正月の餅代も貰えない
(1月22日)

  中国ではもうすぐ春節である。春節とは中国の旧正月のことである。新聞を見ていたら、この時期ならではのニュースがあった。この時期の話題はいろいろあるが、その一つが給料の未払い問題である。

  給料の未払いは相当な額になるらしい。去年末の北京市の建設業の未払い給料は22億人元(日本円にすると300億円以上。但し不完全な統計に拠ると、と書かれていた)だとか。給料が支払われていないだけでなく、建設業界が支払うべき費用、332億元(北京だけで)が支払われていないのだとか。このように支払うべき費用を支払わない状態は、日常化しているようである。これが何故今の時期に話題になるかというと、春節が迫り、労働者が故郷に帰るに当たって、給料が貰えないという事態が問題になるからである。もち代が無いから正月が越せないと言った状況である。給料が貰えない人は、一般の都市労働者ではなくて、建設業で働いている農村からの出稼ぎ労働者である。建設業で働いている労働者は殆どが地方からの出稼ぎ(新聞では民工と言っているが)である。普通都市の労働者は、建設業などの3K(日本では古くなった言葉でだが)などの仕事をしない。都市に戸籍がある者や、白領(バイリンと読む)と言われるホワイトカラー、国営企業、政府(中国には県や市も政府である)の役人は、ちゃんと給料を貰えて、楽しく旧正月を迎えることができる。

  そこで、今の時期、困っている民工を助ける為に、監督官庁が代わりに取り立ててやったりして、その場で労働者にお金を渡したりする。その場面がテレビにも映ったが、中国ではこう言った場合の、お金の取立ての手続きが簡単なようにも見える。政府のお役人が困っている人を助けてあげている、絵になる図式である。お金を取り立てて貰った民工は、世の中には悪い人だけではないのだと言って喜ぶ。しかしこれはどうも春節前だけに行われるパフォーマンスでもあるようである。給料が遅配していても、他の時期は話題にもならない。第一、監督官庁の担当者が出かけていたって、お金などおいそれと取れるものではない。支払い者側の言い分は、"これは《三角債》問題だから支払う金がない"と言っている。要するに金の流れが三すくみの状態になっていて、入るべきお金が入ってこないから払えないと言うことなのである。

  中国では金が無いから払えないと言い方が、まかり通る世界のようである。私が働いているソフト開発業においても、相手が中国の会社であると、製品を納入しても分割払いの最後の分はなかなか回収できないらしい。日本の様に月末検収、翌月末支払などと、支払い条件を約束しても、実行されない場合が結構ある。日本との取引は商売上殆ど心配が無いが、中国人との取引では、売り上げたお金が回収できるかどうかは、とても大きな問題である。

  新聞で春節前に問題にするのは、こう言った通常の取引ではなくて、建設業の労働者に対する賃金の未払いである。民工から見れば、賃金を支払わない悪者は"包工頭"と言われる請負主である。"包工頭"は建設業者から仕事を下請けして、一方では出稼ぎ農民をかき集めて、請負仕事をする。その"包工頭"が民工を働かせても給料を払わないのである。一方民工は組織された労働者ではないから、訴える力が殆ど無い。しかし新聞に拠れば、負債に対する未払いは労働者だけにある訳ではなく、施主が建設業者に金を払わず、建設業者は"包工頭"と言う請負人に払わず、"包工頭"は労働者に払わないと言う図式になっているらしい。新聞によれば金の流れの悪循環の頂点に立っているのは、ビルや団地を開発する施主であるようで、例えば、開発に必要な資金の60%しか見込みがないのに、建設を始めるのだとか。そして案の定お金が回らなくなって、出稼ぎ労働者に支払えないという事態になる。一番弱い出稼ぎ労働者にしわ寄せが来る。

  問題の根本である施主に支払い能力が無い、無いのに事業を始めると言う状態を、根本的には取り締まれないらしい。そして支払いが必要なお金を、中々払わない、又は払わないで済ませてしまうと言った状況が中国にはあって、これが無くならない。負債を払わないのは、ビルの建設だけの問題ではないが、毎年春節の前になると、出稼ぎ労働者に対する賃金の未払いが問題になる。賃金未払いに対して、これを取り締まる"労働法"などの法律はあるらしい。しかし罰則は、未払い者にとっては痛くも痒くもないらしい。この問題に対する調査も取り締まりも、形だけのもので、老板(ボスをこのように言う)もこの法律の甘さを利用して賃金を支払わない。未払い問題を政府の機関に訴えるところは在るにはある。しかし訴えたところで、何の効果も無い。新聞に拠れば、給料の支払い状況を調査する人も足りないのだとか。賃金未払いを防ぐ有効な方法は無いようである。

  訴え出ても何の効果も無く、しかし正月の餅代としての給料を貰いたい出稼ぎ労働者の二人が、思い余って思い切った行動に出た。建設中の高級ビジネスビルの9階に昇り、未払い賃金を支払わなければ、下に飛び降りると言って、ビルに立て篭もった事件があった。1月4日に広州であった事件である。この事件は"包工頭"が未払い給料を9階まで持って上り、説得してようやく二人が降りてきて解決した。文字通り捨て身の覚悟で、自殺騒ぎを起してやっと給料を貰うことが出来たらしい。

  新聞も正論を言っている。多くの国が所得税や社会保障税を給料から取っているのだとか。そして多くの国が給料を源泉として、社会保障費を支給しているとも書かれていた。結構新聞記者は結構勉強しているらしい。しかし中国では社会保障の源泉となるべき給料が、末端の出稼ぎ労働者にまともに支払われていない。こんな状態でいいはずがないと新聞には書かれていた。そして給料が支払われないのは、多くが農村からの出稼ぎ労働者であり、社会保障の枠外にも置かれていると指摘している。実際都市の白領(ホワイトカラーのこと)と、農村からの出稼ぎ労働者との格差は雲泥の差である。収入だけではなく、社会保障制度も無いのである。年金、医療保険制度に付いてあるが。労働者と農民の天下(中国の国旗には、農民と労働者の象徴である鎌と槌がデザインされている)であるはずの共産主義の社会であるのに、農民が貧しいと言う図式が断ち切れない。何時の時代にも皺寄せは弱者に来る。そして富める者と貧しいものとの格差が益々広がるように見える。

  中国ではこれだけ良くなったのは共産党のお陰と、常々宣伝している。宣伝の程度は北朝鮮ほどではなく、それよりずっと少ないけれども、政治的宣伝を結構やっている。日本を追い出して、中国は素晴らしい国になったと言う共産党の宣伝を見ていると、日本より中国の方が、ずっと矛盾が少ない国に見えてくる。そんなに素晴らしいのなら出稼ぎ労働者の給料くらいは、チャンと支払えるようにはならないものだろうかとも思えるのである。それともあの宣伝は矛盾を隠す為の宣伝なのだろうか。やはり中国では政治的宣伝が必要なのであろう。

  今朝(1月24日)のテレビのニュースを見ていたら、賃金未払い相談センターみたいな所の、開所式をやっていた。やはりこの問題は放置できない問題らしい。しかし暮れも押し詰まったこの時期(中国の年末の暮れ)に、やっと出来たと言う感じがする。そして根本の中国の悪しき商習慣を無くさないで、賃金の未払いを無くせるものだろうかとも思うのである。今日タクシーで街を走ったが、何処の建設現場も閑散としていた。もう出稼ぎ労働者はもう既に国に帰ったらしい。今朝のニュースからしても給料を貰えずに故郷に帰った人は確かにいるようである。