった。それはそうだろう、業務用の高性能の冷凍庫を只で貰ったのだから。

  ここは日本の寿司屋ではなく、北京の寿司屋の話である。日本では寿司が高いから、寿司屋の親父と仲良くなれるほど、寿司屋に行けない。北京なら寿司屋によくいけて、親父と仲良くなれるか? と言うと、これも難しい。 北京の寿司と言うのは日本料理屋にあるものだが、日本料理屋に行くとなるとやはり高い。それに私の職場からも家からも遠いので、仲良くなれるほどには行けないのである。私がよく行くのは、中国人向けの回転寿司屋である。それでも日本の100円回転寿司よりは少し高くて、中国人向けに高級料理である。

  この回転寿司屋のシャリにはちょっと難があって、日本料理屋のご飯ほどは美味しくないのだが、私の会社から、ワンメーター140円のタクシーで行けるので、便利なのである。普通は7時半頃仕事が終るので、家に帰ってから食事するのは9時頃になる。たまには家で食事を準備するのが面倒くさいこともある。そんなときはそこの回転寿司屋へ行って食事する。私は晩飯に、宴会や誘われた時以外は、中国料理を食べない。外食で食べるのは、羊肉の焼き鳥のようなもとか、韓国料理、新疆の麺などだけである。日本風の食事といえばここの回転寿司になる。

  いつもこの回転寿司屋に行ってるわけではないが、かなり前から通っている。それに中国人向けの回転寿司屋だから、本物の日本人で、続けて来る日本人は珍しいから顔見知りになった。寿司屋の親父なんて言うと、寿司屋の職人兼オーナーと思うかもしれないが、この親父は自分で寿司を握るわけではない。中国ではオーナーで、シェフなんて人は少なく、商売人なのである。しかしこの親父は商売熱心で、奥さん共々いつも店に出ている。商売熱心なのか、おせいじなのか、たまにはここの味はどうだんなんて聞いてくる。それで、ご飯の部分がちょっと言うのだけれど、これは言ってみてもどうにでもなるものではない。

  米を換えたらどうかと言ってみたら、最近東北米(中国の)に換えてみたということであった。釜は日本製だと言う。しかし、美味しいご飯を作るのは難しいことかもしれない。美味しいご飯の味はこうだと言うイメージを持っていないと、なかなかそうならないのではないだろうか。日本の美味しいご飯のイメージが無い中国人では、これ以上ご飯が美味しくなる可能性は、少ないのではと思ったりしている。

  シャリの部分に比べて、刺身の部分はまあまあの味である。サーモンの寿司なんて結構旨く食べられる。しかし私の満足度といえば、日本の100円均一の回転カッパ寿司でも美味しいと満足しているくらいであるから、ここの寿司を美味しいなんて、人に勧める自信はないのであるが。それで私からすると、改良すべきはご飯のほうであって、魚の方ではないように思える。私の味覚は自慢できるほどではないが、やっぱり中国の御飯は、日本で食べるのとは違うと分かってしまう程度のものなのである。ではここのシャリは不味いかと言うと、そうは言っていない。中国の普通の御飯、例えば会社の食堂のものなんかよりずっと美味しい。

  シャリが美味しいか不味いかという話ではなくて、チョッと疑問があるのであるが、何故、寿司屋の親父が、業務用冷蔵庫を只で貰えたのだろう。話をよく聞いてみると、水産関係の協会から只で貰ったらしい。それで嬉しくて、日本人の私にわざわざ告げたらしい。何の為に只でくれたのかと、下手な中国語で聞いてみたところ、どうもマグロの普及のためであるらしい。マイナス60度のマグロを運搬するコールドチェーンがあるのかと聞いたところ、北京にはあると言う。北京の32の店に只でくれたのだとか。回転寿司屋は当店一つだけと言っていた。模範企業であるから貰えたとも言っていた。

  水産関係の協会からともなれば、これは今問題になっている中国に対するODAの一種なんだろうか。無償援助の目的は、マイナス60度の高級マグロの普及なんだろうか。魚を生で食べる習慣の普及でもあるのであろうか。そうだとするとなんだか勿体無いような気もする。これは私のアイデアであるが、海の魚の普及ということであれば、魚の焼き網を普及させればいいのではないだろうか。中国には魚を焼いて食べる習慣は無い。そこで魚の焼き網を無償援助すれば、おのずと中国に焼き魚という料理法が広がって、魚の販路が広がることになるのではないかと思うのだが。それにしても日本は結構まだまだ金持ちなんだなあとも思った。こう言った無償援助と言うのは、回り回って我々の税金なんかが回ってきて来ているのだろうか。そういった金であれば、もっと違った方面、例えば中国に100万人以上も居ると言われるエイズ患者の為の方が有意義なのではないかなんて考えた。

  寿司屋の親父は、日本から只で貰ったと喜んでいたから、日中友好には役立ったのだろう。しかし日本から中国への高額の無償援助が、何処に使われているのかは、中国国民には全然知らされていない。北京市の消防局の訓練施設や救助訓練が日本からの援助で行われている事は、私には分かった。しかしこれは、私が日本人だとわかって、消防局の人が教えてくれたからである。周りの中国人は誰も知らないことである。無償援助で多額のお金を日本から貰っていることを、国民に知らせていないのは、礼の国・中国のやり方なんだろうか。それとも少しは国民に知らせているのだろうか。もしそうであれば、どの程度なのかも知りたいところである。

  始めの方の話の、冷凍マグロを只で食べさせてくれるという話であるが、本当に、会社の社員を数人連れていってマグロを只で食べさせて貰いに行った。一緒に行った社員は、全員日本で生活した経験がある者ばかりである。何故って、生魚を食べたことの無い中国人では、生の魚なんか気も持ち悪くて、食べられた物ではない。で、マイナス60度の冷凍マグロの味であるが、寿司屋の親父も気にしていたがチョッとイマイチ。解凍方法にも問題が有るようである。日本の水産業の協会は解凍方法をちゃんと指導したほうがいいかもしれない。マグロ自体にも問題があるのかもしれない。もしこれが高級なトロだったら、きっと美味しかっただろう。日本の寿司が中国に進出してと言っても、回転寿司屋に、トロまでは普及していないのである。

寿司屋の親父の言うことには