バスの中のおらび声
(5月26日)

  おらぶとは、叫ぶと言うことで、四国の宇和島あたりの方言らしい。何故おらび声と書いたかと言うと、叫ぶという言い方では、とても言い表せないくらいの叫び声だからである。宇和島出身の日本語の先生が、「中国人は、よくおらびよりますな!」と言っていたが、その言い方がピッタリに思えたからである。おらぶは古語の名残なのだろうか。

  場面は公共のバスの中であるが、耳の側でウワアー、ウワアーと叫ばれるとほんとに頭に来る。突然、ウワアー、ウワアーと叫び出すのである。その男は別に気がふれたわけでは無い。ただ携帯で聞き返しているだけなのである。言っている意味は「何ですか?」と言う意味である。中国語にも、もしもしという言い方がある。しかし言葉で言うのではなくて、ウワアー、ウワアーと叫ぶだけ。これを始めて聞いた人はビビるだろう。引いてしまうに違いない。この言い方はまるでヤクザが恐喝するときに使う、何か文句があるかと言う聞き返し方にそっくりなのである。ねめあげるように、顔と音声とをずり上げながら、ウワアーという言い方である。

  中国のウワアーは恐喝ではなくて、ただの聞き返しだから顔は動かさない。でも恐喝されているように聞こえる。この言い方をもっと詳しく説明すると、音程的には、低い所から高い音にずり上げるのである。音程は一オクターブ近く急激に上げる。同時に音量も小さい音から大きい音に、音楽用語で言えばクレッシェンドさせる。音楽記号では<である。口は最後の部分で大きくワーと大きく開いて止める。

  会話の部分は耐えられる音量であっても、この聞き返すときになると、突然、大声になって、ウワアーと叫びだして、周りの人をビックさせる。聞き取れないと、ウワアー、ウワアー、ウワアーの三連発になる。全く野蛮人の行為に近い。野蛮人は聞き返すときだけではなくて、始から終りまで、バスの中で叫びつづける奴もいる。この大声の電話も困りものである。この大声の電話がまた中国では多い。腹の底から搾り出すような声で話す。身振り手振りを加えて独演する奴もいる。中国には唯我独尊的な人が多いのかも。

  確かにバスの中の携帯は聞き取り難い。しかしこちらが大声を出したからと言って、聞き取りやすくなるわけではない。ならば何故バスの中で叫ぶか?謎である。自己顕示欲が強いのか、はたまたただの無神経なのか。大声は他人に迷惑である事を全く解っていない。もしかしかしたら、自分の大声に酔っているのかも。

  以前、中国で今の携帯が普及する前は、大きな携帯電話が使われていて、その名前は「兄貴より偉大な」という名前であった。その頃の携帯は、一般の庶民がなかなか持てるものではなく、金持ちか、政府幹部がお手盛りで自分に支給していたものである。その頃、人ごみの目立つ所で、「兄貴より偉大な」という大きな携帯電話を持って、大声でがなり立てていた輩もいた。その頃は貴重品である携帯電話を見せびらかす為に、ひいては偉大な自分を目立たせる為に、必要以上に大声を出す輩がいたようである。しかし今の中国の携帯の数は、日本より多くて、珍しくないのだから、大声で携帯を持っていることを見せびらかす必要は無いわけである。

  バスの中で叫びつづける中国人を無神経とまで言っていいかと言う問題がある。中国の習慣であるとも言えるのだから。中国においても多分、無神経と決めつけともいいと思う。北京には文明普及委員会とか北京文明促進みたいなところがあって、そこで聞いてみればハッキリするのだが、多分、骨を口からテーブルに吐き出す行為や、痰を道に吐く行為、ゴミをやたらに捨てる行為と共に、あのやくざ口調の聞き返しは、非文明的行為と認定されるののではないかと思うのだが。なにしろ、中国政府は、2008年のオリンピックを結構気にしていて、礼儀を普及させようとしている。

  そう言えばまだ五月であるのに、先日は33度にもなった。そうするとビアガーデンには上半身裸になって、丸く突き出た腹を撫ぜながらビールを飲んでいる男が既に現れた。こんなのも北京政府から見れば、オリンピックまでには止めて欲しい行為だろう。

  私は、バスの中でタバコを吸っている男がいると、大抵は注意する。先日は三日連続でバスの中でタバコを吸うやつが現れた。一日目は私が注意した。二日目と三日目は車掌と運転士に怒鳴られてタバコを止めた。もし車掌と運転士が注意しなくても私が言ったかもしれない。ならばバスの中で"おらぶ男"に対して、その行為を、他人に迷惑だから止めてくれと言えるだろか。中国では多分言えないだろう。言った事も無い。中国人の中には大声で話す人が多いから、珍しくないからである。バスの中で叫んでいる男がいる場合、中には顔をしかめる人も確かにいるが、大体は寛容な態度である。

  タバコの場合は禁煙ということが、かなり市民権を得ていて、タバコは駄目だと言ってもあまり逆切れされない。逆切れされない理由は、私が老人である事も理由になるかもしれない。中国では老人を表面上は敬う事になっているからである。しかしその老人の力をもってしても、大声を禁止させることは出来ないだろう。禁煙は、ダメ!と言えばそれで用が足りるが、バスの中の大声を止めさせる為には、ダメな理由を中国語で延々と説明しなければならない。私はそんな中国語の能力が無いし、喋れたとしても、逆切れされるかもしれない。多分中国語が堪能な中国人が説明してもダメだろう。

  因みに私が日本で、禁煙を注意するかと言うと注意しない。日本の禁煙場所で吸っている連中は、確信犯であったりして、逆切れされる可能性があるからである