自分がどう見られているか
(3月28日)

  自分が周囲からどう見られているのか気になることがある。バスに乗っていると、若い女の子から席を譲られたり、車掌さんに、前に行けばすぐ席が空くよ、と言われたことがあった。これは老人に見られているからなのかもしれない。そう言えばどういうわけか、髪の毛が少なくなった人や白髪頭の人が、通勤している姿を、殆ど見かけない。私は頭の毛がすっかり少なくなり、白髪も多いのであるが、それで目立つのかなとも考えたりする。実際に勤め先があるビルでは、私と同年齢の人を全く見かけない。経済発展のスピードが速い中国では、中高年の働く場所が少ないのではないかと思う。社員の両親の話しを聞いても、60歳前なのに既に退職している人が何人か居た。

  バスに乗っていて、外国人が居ると見られることは絶対に無い。バスの中は様々な人が居るので、日本より各種各様といった感じである。キチンとネクタイを締めている人も居るが、髪の毛がぼさぼさで、寝床から起きたままの頭の人も多い。これは男性の場合であって、若い女性の場合は皆髪の毛を撫でつけてある。黒いサングラスをかけておしゃれをしてい人もいる。

  黄村鎮に住んでいて、日本語を喋らなければ、日本人と分かることは全く無い。少々怪しげな中国語を喋ったところで、この黄村鎮のあたりには外国人がめったにいないので、私のことをまさか日本人だと思う人はいない。私の中国語がおかしくても、怪しげな中国語を喋る人は周囲に沢山いる。怪しいげな位だけではなく、通じない中国語をしゃべる人もいるくらいである。そうゆう人と話すと、話しが通じないので相手の方が恐縮してしまうくらいである。

  ガスボンベを交換しなければならなくなったので、知合いのおばさんに助けてもらって、ガスボンベを交換した。案の定厄介であったが、そのおばさんが一緒に交換所まで行ってくれて交渉してくれた。そのおばさんは私のことを四川人で、60歳以上で一人で住んでいるので、などと言いながら交渉を始めた。私は四川人になってしまった。おばさんが通訳を勤めた訳であるが、そのおばさんがまたすごい方言なのである。かなり訛っている。交換所の人からも、貴方は山東の人だろう、方言で分かるなどと言われていた。その凄い方言が私には分かるのである。何故かと言うと、ゆっくり話してくれること、話し方に慣れたこと、分からないことは筆談で確認してあることによって、十分理解できたのである。

  交換所の人は私が四川人と信じたのか、私と話しが通じないと思い、おばさんと凄いスピードで話すので、残念なことに話しが殆ど理解できなかった。訛りの凄いおばさんは交換所の人と何の支障も無く話しは通じていた。

  この様に私の話し方が相当おかしくても、私が外国人だと思う人はいない様である。もっとも、新聞を買ったり、屋台の店で中国風クレープみたいなものを買うときは、全く中国人である。ほんの二言三言でも用が足りるからである。

  私がおや!と思われているかもしれない場面は、年寄りのくせに、いやに赤いセーターなどを着て歩いている場合かもしれない。これは自分でもチョット気になることがある。明らかに目立つ場所は、あまり清潔ではない軽食屋(小吃の店)にレンガ色のセーターを着て入る場合などで、確かにおやと思われているような気がする。ここで(中国にしては)派手なセーターを着た年寄りは殆ど見かけないし、しかも一人で食事している姿は、やはり目立つ様であった。中国では私位の歳になると明るい色の物は着ないし、一人で外食することは無い。

  だからといって住んでいるアパートの周りで私が目立つことはない。住んで人が少ないせいもあるが、アパートの隣人関係は極めて無関心である様に見える。中国人は一旦知り合うと、関係が深くなる様であるが、隣どうしであるくらいでは冷淡なような気がする。日本人のほうがもっと隣を気にするようである。つまり日本には軽い挨拶をする程度の付合い方があると思うが、この辺りではそれが無い様である。

  住んでいる辺りではどこでも私が外国人だと分かることはないが、外国人だとすぐ分かってしま場所がある。それは北京にあるお土産屋などで、そこを覗いているとどう言う訳か、英語とか日本語とかで話しかけられる。本当は服装や顔つきで外国人とハッキリ分からなくても、一応外国語で当たってみているのかもしれない。もう一つは、北京の音楽会のチケット売り場に行ったときのことで、そこでは英語で聞かれた。ここには外国人も訪れるところのようである。

  あるとき北京の繁華街を歩いていたら、西洋人の観光客から道を尋ねられた。英語の分かりそうな中国人と見られたようである。ピースホテルと言ったから、あっちだと教えてあげた。ピースホテルが"和平賓館"であることは間違いないと思うが、逆の方向を教えてしまった。この場合、私は中国人ではなくて、日本人と言っておいたほうがよかったかもしれない。私の行為は、中国人はいい加減な人が多いと、評判を落としてしまったようだ。原因は地図を見誤ったせいである。