"とりあえずビール"が通じない(8月9日)

  この言葉のニュアンスは中国ではなかなか通じないと思う。北京の日本語タウン誌にビール特集があって、"とりあえずビール"というタイトルが付けられていたが、この言葉はやはり日本の事情に合った、日本的表現だから、特に中国の高級レストランでは通じないのでは。

  "とりあえずビールを"と言う意味を、単に"先にビールを持って来てください"、という意味としても、中級以上のレストランでは、この意味がなかなか通じない。中国式のレストランでは、注文を取りに来るウエイトレスにとって、まずお客が"先に"ビールだけを飲みたいと言う心情が分らない。彼女達の常識、又は受けた教育では、お客がレストランに来た目的は、豪華な料理を食べに来たはずある。だからまず料理は何がいいか、まず料理の注文を聞いてくる。

  中国では料理の注文にとても時間が掛かる。メニューに書かれている料理の名前が中国人でも分らないからである。自分の知っている料理の名前であっても、甘いか辛いか確認する必要がある。中国の料理の名前は、日本ほど内容を表していないし、同じ料理の名前であっても、店によって辛さなどにかなりの違いがある。日本のチャーハンが全国何処でも大体同じ味になるのとは事情が違う。だから注文主とウエイトレスの問答が長々と続く。

  そんな訳で、料理の注文が終わるまで、かなり時間がかかり、それまでビールが飲めない。しかし料理の注文が終ったからと言って、ビールが直ぐ出てくる訳ではない。中国における酒類は、料理の間に飲むものであって、多分食前酒などの概念は無いのだと思う。だから料理が並ぶ前には、ビールが出されない。

  簡単な中国語が話せるのだったら、料理の注文より、先にビールを出してくれと言えばいいではないと言われるかもしれない。しかしこれがそう簡単ではない。とりあえずビールを先に飲みたいと言っても、彼女なりの常識が邪魔して、率直にこっちの言う事を聞いてくれない。厨房に料理の内容を伝える方がどうしても優先してしまう。

  実はビールが飲めるまでには、まだ障害がある。それはビールの前にお茶が出ることである。そのお茶は何が好いかと聞いてきて、先にお茶が出される。何でビールの前にお茶が出てくるのかと、ビールを早く飲みたいときはイライラしてくるが、兎に角中国人の中にはお茶とビールとを一緒に飲む人がいるのである。日本人だけの会食だったら、お茶は要らないから先にビールを出してくれと言うが、中国人が一緒の場合は、お茶も必要なのがこっちの流儀だからそうも言えない。それで益々ビールが出てくるのが遅くなる。

  "とりあえず"という意味は、先にビールを注文するが、必要に応じて、料理を追加注文もしますよ、と言う意味も含まれている。しかし中国では全部の料理の注文を先に聞いておきたいらしい。だから前菜だけ頼んで、後はビールを飲みながら料理の注文をゆっくり考えるということが、なかなか許されない。中途半端な注文をすると、注文数が足りないが、魚は要らないのか、スープはどうかと追求が激しい。日本人には料理が余るのが気になる人がいたりして、結構みみっちい(私も)のだが、足りなければ追加注文しようなどという考えは、これは中国的ではないのである。中国料理はただひたすら、豪華に並べるのがいいらしい。それに料理を食べる順序に決まりが無いみたいで、料理の皿が重なる勢いで出てくる。

  料理の皿は豪華に並ぶのであるが、ビールはテーブルに並ばない。何故だか分からないが、酒のビンをテーブルには並べたくないらしい。酒は料理の添え物だからなのだろうか。ビールはテーブルのずっと後ろの別のテーブルにあったりして、これをウエイトレスがサービスしてくれる。サービスしてくれるのはいいのだが、サービスの主たる目的は料理を出す事にあるから、ビールのお酌がどうしても後回しになる。それにビールが無くなったからと言っても、ウエイトレスは、慌ててビールを継ぎ足す必要を我々日本人ほど感じない。それならば自分で手酌してもいいのだが、料理を並べるのに邪魔な為か、ビール瓶がテーブルに置いてないのだから困る。

  ビールがスムースに飲めないのは、ウエイトレスがお酌をしてくれる高級レストランであるという理由もある。しかし手酌でビールを飲む店でも、東北地方などでは、ビール瓶をテーブルに置かず足元に置いておく人がいた。そう言えばこの地方では、文字通り皿の上に皿を重ねて、料理の量の多さを誇っていた。その一方で、ビールは迫害されているのである。

  だからと言って中国のビールの消費量が少ない訳ではない。中国のビールの消費量は凄い量になるはずである。庶民は道端で、ビールをラッパ飲みしながらマントウを齧っている。昼食からビールを飲んでいる会社員も結構いる。ビールによって知人との関係を深めているのかもしれない。気軽にビールを飲むには、安い店、西洋風の店、最近流行りのテーブルを店先に並べた店などがいい。ここならば何の問題もなくビールが気軽に飲める。