団地の中の八百屋など
(12月25日)

  団地の門を入った所には小さい店が幾つかある。いずれも間口2、3間くらいの狭さで、八百屋、洗濯屋、床屋、小さな食堂、水売屋、新聞売り、貸しCD屋などが並んでいる。

  このうち八百屋は私が一番よく行く店である。ここのおじさんは何時も愛想がいい。店に入って行くと、"やぁ大爺!"などと言って声を掛けてくる。この挨拶は日本人としては気に入らないが、こちらでは、"老"だとか"爺"の字は尊敬の意味があるらしいから仕方が無い。ここのおじさんは私のことを外国人と思っていないようである。私はここでよく買物するが、必要最小限のことしかしゃべらないので、中国人と思われているのかもしれない。先日も、"寒いからもうビールは飲まないか"と声を掛けてきた。私は毎日一本又はそれ以上のビールを飲むから、大体三週間で一箱が無くなる。八百屋のおじさんはそのサイクルを覚えていて、時々聞いてくる。そしてビールを配達してくれるのであるが、これはほんとに助かる。五階(エレベーターなど無い)までビール瓶を一箱も、自分で担ぎ上げたら死んでしまう。ビールを運んで貰うのに自分の部屋の番号をいう必要はない。この辺りでは箱単位でビールを買うなんて人は少ないから、私の部屋の番号をすぐ覚えてしまったらしい。ビールは値引きしてもらって一本あたり20円で買っている。

  ここの八百屋はほんとに小さい八百屋で、野菜は土間に並べてあるだけであるが、卵やビール、豆腐も売っている。豚肉も一塊を板に乗せて売っている。買う時は剥き出しの塊から切り出してもらうのである。ここで卵や野菜はよく買うが、肉や豆腐は買わない。埃がたかっていそうだからである。

  野菜はスーパーでも売っているが、ここのほうがはるかに新鮮である。北京のスーパーでは、野菜をパックして売っているが、リヤカーで売っているものや、露天や、小さい店のほうが、安くて新鮮なので、スーパーで野菜を買う人は少ない。野菜は必ず秤で計って貰ってから買う方式である。

  八百屋のおじさんとい言っても、まだ若く30代である。この八百屋のおばさんの手には刺青が入っている。昔はぐれていたのだろうか。おじさんのほうが若そうである。

  クリーニング屋もよく利用する。ここでは私の名前は、"全"と言うことになっている。預かり伝票を貰う為には名前が必要で、外国人と分かっては面倒と思い、大家さんの名前を借りて、"全"と言う事にした。しかし名前を名乗る必要は無い。一回名乗っただけであるが、私が行くと、自動的に私の仮の名前を書いてくれる。クリーニング代は、ズボンが75円位で日本よりは安いが、中国の物価に比べると高いから、よく利用する私は上得意のお客様かもしれない。ここの女主人も、二十歳前の店員も、他では聞いたことも無いような丁寧な挨拶をする。この小さい店の中で、朝から夜遅くまで働いていて、食事もこの店の中で簡単な物を作って食べている様である。殆どこの店の中から出ないような感じで、休日もなく、一日中働いている。

  本当は、この店にワイシャツを出して、糊とアイロンの効いたシャツを着たいのであるが、ワイシャツの洗濯はやらない様である。シャツの洗濯は、この辺りでは自分の家でするものらしい。

  団地の入り口には、タクシーがたむろしているので、タクシーを利用する時には便利である。白タクも結構いる。その中に一人だけ、若い女の運転手がいたので、よく利用することになった。女の運転手だから運転が優しいかと思ったらとんでもない。荒っぽい運転で、ものすごく飛ばすのである。いつだったか早朝、妻と空港まで行くのに、このタクシーを頼んだのであるが、この朝は霧がかかっていて、見通しが悪いかった。それにもかかわらず、ビュンビュン飛ばすものだから、妻も私もすっかり縮み上がってしまった。もちろんスピードを出さないで、と言ったのだが何時もの習慣だからスピードが落ちないのである。このタクシーも白タクで、この運転手は同じ団地内の近くの棟に住んでいる。この団地で、私が外国人あることを知っているのは、この女運転手だけだと思う。飛行場に行くときなどは何時もこの白タクを予約して使うので、日本人であることを明かしたからである。

  妻が中国に遊びに来たとき、その女白タク運転手から、妻のことを"老婆"かと聞かれたので、そうだと答えたが、なんとも無残な言葉である。中国語では妻のことを"老婆"と言っても、おかしくないのであるが、私の妻は老婆と言われるほどでもないのである。

  床屋も団地の床屋を利用する。75円位なので、安いなーと言ったら老人は割引で安いのだとか。団地向けにサービスをしているのかもしれない。老人は髪の毛が少なくなっているから、この割引は合理的な値段のように思えた。しかしこの床屋は、刈らなくてもいい部分をどうしても刈ってしまう。私の髪の毛はかなり薄くなっているので、刈る部分はすそだけにして貰いたいのであるが、そうするとあまりにも刈る部分が少なくなるせいか、他の部分もどしても刈りたいらしい。だから刈られたくない部分を手で抑えていても、いつのまにか刈り込んでしまう。それで、これからはこの安い床屋には行かないつもりである。

  洋服屋もよく利用する。"上海時装加工"と看板が出ているから、上海式のモダンな洋服を作るという意味であるらしいが、とても最新式の服など作れそうもない感じである。しかしズボンのすその長さやウエストの直しをやってくれるから便利である。そしてこれも安くて、ズボン一本75円位である。ダイエットの為には、ウエストを直さないほうがいいと、妻が言ったが、とても苦しくて堪らないので、殆どのズボンを直してもらった。私は結構物持ち(中国の人と比べると)なのである。だから夏と冬の沢山のズボンを直してもらったので、このおじさんとも顔見知りである。

  中国特有の商売として水売屋がある。この商売は比較的最近の商売で、20リットルくらいの大きいペットボトルの桶で水を売っている。中国の水道の水は沸かさなければ飲めないから、生で飲める水売りの商売は急速に広がった。そしてこれも重いから配達のサービスがある。

  ビールや、水、ガスボンベなど重いものを運んできてくれるのはあり難い。そして部屋の中まで運んでくれるのもあり難いのだが、これが困ることに、土足でどんどん入ってきてしまうのである。日本と違ってこれが当たり前らしいが、日本人としては気になるのである。

  最近はいろいろ配達のサービスがあって、便利になってきたが、いまだに自宅までの配達の制度が無いのが新聞と郵便である。それで団地の新聞屋が必要なのであるが、新聞を読みたい人は団地の入り口の新聞屋まで買いに行く。毎日新聞を見たい人は、この新聞屋に頼んでおくと毎日新聞に名前を書いて取っておいてくれる。

  しかし最近の北京では、新しい新聞が続々と発行され、競争が激しくなったせいか、配達する新聞も出てきた。そこで問題になるのが郵便受けが無いことである。紙製の箱を作ってぶら下げたりしている。そう言えば最近では牛乳の配達もある。重いプロパンガスのボンベも運んできてくれる。以前はそう言ったサービスが無かったのだから、大変であったろう。重いガスボンベなど5階(上は6階まである)まで自分で運んだら、それこそ腰がどうかなってしまう。これも資本主義に転換して、サービスによる競争が激しくなったおかげである。今ではこれらの団地の店は、夜10時位までやっている。資本主義的サービスの最先端をいっているのが、八百屋のおじさんや、洗濯屋の店員である。

  中国は資本主義になって、共産主義ではないのだから、共産党の名前はおかしいと思うのだが。しかし共産党の名前が無くなるなんてことは無いかもしれない。政府の関係者、指導者は殆ど共産党員なのだから、共産党が無くなると困ってします。