消えた死体
(8月20日)


  ミステリー小説の題みたいであるが、中国には本当にミステリー小説になりそうな事件が起きる。しかし小説ほど精緻に仕組んだ事件ではないから、暫くすると尻尾が現れる。最初は事件ではなく、事故であったものが事件になってしまった。事故から8日目に死体が現われて、大事件であることが発覚した。6月22日、15時30分頃、山西省の繁峙県の金鉱で爆発事故があった。県の政府(中国の県は、市の下の行政組織である。国→省→市→県、と県にも政府がある)に連絡が入り、18時35分頃には、県長が関係者を率いて、鉱山に到着した。金鉱の請負人の状況説明に依ると、死者2名負傷者2名の、並みの事故とことであった。説明はお茶を勧めらながら、落ち着いた様子で説明されたせいか、県の役人達はつまらないことでびっくりさせられたものだと、思ったのだとか。

  県委政府(村役場みたいなものか)は、一応指示をして現場にも行かず帰ってしまった。指示と言っても、救助に全力を尽くせとか、一箇所も死角を残さず、どんな細かいことでも、そのままにするなとか。これを中国語で書くと(不留一処死角,不放過一個細詳細節)となり、極めて調子が良いのだが、多分後になって付け加えた指示だろう。

  翌日、市(県の上級行政組織)に正式に報告された内容も、作業人員40名のうち死亡2名、負傷4名、残り34名は安全に現場を離れることが出来たと言うものであった。

  しかし6月25日には国家安全生産監督管理局への遺族からの通報があって、国から省へ、死亡人数など再度詳しく調査するように指示が出された。続いて27日にはもっと詳しい通報が寄せられ、死者は30名から40名にもなるのではないかと言うものであった。一方県長の話では、鉱口は二回目の爆発でふさがってしまって、調査することも出来ないと言うことであった。省から再度調査隊が派遣されたが、省から国へ報告された結果は、前と同じく死者2人、負傷者4名だけというものであった。

  この間、マスコミへも通報があったのか、記者たちが現地に入って調査をしだした。死者は坑道に埋まっていると言う訳でもなさそうで、地上で何人もの死体を見たと言う噂が広がっていた。しかし肝心の死体が消えてしまって、見つからないのである。居るはずの4人の負傷者もなくなってしまった。記者が事情を聞いても誰も知らないと言う。死者の遺族さえ見つからない。もっと怪しい事には、請け負い主や、鉱山の鉱長、作業長などの責任者が逃げてしまい、居なくなってしまったことである。

  依然として死体は発見されず、調査も進まない。一方記者たちが集めた情報は、疑いを増すものばかりだった。その疑惑が新聞、インターネットのニュースにも載るようになった。28日になると山西省の省長も、現地から報告と、インターネット情報の内容とが余りにも違うので、このニュースを無視できなくなってしまった。6月29日には、省から副省長、国からは黄金管理総局、国家安全監査局などの調査隊が、県に到着した。そしてたった二人の死亡事故が特大事故に発展したのである。

  6月30日になると、遂に、無いはずの死体が発見された。一箇所は事故現場から10キロも離れた、廃棄されたレンガを焼く釜の中から、もう一箇所もやはり10キロ離れた谷の底から、各々6個と8個の遺体が発見された。死体は埋められていたり、一部は焼かれて、灰になってしまったのもあった。前の遺体2名の死者と合わせて死者は16人になった。

  続けて7月1日には、南へやはり10キロのところの崖下から、20個もの遺体が、そして事故現場から1キロの所から1個の遺体が発見され、死者の数は37人なった。

  7月2日には、国の、国家安全監査局、公安部、監査部、国土資源部などと、省の連合調査組がようやく成立した。中国では調査組みを作って、上部組織から下に調査にやってくる場合がとても多い。中央集権国家では上が偉いのである。確かにこの県の警察はまったく無能。それだけではなく、事件に荷担した可能性もある。

  事故当日、県長が鉱山に来たその時、鉱山側では、救援や応急処置をするどころか、死体を捨てたり隠していたのである。その間に二回目の爆発が起きて、坑口が埋まってしまった。もし県長一行が、爆発した坑口近くまで行けば、死体が放置されていのを確認できたはずである。県の幹部が後から釈明したところによると、請負主の話を信じすぎてしまって、現場に行かなかったことが、失敗だったと言っていた。しかし県長も他の県の幹部も、ここで大事故など起こって欲しくないために、大事故の話など聞きたくなかったのだと思う。

  もともとこの金鉱は違法なもので、国営の鉱山でありながら、経営がうまくいかなくて廃坑になっていたのを、個人との契約で請け負わせたものである。請負人はさらに別の個人に請け負わせて、悪劣な環境で金を採掘していた。この様な違法な金鉱がいたる所に沢山あって、県は、違法な鉱山に許可を与えて、認可料を取ったり、鉱石運搬の車の通行料を取ってみたりして、莫大な利益を得ているのである。こんな話が上級の政府にばれたら、濡れ手に粟の話が、泡の様に消えてしまう。実際その後の展開は、33の違法の金鉱と1,200間(建物か部屋数か)が、それこそ一夜にして全てが消されてしまった。こう言った場合の中国のやり方は凄いのである。

  こんなことになってしまっては大変だから、事故を小さくて報告したのである。事故を隠すために、死体を遠くに運ばせて、捨てさせた。噂を聞いて集まってきた家族を一箇所に集めて、外に出さない様にし、2、3日後には遺族に死者一人当り、35万から80万円位の金を与えて国へ帰してしまった。死体を焼いたり運搬したり捨てたりした者には、2万円ほどを与えて、これも遠くへ行かせてしまった。組織的に事故を隠したのである。方法も残酷なものであった。それなのに一向に地元の警察は気がつかない(警察は気がつかない振りをしているのかも)。

  それどころか、死体を発見したのは地元の警察ではなく、隣の省の、ある県の司法関係者である。元々この金鉱での労働条件は極めて悪劣なので、地元の人は金鉱に入りたがらない。ある遠くの県に沢山稼ぎを出している村がある。その村から県法院の副院長、治安大隊の副隊長などを、事故のあった県に派遣した。目的は出稼ぎ者とその遺族の保護の為でもあるが、主な目的は交渉して、賠償金をきちんと取ることであるらしい。3日2晩過かかって、やっと着いたのだが、到着して2時間後には、地元の警官が発見出来ない遺体を、もう発見してしまった。遺族が前から怪しいとにらんでいた処を捜すと、果たして人の頭骨が出てきたのである。人が行かないような処で、事故の翌日、煙が上がっていたのを、遺族の一人が覚えていたのである。

  遺体を発見した県法院の副院長は、直ぐ地元の警察に電話したのだが、会議中だとかで、やって来たのは、2時間後のことである。それも調査に必要な道具を何も持たずに来たのだとか。調査が開始されたのは、更に数時間後とのことであった。おまけに、出稼ぎ村の司法関係者は、越権行為だと非難されたのだとか。

  案の定、7月28日のニュースによると、この県の公安局長、法廷の裁判長、安全生産局の局長、労働局安全監査大隊の隊長6名が拘留されてしまった。法律の適応を厳格に執行しなかったと言うことらしい。いずれも県の監督側の地位の者である。何でここで裁判長が出てくるのか分からないが、中国では裁判所も地方の組織に所属して、独立していないから、このようなことも有るのだろう。多分甘い汁のおこぼれに預かって、違法な操業とか、違法な採掘、又は遺族に対しての脅迫とかを見逃していたのかもしれない。そう言えば、事件の関係者を拘留しなかったのも、奇妙なことであたった。鉱山長などは、事故の隠蔽の指示をしてから、2,3日後になって逃げたのである。

  とりあえず公安関係者等が拘束されたが、公安は県の下部機関だから、鉱山長などの拘束を指示しなかった県長の責任も、問われるかもしれない。問題の追及はもっと広範囲に、そして上層部まで及びそうである。そして県幹部のどろどろした関係が暴かれるかもしれない。中国の地方ではこんなことはよくある。いずれも中央からかなり離れた辺境の地で起きる事件である。1年前にも広西省の片田舎で、同じような事件が起きた。広西南丹鉱区特大事故、または広西南丹7・17重大透水事故とか呼ばれる事故で、鉱山の漏水で81名が死亡した。

  この事故の場合は、事故のすべてを隠そうとした。その隠蔽工作を指揮した中心人物は、県の"中共県委書記"である。中国には県の県長より偉い地位が、県にあるらしい。それが県の中(国)共(産党)委(員会の)書記なのだろう。書記などの名前からすると偉そうでなくても、中国は共産党独裁の国だから、実際には中共の名前が付いたほうが、地位が上のようである。どうして地位が上であるとわかるかというと、この事故が発端になって暴かれた"中共県委書記"の収賄の額が、県長より桁違いに多いことからもわかる。この人物は事件から一年後に死刑を宣告されてしまった。隠蔽を画策したからだけではなく、莫大な収賄が発覚したかららしい。

  最近の新聞の報道によると、事故のあった当日の夜、県委書記と副書記、県長と副県長の四人が集まって、事件を徹底的に隠すことを決めた。県委書記の後からの述懐によると、そのときから犯罪の道を走り出したと書かれていたが、実はそうではない。犯罪に関わったいたのはずっと前からことで、事故がおきて大問題になるまでの三年間に、この書記は18回で、321万元(約5,000万円。北京でチャンとした職業を持っている人の平均年収でも1.2万元)もの賄賂を受け取っていたのである。大部分は個人鉱業主からの賄賂で、利権を斡旋してもらう為の金である。ある鉱業主は、交差点で袋に入れた100万元(約1,500万円)もの札束を、県委書記の妻が運転する車に投げ入れたのだとか。収賄の場面に妻や子供が登場するのも中国的である。中国では賄賂においても家族主義のようである。この県委書記は息子を通じても、地位を上げてもらうための賄賂を受け取っていた。賄賂で良い地位に移してもらうのは中国ではよくあることらしい。

  死刑を宣告された県委書記に反して、県長は20年、事故を起こした鉱山長も20年の刑で済んだ。最初は鉱山長が最悪の悪人と思われていたが、実は巨悪が後ろに隠れていたのである。鉱山長の方も、金をばら撒いたり脅したりして、事故を隠した張本人である。県長の方も36万元の収賂が発覚してるが、県委書記と一桁桁が違う。この事故が発端になり、15人もの賄賂、収賂関係者が、芋づる式に発覚してしまった。山西の事故では、これから調査はどのうに展開するのだろうか。

  県ぐるみで違法の鉱山の事故を隠そうとしたのは、山西省の事故と全く同じである。山西省では5月にも、虚偽の報告で事故を欺こうとした事件が発覚している。それにしても中国は死刑王国なのである。中国では経済犯でも死刑になる。

  何故こんなことが起きるかと言うと、鉱山は地方にとって金のなる木であり、その利益は事業者が得るだけでなく、地方の財政にも利益をタップリともたらすからである。その為、本来こう言った鉱山は違法な鉱山であるのに、文盲又は半文盲(インターネットの記事にはこう書いてある)の鉱山長と、利益の配分条件を契約して、不法に請け負わせるのである。また費用を安く、利益をタップリ上げる為に、酷い設備で、酷い労働条件の基で働かせるらしい。多分労働法などの保護も及ばないのだろう。今回の事故も、事故の一時間も前から、電線のショートによって煙が出ていたのだとか。そして雨に濡れないように、何トンもののダイナマイトを坑内に運び込んだのだとか。ちゃんとした火薬の保存場所も無いらしい。なんともお粗末な事故の原因である。

  違法の契約の元では、請負主がもっと違法な採掘をしても、金で何とかなる。違法の操業を維持するためには、変電所長を襲ってまで、電気を回させる。こう言ったごろつきの様な無法状態が、地方幹部の元に容認されていたらしい。そうして多分、地方の長とか幹部も、個人的に利益のおこぼれに預かっていたのだろう。こう言った地方幹部と鉱山のどろどろとした関係が、白日の下にさらされることになるから、この事件を小さくしようとしたのである。そして死体を焼いたり、隠すことまでした。このようなやり方は、格好いい言葉でいえば、中国では地方保護主義と言う。地方の利益の為にいろいろと智恵を巡らして、組織的に不正な取り決めをする。それには権利を持つ部門や、監査部門から警察まで、さまざまな組織に関係している。そしてそこには更に不正がはびこる。

  この話は西部劇のストーリーに似ていなくもない。最初に消えた遺体を発見した県法院の副院長は、出稼ぎ村の地元では、英雄扱いだと言う。さしずめ悪徳鉱山主が支配する西部の金鉱の町に乗り込んで、悪人達を懲らしめた、西部劇の保安官のような役割かもしれない。とにかく中国の地方に、独立王国とまではいかまでも、中央の指示に従わない地方がまだある。もちろん反乱を起こすという意味ではなく、地方の利益の為には、中央の指示に背いて何でもやりかねないという意味である。