SARS以降健康的習慣を堅持していますか?
(10月31日)

  SARSの時、中国の衛生状態は、これではイカンと言う事で、衛生状態の改善が叫ばれた。その一つにやたらに痰を吐くな、やたらにゴミを捨てるな、タバコの吸い殻を捨てるな、などと言われて、見つけたら罰金、見つけるために一見普通のおばさんが監視していたりしていた。

 しかしそんなことを言っても、長年の習慣は変えることも出来ず、今では元の木阿弥である。次の改善のチャンスは2008年のオリンピックの時か。

  ところで最近(10月下旬)の新聞の家庭欄に、"健康的習慣を堅持しているか?"と言う欄があった。その中で"通風は消毒よりもっと重要"と書かれていた。窓を開けて風通しを良くすると言うことはSARSの時、盛んに言われたSARSの予防である。SARSが流行しだした頃はまだ外が寒いくらいのときであったのに、とにかく風通しを良くしろ、良くしろと、どの新聞やテレビでも言い出した。それでバスも窓を開け放して走るから、風邪を引いてSARSと同じ状態の発熱の症状に、なりかねない状況だった。よく考えてみればわかるはずだが、一旦病原菌が室内に入ってしまって、手にでも付いてしまったら、風で吹き飛ばすわけには行かないはずである。もしSARSが風に乗って飛ぶ病原菌であったとすれば、逆に外から入ってくる可能性もあるだろう。この効果を、どのメデアも口を揃えて、疑う事も無く繰り返して言っていたところを見ると、中国の衛生知識の水準が知れるというものである。

  その新聞に書かれていた、通風が有効な理由としては、日光に晒された状況と通風の状況下では菌が死ぬと書かれていた。日光に晒せば菌は死ぬかもしれないが、風が通が通る状態にしただけではそんに効果があるとは、聞いた事が無い。乾燥させることも効果があるかもしれないが、そうではなくて風を通すことが大事なのだと言う主張である。やっぱり一度刷り込まれた固定概念はなかなか抜けないらしい。

  SARSの時は、ほかに有効な予防手段がないから、こんなことで宣伝していたのかもしれない。ほかにも殺菌作用があると言う線香も盛んに使われたが、この方は効果があるとは、メデアではあまり言わなかった。

  中国には訳のわからない健康法というのがたくさんあるが、これもその一つかと思った。そしてこの効果を信じて疑わない地方が確かにあるのである。それは上海と江南の地方の辺りらしい。上海人はまず朝起きると窓を開ける。寒い冬でもそうするらしい。そして空気を入れ替える。こもった空気とか炭酸ガスを入れ替えると言うなら、日本人にもその気持ちは分かる。しかし、空気の入れ替えだけではなくて、風が通らないと気持ちが悪いらしい。本当は空気の閉所恐怖症のようである。上海では学校の授業中、寒くても、振るえながらでも窓を開けておくとのことである。そうなるとオーバーを着ながら授業を受けるのだとか。

  こんな考え方が、中国の伝統的考え方かと思って、わが社の中国各地から来ている人に各地の習慣を聞いてみた。やたらに窓を開けなければ気が落ち着かないという人は殆ど居なくて、僅かに浙江省の男性と江西省の北の方の女の子だけが、夜寝るとき窓を閉めてしまうと気持ちが悪い感じがすると言っていた。私の考えであるが、このばかばかしいSARS予防法を浸透させたのは、上海出身の衛生局の幹部あたりではなかろうか。また冬にSARSが流行りだして、寒い冬に窓を開けろ開けろと騒ぎださなければいいのだが。

  この新聞には、別の健康的習慣も紹介されていた。それは"分餐"と書かれていたが、一人が一人分の食器で食べることである。日本料理は大体分餐である。弁当なども分餐である。これに対して中国料理は"共餐"である。但し共餐は私が作った言葉で、新聞にはこんな言葉は使われていなかった。つまり中国料理は大皿に料理を盛って、そこから箸で直接口に運んで食べる食べ方である。箸は大皿と自分の口の間を直接往復する。一応形だけの小さい取り皿はあるにはあるが、殆ど取り皿として使われないし、小さすぎて、取り皿として用をなさない。

  SARS後、ある程度変わった習慣として、弁当を持って来て食べるということが増えてきたように思える。SARSの時は北京では全く外で食事をしなくなって、社員の殆どが弁当を食べていた。つまりSARS の期間は"分餐"だったのである。SARSが去った後も少しはこの習慣が残っていて、今でも会社で弁当を食べる人は多い。今回、読んだ新聞によれば、この弁当を持って来る事がSARS予防にいいのだとか。ほかにもレストランからのデリバリー、インスタントラーメンを食べるのも良いと書かれていた。良い理由は"分餐"だからなのである。

  他人の病原菌が箸と料理を通じて自分の口に入る可能性が有ることが、良くない習慣と言う事なのだろう。他人の口に入った箸で料理を突っつかれたくないという気持ちならば、我々日本人にはよく分かる。中国の宴会で自分の箸で、つまりは他人の口に入った箸で、大皿からお客の皿に料理を取ってくれたりするが、私としてはあまりうれしくないのである。

  しかしこれもSARS予防法としてはおかしい。この予防法は直ぐそばにSARS患者が居る可能性が高い場合の予防法であろう。通風を良くすることも、直ぐそばに患者が居ると仮定して、その菌を追い出す為の通風かもしれない。しかしもし近くにSARS患者が居る可能性が高いならば、こんな手ぬるい予防法(風を通すとか、食事を分餐にするとか)でいいはずが無い。近くに患者が居る可能性が無い、又は少ない場合ならば、何故通風を良くしたり、わざわざ分餐にするのだろう。中国で言うこれが健康的習慣だというのは理由が良くわからない。

  そう言えば以前、中国では肝炎が箸から染る可能性がるとされて、割り箸(使い捨てである)の使用が奨励されたと聞いたことがある。肝炎ならば中国では罹患率が高いらしいから、唾液と箸を通じて染る可能性もあるのかもしれない。これがほんとなら"分餐"を奨励する理由として、こっちの方が説得力がある。"共餐"が不衛生な習慣だとして、"分餐"を変えようとするのであれば、これはよく分る。まあ、我々とっては大皿から自分の箸で取り分けてくれる習慣や、取り箸や受け皿を使わない習慣は変えてもらった方がいい。中には箸に付いたおかずを舐めとって奇麗にしたつもりで、料理を取り分けてくれた人が居た

  しかし、大勢で大皿を突っつき合う食べ方は、SARSが感染しにくい食事方法だとして、少なくなっていくのだろうか。恐らくそんなことは無いと思う。中国料理の食べ方は、昼休みなどでも、仲の良い同僚同士で群れをなして(と新聞に書いてあった)レストランに行き、和気藹々と大皿から料理を突っつき合って食べるのが、親密感を増すのにもいいとされる伝統的な食べ方なのだから。

  余談だが中国人に、日本人は家族でも、箸や茶碗を共用しないで、自分専用の物を使うと言うと、変な顔をされる。日本人はそんなにしてまで、衛生に神経質なのかと。いやいや、そんな理由で変な顔をされるのではない。夫と妻の箸や茶碗を、どうやって識別するのかが不思議なのである。中国には様々な模様がある箸や茶碗が無い。棒のような箸と白い茶碗だけ。一種類の箸と茶碗しか無い家庭では、夫用の箸、妻用の茶碗はありえないのである。北京にもわずかに日本の食器を売っている所がある。この日用雑器を見れば、いかに日本の食器が多彩で奇麗かが、改めて気がつくと思う。